「ふぅ」
一人キャラバンの座席に腰掛けて、織乃は小さく息を吐く。
道中見つけた山間の休憩所は、円堂たちにとって、休息を兼ねた特訓の場所だった。
ぱち─とゆっくりとモバイルのキーを押しながら、織乃は動画を再生する。
砂塵を巻き上げ突き刺さるエイリア学園のシュートは、何度見ても決して慣れることはない。
「…もっと、頑張らなきゃ」
ばちんと頬を両手で挟んで、織乃は唇を引き結ぶ。
怖さを押しのけて、針で突いたような穴でも良い、何かを見つけるのだ。
仲間の役に、立てるように。
「─加減しないと腫れるぞ」
「っあ、鬼道さん」
ぱっと顔を上げると、丁度鬼道がキャラバンのステップを上がって中に入ってきた時だった。
どうやら集中していたせいで扉の開く音に気付かなかったらしい。
「また見てたのか」
「はい…」
「少し目を休めておけ」そう言って、鬼道は織乃に向かって何かを放り投げる。
受け取ると、それはキンと冷えた、絞った濡れタオルだった。
「…ありがとうございます」
小さく微笑んで、織乃はぎゅっとそれを目に押し当てる。
冷え切ったタオルが、疲れた目に心地よかった。
じっと彼女が目を休めている間に、鬼道はその隣に腰掛けてモバイルを覗き込む。
途中で止まった動画の中で、円堂がボールに手を伸ばしていた。
「…何か見つかったのか?」
「いいえ、何も」
隣からくぐもった声が返る。
織乃はタオルを押し当てたまま、ゆっくりと頭を座席の背もたれに預けた。
「何というか─本当に宇宙人って感じで。未知の力って、こういうことを言うんでしょうね」
「そうだな…」
本来、彼らが侵略を目的をしていなければ、あのサッカーには目を見張るものがある。
身体能力、パスワーク、戦略─もし彼らが友好的な存在であれば、サッカー界の繁栄に手を貸して貰うところだろうが。
「それが出来れば苦労はしない、か。だが、そうだな─地球以外の生命体が、必ずしも友好的とは限らないんだろう」
「地球以外の?」
織乃の声が、僅かに興味深そうに高くなった。
鬼道は、動画を映し終えて真っ暗になった画面を見つめる。
「何億光年と続く宇宙にある星の中で、地球だけに生命が存在すると言い切ることは出来ないだろう?」
「ああ、それもそうですね」
織乃は納得したように頷いた。
キャラバンの外で、少しだけ夕日が傾く。差し込んだ光が画面に反射して、─それはさながら、小さな宇宙のようだった。
「だが、地球の生命と他の星の生命が出会う可能性というのは、広大な砂漠で二匹の蟻が出会うことくらい低いと言う」
それを考えると、今俺たちはとんでもないことに直面しているんだろうな─そう、鬼道が静かに、柔らかく笑う。
織乃はそっと、唇を開いた。
「─何か、意外ですね」
「? 何がだ」
聞き返した鬼道に、彼女は小さく笑ってタオルを顔から離す。
濡れタオルに押しつけられていた睫毛には、微粒の水滴がいくつか夕日に照らされて煌めいていた。
「鬼道さんが、そういう宇宙とか、ロマンチックなこと言うの」
「…ロマン、か?」
怪訝そうに首を傾げた鬼道に、織乃は「そうですよ」と今度こそ声を小さく出して笑う。
でも、と続けた彼女の表情に、彼は一瞬目を見開いた。
「私はそう言うロマンチックなの、好きですよ」
「………」
どくりと一つ、心臓が大きく脈打つ。熱くなった頬は、決して夕日のせいではない。
光に輪郭がとろけ、目が眩むような逆光の中で見えた彼女の微笑みが、やけに綺麗に見えた。
「御鏡─」
自ずと口が言葉を紡ぐ。
何を言おうとしたかは、自分でもよく分からなかった。
ギシリ─軋むような音と共に、キャラバンの床が僅かに傾く。
ちなみに、織乃も鬼道も、微動だにしていない。
「(まさか)」
頬に朱を差したまま顔色を悪くするという器用な芸当を見せた鬼道は、ゆっくりとキャラバンの扉に目を向けた。
夕日に照らされた黒い影が、床に揺らめいている。それも、複数。
その中でも特に分かりやすいシルエットを見つけて、鬼道はつい咎めるような声を出した。
「…円堂」
「もがっ」
くぐもった声が聞こえる。
二人は顔を見合わせ席を立った。
「─何してるんですか?みんな」
「あっ、えーっと…」
扉を覗き込めば、ステップに手を突き車内を覗き込んでいた一之瀬が、ギョッとしたように織乃を見上げる。
円堂は、風丸に手のひらで口を押さえられて、もがいていた。
「もうっ、キャプテンが邪魔しなければ…!」
春奈が悔しげに地団駄を踏むのを、秋が宥めている。
円堂を取り押さえたまま、風丸がこそりと鬼道に言った。
「あの、すまん鬼道。何か、邪魔したみたいで…」
「じゃッ…!べ、別に何をしてたわけでもないだろう」
ぼっと火をつけたように顔を赤らめた鬼道が、ツンと顔を背ける。
つまらない─心のどこかでそう思う自分に、彼は渇を入れた。
「あの、それより」
織乃が風丸の方を指差す。
その表情は、焦りに歪んでいた。
「風丸さん、円堂さんが窒息しそうだから離したげて下さい…」
「え?…あ」