「若利くん、今日何か予定ある?」
天童が牛島の周りをウロウロしながら尋ねたのを、大平は少し離れた所から見ていた。
部活がオフの日にはよく見られる光景だ。
「走り込みと英語の予習をする以外は特に無いな」
「俺、行きたいとこがあるんだよね。一緒に行ってくれる?」
「ああ、別に構わない」
「レオン、若利くん付き合ってくれるって!」
くるりと振り返り、にんまりと笑う天童。
仲が良くて何よりだと、微笑ましく思っていた大平は首を傾げた。
いや、俺、何も誘われてないんだが。
疑問を投げかけようにも、機嫌良く鼻歌を口ずさむ天童には届かなかった。
彼との付き合いも、もう3年目。
この気まぐれな誘いには、もはや慣れてしまっていた。
ため息1つで受け流し、先を歩く2人を追う。
すっかり人の捌けた校門には、瀬見と山形が立っていた。
結構な大人数になったなぁ、と行く先の見当をつけ始めた大平をよそに天童は顔を歪めて言い放つ。
「英太くん、なんで作務衣?」
「じーちゃんにもらった。格好いいべ?」
誇らしげな瀬見に牛島や山形が、格好いいやら粋やらと褒めそやす。
それに水を差すようなことを言おうとした天童の口を、大平は素早く的確にその大きな手で押さえた。
「黙ってなさい。な?」
こくこくと頷いたのを確認し、手を離す。
レオンもダサいと思ってるんじゃん、という不平は黙殺した。
言い出しっぺの先導の元、電車に乗り、初乗り区間で降りた場所にあったのは年季の入ったバッティングセンターだった。
誰も彼もが初めて足を踏み入れ、勝手が分からない。
あれやこれやと店員のレクチャーを馬鹿馬鹿しい程、真面目に聞いていたせいで、各々がバットを手にするまで来店から5分は経っていた。
「いっぺんやってみたかったんだよね、これ」
最初にバッターボックスに立ったのは天童だった。
バットをぐるぐると回し、袖をくいっと上げてイチローも顔負けなホームラン宣言をしたにもかかわらず、その構えはバントだった。
「は?何で?」
「バントがやってみたかったんだってば」
直後、マシーンからボールが出てきたが、天童は打つ直前で避けた。
というよりも、逃げた。
「怖っ!バントとか無理!球ちっか!」
ひぃっ!と奇声を上げて両腕を擦る天童を鼻で笑い、次に立ったのは山形だった。
逆立った髪の毛を備品のメットで押し潰しながらも、普段と寸分変わらぬ男気を見せ、吠える。
「打ってやるぜ!リベロの名にかけて!」
「事件の予感しかしねぇ」
瀬見の予感は的中した。
豪快な空を切る音は聞こえたが、ボールを打つ軽快な音は一向に聞こえてこない。
3打席丸々、空振りで終えた山形が無言のままベンチに倒れ込む。
「俺はもう駄目だ…リベロとしての自信を失った…」
「大袈裟だな」
「てか、これ攻撃だし。守備っつーんだったらキャッチャーでしょ」
「防具あんじゃね?聞いて来いよ」
天童の無責任なフォローと、瀬見の考え無しな提案に復活を果たした山形は、二つ返事で受付へと走って行った。
また余計なことを。
窘めようとしたが、話題は次のバッターである瀬見へと移っていた。
「言っとくけど俺、打つからな」
大平は珍しく断言した瀬見のやる気を削がないよう、天童が瀬見のカロリーメイトを食べていることは黙っておくことにした。
メープルよりもチョコの方が好きだけど、妥協してあげる、などと傍若無人な振る舞いの天童の横に腰掛け、瀬見のお手並みを拝見する。
瀬見は手本のような、やたらと綺麗なフォームでカキーンと軽快な音をバットで奏でた。
打球は伸びに伸びて、見事にホームランと書かれた板に当たった。
しかし、天童と大平、そして受付前に居た山形の口からは揃って笑い声がもれた。
「やっば!英太くんやっば!なに今の!バットがブーメランみたく飛んでったよ!」
「瀬見ィ!今ので確実にピッチャー死んだぞ!」
「う、うるさい!他に言うことないのかよ!」
「ちゃんと自分で拾ってくるんだぞ、瀬見」
最後の砦、大平にも笑顔で送り出され、瀬見は物言いたげな顔をしながらのそのそと拾いに行った。
その様を見送りながら、大平はふと牛島の姿が見当たらないことに気がついた。
それほど広くもない店内で迷っているのかと天童と共に探しに出れば、数人の女の子に囲まれている牛島の姿があった。
「若利くんのバットもそろそろ出番かも」
さらりと飛び出た天童の下ネタを、大平は華麗にスルーし踵を返した。
次は大平の打席である。
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