涼花ちゃんストーリーまとめサイト(改)
梅雨
幻想郷でも外の世界でも、変わらず訪れる季節。梅雨。
幻想郷は本日も、生憎の空模様です。
「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん♪」
ここは人間の里の外れ。
先日から降り続いている雨は道に、轍に、窪みに、水溜まりを作っています。
梅雨の雨空の下に出てくる者は、変わり者の人間か妖怪か、或いは傘を忘れた者でしょうか。
「ふふふ♪良い天気♪」
この妖怪の事を忘れていました。
雨の中、新調した長靴を履いて、陽気に歌まで歌いながら、多々良小傘は土砂降りの雨を、心行くまで堪能していました。
「こういう天気でこその私ってものよね〜♪」
長靴で水を蹴りながら、陽気に、気楽に、宛もなく歩いていきます。
時折、くるくると傘を回しては、キラキラとした雨露を、周囲に飛ばして見せます。
「それにしても、良い天気ね」
傘に当たる雨の律動が、水溜まりに落ちる水滴の音色が、時折優しく吹く風の旋律が、雨空の奏でる全ての音と言う音が、小傘の心を、体を満たしていきます。
「気持ちいい…」
瞳に映る景色、雨音の演奏、頬を撫でる風と、水の飛沫の冷たさ。
その全てを全身で感じながら、小傘の足取りは次第に軽くなっていきます。
ウキウキワクワク、まるで子供のようにはしゃぎながら、小傘は雨の中を歩いていきます。
わざと深そうな水溜まりを歩いてみたり、水を蹴り上げては傘で受け止めてみたり。
或いは傘を回して、その回転に合わせて自分が回ってみたり。
すると目の前に、一本の大きな木が見えてきました。
小傘は思わず足を止めます。
何の変哲もない大木。幻想郷に、似たような場所は何ヶ所もあります。
しかし小傘は、この場所に覚えがありました。
「ここって確か……」
あの時も同じ様な、土砂降りの雨でした。
この大木の下で、雨宿りをする二人の少女。
一人は、命蓮寺に居候をしている妖怪の少女。
もう一人は、少し前に幻想郷にやってきた、花のように可憐な人間の少女。
「懐かしい。あれから結構経つけど…最近はあまり会ってないな…」
小傘は持っていた傘を閉じ、その大木の下で雨宿りをしてみます。
聞こえてくるのは、葉に雨の当たる音や、葉に溜まった水滴が水溜まりに落ちる音。
傘を差している時とは、また違った音色を奏でています。
小傘は暫くの間、その旋律に耳を傾けることにしました。
雨空の下を歩いている時の音色は、水を踏む音や、傘に雨粒の落ちる音と言った、軽快な律動に対し、雨宿りの音色は、周りの音が雨音でかき消された、静寂の音色。
自分が、ひとりぼっちになってしまったかのように思えてしまうほどの、悲壮な静寂を奏でていました。
「…それは心細くもなるわね」
雨宿りをしていた、二人の少女の気持ちを理解した小傘は、また、雨空の下を歩き始めました。
雨音の奏でる律動に、心を弾ませながら。
「雨か…じめじめするし濡れるし、あまり好きじゃないのよね…」
ここは命蓮寺。
窓の外に広がる雨空を、頬杖をつきながら、退屈そうに眺める封獣ぬえ。
寺の住人は、掃除をしたりお経を読んだりと、忙しなく騒がしくお勤めをしている筈ですが、そんな喧騒も雨音にかき消され、ひとり退屈な時間を過ごしていました。
「こんな雨の日だと、どこかへ出掛けるのもね…」
これで何度目になるのか、深い溜め息を吐くぬえ。
誰かが来れば、この退屈も紛らわすことが出来るでしょうが、空には厚い雲が掛かり、止む気配を見せていません。
こんな日は皆、出掛けることを考えず、家で引き籠もっているのでしょう。
一人の妖怪を除いて。
「う〜ら〜め〜し〜や〜♪」
両手を垂らし、可愛らしく舌を出しながら、窓の外に小傘が現れました。
ほぼ毎度の事なので、ぬえは驚いてあげません。
暫しの沈黙の後、ぬえが口を開きます。
「あんたは…退屈と言う言葉を知らなそうね」
すると小傘は、目を輝かせながら応えました。
「だって、せっかくの雨なんだよ?楽しまないと損じゃない」
こんな雨の日に羨ましい限りだと、ぬえはまた溜め息を吐きます。
「ひょっとして、退屈してるの?」
ぬえがそうだと応えると、小傘は再び目を輝かせながら。
「だったら、一緒に散歩しようよ♪雨の中のお散歩なんて素敵だよ♪」
濡れるから嫌だと言ってみるぬえですが、内心は小傘が誘ってくれて嬉しいらしく、背中の羽根をパタパタと動かしています。
「ま、まあ、せっかく誘ってくれた訳だし…少しだけなら付き合ってあげるわよ」
頬を赤らめながら、素直じゃない事を言ってみるぬえ。
それら一部始終を見ていた小傘は、顔をニヤつかせています。
「…なによ?」
そう聞くぬえに、小傘は何でもないと応えるだけでした。
頭の上に「?」を浮かべながらも、ぬえは散歩の支度をする事にしました。
新調したピンク色の可愛らしい傘を持ち、いつもの長靴を履いて、ぬえは小傘と共に、雨空の散歩へと出掛けていきました。
「雨…止まないかな?」
ここは寺子屋。
子供達は皆下校してしまい、一人取り残されてしまった涼花ちゃん。
朝の登校時には雨が降っていませんでしたが、雲行きは怪しく、念のために傘を持ってきていたはずでした。
しかし、下校の時間になると涼花ちゃんの傘はありませんでした。
恐らく、誰かが間違えて持って行ってしまったのでしょう。
窓の外の雨空を、溜め息を吐きながら眺める涼花ちゃん。
仕方のないこととは言え、これは困ったと、涼花ちゃんは不安な表情を浮かべています。
困った時の慧音先生も、授業が終わったと同時に、今日は用事があると言って帰ってしまいました。
「…置き傘のひとつも無いし…どうしよう?」
誰もいない寺子屋の中で、独り言を言ってみる涼花ちゃん。
外は雨。薄暗い寺子屋。
返事を求めているわけではありませんが、独り言の一つでも言わないと、不安で仕方がなく、泣いてしまいそうなのです。
「走ればなんとか…でも、風邪をひきたくないし…」
不安な心を落ち着かせるため、自然と独り言も大きくなります。
すると。
「う〜ら〜め〜し〜や〜♪」
両手を垂らし、可愛らしく舌を出しながら、窓の外に小傘が現れました。
涼花ちゃんは突然の事に驚き、小さな悲鳴を上げて、その場に尻餅を付いてしまいました。
涼花ちゃんは目をまんまるにして、目の前で起こった出来事に呆然としています。
「涼花ちゃん、大丈夫?」
寺子屋に入ってきたぬえが、尻餅を付いてしまった涼花ちゃんを立たせてあげています。
何が起こったのか、未だ理解できていない涼花ちゃんに、現状を説明する前に、ぬえが小傘を叱ります。
しかし。
「涼花ちゃんは、ちょっとした事でも驚いてくれるから大好きよ♪」
と、反省の色を全く見せていない小傘。
ここで漸く、現状を理解した涼花ちゃん。
プンプンと可愛らしく怒っている涼花ちゃんでしたが、怒った顔も可愛いと小傘に言われてしまい、恥ずかしさから怒りを忘れて赤面してしまうのでした。
それで良いのか?と、内心思いながら、ぬえは先ほどの涼花ちゃんの独り言から状況を察し、一緒に帰らないかと提案します。
「一緒に帰りたいけど…」
言葉を詰まらせる涼花ちゃん。
どうやら、傘が無いことを気にしている様子です。
「傘が無いのなら、私が入れてあげるわ」
そう提案する小傘に、私でも良いと対抗してきたぬえ。
気が引ける思いでしたが、二人の厚意に甘えようと思った涼花ちゃんでした。
問題は、どちらの傘に入れてもらうかです。
寺子屋からの帰り道を、三人が和気藹々と歩いています。
結局、小傘の持っている傘に入ることにした涼花ちゃん。と、ぬえ。
傘を持っているのはぬえ。ぬえにおんぶされている涼花ちゃん。ぬえに抱き付く小傘。
「こんな事、前にもあったわね」
過去を懐かしむ小傘。
あの時はどうだったと思い出話に花を咲かせる小傘に対し、何でまた抱き付いているのかと突っ込むぬえ。
「これをあんたが持って、私の持ってきた傘に涼花ちゃんが入れば、何の問題もなかったのに…」
そう言ってみるぬえでしたが、やはり満更でもないと言った表情を浮かべています。
それは抱き付いている小傘も、そして背中にいる涼花ちゃんも同じでした。
三人が暫く歩いていると、目の前に、一本の大きな木が見えてきました。
何の変哲もない大木。幻想郷に、似たような場所は何ヶ所もあります。
しかし三人は、この場所に覚えがありました。
涼花ちゃんが、小傘、ぬえと、初めて出会った場所。
初めて、友達になった場所。
この場所で、少しの間雨宿りをしようと提案する涼花ちゃん。
その提案に、二人も賛成です。
雨の奏でる静寂の中、三人は思い出話に花を咲かせています。
あの時は急に雨に降られてしまった事。この大木で雨宿りをしていた事。心細かった事。ぬえ、小傘が来てくれて、初対面ながら安心した事。そして、あの時一緒に見た虹が、とても綺麗だった事。
三人が親友となった時に掛かった、奇跡の虹。
その奇跡が、再び目の前に現れようとしている事。
「雨、上がったみたいだよ」
新緑の隙間から、空を眺める涼花ちゃん。
先程までの厚い雨雲が嘘のように、空は晴れ渡り、暖かな日差しが、大地に降り注いでいます。
そして、三人の目の前には。
空に掛かった大きな奇跡。
それは、三人の友情を祝福しているかのようでした。
それを目の当たりにした三人は、自然と手を握り合い、その奇跡が消えてしまうまで、いつまでも眺め続けていました。
そして、三人は心の中で、目の前の奇跡に、同じ願い事をしていました。
私達の友情が、この虹のように、どこまでも続いていきますように。
時を同じくして、妖怪の樹海。
ここに、一人の少女が訪れていました。
少女の目的は、この近辺に住んでいる鍵山雛。
少女は、先日のお願いを聞いてもらう為に、危険なこの場所まで赴いていました。
雛も、目の前の少女の目的が気になっていた様子です。
少女は、先日言えなかったお願いを、雛に告げました。
その内容を聞いた、雛の表情が険しくなります。
「貴女はいったい、何を企んでいるのかしら?」
「涼花ちゃん?」
終わり