涼花ちゃんストーリーまとめサイト(改)


誰も望まなかった未来


博麗神社。
そう、いつもの場所。
常に、この幻想郷で起こる物語の起点となる場所。
その日は博麗神社に、不穏な空気が立ち込めていました。


紫「幻想郷から永久に去りなさい」


涼花が中学生に上がる頃。
涼花は紫から、思いもよらない一言を告げられたのです。


涼花「ど、どうして? どうして、そんなこと言うの! 私はまだ幻想郷に居たいのに!!」
紫「それは出来ない。涼花、貴女は幻想郷の住人ではないの。このままでは幻想に囚われ、二度と外の世界に戻ることは出来なくなるのよ?」
涼花「それでも! それでも私は、みんなと一緒に居たい!」
紫「そんなこと、妖怪の賢者である私が許さないわ」
霊夢「ちょっと紫! これは何の騒ぎ!?」


二人に割って入ってきたのは霊夢でした。


紫「霊夢、邪魔しないで。これは涼花自身の問題なの」
霊夢「だからって、こんな突き放すような言い方をしなくても!」
紫「そうでもしないと、涼花は諦めないでしょ?」
霊夢「だからって…」
紫「霊夢、貴女には関係のない話よ。涼花を庇うのをやめなさい」


紫が霊夢を睨み付けますが、霊夢は一歩も引きません。
その様子を見て、紫はひとつため息を漏らしました。


紫「…分かった。一週間だけ待ってあげる。涼花を送り返す事は確定事項だから、今のうちに挨拶くらいは済ませておきなさい」
霊夢「紫、待ちなさい!」


言うが早いか、紫はその場から姿を消してしまいました。


霊夢「…あいつ」
涼花「霊夢お姉ちゃん……私、帰りたくないよ……」
霊夢「涼花ちゃん……」


その場に泣き崩れてしまった涼花。
しかし、霊夢には掛ける言葉が見当たりません。
紫の言いたいことも、分からないわけではないからです。
涼花は長く幻想郷に留まっている所為で、涼花は身も心も幻想に染まっていました。
しかし、涼花には外の世界での生活もあります。
涼花はいずれ、幻想から目覚めなければならない。それは霊夢も理解していたのです。
もしかしたら紫のように冷たく突き放すのが、涼花にとって幸せなのではないか。
紫の行動は、何も間違っていない。
そう思えてくるのです。
だから霊夢は、あえて涼花に声を掛けませんでした。
涼花を突き放したい訳ではありませんが、今はこれが最善だと、無理やり思い込むよう決めたのです。


……翌日の博麗神社。
涼花が神社を訪れると、そこにはいつもの霊夢。
そう、あれは夢だった。悪い夢だったのだと、涼花は思い込むことにしたのです。
紫が、自分を追い出すはずがないと。
そんな淡い期待を抱いて、涼花は普段通りに過ごしていきました。
……しかし現実は、夢のように甘くはありませんでした。


一週間後の博麗神社。
いつものように博麗神社を訪れていた涼花の前に、紫が姿を現しました。


紫「あらあら。今日で幻想郷から永久に去ると言うのに、随分と楽しそうだこと」
涼花「紫お姉さん……」
紫「それとも、あれが夢だったとでも思っていたのか? 私が本気で追放しないとでも思っていたのか? ……甘えるなよ涼花。お前は今日で、幻想郷の住人ではなくなる。少しは覚悟しているかと思ったが、その能天気さ。呆れ果てて言葉もない」
涼花「………」
魔理沙「…おいおい、これは何の騒ぎだ?」
紫「霧雨魔理沙。これはお前の出る幕ではない。今すぐ立ち去れ」
魔理沙「お、おい、何なんだよ?」
霊夢「涼花ちゃんを幻想郷から追放するの」
魔理沙「は? なんで?」
紫「香雪蘭涼花は、元々外の世界の住人だ。外の世界に帰る時が来た。それだけの話」
涼花「……霊夢お姉ちゃん、魔理沙お姉ちゃん。……助けて……。私、帰りたくない……」
紫「黙りなさい!」


紫が一蹴すると、涼花の背後の地面が裂け、その下には外の世界が広がっていました。


涼花「う……ぁ……」
紫「落ちたとて死にはしない。自分の家に戻るだけだ」
涼花「れ、霊夢お姉ちゃん! 魔理沙お姉ちゃん!」


涼花は二人の元へ駆け出そうとしましたが、紫がそれをさせませんでした。
紫は涼花の前に結界を張り、これ以上先へ進ませないようにしたのです。


涼花「うぅ……」
紫「さあ。飛び降りるか突き落とされるか。それくらいは選ばせてやるよ」
涼花「……私は……どっちも選ばない!」


涼花は目の前に手をかざすと、紫の結界の解読を始めたのです。


紫「!?」
涼花「こ…これくらい…」
紫「……呆れた」


紫は解読されている結界の上から、更に幾重にも結界を重ねました。
結界に触れてしまったのか、涼花の手が弾かれます。
激痛の走る手を、涼花は押さえています。


涼花「つっ!!」
紫「まさか、ここまで力をつけていたとはね。そんなに人間をやめたいのか?」
涼花「うぐ……うぅ……」
魔理沙「……もう我慢ならん!」
霊夢「紫! いくらなんでもやり過ぎよ!」
紫「……藍」


紫へと攻撃を仕掛けようとした霊夢と魔理沙の前に、藍が飛び出してきました。


魔理沙「邪魔をするな!」
藍「そちらこそ邪魔をするな。全ては……いや……。とにかく、邪魔をするのなら相手になるぞ」
霊夢「紫! あんた、こんなことをするために涼花ちゃんを守ってたの!?」
紫「………」


紫は霊夢の言葉にも耳を貸さず、結界を狭めていきます。
徐々に追い詰められていく涼花。


涼花「いや……いやだよ……」


追い詰められた涼花は、ついに足を滑らせてしまいました。
しかし外の世界へは落ちず、涼花は地面の縁にしがみついていました。


涼花「うぅ……ゆ、紫…お姉さん……た、たすけ…て……」
紫「助ける? ……お前は外の世界に帰るんだ。そこから落ちることが、お前の助かる唯一の道。もし這い上がると言うのなら……」


涼花を見下す紫の目は、冷酷な妖怪の目をしていました。
そこには最早、涼花に対する慈悲など微塵も存在していません。


紫「……さあ、元の世界へ」
霊夢「涼花ちゃん!」


しがみついていた涼花の握力は限界に達し、その体は外の世界へと落ちていきました。
それを見届けた紫は、外の世界へと繋がる亀裂を修復しました。


紫「……これで良かったのよ」
霊夢「良いはずがないわ! 少しは涼花ちゃんの気持ちも!」
紫「分かってるわよ! ……でも、こうするしかなかったのよ! 霊夢、貴女も見たでしょ? 涼花が、私の結界を解除しようとしたところを」
霊夢「………」
紫「まだ完全ではないにしろ、私の結界を理解していた。あの子は、踏み込んではいけない所まで踏み込んでいるの。これ以上は、涼花にとっても危険なことなのよ」
魔理沙「…確かに。ここのところの涼花ちゃんは、かなりの力をつけていた。だが、こんな形で追い出さなくても良かったんじゃないか? 他にも方法はあっただろ?」
紫「………」
魔理沙「……まあ、最後の挨拶もなかったのは寂しいが、送り返したものは仕方がない」
紫「そう、それで良いの」
霊夢「………」
紫「涼花の知っている幻想郷への入り口は、全て閉鎖してある。これで、涼花が再び幻想郷に訪れたら、その時は……」
魔理沙「暖かく迎え入れる…って訳じゃなさそうだな」
紫「そうね。少々荒っぽくなるかもしれないわね」


外の世界、涼花の家。
涼花が目を覚ますと、そこは涼花の自室、そのベッドの上でした。
そう、涼花は外の世界へと戻ってきたのです。
……いいえ、外の世界へと『追放』されたのです。
時間が経ち、意識が鮮明になる毎に、その現実が涼花に重くのし掛かってきます。
その現実に、事実に耐えられず、涼花の目からは涙が溢れ出てきます。
「自分は、みんなと一緒に居たいだけなのに」…と。


「やれやれ、ついに追い出されちゃったか」


泣きじゃくる涼花の耳に、聞き馴染んだ声が聞こえてきました。


涼花「む…夢魔…」


姿こそ見えませんが、夢魔だけは常に、涼花と共に存在しています。


涼花「…夢魔」
夢魔「なに?」
涼花「今から、そっちに行っても良い?」
夢魔「ええ。涼花が望むなら」


その言葉を聞いた涼花は、深い微睡みの中へと落ちていきました。


…ここは、涼花の夢の中。
姿の見えなかった夢魔も、夢の中なら会うことができるのです。
目の前に夢魔の姿を確認した涼花は、夢魔の胸に飛び込み、声をあげて泣き出しました。


涼花「夢魔…わたし、わたし……」
夢魔「何も言わなくて良いわ。貴女と私は一心同体だからね。涼花ちゃんの気持ちは、ちゃんと理解してるわ」
涼花「うぅ…夢魔ぁ…」


夢魔「…少しは落ち着いた?」
涼花「うん。ありがとう、夢魔」
夢魔「良かった。涼花ちゃんの悲しむ顔は、見たくないからね」
涼花「……ねえ、夢魔」
夢魔「なに?」
涼花「夢の中から、幻想郷に行くことは出来ないの?」
夢魔「私も、さっきから試してるんだけどね。どうやら、完全に閉鎖されたらしいわ」
涼花「そんな……」
夢魔「一応、抜け道が無いか探してみるけど、あまり期待しないでね? 幻想郷は特殊な空間だから、下手に手を出すことも出来ないからね」
涼花「………」
夢魔「とりあえず、こっちは私に任せて。涼花ちゃんはそろそろ目覚めなさい」
涼花「でも」
夢魔「ほら、今日は学校でしょ? 幻想郷からは追放されちゃったけど、貴女にはゆーちゃんと言う親友がいる。貴女は、独りじゃないの。いつまでもクヨクヨしてないで、前を向きましょ?」
涼花「……うん」

夢魔「…とは言ったものの、これからどうしようかしら? 正式な手順を踏んで追放されてるから、閉鎖されてる…と言うよりは、幻想郷に入るための手段が無いと言った方が正しいんだけど…。まあ、このままあの子が幻想郷を忘れてくれれば、それに越したことはないんだけどね」


その日を境に、涼花は外の世界……元の生活へと戻っていきました。
学校へ行き勉学に励み、親友と他愛もない話を繰り広げ、寝付いた後には夢魔に、学校であった出来事を話す。
その会話の中に、幻想郷と言う言葉が出ることはありませんでした。
このまま幻想郷を忘れてくれれば。夢魔はそう願っていました。
そして幾度かの季節が過ぎ、中学生の涼花。
至音と同じ中学に入れたと喜んでいた涼花でしたが、このところ元気がありません。
その理由を、夢魔は涼花に訪ねました。


涼花「私が、元気がない?」
夢魔「ええ。たまにため息をついたり、授業中でも上の空だったから……」
涼花「夢魔と私は一心同体。だったら、私の気持ちも分かるはずだよね?」
夢魔「………」


夢魔は答えられませんでした。
涼花と夢魔は一心同体。涼花の感情や感覚を、夢の中にいる夢魔は共有することが出来るのです。
ですが、このところ夢魔は、主である涼花の考えを共有することが出来ませんでした。


涼花「……夢魔。私の事は、しばらく放っておいて」
夢魔「でも」
涼花「お願い……」
夢魔「……分かったわ」


「分かったわ」
そう答えることしか出来ません。
涼花が夢から目覚めた後、夢魔はひとり考え込んでいました。
思い返せば、涼花の不審な点が次々と浮かび上がってくるのです。


夢魔「幻想郷から追放される前。涼花ちゃんは少しずつ力をつけていた。それは成長によるものかと思っていたけど、結界の知識を身に付けていたのはどうして? 涼花が学んだ事なら、私にも分かるはずだし……。それに、幻想郷から離れたにも関わらず、涼花は未だ力をつけ続けてる。外の世界で暮らすには大きすぎる力を……。少し、調べてみた方が良いかもしれないわね」


翌日。学校へ登校した涼花は、自分の隣の席へ視線を移します。


涼花「………」
「おはよ♪」


そんな涼花の元へ、クラスメイトがやって来ました。


涼花「あ、おはよう。……今日も来てないんだ」
「ああ、雪柳さん? 今日も休みの連絡があったみたい」
涼花「そう……」
「小学校からの友達だったよね?」
涼花「うん」
「新学期に入ってから、一度も来てないよね?」
涼花「うん。…でも、昔から病弱だったから、体調が優れないだけだと思う」

夢魔「……ゆーちゃんが、学校に来てない? そんなこと、一言も聞いてなかったけど……」

「あ、そろそろホームルームだ。じゃあ、またあとでね」
涼花「うん」

夢魔「……どうなってるの?」


その日の夜。
夢魔は涼花の通う学校の廊下を歩いていました。
薄暗い廊下を歩き、ひとつの扉の前。
そこは涼花の教室の扉。
その扉を、夢魔はそっと開きました。
教室の中は、無数の躯(むくろ)の山。その上に、涼花が佇んでいました。


涼花「足りない……。これっぽっちじゃ、全然足りない。もっともっと集めないと……」
夢魔「涼花ちゃん!」
涼花「夢魔……」
夢魔「涼花ちゃん、これはどういうこと!?」
涼花「なにが……?」
夢魔「なにがって……この状況よ!」
涼花「ああ…これ? ……これが何なのか、夢魔なら分かるでしょ? まだまだ、全然足りないの。だから…夢魔も……私に捧げて」


涼花が手をかざすと、夢魔を取り囲むように黒い靄が立ち込めました。
その靄は瞬く間に夢魔の体と呼吸の自由を奪い……そして……。


夢魔「はぁっ! はぁっ!」


夢魔は飛び起きました。


夢魔「はぁ、はぁ……。い、今のは…夢?」


辺りを見渡すと、そこはいつも通りの涼花の夢の中でした。


夢魔「……夢魔である私が夢を……それも悪夢を見るなんて、笑い話にもならないわね……」

夢魔「……いいや、現実逃避をしてる場合じゃない。私が見る夢は、涼花が実際に経験してること。…それはつまり」


涼花の夢の更に奥深く。
そこには煉瓦で出来た壁が存在します。
夢魔はその壁に触れました。


夢魔「……やっぱり」


壁に触れようとした夢魔の手は、その壁をすり抜けてしまいました。
そう、この壁の奥には空間があるのです。
そしてその空間は、ある事件の際に封鎖したはずなのですが。


夢魔「涼花ちゃん…どうして?」


今、この壁の奥には間違いなく、空間が存在しています。
涼花も夢魔も立ち入れないよう、厳重に封鎖したはずの空間が。


夢魔「………」


意を決した夢魔はその壁をすり抜け、奥へと進んでいきました。

壁の中は煉瓦のトンネルでした。
歩く度に足音が反響します。
しばらく進むと、夢魔の周りに黒い靄が立ち込めてきました。


夢魔「…同じ手は通用しないわよ?」


夢魔は背に生えたコウモリの翼を広げると、それを大きく羽ばたかせました。
それにより発生した強風は黒い靄を巻き込みながら、トンネルの奥深くへと吹き抜けていきました。


夢魔「よし、これで」
「本当に夢魔って、デリカシーに欠けるよね」


その言葉と共に、夢魔の見ていた光景はトンネルの中から涼花の教室へと変化していました。
目の前にはやはり無数の躯の山と、その上で佇む涼花の姿。


涼花「…どうしてこの場所が分かったの?」
夢魔「貴女が私に悟られず力をつけるとしたら、この場所以外に考えられないわ。だってここは、特別な場所だから」
涼花「……それで? 夢魔はこの場所に、何の用があってやって来たの?」
夢魔「もちろん、貴女を止めるため」
涼花「それは出来ない相談だね。もっともっと生気を集めて、大妖怪クラスの力を手に入れれば…正式に幻想郷へ行くことだって可能なんだから」
夢魔「やっぱり、諦めてなかったのね」
涼花「だって私は、幻想に裏切られたんだよ? このまま幻想と決別するなんて、私には出来ない。……だから夢魔、お願い。夢魔の力も貸してほしいの」


夢魔の同意を求め、そっと手を伸ばす涼花。
しかし夢魔は、その手を払い除けました。


涼花「夢魔……?」
夢魔「涼花ちゃん。こんなことは間違ってるし、許されることではないわ」
涼花「誰も許してほしいなんて言ってない。それに、この方法が間違ってるとも思ってない」
夢魔「罪のない人々の生気を奪って力を得て……貴女はそんなに人間をやめたいの!?」


その言葉を聞いて、涼花は笑いだしました。


夢魔「……何が可笑しい?」
涼花「人間やめるって……夢魔、何か勘違いしてない? 私は元々人間じゃないの。四季様の力で分類上は人間になっただけ。私の体は、未だに活字のまま。心だって偽物。こんな私のどこが人間だって言うの? ……笑わせないでよ。私は人間をやめるわけじゃない。元々人間じゃない。人間になりきれなかった、とても不完全な存在。そんな私の居場所は……幻想郷しかないんだよ」
夢魔「………」
涼花「この力を使って正式に幻想郷を訪れれば、紫お姉さんだって文句は言えないはず。その為だったら、見ず知らずの誰かを犠牲にしたって構わない」
夢魔「……そう。だったら私にも考えがあるわ」


夢魔は自身のチョーカーに埋め込まれた宝石を取り外すと、それを高く掲げました。
この宝石には、夢魔がこれまで貯えてきた生気が込められています。
その生気量、実に数万人分……。
それは恐らく、涼花の貯えた生気をも軽く凌駕するのでしょう。


夢魔「涼花ちゃん……貴女は私が止める」
涼花「………」


二人の力の差は明白でした。
涼花は手も足も出ず、夢魔の前で仰向けに倒れています。


涼花「ふふっ。さすがに勝てないか」
夢魔「………」
涼花「……で? 夢魔は私をどうしたい?」
夢魔「………」
涼花「戦って分かった筈だけど、私が手に入れた力だけを封印することなんて出来ない。私の力は夢魔の力だからね。力を封印するってことは、夢魔自身を封印すること。でも、自分自身を封印することなんて、出来やしないんだよ」
夢魔「………」
涼花「それとも……」


涼花は起き上がり、夢魔の手を自分の喉元にあてがいました。


涼花「ワタシヲ……殺シテミル? ソノ爪デ、ワタシヲ切リ裂イテミル?」


夢魔の目の前の涼花はケタケタと笑い声を上げると、黒い靄となって消えてしまいました。


夢魔「……夢から作り上げた偽物だったか」
涼花「そう、偽物。夢魔が戦ったのは、私の偽物」


背後からの声と共に、夢魔の体は紫水晶の中へと閉じ込められてしまいました。


涼花「やれやれ、やっと隙を見せてくれた」
夢魔「………」
涼花「悪いけど、しばらくそこで大人しくしてて? ……夢魔が協力してくれるって言ってくれたら、すぐにでも出してあげるけど」
夢魔「悪いけど、貴女に協力は出来ないわ」
涼花「……そっか、分かったよ。夢魔だけは、私の味方だと思ってたけど……残念だよ」


夢魔の足元に、大きな穴が開きました。
その先は夢の深淵。今の涼花からすれば、そこは都合の良いゴミ箱…なのでしょう。


涼花「……じゃあね、夢魔」


夢魔を閉じ込めた紫水晶は、夢の深淵へと落ちていきました。
それを確認した涼花は、そっと穴を閉じます。
そして一人となった涼花は、悲壮とも決意とも取れるような叫び声を上げました。


夢の深淵へと落とされた夢魔は、紫水晶の中で涼花のことを考えていました。
いったい何が、涼花をあそこまで変えてしまったのかと。
幻想郷から追放されたことだけが原因ではない。そう思えてくるのです。


「少し様子を見に来てみれば……主に捨てられた貴女を見つけるなんてね」
夢魔「あ、あんたは……ドレミー・スイート?」
ドレミー「ええ、お久しぶりです」
夢魔「……ふふ。嫌なところを見られちゃったわね」
ドレミー「……これはまた、器用な封印ですね。貴女の事を封じ込めつつ、貴女の力だけは使えるようにしてある」
夢魔「ええ。どうやら、そうらしいわ。全く、どこでこんな技術を覚えたのか」
ドレミー「どうです? 助けて差し上げましょうか?」
夢魔「……何か企んでる顔してるわね」
ドレミー「ええ、交換条件です。貴女をそこから出してあげる代わりに、涼花が幻想郷に介入しないよう仕向けてほしいのです」
夢魔「…それは無理ね。説得しようとして、このザマだからね」
ドレミー「そうですか、それは残念。出来ることなら、涼花とは戦いたくなかったのですが……」
夢魔「……ところで、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
ドレミー「はい、なんでしょう?」
夢魔「涼花が手に入れていた力について、あんた何か知ってる?」
ドレミー「それは、貴女の方がよく知っているのでは?」
夢魔「私ですら知らないから聞いてるのよ」
ドレミー「貴女の知らないことを、私が知っているとでも?」
夢魔「…それもそうよね」
ドレミー「……まあ、関係あるかは分かりませんが」
夢魔「うん?」
ドレミー「涼花の親友……確か、至音と言いましたか。彼女の生命エネルギーが、極端に低下しています。何かあるとすれば彼女でしょうね」
夢魔「ゆーちゃんが……」
ドレミー「とは言え、今の貴女は籠の鳥」
夢魔「………」
ドレミー「歯痒いですか?」
夢魔「ええ…とても…」
ドレミー「そうですか。……では」


ドレミーがひとつ指を鳴らすと、夢魔を閉じ込めていた紫水晶が砕け散りました。


夢魔「え……?」
ドレミー「ふむ。これは貸しにしておきましょう。涼花に何が起きているのか伺い知ることはできませんが、私はあの子に興味があります。そして、貴女自身にもね」
夢魔「……ありがとう。この借りは必ず返すわ」


夢魔はコウモリの翼を広げ、上空へと昇っていきました。


ドレミー「……私も甘いですね。これで解決出来るわけでもないのに」


夢の深淵から脱出した夢魔は、至音の夢へと訪れました。
夢の中の至音は、現実世界の裏返し。
自分が病弱だからこそ、夢の中では元気に遊んでいるはずなのですが…。
そこに漂っていたのは至音の気配だけ。


夢魔「まさか、夢の中の自分を形作れないほど衰弱してるの……?」


夢魔は至音の夢の中から、至音の様子を覗き見ました。

白い壁、白い天井。
一面真っ白の空間。
その中心には、白いベッドに横たわる至音の姿。
至音の体は何本もの管に繋がれ、その先には彼女の命を繋ぎ止める重厚な機械が、小さな稼働音を立てていました。


夢魔「ゆーちゃん……」
涼花「夢魔!」
夢魔「涼花ちゃん…」
涼花「夢魔、どうやって……いや、そんなことはどうでもいい。今すぐここから出ていって」
夢魔「涼花ちゃん。涼花ちゃんが幻想郷に固執してる理由って」
涼花「聞こえなかった? 今すぐ出ていって」
夢魔「涼花ちゃん、よく聞いて。幻想郷に行ったって、今のゆーちゃんを助けることなんて」
涼花「出ていけ!」


涼花の力により、夢魔は至音の夢から追い出されてしまいました。


夢魔「…なるほど。涼花ちゃんが幻想郷に固執してる理由は分かった。だけど…これは私が説得したら逆効果になってしまうわね」
ドレミー「しかし、貴女がやる以外に方法はありません」
夢魔「それは分かってる。でも、期待はしないで。もし止められなかったら…」
ドレミー「ええ、分かってます。涼花に関わった者としての責任を果たしましょう」


それから幾度かの季節が移り変わりました。
夢魔はあれ以来、夢の深淵にて力を蓄えつつ、機会を伺っていました。
涼花を圧倒的に凌駕できる力と、それを涼花に対して振るう機会を。
そして、涼花がこの世に顕現し、十年目の早春。
彼女と同じ名のフリージアが冬を越え、美しい花を咲かせる頃。
そしてその時は、ついに訪れたのです。

ここは涼花の夢の中。
様々な夢が集い、そして消えていく場所。
この場所に、夢魔は久方ぶりに訪れました。
全ては涼花を止めるため。
その為に夢魔は、自身の全てを賭ける覚悟でいました。


夢魔「涼花ちゃん」
涼花「夢魔…今更、何の用?」
夢魔「今度こそ、貴女を止める」
涼花「久しぶりに顔を合わせたと思ったら、またその話? …もう、時間がないの。どんな手段を使ってでも、私はゆーちゃんを救うために、幻想郷に行く。もう、その為の準備も整った。あとはこちら側から干渉するだけ」
夢魔「涼花ちゃん…。いい加減、夢を見るのはやめましょう」
涼花「夢魔…?」
夢魔「確かに、幻想郷ならゆーちゃんを助けることも出来るかもしれない。でもその為に、貴女は何を犠牲にしてきたの? …誰かを犠牲にして得た命なんて、ゆーちゃんが望むはずがないわ」
涼花「…そうかもね。ゆーちゃんだったら、そう言うと思うよ。でも私は! 私は…ゆーちゃんにもっと生きてほしいの! これが私の我儘だってことも分かってるけど、ゆーちゃんがこのまま死んでいいって理由にもならないよ!」


涼花の背後からもう一人の涼花。現実世界の涼花が現れ、夢の涼花と完全憑依してしまいました。


涼花『もう誰も、私の大切なものを奪わせない。私は私の我儘を貫く。そして、大切な人の死という悪夢を、私の望む吉夢へと変えて見せる』
夢魔「そう、それが涼花ちゃんの答えなのね。私は最後まで涼花ちゃんの味方でいたかったけど…今の貴女は幻想の住人ではない。この運命を受け入れるべきなのよ」


夢魔はその身に宿る全ての魔力を解放すると、それに応えるように涼花も、今まで数多の人間から集めた生命エネルギーを放出しました。
互いに全力で挑むために。


…初めは涼花が優勢でした。
しかし、夢という空間でのアドバンテージは夢魔にあります。
優勢だった涼花も次第に押されていき、苛烈な夢魔の攻撃に防戦一方となっていきました。


涼花『ど、どうして…。これだけの生命エネルギーを糧にして完全憑依までしたのに…どうして夢魔に勝てないの…?』
夢魔「それは…私が、貴女の能力の一部だから。貴女が強くなれば、私も強くなるの…」


跪く涼花に、夢魔はそっと手をかざします。


夢魔「もう、終わりにしましょう。貴女に、こんな力は似合わないわ」


夢魔、は涼花に蓄えられた膨大な生命エネルギーを吸収し始めました。


涼花『……いやだ』
夢魔「涼花ちゃん…?」
涼花『この力を失ったら…私はもう……幻想に手が届かなくなる……』
夢魔「……届かないからこそ、幻想は幻想でいられるのよ」
涼花『いやだ……私はそんなの認めない……。それを認めたら、私は……私は……』


涼花は気力を振り絞ると、夢魔の手を払いのけ、夢の世界から飛び出していってしまいました。


夢魔「涼花ちゃん!」


すぐに追おうとした夢魔でしたが、完全憑依をした状態で飛び出した涼花の行方を、夢魔は探ることが出来ませんでした。
結局、説得することも涼花から力を奪い取ることも出来なかった夢魔は、最早手詰まりと言った表情で、夢の空間を見上げていました。


現実世界へと逃げ満身創痍となった涼花は、まるで助けを求めるかのように親友の元へと向かいました。
しかし……この時すでに、親友の命の灯火は今まさに消えようとしていたのです。


涼花「ねえ…どうして?…どうして、急に…?」
至音「涼花ちゃん、ごめんね?私、今まで隠し事をしてたんだ」


病室のベッドに横たわる親友。
その体は痩せ、白い肌は更に白さを増しています。
涼花は、親友のそばに座ります。


涼花「隠し事?」
至音「十年前、涼花ちゃんに宛てた手紙。あれに、病気が再発したって書いてあったでしょ?涼花ちゃんには黙ってたけど、あの後ずっと、病気と戦ってきたんだ」


親友は窓の外を眺めます。


涼花「でもあれは、海外に行って治療したって…」
至音「ううん。本当は治らなかった。だから、今までずっと戦ってきたの」
涼花「…どうして、ひとこと言ってくれなかったの?」


涼花の問いに、親友は首を振ります。


至音「言えるわけない……言えるはずがない。涼花ちゃんは優しいから。私が病気だって知れば、涼花ちゃんは悲しむよね?私の為に、何とかしようとするよね?」
涼花「だからって…」
至音「それに…私の命は、あの時終わるはずだった。それが、今日まで延びただけ」


涼花の目からは、涙が溢れ出ています。
それを親友は、指で拭い去ります。
そしてそのまま、涼花の頬に手を添えます。
涼花はその手を握ります。


至音「泣かないで?私に、いつもの笑顔を見せて?…あの時と同じように」
涼花「……駄目だよ……出来ないよ……」
至音「お願い……」


至音の命を繋ぎ止めていた重厚な機械が、至音の命の終わりを告げていました。
涼花は親友の最期に、遂に笑顔を見せることが出来ませんでした。
目の前で息を引き取る親友。
涼花は叫びました。
親友の死を嘆いて。自分の無力さを嘆いて。
涼花の慟哭は、いつまでも、終わる事はありませんでした。
そして涼花は決意しました。
どんな手段を用いろうとも、必ず親友を蘇らせるのだと。
その手段を、涼花は知っているのですから……。


涼花の集合的無意識。
夢の入り口にあるとも、夢の深淵にあるとも、どこにでも存在するとも、どこにも存在しないとも言われている場所。
この場所に涼花が赴いた理由。それは、この場所に存在する力を解放するため。
その力の名は『夢現封遙』。涼花の望んだ夢と現実を入れ替えてしまう、奥義とも呼べる力。
この力を使えば、親友の死と言う悪夢を、親友が生き長らえると言う吉夢へと変えてしまうことが出来る。
人の運命さえも自由に操ることが出来るこの力を、涼花は使おうとしているのです。


涼花『これさえあれば……』


簡素で雑な封印を容易く解除すると、涼花は奥義の力をその身に宿しました。


涼花『……よし』


涼花は奥義発動に必要な呪文を唱え始めました。


夢魔「涼花ちゃん!」


夢へ訪れた涼花を、ようやく見つけ出すことが出来た夢魔。


夢魔「涼花ちゃん…それだけは使ってはいけないって言ったはずでしょ?」
涼花『………』
夢魔「涼花ちゃん」
涼花『もう遅い…夢は今こそ現となりて、我が望みを叶えん。奥義、夢現封遙!』


涼花が夢現封遙を発動させると、涼花の周りにに黒い靄が立ち込めました。


涼花『ゆーちゃん…今、蘇らせるからね…』


これで願いは成就される。涼花はそう思ったことでしょう。
しかし、夢現封遙は涼花の願いを叶えることなく、その力を暴走させてしまったのです。
…涼花の唱えた呪文は、不完全なものでした。
最後の最後。たった一節の言葉が抜けていたのです。
それが原因なのですが、今の涼花にそれを伺い知るすべはありません。


夢魔「いけない!」


危険を察知した夢魔は、涼花を突き飛ばしました。
すると、黒い靄から現れた無数の黒い棘が、夢魔の体を刺し貫いたのです。


涼花『む、夢魔!?』


黒い靄は消えてしまいました。
後に残ったのは、横たわる夢魔と、呆然と立ち尽くすだけの涼花だけ。
奥義は…失敗に終わりました。
それだけでなく、涼花は大切なものを二つも失ってしまったのです。


数日後…。
ここは人里離れた山の中。
そこを涼花は訪れていました。
全ての準備を整えた涼花は、自身に宿った全ての力を解放させます。
すると空に亀裂が走り、空間が裂け、その先には、懐かしき原風景が広がっていました。


涼花「ゆーちゃん…夢魔…。もう少しだけ待ってて」


涼花が軽く念じると、涼花の体は宙に浮き、その空間の裂け目へと入っていきました。
大切なものを取り戻すために、涼花は幻想への帰還を果たすのです。


幻想へと帰還した涼花の元に、何かが飛来してきました。
それは懐かしき弾幕。それも、妖怪の賢者と言われる者の弾幕。
しかし今の涼花は、それを難なく回避しました。


紫「久しぶりね、香雪蘭涼花」


涼花の目の前に音もなく現れたのは、八雲紫でした。


涼花「そうだね。本当に久しぶり、紫お姉さん」
紫「どうして、幻想郷に戻ってきたの? ……しっかりと追い出したはずなのに」
涼花「どうせ全部知ってるんでしょ? 私が大切なものを失ったことも、どうして幻想郷に帰ってきたのかも」
紫「……ええ、知っていたわ」
涼花「知ってたのなら、どうしてゆーちゃんの事を教えてくれなかったの?」
紫「知れば貴女は幻想に頼ろうとするから。人の生死は自然の摂理。その運命をねじ曲げてはいけないの」


言い終わるが早いか、紫の顔の横を鋭い弾道が掠めていきました。


涼花「でもそれは、ゆーちゃんが死んでいい理由にはならないよね?」
紫「貴女は、至音に依存しすぎなのよ。ちゃんと見送ることも、親友である貴女の務めではなくて?」
涼花「生と死の境界を操れる紫お姉さんに、そんなこと言われたくないよ。あらかじめ教えてくれたら、ゆーちゃんは死ななかったかもしれないのに。今だって紫お姉さんがゆーちゃんの生と死の境界を操ってくれたら」
紫「大切なものを二つも失ってなお、貴女は何も理解していないようね」
涼花「いや、ちゃんと理解してるよ。これは夢。ただの悪い夢。夢だから、自分の好きなように操作出来る。たとえ、親友の死でさえもね」
紫「単なる欲を夢と言い換えたところで、何も解決しないわよ?」
涼花「………」
紫「口で言っても分からないようね。だったら、今度こそ幻想郷に来られないよう、幻想に頼れないよう、私が貴女の力を封印してあげる」
涼花「出来るものならね」


言い終わると涼花は肉体ごと夢世界へと入り込み、紫の前から姿を消しました。
取り残された紫は、天を仰ぎ見ます。


紫「……私は、間違っていたのかしら?」


涼花「誰にも理解されなくていい。私は私の力で、失ったものを取り戻す。誰にも邪魔はさせない」


以来涼花は、あらゆる方法を探し続けました。
しかし、亡くなった者の魂を呼び戻す術などあるはずもなく…涼花の焦りは次第に怒りへと変わっていきました。
奥義を完全なものとするため、妖精や妖怪、果ては月の民や神のエネルギーをも手に入れようと、涼花は幻想郷を奔走していました。
その行動も次第にエスカレートしていき、今や幻想郷で彼女を庇ってくれるのは……博麗霊夢のみとなっていたのです。
そんなある日の事。
涼花は、ある少女の呼び声を耳にしました。
その声に導かれるように、涼花は声のする方向へと向かっていきました。
その呼び声はあるいは、今の涼花を本当の意味で救うための、小さな希望の声だったのかもしれません……。


涼花ちゃんと涼花ちゃんへ続く