─朝。ぬくまったベッドの中で、織乃は小さく身じろぎした。
微かに耳に響いてくる音に、ふわりと意識が浮上していく。そして─
「Buongiorno!シキノ!」
「………Buongiorno.」
思考を巡らすこと約三秒。
織乃は、視界にドアップで飛び込んできたフィディオに思わずアイアンクローを仕掛けたくなった。
「フィディオさん…とりあえず、毎朝寝顔を覗き込むのは止めてもらえませんか…」
「いやぁ、シキノの寝顔ってスゴい健やかだからさ、何か見てるとほっとするんだよな」
反省の色は0である。
しかし、この起き抜けのドッキリも既に慣れたもの。一週間もすれば、最早日常茶飯事と化していた。
「というか、毎朝毎朝「織乃――!!」…お兄ちゃんの目を掻い潜ってまで起こしに来る理由が分かりません…」
バーン!と扉を蹴破ってきたのは、兄の冬樹である。
その両手には、猫を持つように首根っこを掴まれたマルコとジャンルカがいた。
「織乃、無事か!?」
「大丈夫だから少し声落としてお兄ちゃん。近所迷惑」
叫ぶ兄を諫め、ベッドから降りた織乃にマルコがちぇっと口を尖らせる。
「あーあ、またフィディオの一人勝ちかぁ」
「何ですか、勝ちって」
まだ重たい瞼を擦りながら問えば、「占いみたいなもんだよ」とジャンルカが返した。
「シキノの寝顔を一番に見ると、その日一日運が良くなる、気がする」
「………」
呆れた顔で、溜息を一つ。
睡眠を邪魔された織乃は、いつもより機嫌が悪かった。
ちなみに本日は日曜日。護身術の道場も、手伝いに通っているサッカークラブも、今日は休みである。
「信じてないな、シキノ。言っておくが、これが結構利くんだぞ。何故か」
「俺の守りを崩してまで織乃の部屋に侵入してるんだ、そんな特典がつくのも当たり前だろ!」
「お兄ちゃん、うるさい」
とりあえず兄を一喝。
織乃はブラインドを上げて、欠伸をかみ殺した。
─弟たちが、今日は友達の家に泊まりに行っていて本当に良かった。
この場にあと三人加われば、流石に兄弟の扱いに慣れているとは言え大変だっただろう。
「というか、シキノ!今日は君を誘いに来たんだよ!」
「…? 誘い?」
首を傾げた織乃に、「これさ!」とマルコがポケットから何か取り出した。
一瞬、ただの皺の寄った紙切れにしか見えなかったそれには、目を凝らすとカラフルな文字が踊っている。
「サーカス、招待券?」
「そっ!昨日の夜、遊びに来た叔父さんから四人分もらったんだ!」
だから、君も誘おうと思って─にっこり笑ったマルコに頷き掛けた織乃は、待てよとたたらを踏んだ。
「4人なら…中田さんは?」
中田は三人の友人であり、町のサッカークラブのキャプテンを務める、日本からの留学生である。
織乃の問いに答えたのは、肩を竦めたフィディオだった。
「キャプテンはタウン誌の取材だって。本当、いつも忙しいんだから」
同い年にして卓越したセンスを持ち、様々なチームからスカウトを受けている彼はいつだって多忙である。
そう言うことなら、と織乃はフィディオたちの誘いに頷いたのだが。
「待て待て織乃!お前、また男所帯に一人でついてくつもりか!?」
「いつものことじゃない」
「まぁそうだけど…って違う!お前はそろそろ危機感を持ってだな」
「お兄ちゃんはそろそろ妹離れしてね」
冬樹のタガが外れ掛けている。肩を回して交戦の意があることを示すと、冬樹はうっと唸って口を噤む。
イタリアで護身術を学び初めて一ヶ月と少し。織乃は既に、投げ技を会得していた。
「じゃあ、ひとまず」
織乃はふいに、扉を指差す。
首を傾げる4人に、彼女は少しだけ語気を強めた。
「着替えるから全員退室!」
「Ho capito!!」
蜘蛛の子を散らすように、部屋から男っ気がなくなる。
改めてクローゼットから服を取り出した織乃は、ふと背中に感じた視線に振り返った。
そこには、こっそりと物陰に隠れて様子を伺うマルコの姿が。
「あっ、俺に構わず続け─」
次の瞬間、マルコは彼女の部屋から文字通り投げ出されたそうな。
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リクエスト『ヒロインがイタリア組とどう過ごしていたか』です。
兄ちゃんは自然と湧き出てきました。安心と安定のシスコンセコム。
ちなみにHo capitoはイタリア語で「わかりました」の意。
企画ご参加ありがとうございました!