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涼花ちゃん


これは、涼花ちゃんが、幻想郷に訪れるまでのお話である。
外の世界の小学校


「…………」
教室の窓から、外の景色をボーッと眺めているのが涼花ちゃんだ。
今と比べると少し暗い子だった。
涼花ちゃんが窓の外を眺めていると…。
「涼花ちゃん」
とても透き通った声が聞こえた。
涼花ちゃんが振り向くと、そこには白髪の少女が微笑んでいた。
「あ…ゆーちゃん…」
この少女は、涼花ちゃんの数少ない友達の一人『ゆーちゃん』だった。
肌も髪も真っ白で、いつも真っ白なワンピースを着ていたため、涼花ちゃんが「幽霊みたいだから」と、ゆーちゃんと呼んでいた。
涼花ちゃんとしてはからかったつもりだったのだが、ゆーちゃんはそのあだ名が気に入ってしまい、涼花ちゃんの側で一緒に遊ぶようになったのだ。
「何してるの?」
「…なんでも」
「そう。今日、水槽の掃除当番だよ?」
「そうだね」
「…やらないの?」
「やるけど…面倒なの…」
「そう?私は動物とか好きだから、面倒だとは思わないけどな」
「わたし、そんなに動物好きじゃないから」
「…この前、猫飼いたいとか言ってたのに?それに、嫌いなのは蛙だけでしょ?ほら、早く掃除しないと、先生に怒られちゃうよ?」
「むぅ〜…わかったよ…」
「うふふ♪」


涼花ちゃんとゆーちゃんは、本当に仲が良かった。
どんな時でも一緒に行動し、一緒に遊んだ。
一緒に行動を共にし、涼花ちゃんも、自然と笑顔になっていった。
そんなある学校の帰り道…。
「…それでね?」
「へぇ〜、そうなん……ん?」
「…涼花ちゃん、どうしたの?」
「…何か聞こえなかった?」
「ん〜…」
「ミャー…」
「…聞こえた…仔猫の鳴き声だ」
「こっちからだよ!」
「あ、涼花ちゃん!」


「ミャー…ミャー…」
「居た!」
「やっぱり仔猫だったね」
「…捨て猫かな?…拾ってくださいって書いてあるし…」
「ミャー…ミャー…」
「はわぁ〜…可愛い…」
「…でも、この子達、どうするの?」
「このままにしておくのは可哀想だよ…」
「…でも、私の家は、パパとママがダメって言うから飼えないよ?」
「わたしだって、お兄ちゃんがダメって言うだろうし…」
「…どうしよう…」
「ん〜……あ、わたしたちの秘密の場所!あそこで飼おうよ!」
「そうだね。あそこならバレないし」
「それじゃあ、秘密の場所まで運ぼう?」
「うん」


秘密の場所。
学校の近くの山の中。
その山の中に『秘密の場所』と呼ばれる岩の空洞がある。
数十年前に落石が起こり、偶然出来た空洞。
岩と岩が支え合い、決して崩れる心配はない。
近くには小川も流れており『秘密基地』としても十分な場所である。
そこに、涼花ちゃんとゆーちゃんは色々なものを持ち込み『秘密の場所』と呼んで遊んでいた。


「ふぅ…疲れたよ…」
「お疲れさま。さあ、ここが、あなた達の新しいお家よ」
「ミャー」
「色々なものがあるから、興味津々って感じだね」
「そうだね」
「でも…餌とかどうしよう…わたし、お金ないよ?」
「給食のパンとかを、こっそり持ってくれば大丈夫だよ」
「そっか。それより、名前を付けてあげないと」
「そうだね…シロとかみぃちゃんとかだと、ありきたりだしなぁ…」
「シロだと犬っぽいしね」
「…よし」
「決まった?」
「…リラ」
「リラ?お花の?」
「そう。お花の名前なら、わたしたちが会話しててもバレにくいでしょ?」
「なるほど、それでリラ…良い名前だね。あなたは今日からリラよ?」
「ミャー」
「うふふ♪気に入ったみたいだね」


こうして、涼花ちゃんとゆーちゃんは、秘密の場所でリラを育てることにした。
何度もバレそうになったが、その都度、なんとか誤魔化した。
二人と一匹で過ごす日々は本当に楽しいものだった。
しかし…。


「ごめん、遅くなっちゃった」
「…………」
「…ゆーちゃん?」
「涼花ちゃん……」
ゆーちゃんは、リラを抱えたまま動かなかった。
「…どうしたの?」
「…………」
ゆーちゃんは答えなかった。
よく見てみると、リラはぐったりしていて、呼吸も弱々しかった。
「た、大変!早くお医者さんに見てもらわないと!」
「……だめだよ」
「…え?」
「リラは…助からない…」
「な、なんで…?」
「…病気なの…治らないの…」
「でも、お医者さんに見せれば…」
「もう…だめなんだよ…」
「…なんでそうやってすぐ諦めるの!やってみないとわからないでしょ!」
「もうだめなの!助からないの!それに、リラの事を考えると、これ以上苦しんでほしくないの!」
「だったら…リラの事を考えるなら!もっと生きたいって思うはずだよ!」
「…………」
「…わたしはお医者さんに連れていくよ?…いいよね?」
「…………」


「…助からないんだよ…私みたいに…」



この町にある動物病院まではかなりの距離がある。
その長い距離を、涼花ちゃんはひたすら走り続けた。
リラを助けたい。その一心で。

「…あ、涼花ちゃん」
買い物帰りのRYOが通りかかった。
「あ、お兄ちゃん!」
「…どうしたんだ?血相を変え…うわっ!?」
涼花ちゃんは、RYOが乗ってきた自転車に飛び乗った。
「お願い!急いで動物病院まで連れてって!」
「な、なに?動物病院…?」
「いいから早く!」
「わ、わかったよ…まったく、後でちゃんと説明してもらうからな」
「説明するから早く!」


数分後、涼花ちゃん達は動物病院に辿り着いた。


「……どうですか?」
「ふむ…難しいところだね…注射を射ったけど…何とも言えないところだね」
「そう…ですか…」
「一応、薬は出しておくよ。後は、この子次第だ。近くで見守ってあげなさい」
「はい…」


「…で?これはどういう事?」
「………」
「…黙ってたら分からないよ?」
「……実は」


涼花ちゃんはリラを拾ったときの事。そして、これまでの事を話した。
「……そうか」
「…ごめんなさい」
「…素直に言ってくれたから、これ以上は何も言わないよ」
「……リラは……」
「…捨てるわけにもいかないだろう」
「…じゃあ、飼ってもいいの?」
「ああ」
「ありがとう」
「ただし、処方された薬が終わるまでだ」
「うん、わかった」
「…それで?」
「ん?」
「ゆーちゃんとは、仲直りしないのか?」
「…それは…」
「…まあ、あまりとやかく言うつもりはないけどね」
「…………」


その日の夜


「…ゆーちゃん…すこし、言い過ぎちゃったかな…」
布団の中で、涼花ちゃんはゆーちゃんに対して言ったことを後悔していた。
「…言い過ぎちゃったかな…。でも、ゆーちゃんだって、あんなこと言わなくても…」
しかし、涼花ちゃんは考えることをやめた。
そう、明日、謝って仲直りすればいいのだから。
そう思い、涼花ちゃんは眠りについた。




気が付くと、涼花ちゃんは暗闇の中に居た。
「…あれ?ここ、どこだろ…」
辺りを見渡す。すると。
「あ、ゆーちゃん」
ゆーちゃんが、向こうを向いて立っていた。
「ゆーちゃん!」
しかし、ゆーちゃんは振り向くこと無く歩いていく。
「ゆーちゃん、待って。わたし、ゆーちゃんに…」
涼花ちゃんが手を伸ばす。しかし…。
「あ……あぁ……」
そこに有る筈の腕が無かった。
よく見ると、涼花ちゃんの腕は、光の粒となって消えている。
「こ…これって…まさか…!」
涼花ちゃんは元々、妄想から生まれた存在。
人々の記憶から消えてしまえば、涼花ちゃんの存在も…。
「いやだ……消えるの…やだよぉ…。…ゆーちゃん…ゆーちゃん!」
ゆーちゃんの元へ走り出そうとする。
しかし、走れない。
足も、光の粒となって消えている。動くことが出来ない。
「ゆーちゃん!わたしだよ!涼花だよ!」
しかし、ゆーちゃんは振り向くことは無い。
「今日の事で怒ってるの…?だったら、今日の事は謝るから!だから…だから、行かないで!わたしを……わたしを忘れないで!消えたくないよぉ!」






「ゆーちゃん!」
気が付くと、涼花ちゃんは布団の中に居た。
「はぁはぁ…ゆ、夢…?」
時計を見る。
針はまだ午前の三時を指していた。
「…ゆーちゃん…わたし…消えたくないよぉ…」
涼花ちゃんはその場に踞った。
目を閉じたくない。
目を閉じれば、またあんな夢を見てしまう。
寝たくない。
もう、あんな夢を見たくない。
自分の存在の事を忘れ去られる夢。
自分の存在が消え去る夢。
…リラも、今のわたしと同じ気持ちなのだろうか…?
死にたくない。
生きたい。
もっと、色んな事をしたい。
でも、死んでしまったら…消えてしまったら…。
二度と会う事も出来ない。
お話しも出来ない。
一緒に遊べない。
そんなのは…嫌だ…。
孤独は…嫌だ…!
消えるのは嫌だ!





次に気が付いた時、窓からは太陽の光が差し込んでいた。
どうやら、知らず知らずの内に眠ってしまっていたようだ。
時計を見ると、午前の七時を指している。
あの夢の事が気になるが、今は学校に行かなければならない。
涼花ちゃんは朝食をとり、リラに餌と薬を与えてから学校へ向かった。
学校への道、涼花ちゃんは考えていた。
夢の事もそうだが、ゆーちゃんにどんな顔をして話し掛ければいいのか。
いつものように、明るく挨拶をして、それから昨日の事を謝ろうか。色々考えた。
考え事をしていると、時が経つのが早く感じるもの。あっという間に学校に着いてしまった。
ここまで来てしまったからには仕方がない。
考えたって仕方がない。いつも通りに接すれば。
涼花ちゃんは教室の扉を勢い良く開け。
「おはよう♪」





「……あれ?」
教室の時計は、午前の八時を指していた。
普段、この時間にはゆーちゃんが来ている筈なのだが、今日は来ていない。
「珍しいな…ゆーちゃん、まだ来てないなんて…」
たまにはそう言う事もあるのだろうが、昨晩の夢の事もあって、どうしても、考えたくもない事を考えてしまう。
もしかして、わたしが昨日言い過ぎたから、学校に来てないのか?とか、昨日はあのまま、秘密の場所に行かなかったから、わたしの事をずっと待ってて、風邪を引いてしまったのではないか?とか…。
やはり、考え事をしていると、時間が経つのが早く感じる。
教室に担任の先生が入ってきた。
「ほら、席に着きなさい」
ざわついていた教室が静かになった。
いつもなら、日直が号令を掛けるのだが、今日の日直はゆーちゃんだった。
ゆーちゃんはまだ来ていない。
その為、別の子が号令を掛けることになった。

起立。
礼。
「おはようございます」
着席。
「それでは出席を…」
「先生」
涼花ちゃんは、まだ来ていないゆーちゃんの事が心配になって、先生に質問した。
「あの…ゆーちゃんは…」
「ああ、今日は体調が良くないから、学校を休むそうだ」
「…そう…ですか…」
不安になってきた…。
まさか本当に、わたしが原因で…?
その日の授業は、まったく頭の中に入らなかった。
わたしのせいで…。そう考えると…。


放課後、涼花ちゃんはゆーちゃんの家に行ってみることにした。
せめて一言、謝りたかった。

涼花ちゃんは、ゆーちゃんの家の呼び鈴を鳴らした。
程無くして扉が開いた。
「あら、涼花ちゃん。こんにちは」
出迎えたのは、ゆーちゃんのお母さんだった。
「こんにちは。あの…ゆーちゃんは…」
「……その事なんだけど…」


病院。
ここは、町一番の病院である。
毎日、多くの患者が訪れている。
そこのある病室。
そこに、ゆーちゃんは居た。
「ゆー…ちゃん…?」
「…ごめんなさい。娘の一番の友達である涼花ちゃんには、いち早く知らせたかったのだけど…」
「…重い病気なの…?」
「…………」
「…大丈夫…だよね?また、元気に学校に来れるんだよね…?」
「…ここじゃ話しづらいから、外で話しましょう…」
『話しづらい』
この単語を聞いたとき、幼い涼花ちゃんでも、何かを感じていたのかもしれない…。

ゆーちゃんのお母さんは、ゆっくりと話し始めた。
「…あの子は…大丈夫…。また、すぐに…元気になるわ…」
「…ゆーちゃんのお母さん…嘘は…言わないで?」
「…………」
「わたしなら大丈夫だから…。わたしは…本当の事が知りたいの…。少しでも…少しでも、ゆーちゃんの力になりたいの…」




再び、涼花ちゃんはゆーちゃんの病室に入った。
ゆーちゃんは、まだ眠ったままだ。
「ゆーちゃん……」

ゆーちゃんは、産まれたときから、重い病気を抱えていた。
髪が白くなってしまったのは、その病気が原因だった。
まだ、効果的な治療法が見つかっておらず、産まれたときは、小学校には通えないかもしれないと言われた。
それでも、ゆーちゃんは頑張って生きてきた。
なのに…。
「…………」
「……涼花…ちゃん…」
「あ…ゆーちゃん…」
「来て…くれたんだ…」
「うん…」
「ありがとう…」
「…あのね?…わたし…ゆーちゃんに…謝りに来たの…」
「謝る…?」
「昨日、リラの事で……言い過ぎちゃったから…。…ごめん……」
「…ううん…私こそ、ごめんね?…あんなこと言って…」
「うん…。でも、なんで…?」
「…私ね?もう、長く生きられないんだ」
「そ、そんなこと…」
「…パパとママが話してるの、聞いちゃったんだ…。私はもう、長くはないって…」
「………」
「弱ってるリラを見たとき、すぐに分かったの…この子は、私と同じなんだって…。治らないんだって…。治療をして…苦しんで…ほんの少ししか生きられないのなら…。私と同じように…苦しむくらいなら…せめて…リラだけは…」
「…リラなら…大丈夫だよ」
「…え?」
「お医者さんは、もしかしたら治るかもしれないって言ってたの。リラだって、苦しんでるけど、諦めてないの。諦めずに生きようとしてるの…。だから…ゆーちゃんも諦めないで…」
「涼花ちゃん……そうだよね…ありがとう…」


こうして、リラとゆーちゃんの闘病生活が始まった。
リラの看病をしながら、涼花ちゃんは毎日、ゆーちゃんのお見舞いに行った。


そして、数日が経ったある日…。


「ミャー」
「よかった、元気になって」
涼花ちゃんの看病の甲斐もあって、リラは危険な状態から脱することが出来た。
「そうだ、この事をゆーちゃんにも話さないと」
時計を見る。
時計の針は、午後八時を指していた。
「…今日は遅いから、明日話してあげよう」
そう思い、涼花ちゃんは眠りについた。


気が付くと、そこは暗闇だった。
そしてやはり、向こうにはゆーちゃんが居た。
また…あの夢だ…。
嫌だ…。もう、こんな夢は見たくない…。
ゆーちゃんは、絶対に元気になるはず。だから…こんな夢は見たくない!
涼花ちゃんは力一杯叫んだ。
「ゆーちゃん!」
しかし、涼花ちゃんの声は届かなかった。
何度も叫ぶが、その声は届かない。
ゆーちゃんだって、諦めないって言ってたのに…リラだって助かったのに…なのに…なんで…また、この夢を…。




次に気が付いたとき、涼花ちゃんは布団の中に居た。
「……また…あの夢……」
リラも元気になったし、ゆーちゃんも、生きようと頑張っている。
それなのに、またあの夢を見た。
…胸騒ぎがした。
時計の針は、午前八時を指している。
今日は日曜日。学校は休み。
涼花ちゃんは胸騒ぎの原因を確かめるため、ゆーちゃんが入院している病院へと急いだ。


「ゆーちゃん!」
ゆーちゃんの病室には、ゆーちゃん、ゆーちゃんのお父さんとお母さん、そして、病院の先生がいた。
「涼花ちゃん…」
「ゆーちゃん…」
ゆーちゃんには、酸素吸入や点滴の管が繋がっていた。
「涼花ちゃん…ごめんね?…私、もう…だめみたい…」
「そんな…」
「ごめん…涼花ちゃん、あんなに…励ましてくれたのに…」
「…リラの病気…治ったんだよ?もう、大丈夫なんだよ…だから…ゆーちゃんも…」
「そっか…リラ…助かったんだ……よかった…」

「ゆーちゃん…」
「…パパ、ママ…今まで…ありがとう…。私、パパとママの子供に生まれて…幸せだったよ…」
その言葉を聞いて、ゆーちゃんのお母さんはその場に崩れ落ちた。
お父さんも、顔を背けて泣いている。
「それから…涼花ちゃん…」
涼花ちゃんは、涙を堪えていた。
もし、これが本当に最後なら、ゆーちゃんを不安にさせたくないから…。
「私…涼花ちゃんの…お友達でいられて…嬉しかった…幸せだった…」
「わたしも…わたしもだよ…」
涼花ちゃんは、ゆーちゃんの手を握り締めた。
堪えていた涙が溢れ出し、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「…ねえ、最後にひとつだけ…お願いを…聞いて?」
「…なに…?」
「…涼花ちゃんの…笑顔がみたいの…」
「うん…うん…」
涼花ちゃんは涙を拭き、今までで最高の笑顔を見せた。
溢れ出る涙を、必死に堪えながら…。
「ありがとう…涼花ちゃん…」
そして、ゆーちゃんは、静かに…眠りにつくように…目を閉じた。
「ゆー…ちゃん…?」
心電図の音が、ゆーちゃんの最後を告げていた。
「…ゆーちゃん?」
ゆーちゃんの体を揺するが、ゆーちゃんは目を覚まさない。
「いやだよ…いやだよ…こんなの…。わたし…ゆーちゃんともっと…お話ししたかったのに…」
ゆーちゃんは、もう二度と、目を覚ます事も…。
「色んな事をしたかったのに…それなのに…お別れなんて…いやだよ…ゆーちゃん……」
涼花ちゃんの問い掛けに答えることも…。
「うぅ…ぅあ……あああああああっ!!」
声にならない叫びが、病室内に木霊する。
こんな別れは…嫌だ。
もっと一緒にいたい。
生きていてほしい。
そう願ったとき…。




・…………トクン…………・




「………え…?」



…トクン…トクン…。



「…ゆー…ちゃん…?」
奇跡が起こった。
ゆーちゃんの鼓動が伝わってくる。
止まった筈のゆーちゃんの心臓が、微かに動き始めている。
そして…。
「涼花…ちゃん…?」
「ゆーちゃん…ゆーちゃん!」
二度と目を覚まさないと思われていたゆーちゃんが、ゆっくりと目を覚ましたのだ。
ゆーちゃんのお父さんとお母さん、そして先生も、驚きを隠せない。
まさに、奇跡が起こったのだ。
「よかった…よかったよぉ…」
「涼花ちゃん…涼花ちゃん…!」
そして、二人はいつまでも、お互いを抱き締めていた。


奇跡は更に続いていた。
なんと、ゆーちゃんの体から、治らないと言われていた病が、跡形もなく消えていたのだ。
そして数日後、最終的な検査を終えたゆーちゃんがようやく退院し、学校にも通えるようになった。
学校の皆による退院パーティも、盛大に行われた。




それから更に数日後…。




涼花ちゃんは秘密の場所に来ていた。
「…ちょっと早かったかな…」
いつものこの場所で、ゆーちゃんと遊ぶ約束をしていたのだが、涼花ちゃんは少し早く着いてしまった。
「…でも、不思議だな…リラもゆーちゃんも、治らないかもしれないって言われてたのに…」
「その答えを…正体を、教えてあげましょうか?」
背後から、女性の声が聞こえた。
「だ、だれ?」
涼花ちゃんは、恐る恐る振り向いた。
そこには、派手な衣装に身を包み、日傘をさし、口元を扇で覆った、金髪の女性が立っていた。
ここに入った時は居なかったのに、いつの間に入ってきたのだろう。
「…お姉さん…だれ?」
「私の名は『八雲紫』。周りの者からは紫と呼ばれているわ」
「あ…はじめまして…わたしは…」
「涼花ちゃん…でしょ?」
なぜ、この人は私の名前を?
「私は、貴女の事を何でも知ってるわ。貴女自身の存在の事も、貴女が見た夢の事も。それから、奇跡の正体もね」
わたしの存在の事まで知ってる…いったいこの人は…。
そして、奇跡の正体とは…。
「リラやゆーちゃん…彼女達が助かったのは、実は奇跡ではないの」
「奇跡じゃ…ない…?」
奇跡ではない…どう言う事なのか…。紫は更に続けた。
「リラの病気を治したのも、ゆーちゃんの病気を治したのも…涼花ちゃん、貴女の力なのよ」
「わたしの?」
「そう。涼花ちゃんの、夢を操る力の影響よ。その力で、リラとゆーちゃんの病気を治すことが出来たのよ」
知らなかった…。そもそも、わたしにそんな力があったなんて知らなかった。
「自覚はしてないのね…。でもね?涼花ちゃんのした事は、人の運命や、生と死の境界に関わること。涼花ちゃんの様な存在が、人の生死に関わってはいけないの。このままだと、貴女の存在は消えてしまうかもしれない。あの時、涼花ちゃんが見た夢のようにね」
「消える…わたしが…?」
「そう。それが、妄想から生まれた者の運命よ」
「いやだ…消えるのは…いやだよ…せっかく…ゆーちゃんと一緒にいられると思ったのに…」
「消えたくない?」
「消えたくない!」
「そう。まあ、方法が無いわけでもないわ」
「え…?それって…?」
「それは…」




数分後、ゆーちゃんが秘密の場所にやって来た。
「ごめん、涼花ちゃん。待った?」
「あ…わたしも、今来たところだよ…」
「…元気無いね?どうしたの?」
「あ…その…」
「…?」
「…実はね?わたし…遠いところへ行かないといけなくなっちゃったの…」
「ふ〜ん。でも、すぐに帰ってくるんだよね?」
「…わからない…でも、そんなに長い間じゃないと思う…。だから…しばらくは会えなくなっちゃうの…」
「そっか…じゃあ」
「……?」
「今から写真を撮ろうよ」
「え?」
「ほら、どれくらい長くなるか、分からないんでしょ?だったらその間、寂しくないように、ね?」
「あ…うん!そうだね」
「それじゃあ、リラも一緒に」
「うん」


「それじゃあいくよ?…ハイ、チーズ」


カシャッ






幻想郷。
博麗大結界により、閉ざされた世界。
妖怪や妖精、悪魔や神、そして、少数の人間等が住む世界である。
その、幻想郷の上空に、紫と涼花ちゃんがいた。
「綺麗なところでしょ?」
「うん…」
「…永遠の別れって訳でもないんだから、少しは元気を出しなさい?」
「…うん」
「…それじゃあ、これから『是非曲直庁』へ行くわよ。あそこの閻魔なら、何とかしてくれると思うから」


紫が提案した方法。それは、あらゆる物事の白と黒を分ける能力を持つ、幻想郷の閻魔に、涼花ちゃんの裁判を受けさせる、と言うものだった。


三途の川を渡った先にある建物。
それが是非曲直庁。
死んだ者の魂が、裁判を受けるところである。
外の世界の閻魔、幻想郷の閻魔等がいるが、今回会いに来たのは、幻想郷の閻魔『四季映姫・ヤマザナドゥ』である。


「判決。黒。さあ、次の魂を…」
「こんにちは、閻魔様」
「貴女ですか…。見ての通り、私は今、忙しいのです。そもそも貴女は…」
「説教は後でたっぷり聞いてあげる。でも今は、この子を見てちょうだい」
「…どうも…」
「この子は…なるほど、そう言うことですか」
「……?」
「今度はいったい、何を企んでいるのですか?」
「あら、私は良心から、この子をここへ連れてきたのよ?」
「…まあ、そう言うことにしておきましょう。涼花よ、前へ」
「あ…は、はい」
「それじゃあ、終わったら知らせてちょうだい?」
「では、特別裁判を開廷します」



裁判はとても簡単なものだった。
四季映姫が浄破璃鏡を覗き、判決を言うだけのものだった。


「ふむ…妄想から生まれた存在であるにも関わらず、その能力を使い、人間や動物の命を救いましたか…。しかし、涼花本人に、能力の自覚は無し…」
「…………」
「…分かりました」
「…………」

「本来、妄想、想像から生まれた存在は、直接的に人間や動物の命を救う事は出来ません。何故なら、妄想、想像から生まれた存在と言うものが、とても不安定な存在だからです。人間や動物の命を救うと言うことは、貴女の寿命を引き延ばす行為。それ自体は罪にはなりませんが、それがいつまでも一緒にいたいと言う思いとなり、最終的に、その人間を不老不死にしてしまう可能性があるからです。しかし、涼花はまだ幼い。更に、自らの能力を自覚していなかった。そこを考慮し、貴女が行うべき善行を言い渡します」
「…………」
涼花ちゃんは反論もせず、無言のまま、判決を待った。
すべてを受け入れる覚悟が出来たわけではないが、閻魔様の言うことなら仕方がないと、半ば諦めていたのかもしれない。
四季映姫は、静かに判決を言い渡した。
「涼花よ。私が良いと言うまで、この幻想郷の住人となり、幻想郷の者達と共に暮らしなさい。そして、思い出を沢山作りなさい。それが、今の貴女に出来る善行よ」
「…え?」
「幻想郷の住人には、妖怪や幽霊がいます。その者達の記憶に残ることが出来れば、貴女は消え去ることはないわ」
「あ…は、はい!頑張ります!」
「あら、終わったみたいね」
裁判が終わったと同時に、紫がやってきた。
「さて、次は貴女の番ですよ?」
「説教は、涼花ちゃんを新居に案内してからよ」
「逃げるのですか?」
「あら、閻魔様はこの子が野妖怪に食べられても良いと言うのね?」
「…分かりました。では、涼花を新居に案内したら、必ずここへ来るように」
「さあ、涼花ちゃん。この世界の事とかルールとか弾幕とか…話すことが山ほどあるわよ」
「…聞いてますか?」




こうして、涼花ちゃんは幻想郷で暮らすこととなった。
幻想郷での生活には、すぐに溶け込むことが出来た。
更に、友達も沢山増えた。
幻想郷での生活は、とても充実したものだった。
しかし、涼花ちゃんは、どんなに幻想郷での生活が楽しくても、ゆーちゃんやリラの事を片時も、忘れたことがなかった。
いつか必ず、ゆーちゃんとリラの元へ帰ることが出来ると信じて…。
そして、ゆーちゃんとリラ。二人と一匹で、また一緒に遊べる事を夢見て…。



終わり