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 ヒステリックな声が聞こえると思ったら案の定マネーラだった。小包ほどの箱を抱えてウンザリしているのが見える。ディメーンがいるので、どうせ何かからかわれていたんだろう。通り過ぎようと思ったが、目が合ってしまった。

「スピカ! こっち来なさいよ」
「何してんの?」
「見てわかるでしょ。こいつよ、こいつ。アタシ一人で相手なんて、もう耐えらんない! アンタもここにいなさい」

 巻き添えにできる相手を探していたようだ。最悪すぎて眉が自然に寄る。すると隣のディメーンが「しわになるからやめなよ〜」と調子よく言ったので、黙れと思った。マネーラはこの男の何もかもが気に入らないのか、終始不機嫌な顔をしている。

「その箱なに? なんかの荷物なの」
「借金返済の代わりにこれで勘弁してくれって言われたのよ。なんでもお宝が入ってる開かずの箱らしいわ」
「そんな怪しい話を了承したわけ……」
「だってイケメンだったんだもん! それに、別に大した金額でもなかったし? アタシ、心を入れ替えて、前よりも債務者に優しくすることにしたのよ」

 面食いここに極まれり。にしても、うまく借金を背負わせて労働力にする手口の悪どさは変わらないようだ。これまでの悪事を反省しているのか否か、よく分からない。しかし、働かされているほうにもかなり問題がありそうなので、口出しはしない。自業自得だ。

「解けないって言うから、ボクが手伝ってあげようとしたんだけどさあ。借りを作るのは嫌なんだって。いつもいつもヒドいよなあ、この間だって一目惚れしたイケメンに振られて」
「ギャーッ! 黙らんかい、ワレ!」
「いちいち過激だなあ〜」

 ディメーンはマネーラに胸ぐらを捕まれ揺さぶられながら、平然としていた。借りを作りたくないのは同意するが、最近のディメーンはそんなに裏があるわけでもないと思う。性悪を隠さなくなったし、さばけた感じになっている。と言ってもマネーラは信じないだろうから、二人のことは放置して例の箱を観察した。かなり精巧なつくりだ。さまざまな部品が組み合わさって、複雑なデザインを成している。箱のほうが中身より高価ってオチすら疑う。

「鍵穴はなさそうだけど」
「箱そのものがパズルになってるのさ。モノノフ王国のヒミツ箱って伝統工芸で、決まった順番に面を動かさないと開かないんだよ。だ〜から、マネーラの頭じゃ絶対に開けられないって忠告してやってるのにさ?」
「馬鹿にすんじゃないわよ!」

 マネーラはやすやす激昂した。伯爵ズには喧嘩っ早い人が多すぎる。ディメーンも、予言書を乗っ取る計画を進めていたときには、さぞかし楽だっただろう。あまりにも操りやすいもんだから、内心で高笑いすらしていたんじゃないだろうか。

「まあそんなに嫌なら、ボクもこれ以上は手を出さないけど? 損するのはキミだけだしね」
「どうせ、アタシが開けられなくて泣きついてくると思ってるんでしょう」
「ブラボー! よく分かったね!」
「コイツ、このっ……!」

 埒があかない。マネーラはとことんディメーンが嫌いで、しかも挑発に弱い。ディメーンが飽きるまでずっとこれが続くだろうと思うと、気が遠くなった。

「ディメーン、これ開けてよ。中身が気になる」
「んえ?」

 見かねた私が口を挟むと、ディメーンは不意をつかれたのか、聞いたこともない素っ頓狂な声を出した。仮面越しにも分かるくらいマヌケな顔だったが、元の造形がいいので、ぜんぜん事故っていなかった。なにがそんなに意外なのかは、私には分からない。

「ちょっと。スピカ?」
「こんな複雑なパズル、私はやりたくない。開けられなかったら、タダで騙されたことになるよ」

 マネーラは押し黙った。事実、貸しつけたマネーが端金でも、この箱に価値がなければ悔しいものは悔しいはずだ。イケメンには分かりやすく甘いという欠点を、この期に直すべきだ。ディメーンにはそうでないあたり、イケメンなら誰でもいいわけじゃないのだろうけど。

「キミからのお願いってこと?」
「それでいいよ」
「まあ、そういうことなら、お安い御用さ〜」
「はあ?」

 まさかの安請け合いに、マネーラは仰天した。

「怪しすぎる。ディメーンにこんな借りを作ったら、あとで痛い目見るわよ」
「別にいいでしょ? 何かあったとして、マネーラが被害に遭うわけじゃないんだから」
「わざわざ囮役を買って出るなんて、アンタ……そんな善人だったかしら?」

 マネーラは難しい顔をして考えこんでしまった。囮とは本人を前にして散々な言いようだが、ディメーンは約束により私に酷いことはできない。以前ならいさ知らず、今借りを作ったところで何ら問題はないだろう。作業するディメーンの手元を見ていると、魔法でどうにかできるたぐいのものではないらしく、思いのほか地道に進めていた。こういう原始的なものは相性が悪いのだろう。それを分かって、よく請け負ったものだ。

「本当に解いてあげるつもりだったの?」
「そういうわけでもないけど、スピカにお願いされちゃ、やらないわけにはいかないだろ」
「私ってディメーンの上司かなにか?」
「ご冗談を! ボクとキミの仲じゃないか」
「ディメーンも、好きだねえ」
「ス」

 今の言葉の続きはこうだ──「おかしなロールプレイが」。しかしそれを言う前に、ディメーンが箱を取り落とす音が響いた。何事かと見れば、仮面でも隠せないくらい動揺していた。なんでだよ。何が引っかかったというんだ。私はただ首をかしげた。

「落とさないでよ。中身が傷つく」
「えっ、あ、ああ。ボクとしたことが。アハハ」
「急にどうしたの?」
「なんでもないよ。全く、イヤまさか。まさかね」

 ディメーンはなぜか魔法も使わずに、わざわざしゃがんで箱を拾った。その時点で何も誤魔化せていないが、あまり興味がないので追求しなかった。しかしさすが、パズルを解く手は先ほどと変わりない。

「ちょっとディメーン、アンタまさか……」
「マネーラ。ボクがキミの知られたくない秘密をいくつ知ってると思う? たとえば」
「それは反則でしょ! ていうか本当になんで知ってんのよ。キモッ!」

 思考の渦から戻ってきたマネーラが訳知り顔で何事か言おうとして、ディメーンに邪魔をされていた。ここまできたらほとんど仲良しみたいなものだ。これを口にしたら怒られるということは、私にも分かる。理解不能な応酬を黙して目で追った。

「一応言っとくけどね、こっちは親切心なんだから。アンタがその歳になってそんなうぶな」
「開いた。ほら」

 ディメーンは無理やり言葉をさえぎって、半ば乱暴に箱を置いた。予想はしていたが、中身は空である。見事に騙されたマネーラだが、なぜかそれは二の次のようで、ひたすらディメーンを詰めている。珍しくマネーラが押し勝っていた。

「マネーラ。中身なにもないんだけど」
「そんなことはどうでもいいのよ」
「いいの? まあ、いいか……」
「あっ、クソ。逃げたわね!」

 私がマネーラに話しかけた一瞬の隙で、分が悪いディメーンは空間転移魔法を使った。いつもからかっているマネーラ相手に敗走とは、滅多に見られない光景だ。それほど指摘されたくないことがあるなんて、まだまだ謎の多いやつだ。しかし、私が言えたことではないが、前より人間味が出てきた。

「なんの話だったの?」
「今ので気づかな──いや、いいわ。アンタってとことん他人に興味がないのね。アイツにとっちゃ難敵だろうけど、そっちのほうが安心だわ」
「だから、なんの話」
「口封じされてるし、アタシからは言えない」

 マネーラはほとんどため息の延長線のような声で言った「アイツのプライドのためにもね」。

「あ、そ。まあいいや」
「ったく、調子狂うわ。長生きなのに、信じられないくらい子どもじみてる」

 空のヒミツ箱はすっかり忘れ去られ、マネーラによって打ち捨てられた。一攫千金のお宝にも勝る重大な秘密を、マネーラが知ったことは明らかだった。