「機嫌が良いな、春奈」

「当たり前よ!」


だって、久しぶりにお兄ちゃんと一緒に出かけるんだもん─踊るような仕草で振り返りながら、春奈は鬼道に笑みを向ける。
今日は日曜日。部活もなく、鬼道は春奈に誘われて町の量販店にやってきていた。
曰く、明後日は音無の父の誕生日で、プレゼントを一緒に選んでほしいのだという。


「しかし、俺が選ぶというのもな…」

「何言ってるの、同じ男の人が選ぶ方が、当たる確立が大きいじゃない!」


当たる当たらないの問題でなく、娘がくれたものなら何だって嬉しいだろうに。
鬼道はそう思ったが、口にすることはしなかった。勿論、父を喜ばせたいというのもあるのだろうが、これは春奈にとって口実でもあるのだ。
普段練習で忙しい兄と一緒に出掛けるための口実。それを頭の端で分かっているからこそ、何も言わない。


「紳士服…安いのだったら、予算内で買えるよね。ねぇお兄ちゃん、ネクタイとタイピン、どっちが良いかな?」

「…ネクタイの方が良いんじゃないか?」


棚に陳列してあるネクタイを手に取りながら、鬼道は答える。
春奈は兄の手元を覗き込んで、首を傾げた。


「ネクタイかぁ。うん、そっちのが良いかも」

「─でもさぁ、やっぱりその柄は変じゃない?」

「うん、確かにお父さんにチェックは……ん?」


自然と混じった声に、二人は顔を見合わせる。
後ろを見ても左右を見ても、二人以外は誰もいない。
となると、この棚を挟んだ向かい側。そこから、続けざまに声がする。


「つーか寧ろ、兄ちゃんにネクタイっていうのも…」

「何言ってるの、お兄ちゃんはもう立派な社会人なんだから」


「…ん?」この声は、と呟いた春奈が、駆け足で棚の裏へ回り込んだ。
突然駆け出した妹に、鬼道も思わずそれを追う。

回り込んだそこには─弟と一緒に、ネクタイを品定めする織乃がいた。


「織乃さん!」

「え?…あっ、春奈ちゃん!それに鬼道さんも」


こんにちわ、と微笑む織乃に飛びつく春奈。それを大樹がジト目で一瞥する。
「冬樹さんにか?」鬼道が尋ねれば、織乃は頷いて手元に目を落とした。


「久し振りに休み取れたからって、日本に帰ってくるらしくて。丁度明日はお兄ちゃん誕生日だし、何か良いもの探しに来たんです」

「奇遇ですねっ、織乃さん!私も同じような理由なんですー!」


きゃふきゃふとはしゃぐ春奈に対し、大樹の周りの気温は下がっていく一方である。
ばちりと鬼道と目が合った彼は、小さく「お久しぶりッス」と会釈した。


「…女子同士なら、気にすることもないんじゃないか?」

「そうッスね。でも申し訳ないんすけど、音無には個人的に借りがあるんで」


一体何をしたんだ、春奈─ジト目の大樹に、鬼道は顔をひきつらせる。
そんな時、ふいに小さな足音が二人分、彼らに近付いてきた。


「お姉ちゃーん、まーだー」

「太鼓の鉄人やりたいー」


バタバタ忙しない様子で姉に駆け寄ってきたのは、瓜二つの双子である。
わっ、と春奈が声を上げた。


「えっ、えっ、織乃さんの弟くんですか!?」

「あ、うん。そうだよ」


ぽん、と織乃が双子の背中を押すと、それを合図にしたように「こんにちわー」と下がる二つの頭。
かわいーっ、と春奈が声を上げる一方で、鬼道は双子の片割れ─良樹と目が合った。


「………」

「………」


睨まれている気がする。
思い違いかもしれないが、良樹は真っ直ぐと、しかしどこかじっとりしたものを含んだ目で、自分を凝視しているように見えた。


「お姉ちゃんってばー」

「ああ、はいはい。ゲームセンターはもうちょっと後ね」


和樹をあやすその姿は、姉というより母親である。
織乃がああいう性格になった一端を見た気がした春奈は、小さく笑いを零した。


「─お姉ちゃん、やっぱりネクタイじゃなくてくつしたにしようよ。冬兄ちゃん、きっとまだあの穴あきのやつはいてるよ」

「ん、それもあり得るかも…。あ、じゃあ春奈ちゃん鬼道さん、また明日」

「ああ」

「はーい、また明日」


良樹に服の袖を引かれ踵を返した織乃は二人に会釈して、弟たちを連れ立ち移動していく。
離れざま、ふいに良樹がこちらを振り返りながら─鬼道を見て、してやったりという風に、にんまりと笑うのが見えた。

その姿は春奈にも目視出来たようで、彼女はちらりと横目で兄を伺う。


「…お兄ちゃん、あの子に何かしたの?」

「…何もしてないはずだが」


嘘は言っていない。というより、あれが初対面なのだから何のしようもないはずだ。
顎に手を添えた春奈は、思いついたように「ふむ」と呟く。


「…じゃ、何かお兄ちゃんから感じ取っちゃったのかもしれないね」

「何かって…何だ」


「それは内緒」にやりと笑った春奈の笑みに先ほどの良樹の笑みが重なった鬼道は、一人複雑な気分で織乃たちの背中が消えた曲がり角を眺めたのだった。