※超次元シリーズ前提


その事件は、ある麗らかな午後に突然起こった。


「あ、あのー、皆さん…」


折り入ってお話が─そんな風に畏まって、春奈が休憩中だったイレブンに声を掛ける。
「どうした、春奈」訝しむように眉根を寄せて鬼道が尋ねれば、彼女は目を泳がせ後、彼らを部室へ誘った。


「…どうしてこうなったかは、さっぱりなんですけど」


とりあえず見て下さい、と前置きして、彼女は部室の扉を開ける。
そこにいたのは、深刻そうな顔をした秋と夏未。そして、椅子に腰掛けうなだれる、─一人の幼女だった。


「…え?誰、この子」


ポカンとして、円堂が幼女を指さす。
目を見張った土門が、彼女を見て顔をひきつらせた。


「な…なーんか、見たことのあるちびっ子がいるな…!」

「…御鏡、か?」


他とは明らかに違った反応を見せる土門と鬼道に、周りからえっと声が上がる。
小さく、しかし確かに頷いて肯定した秋に、それは悲鳴へと変わった。


「えええ―――――ッ!!」






「…落ち着いた?」

「た、多分…」


あらかた叫び倒してカラカラになった喉を潤した円堂たちは、こぞって椅子の上の幼女─元帝国組曰わく、織乃に目をやる。
彼女は相変わらず、絶望に打ちひしがれたように俯いたままだった。


「…えーっと…御鏡?」

「……なんですか」


恐る恐ると言った風に風丸が尋ねてくると、幼児特有の甘ったるい声が返ってくる。
舌っ足らずではあるが、口調は明らかに織乃のものだ。


「今回は、中身はそのままなんだな…」

「どんなかたちだろうが、さいあくです…」


ごつん、と机に頭を乗せて重たい溜息を吐く織乃(小)。
秋が土門を振り返る。


「前も同じようなことがあったんだよね?その時はどうやって…?」

「うーん…あの時は確か、影山に飲まされた薬が原因だったよな?」


土門が鬼道に同意を求めれば、「ああ」と低い声が返ってきた。


「あの時は、一時間程度で元に戻ったが…」

「そもそも、どうしてこんなことになったんだ?」


豪炎寺が続けざまに尋ねれば、マネージャーたちは揃って顔を見合わせる。
「…あれです」と織乃が小さな手で指さしたのは、部室の奥─一つの扉だった。


「あれって…開かずの扉?」

「そうです」


開かずの扉は、その名の通り誰も開けたことがない─もとい、開けられない扉である。
鍵穴はあるのに肝心の鍵が存在せず、響木曰く、四十年前から開かずの扉だったのだとか。


「さっき私と織乃ちゃんで、部室の片付けをしてて─」


誰も立ち入ったことのない開かずの扉。中の様子が気になった二人は、片付けがてら試しにそこを開けることにしたのだそうだ。
織乃の方が、秋よりも力は強い。当然、ドアノブも彼女が握ったわけで。


「…で、その瞬間、ぼんって煙が出てきて…」

「きがついたら、このからだになってました」


はぁ、と、織乃はもう一つ溜息を吐く。
秋が小さくうなだれた。


「ごめんね織乃ちゃん、私があれを開けてみようかなんて言ったから」

「あきちゃんのせいじゃないです。きにしないでください」


へにゃりと織乃は微笑む。
幼児にしては、随分と疲れの滲んだ笑顔だった。


「でも、俺たちもあそこは何回か開けようとしたけど…こんなことにはならなかったぞ?」

「ああ」


そう言うのは、1年時から部に所属している半田と染岡である。
何故、織乃ばかりがこんなことになったのかは分からない。
手詰まり、迷宮入り─そんな単語が彼らの頭を駆け巡る。


「わ、わたし、いっしょうこのままなんでしょうか…」

「…いや」


織乃の怯えた声を遮ったのは、鬼道だった。
彼は顎に手を添えながら、織乃に目をやる。


「原因が分かっているだけ、まだマシだ。御鏡、お前、あの扉にはもう一度触れてみたのか?」

「へ?い、いえ」


現状把握で精一杯で、という織乃の言葉に、マネージャーたちも頷いた。
ならばと鬼道は、開かずの扉と彼女を見比べる。


「もう一度触ったら、元に戻る─その可能性もあるんじゃないか?」

「あ、そうか!」


ぽんと円堂が手を打った。
あの扉が原因なら、鍵も同じ筈。「御鏡!」大きな声で名前を呼ばれて、織乃の肩が大きく跳ねる。


「試しにやってみようぜ!」

「は……はい!」


頷いた織乃は、椅子からぴょんと飛び降りた。
サイズの合わない靴がごろんと転がり、ワンピース状態になったジャージが翻る。


「って、織乃ちゃん。ズボンはどうしたんだ?」

「からだがちぢんだときに、すっぽぬけました」


織乃が指さしたのは、椅子の上。どうやら、畳んだズボンを座布団がわりに敷いていたらしい。
必死に背伸びをしてドアノブを掴もうとする彼女にしびれを切らし、鬼道が織乃の脇を下から抱え上げた。


「─行くぞ」

「は、はいっ!」



紅葉のような手が、ドアノブに近付いていく。
自ずと高まる緊張感に、唾を飲む部員たち。
彼女の手に、ノブの冷たい感触が広がった─次の瞬間。


「うわっ─!」

「!!」


ボンッ─と、部室一杯にどこからか湧き出た白い煙が広がる。
誰かがそれにせき込みながら、部室の扉を開けて煙を外へ逃がした。


「─あ」


声が漏れる。
鬼道は目の前にある見慣れた顔に、まばたきを繰り返した。

戻っている。織乃の体が、元の14歳のサイズに。


「も…もどっ─…!」


声を上げ掛けた織乃が、突然絶句した。
異変に真っ先に気がついた夏未が、ハッとする。

ここで一つ、重要なことをおさらいしておこう。
織乃は小さくなってしまった際、ずり落ちたズボンを椅子に置いていた。
つまり、ワンピースと化したジャージの下は、パンツ一枚の格好である。

そんな状態で、元の体に戻ったら、一体どうなるか。
ジャージの下はパンツ一枚。大事なことなので二回言いました。


「だっ…!男子は全員っ、退室しなさ―――い!!」

「えっ、えっ、何で!?」

「いいから出る!!」


状態がいまいちわかっていない円堂に、鬼の形相になった夏未の喝が飛ぶ。
彼女の様子に恐れをなしたイレブンたちが次々と脱兎の如く部室から飛び出して行き、視界の端にレース地を入れてしまいつつ室内から転がり出た鬼道を最後に、部室の扉はピシャリと閉められた。


「…鬼道のラッキースケベ」

「うるさいッ」


部室でマネージャーたちがドタバタと慌てる音を聞きながら、にやにやとするマックスに真っ赤な顔になった鬼道が怒鳴る。
その日彼は、帰り際まで織乃と顔を合わせられなかった。

そして余談だが─開かずの扉のドアノブは、それを最後にいくら触っても不思議なことは起こらなくなったとか。