涼花ちゃんストーリーまとめサイト(改)


ドリームコネクト


快晴。
幻想郷の空には、雲一つありません。
どこまでも澄み渡る青い空は、今が夏である事を忘れてしまいそうです。
そんな青空を、博麗神社の屋根の上で、ひとり仰ぎ見る少女。


「…嵐の前の静けさと言ったところかしら。これから何が起ころうと、その全ては、貴女に向かっていく。そしてその全ては、貴女の所為になるのよ…」


空を仰ぐ少女の表情は、決意と悪意。そして、ほんの少しの悲しみを湛えていました。




不意に察知した、とても僅かな不穏な気配に、霊夢は振り向きます。


「……なに?」


今は、涼花ちゃんが来た時の為の、話し合いの最中です。
ふと、後ろを振り向いた霊夢に、さとりは疑問を投げかけます。
どうやら、さとりは気付いていない様子。
霊夢は「何でもない」と言うと、再び話し合いを進めました。
霊夢の感覚としては、かなり近い場所に居ると感じていました。
恐らく、さとりの能力の射程内でしょうし、さとりがその者の心を読んでいれば、霊夢とさとり以外に誰かが居ると分かるはずです。
しかし、そんな様子は見られません。
さとりの素振りに、先ほどの気配は気の所為だろうと、霊夢は結論付けました。




暫くの話し合いの末、ある程度の予定がまとまった二人。
後は、涼花ちゃんを呼ぶだけですが。


「…おや?誰か来たみたいですね」


さとりが来客者に気付きます。
いつもの様に、魔理沙が暇つぶしに来たのでしょう。
しかし、魔理沙の他にもう一人、来客者が居るようです。


「呼ぶ必要が無くなりましたね」


その言葉に、誰が来たのか理解した霊夢。
二人が境内まで出て行くと、石階段を上って、魔理沙と涼花ちゃんがやってくるのが見えました。
何やら二人とも、とても楽しそうです。


「やけに楽しそうね」


手まで繋いで、これからピクニックにでも行くかのよう。
心の中までも、楽しい気持ちでいっぱいです。


「まあ、色々と。な?」


同意を求める魔理沙に「ねー♪」と答える涼花ちゃん。
二人の間に何かがあったようですが、楽しそうなので何よりです。
そして魔理沙は、神社にさとりが来ている事の方が不思議な様子です。
それは涼花ちゃんも同様でした。
魔理沙からすると、普段地上に出て来ない地霊殿の主を、二日続けて神社で目撃しているわけですから、不思議に思うのも無理はありません。


「まあ、色々よ」


魔理沙と同様の返しをする霊夢。
特に詮索するつもりもなかった魔理沙は、霊夢の返答を聞くと、いつもの様に縁側へと向かいました。


「上がるのは勝手だけど、物色なんかするんじゃないわよ?」


無駄だと分かっていますが、一応釘を差しておく霊夢。それを聞いた魔理沙は、こちらを向かずに、後ろ手に手を振ります。
魔理沙の後ろ姿を見送った霊夢は、涼花ちゃんも中に入るよう促します。


霊夢達が縁側に着くと、早速お茶菓子を求めて、部屋の中を物色している魔理沙の姿がありました。
小さく溜め息を吐いた霊夢は、魔理沙の後頭部を軽く小突きます。
慌てて振り向く魔理沙は、予め用意しておいたであろう、あらゆる言い訳を述べ始めました。
再び溜め息を吐いた霊夢は、今度は魔理沙の額を軽く小突きます。


「まったく…お茶とお茶菓子くらい用意してあげるから、大人しく待ってなさい」


小突かれた額に手を当てる魔理沙を見て、クスクスと笑い声を上げるさとりと涼花ちゃん。
いつも通りの涼花ちゃんで、さとりは安心していました。


さて、霊夢の用意したお茶とお茶菓子を平らげた魔理沙に、それとなく、涼花ちゃんとの間に何があったのかを、さとりが尋ねます。
特に隠す理由も無かった魔理沙は、昨晩の事を語り始めました。




太陽が地平線に沈み、星々が夜空に瞬き始めています。
魔理沙は、涼花ちゃんの家の前に居ました。
もし、これで嫌われたら…そんな後ろ向きな考えを払拭し、魔理沙は扉をノックします。
暫くすると扉が開き、涼花ちゃんが顔を出しました。


「こんな時間にどうしたの?」


涼花ちゃんの、至極当然な質問に、魔理沙はただ、話しがあるとだけ応えました。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる涼花ちゃんでしたが、とりあえず、魔理沙に家の中へ入るよう促します。


少々ぎこちない、しかし慣れてきた手付きで、涼花ちゃんは二人分の紅茶を煎れ、ひとつを魔理沙に差し出しました。
その紅茶を一口飲むと、魔理沙はゆっくりと、ここに来た理由を話し始めました。


「実は…涼花ちゃんに、謝らなければならない事がある」


謝らなければならない?
魔理沙に何かされたのか、涼花ちゃんは記憶を巡らせていますが、涼花ちゃんには思い当たる節がありません。
そんな、涼花ちゃんの様子を見た魔理沙が続けます。


「ほら、今年の正月の時に…」


そこで言葉を詰まらせる魔理沙。
そこまで聞いて、涼花ちゃんもその時の事を思い出したようです。
正直、嫌な思い出であり、思い出したくなかった出来事です。
その時の事で謝らなければならない事。つまり。


「あれ…魔理沙お姉ちゃんがやったんだ…」


俯いてしまう涼花ちゃん。
それを見て、深々と頭を下げ、謝罪をする魔理沙。
怒られたって、平手打ちをされたって仕方がない。それだけの事をしてしまったのですから。
しかし、涼花ちゃんは。


「大丈夫、気にしてないよ?わたしだって、すっかり忘れてたんだから」


涼花ちゃんの言葉が、心に痛いのです。
許してもらえるなんて、思っていませんし、魔理沙としては、許されるより怒られた方が楽なのです。
しかしそれでも、涼花ちゃんは怒ろうなどとは微塵も思っていません。
むしろ、素直に謝ってくれた魔理沙に、嬉しささえ浮かべています。


「…本当に、怒らないのか?」


恐る恐る尋ねる魔理沙の手を取り、ニッコリと微笑みながら。


「だって、正直に話してくれたんだもん。怒る理由なんて、どこにも無いんだよ?」


涼花ちゃんの優しさに、涙が滲みます。


「代わりに…と言ったら変だけど」


涼花ちゃんの言葉に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる魔理沙。
その様子を見て、涼花ちゃんは続けます。


「これからもずっと、わたしのお友達でいてくれるかな?」


魔理沙は「もちろんだ」と応え、涼花ちゃんの手を握り返します。
本当に、涼花ちゃんは優しい子です。
この子は、守っていかなければいけないのかもしれない。そう、心の中で思う魔理沙でした。




語り終えた魔理沙は、照れくさそうな表情をしています。
やはり、涼花ちゃんは優しい子です。
だからこそ、小鈴を避けている事に、疑問を抱かずにはいられません。
そして、それだけ涼花ちゃんの事を想っている魔理沙には、今回の目的を話しても大丈夫だろうと判断した霊夢は、魔理沙に話しがあると、奥の部屋へと促します。
涼花ちゃんに不信感を抱かせないため、さとりは涼花ちゃんの話し相手に徹します。




涼花ちゃん消失から現在に至るまでの、大まかな経緯を魔理沙に説明した霊夢。
しかし魔理沙は、驚いた表情を浮かべていません。
寧ろ、辻褄が合ったといった表情です。


「実はあの時、霊夢に会う前に別の奴に会ったんだ。そいつに、あの空間が夢の世界である事も聞いていた。そして、霊夢達を助けるようにとも…」


あの空間とは、涼花ちゃん消失の際に、幻想郷中を覆っていた夢の空間。
あの時とは、涼花ちゃんを救うため、中有の道を進んでいた時の事です。
あの時は、魔理沙のおかげで切り抜ける事が出来たわけですが、まさか魔理沙が気付いているとは、霊夢も思っていなかったでしょう。


「しかしだ。あの時、涼花ちゃんが消えてしまうかもしれないなんて、そいつからは聞いていなかった。聞いていたら、私だって手伝ったものを」


先ほどから魔理沙の言う『そいつ』とは、いったい何者なのか?霊夢が問います。
しかし、魔理沙の言う『そいつ』は名乗らなかった上、それ以降は姿も見ていないと、魔理沙は語ります。
隠している素振りはありません。
魔理沙の話を聞いた霊夢は、今後の事について、魔理沙に説明します。




縁側では、涼花ちゃんとさとりが、楽しそうに話をしています。
そこへ、霊夢と魔理沙が戻ってきました。
霊夢は心の中で、さとりに、魔理沙の事を説明をすると、さとりは小さく頷きました。
さて、いよいよ、涼花ちゃんの夢の中へと赴く事になるわけですが、その為にはまず、涼花ちゃんが夢を見ていなければなりません。
つまり、涼花ちゃんが眠っていなければならないのです。
しかし、今はまだ昼前。お昼寝にも早い時間です。
そこで、ここは魔理沙の出番です。
涼花ちゃんを思いっきり遊ばせ、そして疲れさせる。
疲れた涼花ちゃんは、いつも通りならお昼寝をするはずです。
元々は霊夢が付き合うつもりでしたが、適任がいるので、ここは魔理沙に任せてしまいましょう。




楽しく遊んでいると、あっという間に時間が過ぎていきます。
昼食は、霊夢とさとりが作った素麺です。
汗だくになって戻ってきた魔理沙に対し、涼花ちゃんはまだまだ元気そうです。
魔理沙と涼花ちゃんが戻ると、霊夢は気を利かせて、軒下に風鈴を吊します。
時折吹くそよ風が風鈴を揺らし、その音色を聴きながら、冷たい素麺を食べる。何とも風流です。
さとりは、少々作りすぎてしまったと思っていたようですが、食べ盛りが二人もいるため、用意した素麺は瞬く間に無くなっていました。


暫しの食休み。
相変わらず、雲一つ無い晴天ですが、頬を撫でるそよ風が心地良く、あまり暑さを感じさせません。
すると、先程まで元気だった涼花ちゃんが、急に静かになります。
見てみると、目は虚ろになり、こっくりこっくりと、規則的に頭を揺らしています。
どうやら、お腹がいっぱいになり、眠くなってしまったようです。
それは魔理沙も同じだったようで、気を抜けば眠ってしまいそうです。
霊夢は、涼花ちゃんを奥の部屋へと案内し、行き掛けに魔理沙の頭を軽く小突きます。


奥の部屋に着くと同時に、涼花ちゃんは畳の上に寝転び、寝息を立て始めました。
あまりにも早い寝付きに、霊夢は多少呆れながらも、涼花ちゃんにタオルケットを掛け、起こさないよう、部屋を後にします。


魔理沙はまだ、頭を押さえていました。
愚痴を漏らす魔理沙を無視して、霊夢はさとりに、胡蝶夢丸、胡蝶夢丸ナイトメアを用意するよう言いました。
さとりは胡蝶夢丸と胡蝶夢丸ナイトメアを渡しながら、涼花ちゃんの夢の中へ入る方法を説明します。


「胡蝶夢丸はまだ分かるが、どうしてナイトメアもなんだ?」


魔理沙の質問に、霊夢は紫から聞いた事を、魔理沙に説明します。
あの時は、涼花ちゃんの精神は悪夢、吉夢が混在した、不安定な状態になっていました。
その為、胡蝶夢丸、胡蝶夢丸ナイトメアの両方を服用する必要があったのです。
今は涼花ちゃんの精神も安定していることですし、胡蝶夢丸だけでも良いのでしょうが、夢魔や貘に出会う事を考えると、双方の能力の関係上、両方服用したほうが確実であり、安全でもあるのです。
魔理沙には難しい話だったのか、理解しがたいと言った表情を浮かべていますが、涼花ちゃんがいつ目覚めるかも分かりません。
説明を切り上げ、霊夢達は涼花ちゃんの寝ている部屋へと向かいました。


横向きに丸くなり、スヤスヤと寝息をたてている涼花ちゃんの姿は、何とも愛らしく、母性本能を擽られます。
三人の表情も、思わずゆるんでしまいます。
しかし今は、涼花ちゃんの寝顔を堪能している場合ではありません。
三人は、涼花ちゃんに寄り添うように横になり、胡蝶夢丸と胡蝶夢丸ナイトメアを飲み込みます。
程なくして魔理沙、そしてさとりと、夢の世界へ堕ちていきます。
最後に、霊夢の意識が薄れ始め、夢の世界に堕ちる直前。


睡符『ドリームコネクト』


何者かのスペルカード発動宣言。
しかし、その言葉の方向を見る間もなく、霊夢の意識も、夢の世界へ堕ちてしまいました。


「おやすみ」




淡く、優しい光に照らされ、霊夢は目を開きます。
どこまでも続く、光の空間。
目の前には、魔理沙とさとりの姿。
魔理沙とさとりが居ると言うことは、どうやら無事、夢の世界へ来ることが出来たようです。
しかし、これが涼花ちゃんの夢であるかどうかは、まだ分かりません。
あの時の涼花ちゃんの夢は、あらゆる思い出と夢が入り混じった、歪な空間でした。
しかしここには、今のところ何もありません。
涼花ちゃんの夢に入れなかった?そんな考えが、三人の頭を過ぎります。
しかし。


「あらあら。他人の夢に、勝手に上がり込むなんて…」


ピンク色の長髪に、蝙蝠の羽根。先端が鏃(やじり)のような尻尾、露出度高めの服装。
霊夢とさとりは見覚えのある、その妖。
涼花ちゃんの能力の一部、夢魔の登場です。
夢魔は腕組みをしながら、かなり不機嫌そうな顔をしています。
夢魔がいると言うことは、ここはどうやら、涼花ちゃんの夢の中で間違いないようです。


「あんた達。涼花ちゃんに気付かれる前に、戻った方が良いんじゃない?」


とは言え、戻るつもりなど無い霊夢とさとりは、各々臨戦態勢に入ります。
出来れば話し合いで解決したいところですが、夢魔は話を聞いてくれそうにありません。
魔理沙も遅れて、臨戦態勢に入ります。


「…何が目的かは知らないけど、そっちがその気なら、こっちだって容赦しないわよ?」


夢魔は自身の体に、魔力を纏い始めました。
以前戦った時よりも強くなっている。
瞬時にそう感じた霊夢は、片手に札を構え、もう片手は、いつでもスペルカードを使用できるよう備えます。
話しの見えない魔理沙は、とりあえずその場のノリに合わせている様子です。


「涼花ちゃんの夢の仕組みも、今居るこの空間の事も知らないくせに。…夢に入り込んだ不純物。それを排除するのも、私の仕事なのよ。さあ、覚悟しなさい」


言い終わると夢魔は、色鮮やかな弾幕を展開します。


「安心しなさい。あんた達にはただ、自分の夢に戻ってもらうだけだから」




その頃、霊夢とさとりを監視していた紫は、博麗神社を訪れていました。
結局、涼花ちゃんの夢の世界へ入ってしまった三人を見て、呆れた表情をしていました。
紫は、霊夢達の会話をこっそり聞いていた為、どうして魔理沙も居るのかは分かっていました。
しかし、紫の懸念はそこではなく、涼花ちゃんの夢に潜む者なのです。
涼花ちゃん消失の際、涼花ちゃんに関しての記憶を失った紫は、ある少女のおかげで、涼花ちゃんに関する記憶を取り戻しました。
涼花ちゃんと関わりを持っていた、あの少女。
何者なのかは分かりませんでしたが、力の質は神に近いものを感じていました。
あの一件以降、姿を現さなくなった、あの少女。
涼花ちゃんの夢を覗き見れば、少女の正体も分かるのでしょうが、背後からこちらを伺う者が、それをさせてくれそうにありません。
紫は振り返らず、背後の者に話し掛けます。


「気配くらい消しなさい?」


紫は、目の前に小さなスキマ空間を作り出し、背後の者から見えない位置に繋げました。
そこから、背後の者の腕を掴もうとしましたが、紫の手は躱されてしまいました。
咄嗟に振り返る紫でしたが、そこに人影はありません。
暗躍する影に一抹の不安を覚えた紫は、部屋の襖に簡易的な結界を施します。
簡易的とは言え、並の妖怪程度なら、この中に進入することは出来ません。
不安を払拭する事は出来ませんが、何が起こっても対処出来るよう、その為の準備するまでの繋ぎにはなるはずです。
幻想郷の空には、一向に雲が掛かりません。
一体、何が起ころうとしているのか。
澄み渡った青空を見上げながら、紫は一人思案するのでした。




涼花ちゃんの夢の中では、夢魔と霊夢達の、激しい弾幕戦が繰り広げられていました。
開戦と同時に、夢魔が作り出した立方体の空間。
その空間内で弾幕戦を繰り広げているのですが、一種の結界の様なものらしく、移動できる範囲が限られてしまいます。
更に、夢魔の放つ弾幕は立方体の壁に反射し、弾幕自体の難易度が格段に向上しています。
しかし、苦戦を強いられながらも、夢魔のスペルカードを確実に攻略していく三人。
そして遂に、夢魔のスペルカードも残り一枚となりました。


「まさか、ここまでやるとはね…意外だわ。だから貴女達には…とっておきを見せてあげる!」


悪夢「ナイトメアスウォーム」


立方体いっぱいまで敷き詰められた弾幕は、その場で停滞し、じわりじわりと不規則に動き始めます。
スウォームと言う名から、この弾幕は差し詰め、蟲の大群をイメージしたものなのでしょう。
一つ一つの弾速は遅いものの、全てが不規則に移動するため、追い詰められないよう慎重に回避しながら、夢魔にダメージを与えていきます。
夢魔も疲弊してきたようで、もう一押しで倒せそうです。
しかし、そう簡単に倒されるつもりも無いのか、更に弾幕を増量し、三人の逃げ場を封じます。
霊夢達の集中力もピークに達した時、夢魔が体に纏った魔力は弾け飛び、周囲の弾幕と立方体の空間が消滅しました。
ギリギリでしたが、霊夢達はなんとか、夢魔を撃墜する事が出来たようです。


「……ほんと、あんた達は強いわね」


ボロボロになった夢魔が、霊夢達の前にやってきました。
もはや夢魔に、敵意は感じられません。
そこまでして漸く、霊夢は涼花ちゃんの夢に訪れた理由を、夢魔に説明しました。
説明を聞いた夢魔は、額に指を当て、呆れた表情をしています。


「だったら、最初からそう言いなさいよ…言ってくれれば、こんな目に遭わなくて済んだのに…」


とは言え、起こってしまった事は仕方がありませんし、聞く耳持たなかったじゃないかと、霊夢達は反論します。
夢魔は溜め息を吐くと、残った僅かな魔力を使い、白い靄の様な物を、両手の間に作り始めました。
それを見て、再び臨戦態勢に入る霊夢を、夢魔は慌てて宥めます。


「ま、待って!待ちなさい!これはあんた達の存在を、涼花ちゃんに悟らせないための措置なのよ!」


夢魔の話によると、この空間は夢の入り口だそうで、この場所から下に降りていけば、涼花ちゃんの夢の中枢に行けるとの事。
この場所であれば、涼花ちゃんの意識も届いていない為、派手な戦闘でも繰り広げない限りは、涼花ちゃんに認識される事も無いようです。
しかし当然、ここで疑問が生まれます。
あれだけの戦闘行動をとってしまいましたし、既に涼花ちゃんに気付かれているのではないのでしょうか?
そもそも何故、涼花ちゃんに気付かれてはいけないのでしょうか?
その疑問に、夢魔は答えます。


「戦闘に関しては、私の作った結界の中で、あんた達が戦ってくれたから問題は無いわ。涼花ちゃんに気付かれてはいけない理由は、涼花ちゃんが未だに不安定だから」


ここで、思いもよらない答えが出てきました。
涼花ちゃんは安定しているのではなかったのでしょうか?
夢魔は更に続けます。


「存在は安定した。でもまだ、精神的には不安定なの。涼花ちゃんの夢の中枢には、涼花ちゃんの精神体がいるのは、霊夢とさとりは知ってるわね?」


無言のまま頷く霊夢とさとり。
あの時、涼花ちゃんを救う為に涼花ちゃんの夢の中に入った際、夢の中で二人が出会ったのが、涼花ちゃんの精神体でした。
夢魔が続けます。


「涼花ちゃんの夢の仕組みは、かなり特殊なの。『夢魂』って知ってるわよね?」


夢魂。夢の魂。
宇佐美菫子の夢魂に魔理沙が触れ、本来菫子が見る筈だった夢を魔理沙が見たアレ。ドレミー・スイートが片手に持っている、不定形のアレです。
夢魂は一人につき一つ。別の夢魂に触れると、本来その人が見る筈だった夢を押し出し、その夢を見てしまうのです。
夢魂に触れた者は、気を失ったかのように、夢に堕ちてしまうのです。


「涼花ちゃんは元々、人間ではないからなのか…」


夢魔の話はこうです。
本来、一人に一つの筈の夢魂を、涼花ちゃんは無数に持っているのです。
その夢魂の一つに、涼花ちゃんの精神体が触れる事によって、涼花ちゃんは夢を見ているのだとか。
この空間も、正確には夢の外側で、実際の涼花ちゃんの夢は、涼花ちゃんの精神体の周辺に漂っているとの事。
しかし、涼花ちゃんはその事を認識していないようで、たとえ悪夢であっても、涼花ちゃんの精神体はそれに触れようとしてしまうみたいです。
そこで夢魔は、涼花ちゃんにとって悪影響となりうる悪夢を検閲し、涼花ちゃんに悪夢を見せないようにしている。それが、涼花ちゃんの能力の一部であり、涼花ちゃんの夢に潜み、涼花ちゃんを守る夢魔の役割なのだとか。
今はまだ、涼花ちゃん自身がその事に気付いていない為、涼花ちゃんは、自分は普通の人間と同じ様に夢を見ていると思っています。
しかし、もし涼花ちゃんがこの事に気付いたら?
自分が元々人間ではないと、改めて認識してしまう事になります。
そうなると、見た目よりも幼い精神の涼花ちゃんは、その現実を受け止められなくなってしまうでしょう。
だからこそ夢魔は、涼花ちゃんが夢を見ている時にしか現れないようにしていますし、霊夢達の様なイレギュラーの排除も行っているのです。
全ては、あの時涼花ちゃんを守ると誓った、夢魔の優しさなのです。


「話は分かったわ。でも、その話を聞いたら余計に、私達は涼花ちゃんの事を知らなければならない。涼花ちゃんを守りたい気持ちは同じだから」


霊夢の言葉に、魔理沙もさとりも頷きます。
決意に満ちた三人の表情を見た夢魔は、軽く頷き、この世界での注意点を、三人に説明します。




「神奈子様。諏訪子様。いい加減起きてください」


東風谷早苗の声に、目を覚ます神奈子。
諏訪子は顔をしかめていますが、起きようとはしていません。
神奈子も、夜が明けてから眠りについたため、まだ眠っていたいのです。
しかしどうやら、客人が来たとの事。
寝ぼけ眼を擦りながら、神奈子は渋々、客室へと向かうのでした。


客室へ着いた神奈子。
目の前には、紫の後ろ姿が見えます。
溜め息を吐く神奈子に気付き、紫が振り向きます。
真剣な表情をしている紫に対し、神奈子は大きな欠伸をしながら、何事かと尋ねます。


「何者かが動き始めたわ。貴女に頼りたくはないけど、涼花ちゃんの為だと思って、力を貸してほしいの」


紫の言う何者か。紫には心当たりがあるようです。
その何者かが、何を企んでいるのかは分かりませんが、紫の言葉に渋々了承する神奈子。
とは言え、博麗の巫女が動いている以上、こちらは事の成り行きを、静かに見守るほかありません。
そもそも紫は、涼花ちゃんに対して過保護過ぎます。
博麗の巫女に、泥棒魔法使い。更には、地霊殿の主まで、涼花ちゃんの秘密を解き明かすために動いている。
しかもその三名が、今は行動を共にしている為、何かが起こっても、十分に対処出来るはずです。
我々に出来る事は少ないのではないか?そう、心の中で思う神奈子でした。
口に出してしまうと、どうでも良いところで話が拗れてしまうからです。
紫への不満は、そっと心の中にしまい込み、スキマから帰って行く紫の後ろ姿を見送ります。
紫を見送り、一際大きな欠伸をする神奈子。
紫もさとりも、霊夢や魔理沙、果ては諏訪子に神奈子自身。
何故“涼花”と言う、一人の人間の少女に、皆ここまで固執し、護ろうとしてしまうのでしょうか?神奈子は、ふと考えます。
確かに、涼花ちゃんは良い子ですし、皆が護ってあげたくなるのも理解できます。
しかしそれ以上に、博麗の巫女のような、周囲を引き寄せる何かが、涼花ちゃんにはあるのでは?そんな考えも浮かびます。
涼花ちゃんと仲が良いとは言え、他の面々よりは、冷静に物事を捉える事の出来ている神奈子は、再び大きな欠伸をしながら、窓の外を眺めます。
青天の霹靂。
正直、神奈子も嫌な予感はしています。
しかし、結局睡魔には勝てません。
もう一眠りするのも良いのですが、それよりも神奈子は、眠気を覚ます方法を探しに、早苗の元へと向かうのでした。




光の空間を、下へ下へと降りていく三人。
三人は、先程夢魔が作り出した靄を、その身に纏っています。
この靄は、夢とほぼ同じ物質で出来ているため、涼花ちゃんの精神体を誤魔化す事が出来るみたいです。
しかし、涼花ちゃんの精神体に近付きすぎるとバレてしまうため、涼花ちゃんを見掛けても近付いてはいけない。
また、この空間の上に行ってはいけない。戦闘行動の禁止。自分を見失わない。
他にも、夢魔から小さな説明を受け、霊夢達は涼花ちゃんの精神体のある、この空間の中枢へと向かっているのです。
下へと降りていくと、霊夢達の目の前に、透明な膜が現れました。
霊夢達は、先程の夢魔の説明を思い出します。


「ずーっと下に行くと、透明な入り口があるわ。そこを通れば、ここの中枢へ辿り着く。精神体も近くにいるかもしれないから、特に気を付けなさい」


透明な入り口。どう言うものなのか夢魔に尋ねましたが、行けば分かると言われただけでしたが、これが入り口なのでしょう。
その膜の内側には、涼花ちゃんの姿が遠目に確認出来ます。
しかし、入り方が分かりません。
好奇心旺盛な魔理沙が、躊躇なく、その膜に触れます。
触れた瞬間、三人はその中へと吸い込まれてしまいました。


霊夢達の体は、突如作用し始めた重力に引かれ、落下を始めます。
辺りの光も、オレンジや黄色と言った、明るい色になっていきます。
ここは、涼花ちゃんの夢の中枢。
先程までの空間とは、雰囲気がかなり違っています。
違うのは雰囲気だけでなく、ここの重力。
この空間に入った瞬間から、体に感じる優しい重力。
三人は、咄嗟に飛行する事によって落下を防いでいましたが、それでも三人の体は、重力に引かれて徐々に下降しています。
下降を続けていると、次第に体の自由が利かなくなってきました。
手が、足が、体全体が、この重力に抗う事を拒否し、体から力が抜けていきます。
まるで、微睡みの中にいるような感覚。
意識までもが、この重力に引き寄せられ、そして…。






“目の前に広がる花畑…花びらが風に運ばれる”

“向こうから魔理沙が”

“さとりの姿も”

“魔理沙から大きな盃を渡される”

“さとりが盃に吟醸酒を注ぐ”

“酒の水面に映る、私の顔が揺れる”

“盃を口に運ぶ”

“盃を傾ける”

“目の前が盃の朱に染まる”

“盃を戻す”

“視線を戻す”

“視線の先には夢魔の姿”

“何かを叫んでる”

“何を叫んでるのか?”

“耳を澄ませてみる”



「起きなさい!」


夢魔の言葉に目を開くと、そこは先程、夢魔と戦った空間でした。
未だに夢うつつの三人を見て、夢魔は呆れた表情を浮かべながら、腕組みをしています。
先程のあれは、一体何だったのでしょうか?


「だから言ったでしょ?自分を見失うなって…。あんた達は、涼花ちゃんの見ている夢に引き込まれていたのよ?つまり、夢の中で夢を見ていたってわけ」


次第に意識がはっきりしてきた三人は、何故、自分達がこの場所に戻っているのか、夢魔に尋ねます。


「心配になって後を追ったら、案の定、夢に引き込まれたあんた達を見つけてね。涼花ちゃんの目から隠しながら、この場所まで引き上げてあげたのよ」


それは申し訳ないと、手間をかけさせた事を詫びつつ、あんなのは防ぎようがないと抗議する霊夢。
夢の中枢に入った瞬間、体の自由が利かなくなってしまった訳ですし、対処のしようがないと魔理沙も抗議をします。
すると夢魔は。


「…仕方がないわね。私も一緒に行ってあげるわ」


夢魔の申し出に、最初からそうしてくれれば良かったのでは?と愚痴を漏らす魔理沙。


「しょうがないじゃない…あんた達以外に“外”に誰かが居たみたいだから、確認をしてたのよ。問題は無かったけど」


“外”とは夢の外側。現実世界の事でしょう。
そこに誰かが居た…と、この話を聞いて、霊夢は夢に入る前の事を思い出しました。
あの時、誰かのスペルカード発動宣言が聞こえた霊夢でしたが、その正体は一体誰だったのでしょうか?
もしかしたら今、夢魔の言っている誰かが、スペルカードを発動させたのではないのでしょうか?
霊夢が夢魔に、外に居たのは誰なのかを問います。


「ああ…あんたも、よく知ってる奴よ。正直、私はあいつが苦手なのよね…」
「だから、それが誰かと聞いてるのよ」
「…スキマ妖怪の八雲紫よ」


紫が?何故神社に?
しかし、神社の戸締まりをした訳ではありませんでしたし、誰かが勝手に上がり込む可能性も十分にあります。
また、紫は毎度の事で、用もなく唐突に現れたりするため、紫が神社に来ていることも疑問には思いませんでした。
それよりも、例のスペルカードです。
『ドリームコネクト』と言うスペルカードを聞いた事がありませんし、そもそもあの時の声は、紫の声ではありませんでした。
そこで霊夢は、『ドリームコネクト』と言うスペルカードを聞いた事があるか、夢魔に尋ねます。
宙を見ながら、記憶を巡らせる夢魔でしたが、暫くして知らないと応えました。
名前からして、ドレミー・スイートか涼花ちゃん。或いは涼花ちゃんの能力である夢魔等が使いそうなスペルカードですが…夢魔は嘘を吐いている素振りを見せていませんし、今は夢の中枢へ行く事の方が先決です。
この件は保留にして、霊夢は夢魔に同行を頼み、再び下へ、中枢へと向かうのでした。




一方その頃。
霊夢達が眠っている部屋の前では、一人の少女が佇んでいました。
襖に仕掛けられた簡易結界。それにそっと、少女が触れます。
指先が結界に触れた瞬間、強烈な衝撃が走り、少女の手が弾かれます。
小さな煙を上げる指先を見て、小さな溜め息を吐く少女。
少女は、弾かれた手をさすりながら、何やら呪文を唱え始めます。
すると、結界が反応を始め、呪文の詠唱を終えると、結界は消えてしまいました。
少女は部屋に入ろうと、襖に手を掛けようとした刹那。目の前に、新たな結界が現れました。
先程よりも強力な結界。複数の魔法陣が、緩やかに回転しています。
この結界を施したのは、背後から少女を睨み付けている紫です。
紫は少女を問い詰めます。


「簡易的とは言え、私の結界を破るなんてね。なかなかやるじゃない?……貴女の目的は、いったい何なのかしら?」


問い詰められ、ゆっくりと振り返る少女。
その少女の正体に、紫は動揺してしまいます。
疑問が、頭の中をループします。
振り返った少女の手には、スペルカードが。
紫は困惑しながらも、咄嗟に少女の持つスペルカードを撃ち落とそうと試みます。
しかし、少女の方が瞬間早く、スペルカードを発動してしまいました。


眩暈『ドリームクロス』


突如襲い来る、意識の混濁。
紫は目頭を押さえながら、その場に崩れ落ちます。
全身から力が抜け、気を失いそうな所を、紫は夢と現の境界を歪めることにより、何とか気絶を免れました。
しかし、紫が視線を戻すと、そこに少女の姿はありませんでした。


「……何故?」


紫は、現状に混乱しています。
先程の少女の正体。そして、紫の結界を解ける程の知識。力。
何がどうなっているのか?
ともあれ、この部屋に施したものは多重結界。
先程のように、易々と破られる事はないでしょう。
紫はスキマ空間を、霊夢達の寝ている部屋内へと繋げ、室内へと入ります。
消えた少女の足取りは、式神の八雲藍に任せ、紫は霊夢達の夢を覗くことにしました。




霊夢達四人は、先程通った中枢の入り口へとやってきました。
夢魔が再度、注意を促します。


「この中に入ったら、自分を見失わないこと。良いわね?」


三人は頷きます。
それを見て、夢魔は透明な膜に触れます。
四人の体が、膜の中へと吸い込まれていきます。


やはり、突如として襲いかかる、優しい重力。
四人の体は落下を始めます。
体の自由も利かなくなります。
頭から落ちていく中、夢魔は冷静に、三人に語りかけます。


「ほら、抗おうとしないで?深く、深く、意識が堕ちていく感覚に、身を委ねるのよ」


上手く出来ませんが、夢魔の言う事を、何とか実行しようとする三人。
すると、次第に落下は止まり、体も自由に動かせるようになりました。
自由が利く事によって、この空間を冷静に見る事が出来ます。
この空間は、不思議な感覚に包まれています。
布団に入り、眠りに堕ちる寸前の、あの心地よい微睡み。
それが、いつまでも続いているかのような感覚です。
辺りを見渡すと、無数のシャボン玉のような物が漂っています。
これらが、涼花ちゃんの夢魂なのでしょう。


「ほら、中をよく見て?」


夢魔に言われ、夢魂の中を覗いてみます。
すると、夢魂の中には、お花畑で佇む涼花ちゃんの姿が。
どうやらここでは、涼花ちゃんの夢を覗き見る事が出来るようです。
これは、涼花ちゃんならではなのだと、夢魔が教えてくれます。
他のシャボン玉にも、楽しそうな夢が詰まっています。
近くに涼花ちゃんの精神体は居ないようで、夢魔も安心している様子です。
今のうちだと言わんばかりに、夢魔は更に下へ降りていくよう促します。
もう少し、涼花ちゃんの夢を見ていたいと思ったさとりでしたが、いつ涼花ちゃんがここに来るかも分からないため、渋々先を急ぐことにしました。


無限にも思えるほど広大な空間を、どれほど降りたでしょうか?
ここにきて漸く、辺りの雰囲気が変わってきました。
先程までの明るさとは違い、暗く陰湿な空気が立ち込めます。
と、ここで、夢魔が立ち止まりました。


「私はここまで。ここから先は、私は行く事が出来ないの。…理由は聞かないで?それに…そろそろ戻らないと、涼花ちゃんが悪夢を見てしまうかもしれないからね」
「そう。ありがとう、助かったわ」


「ありがとう」と、面と向かって言われた事がないのか、夢魔は、少し照れくさそうな表情をしながら、上へと戻っていきました。
さて、夢魔を見送った三人は、この場所にもシャボン玉が漂っている事に気付きます。
好奇心旺盛な魔理沙が、そのひとつを覗いてみると、先程の楽しそうな夢とは打って変わって、誰かに追われる夢や、妖怪と思しき者に食べられる夢が詰まっています。
どうやら、ここにあるのは全て、悪夢のようです。
先程夢魔は、夢を検閲していると言っていました。
しかし、これほど大量の悪夢を、全て管理出来ているのか、霊夢は疑問に思います。
霊夢が思案していると、遠目に何かを見付けました。
それは、どんどんこちらに近付いているようです。
霊夢は臨戦態勢に入ります。
その様子に気付いた二人は、霊夢の視線の先を確認します。
しかし、二人がその方向を見ると、先程までいた何かは、姿を消していました。


「霊夢、どうしたんだ?」
「いや…今、何かが…」
「私には何も見えなかったが?」


気の所為?そう思い、先へ進もうとした霊夢の眼前に、先程の何かが唐突に姿を現しました。


「なっ!!」


咄嗟に距離を取る霊夢。
今度は、魔理沙とさとりにも見えているようで、突如現れた何かに驚きを隠せません。
目は細く、鼻は長く、体は熊のような体毛で被われ、足には虎のような模様があり、尻尾は牛のように細く、体躯も牛程の、どこか愛嬌のある奇妙な何か。
獣の類のようですが?
その獣は、細い目で霊夢を見つめています。
霊夢が警戒している中、獣はひとつ欠伸をすると、近くに浮かぶシャボン玉に顔を向けます。
そして、その鈍重な見た目からは想像も出来ない速さで移動し、シャボン玉を食べてしまいました。
もぐもぐと口を動かしているかと思えば、今度は口を大きく開き、先程食べたシャボン玉を吐き出しました。
吐き出されたシャボン玉は、ふわふわと上へと上っていきます。
呆気にとられていると、その獣は、何かを訴えるかのような眼差しを三人に向け、下へ下へと降りていきました。
顔を見合わせる霊夢と魔理沙でしたが、さとりは何かに気付いたようです。


「なるほど。あれが“貘”なのですね。そして『こっちへ来い』と、どこかへ案内しようとしています」


さとりは、獣の心を読んだのでしょう。
こんな時だけは役に立つな。と、心の中で思う魔理沙に対し、さとりは少しだけ、眉間にしわを寄せます。
しかし、獣の正体が貘だとして、一体どこへ案内しようと言うのでしょうか?
すると獣は、霊夢達の方へ振り返ると、頭をクイッと動かし、ついて来るよう促しているみたいです。
三人は警戒しながら、獣の後を追います。


獣は、辺りに浮かぶシャボン玉を、食べては吐き出し進んでいきます。
時折、後ろを振り返っては、霊夢達がついて来ている事を確認しているようです。
暫く進むと、目の前に、煉瓦で出来た大きな壁が現れます
いや、下へ向かっていたから地面でしょうか?と、今はそんな事はどうでもよいのです。
貘は、壁を見上げると、それをすり抜けて、壁の中へ入ってしまいました。
その光景を見て、急いで壁まで駆け寄る三人。
貘はこの壁に入っていきました。
見た目は普通の壁ですが?と、魔理沙が壁に触れると、その手は壁をすり抜けてしまいます。
三人は顔を見合わせますが、ともあれ、この先がありそうなので、意を決して壁の中に入ってみます。
それと同時に襲い掛かる、強烈な重力。
三人の意識は一瞬で、深く深く堕ちてしまいました。




アンティーク調の、高価そうな椅子。
それに腰をかけている三人。
あの壁に入った瞬間、意識を失ってしまった訳ですが、次に目を覚ますと、西洋風の小さな部屋に居ました。
先程の、強烈な重力は感じられません。
目の前には、これまたアンティーク調のテーブル。
その上には、銀色のティーカップが、四人分並べられています。
テーブルの先には、誰かの後ろ姿。
どうやら少女のようですが、三人は、その後ろ姿に見覚えがありません。
いったい誰なのか?そもそも、ここはどこなのか?貘はどこに行ったのか?様々な疑問が、頭の中に浮かびます。
混乱していると、目の前の少女が、ゆっくりと振り返りました。
片手にはティーポットを持っています。


「あら、お目覚めですか?」


小首を傾げて、ニコッと笑みを浮かべます。
綺麗な緑髪を、リボンで纏めたサイドテール。
耳には、動物の牙を模したかのようなピアス。
法衣のような、それでいて可愛らしいスカートを合わせた、どこか聖白蓮を彷彿とさせるような服を身に纏い、尻尾?でしょうか?細長いそれはゆらゆらと動いています。
可愛らしい顔立ちをしていますが、その内に秘められた、何かしらの強大な力を、霊夢は感じ取っていました。


「慣れぬ世界でお疲れでしょう?紅茶でも飲んで、ゆっくりなさってください」


少女は慣れた手付きで、並べられたティーカップに、紅茶を注いでいきます。
立ち上る紅茶の、甘い香りが鼻腔を擽ります。
好戦的だった夢魔に対し、少女の物腰は柔らかで、何と言う事はありませんが、霊夢は少しだけ物足りなさを覚えます。
それは魔理沙も同様でしたが、さとりはそうも思っていないのか、そっとティーカップを手に取り、そして一口飲み込み、鼻から抜ける紅茶の香りを楽しみます。
三人の様子を見て、少女も椅子に腰をかけます。


「はじめまして、霊夢さん、さとりさん。魔理沙さんは…あの時以来ですか」
「ああ。あの時は、お前の正体が気にならなかった。だが、今は話が別だ。お前はいったい、何者なんだ?」
「それでは、改めて自己紹介をさせていただきます」


少女は椅子から立ち上がると、丁寧にお辞儀をしながら。


「私の名は、夢獏 莫奇(ぼうみゃく なぎ)。涼花の夢を見守り、また、涼花の夢を創りし者。以後、お見知り置きを」


夢獏 莫奇と名乗る少女は、自己紹介を終えると、椅子に腰をかけました。
ここにきて漸く、さとりはあの一件の事を思い出しました。
あの時、全てを終わらせ、涼花ちゃんの消失を防いだ時に、涼花ちゃんの兄と共に現れた少女。
あの時の少女の姿と、目の前にいる莫奇の姿が重なります。
しかし何故、涼花ちゃんの夢の中にいるのかは分からないままですし、他にも聞きたいことは山ほどあります。
その事を莫奇に話すと、莫奇は少し考えるような仕草を見せた後。


「…分かりました。ですが、まずは私の質問に答えていただきます。…貴女方が、ここまで来た理由。それは、夢魔と貴女方のやり取りを見ていたので分かるのですが…貴女方は、いったいどうやって、涼花の夢に侵入したのですか?」
「あの時と同じように、胡蝶夢丸と、胡蝶夢丸ナイトメアを使いました」


さとりが答えます。


「それだけ?」
「はい、それだけです」


腑に落ちない。と言った表情を浮かべる莫奇。
それもその筈。
涼花ちゃん消失の際は、涼花ちゃんの存在自体が不安定だった事。そして、周りの夢を取り込もうとしていた為、涼花ちゃんの夢へも侵入出来たのです。
しかし本来、夢は、夢魂は、一人に一つ。
仮に、今の状況のように、複数人で同じ夢に入っているように思っていても、実際には、視点の違う個々の夢を見ているに過ぎないのです。
それは、夢や悪夢を誘発させる胡蝶夢丸、胡蝶夢丸ナイトメアでも、例外ではありません。
胡蝶夢丸を使ったところで、涼花ちゃんの夢に侵入する事など、出来るはずがないのです。
しかし現に、霊夢達はこの場所にいます。
胡蝶夢丸は、夢を見るためのキッカケに過ぎず、夢に侵入するには直接的な要因が必要なのです。
だからこそ莫奇は、どうやって涼花ちゃんの夢に侵入したのかを聞いたのです。
と、言われたところで心当たりなど…。


「…もしかして」


霊夢が、ある事を思い出し、その事を莫奇に確認します。


「あんた、『ドリームコネクト』ってスペルカードに聞き覚えは?私が夢に堕ちる寸前、誰かが使ったみたいなのよ」
「聞いた事もありません。…が、そのスペルカードの効果が、私が考えているものであるとしたら、貴女方がここへ来る事が出来た理由も説明がつきます」
「…私も多分、あんたと同じ考えよ」


使用されたスペルカード。睡符『ドリームコネクト』。夢の接続。
つまり霊夢、莫奇は、何者かが涼花ちゃんと霊夢達の夢同士を繋げたのでは?と、考えているのです。
その何者かが誰なのかは分かりませんし、何が目的なのかも分かりません。
しかし、その何者かに対し、霊夢は言いようのない不安感を抱いていました。
外で何かが起ころうとしているのでしょうか?
或いは、もう起きているのでしょうか?
外の事も心配になってきましたが、今はどうしようもありません。
目の前の目的を優先させましょう。


「ほら、答えたんだから、あんたも答えなさい?」
「…良いでしょう。何からお話ししましょうか?」
「そもそも、あんたは何なの?涼花ちゃんの夢に居るあたり、涼花ちゃんの関係者だとは思うけど、夢魔とも貘とも違うし…」


莫奇は暫く思案し、そして。


「分かりました。貴女方には、涼花ちゃんへの恩もありますし、見せても大丈夫でしょう」


莫奇がパチンと指を鳴らすと、莫奇の体が眩い光に包まれます。
暫くして光が収まると、霊夢達の目の前に、先程案内をしていた貘が現れました。
と、言う事はつまり。


「あんた、貘だったのね」


すると、貘の体が光に包まれ、暫くすると莫奇の姿になります。


「申し訳ありません。貘の姿だと、言葉を発する事が出来ないもので」
「だから『こっちへ来い』と、私に語りかけたのですね」


さとりが答えます。
さとりがいたから、ここまで来れたようなもの。さとりには感謝です。


「涼花ちゃんは、あんたが貘だって知ってるの?」


霊夢が問いますが、莫奇は顔を横に振ります。


「いいえ。涼花には、私の事はおろか、貘としての私の事も、詳しく話していません」
「どうして話さないんだ?涼花ちゃんの能力なのに」


確かにその通りです。
涼花ちゃん自身の能力なのに、涼花ちゃんも知らないことがあるとは、どの様な理由があってのことなのでしょう?
すると莫奇は。


「…分かりました。それも含めて、色々とお見せしましょう。それに、貴女方の目的は『涼花の全て』或いは『私の知りうる涼花の全て』なのですからね」


パチンと指を鳴らすと、霊夢達の見ている光景が、小さな西洋風の部屋から、別の場所へと変化していきます。
そこは、美しい緑に囲まれた、小さな村でした。
幻想郷ではない何処かのようです。


「これから貴女方に見せるのは、私のこれまでの記憶。そして私の…私達の抱えているもの全てです」


莫奇が人差し指をクイッと動かすと、その光景は、キネマトグラフの様に動き始めました。
これから三人は、莫奇。夢魔。そして涼花ちゃんの、明かされなかった悲しい過去を、体験する事になるのです。


続く