涼花ちゃんストーリーまとめサイト(改)


胡蝶の夢


三人の見ていた光景が、先ほどの部屋に戻ります。
三人には、様々な疑問が浮かんでいますが、一番の疑問は、数百年前の涼花と、現在の涼花ちゃんとの関連性です。
その事を莫奇に問うと、莫奇は、今見た光景の続きを、ゆっくりと語り始めました。


守ると約束した莫奇。その事を信じた少女。
しかし、約束は果たせませんでした。
自分を信じてくれた少女を、結果的にとは言え裏切ってしまった。そんな思いを抱いてしまった莫奇は、少女の魂を、輪廻転生の輪から外し、村の近くの大岩。御神体に封印したのです。
新たな肉体を見付け出し、その肉体に少女の魂を宿らせ、再び現世に、生を受けるように。
その行動は、莫奇の罪悪感が生んだ大罪でした。
そして、莫奇にとっては、自分を信じたが為に命を落とした、少女に対するせめてもの罪滅ぼしだったのです。


「救えないわね」


霊夢の厳しい一言に、莫奇は頷きます。


「こんな事をしても、彼女のためにはならない。それどころか、彼女を苦しめるだけ。頭では分かっていました。彼女の転生を待てば良かったのに、あの時の私は…」


莫奇は続けます。
少女を、輪廻転生の輪から外した後、莫奇は器を探し続けました。
しかし、そう簡単に見付かるものでもありません。
そんな中、今から数十年前のある日。
少女の村があった地方では、記録的な豪雨に見舞われていました。
河川は氾濫し、崖崩れや土砂災害が、各地で起こっていました。
それは、少女の村も例外ではありません。
ここでも崖崩れが起こり、少女を封印した大岩は、瓦礫と共に、麓へと転がり落ちてしまいました。
幸い、麓の村や町に、被害はありませんでした。
一夜明け、莫奇がその場所を訪れると、大岩も、少女の魂も無事でした。
大岩は、瓦礫同士が支えとなり、その下に、小さな空洞を作り出していました。
そう、この場所こそが、涼花ちゃんとゆーちゃんが出会った“秘密の場所”となったのです。


この土砂災害の影響なのか、封印していた夢魔族が姿を消しましたが、莫奇にとっては、最早どうでも良い事でした。
今は、少女の器を探す事が最優先だと。


そして今から数年前。
莫奇は、一人の青年の夢を訪れていました。
年齢相応の夢を見ていた青年ですが、その中に、ある少女の姿がありました。
莫奇は、自分の目を疑いました。
その少女はあまりにも、あの少女に酷似していたのです。


「それが、私達の知る涼花ちゃんと、その兄ですね」


さとりの問いに、莫奇は頷きます。
莫奇は、目の前の少女に、運命を感じていました。
この少女なら、彼女の器に相応しいと。
しかしこの少女は、想像と文面上にのみ存在する者。
実体が無ければ器にはならない。
そこで莫奇は、青年が書いていた小説に目を付けます。
活字を肉体へと無理矢理昇華させ、想像の中での心を組み込み、現実世界に、仮初めの涼花を作り出しました。
そこに、莫奇が封印した少女の魂を宿らせ、現世に涼花が誕生しました。


「魂の冒涜に人体錬成。いくら神だからって、それは許されないだろ。大罪人もいいとこだぜ?」

魔理沙の指摘にも、莫奇は頷きます。


「その通りです。こんな事をしなければ、涼花に悲しみを背負わせる事は無かったでしょうに…」


莫奇が続けます。
この世に生を受けた涼花。
しかしそれは、莫奇の求めた涼花ではありませんでした。
魂は紛れもなく涼花なのですが、生まれた涼花は、かつての記憶の無い、小説の涼花ちゃんだったのです。
そして涼花ちゃんは、莫奇を含む周りのものを、取り込み始めました。
それは、人間として不完全な、しかし人間として生まれた涼花ちゃんが、より人間に近い存在に、人間になる為に、自分に足りない物を補うかのようでした。
こうして、神である莫奇と、少女の魂。そして、いつの間にか夢魔族も取り込み、今の涼花ちゃんが誕生したのです。


現世に生を受けた涼花ちゃんでしたが、当初は小説としての涼花ちゃんの記憶しかありませんでした。
しかし魂は、もう一人の涼花のもの。
その事に涼花ちゃんは、いつからか気付いていたのです。
この記憶が、そしてこの魂が目覚めたら、自分は自分でいられるのでしょうか?
自分は香雪蘭 涼花であって、かつての涼花ではない。そう思うのが普通でしょう。
しかし、魂はかつての涼花のものであり、今の自分の肉体は活字。そして、心や記憶は紛い物。青年の想像でしかない。
自分を見返せば見返すほど、自分は自分ではないのです。
そんな自分を受け入れられず、記憶も魂も、何もかも全てを否定した。それこそ、全てを受け入れる幻想ですら。
その結果、涼花ちゃんの消失が起こってしまったのです。


「待て待て。あれは涼花ちゃんの、小説としての寿命が原因だったんじゃないのか?」
「それは、原因の一つに過ぎません。全てを否定した涼花は、自身の存在をも否定しました。どうせ自分の人格が消えるなら、自分の寿命が近いのならと、皆さんに迷惑を掛けないようにと、一人静かに消えようとしていたのです」
「それは本当に、涼花ちゃんの意思だったの?それとも、幻想郷の意思?」


霊夢が問います。


「両方と言えるでしょう。涼花は幻想を否定し、幻想郷がそれを受け入れた」
「なるほどな。まだあまり理解出来てないが。で?結局、今の涼花ちゃんはどっちなんだ?」


魔理沙と同様の疑問を、霊夢、さとりも抱いていました。
今の涼花ちゃんは、本当に涼花ちゃんなのか?それとも、数百年前の少女涼花なのか?
その疑問に、莫奇が答えます。


「今の彼女は紛れもなく、青年の想像から創られた、貴女方の良く知る涼花です」
「過去の記憶と、数百年前の涼花ちゃんの魂は?」
「勿論、未だ涼花の内にあります。ですが少女の魂は、既に涼花と適合してしまいましたし、私は…今の涼花も好きなのです。かつての魂を、どうこうする気はありません。記憶は……先日、貴女が呼び覚ましましたね?」


莫奇の言葉から、涼花ちゃんのカウンセリングをしていた時の事を思い出し、さとりは俯き、気まずそうな顔をしています。


「ご、ごめんなさい…こんな悲しい記憶を持っているなんて、知らなかったもので…」
「…私が咄嗟に、楽しい記憶にすり替えたので、大事には至りませんでした。それに貴女の考えも、分からないわけではないのです」


莫奇の表情が、少し険しくなります。


「涼花は、分類上は人間になりました。そのおかげで、彼女の消失は免れています。しかしまだ、完全に人間とは言い切れません。肉体は活字のままですし、記憶も心も紛い物のまま。肉体的にも精神的にも、涼花は不安定なままのです。涼花の兄も、閻魔も、守矢の神々も。そして、ずっと覗き見をしている、妖怪の賢者も。何故その事を理解出来ていないのか…私は不思議でなりません」
「ちょっと待って。紫が、この場所を見ているの?」
「ええ。貴女方が、夢魔と共に中枢へ訪れた辺りから」


その言葉に、紫のいつもの悪い癖に、霊夢は腹立たしさを覚えます。
しかし、今はどうしようもありません。
戻ったら説教の一つでもしてやろうかと、霊夢は思うのでした。


「さて…他に知りたい事はありませんか?」
「涼花ちゃんの持つ“奥義”について、教えていただけませんか?」


さとりの問いに、莫奇は先程以上に険しい表情を見せます。


「貴女、どこでその事を?」
「十年後の未来から来た涼花ちゃんが、言っていたらしいのです。私も、詳しい事は分かりませんが、その奥義の事を、今の涼花ちゃんも知っているとか。確か名前は…」
「夢現封遙(むげんほうよう)…でしょう?」


莫奇は、小さく溜め息を吐きます。


「これは、使い方を誤れば、とても危険なものなのです。封印した際に、誰にも口外するなと言っておいたのに…」


莫奇が語り始めます。


「夢現封遙。それは夢と現を入れ替え、想像した事が全て、現実になってしまう力。言い換えれば、どんな夢でも叶えてしまう力なのです」
「夢を叶える…涼花ちゃんの能力の本質は、そこだったのね?」


自分達以外の声に、霊夢が振り向きます。
そこには紫が、スキマ空間から顔を覗かせていました。


「あ、あんたねぇ…」


詰め寄る霊夢を軽くたしなめ、紫は莫奇に問います。


「その奥義、涼花ちゃんは使えるの?」
「それは有り得ません。私と夢魔で幾重にも封印しましたし、その場所は深淵。涼花が赴く事はありません。仮に奥義を見つけ出し、封印を解く事が出来ても、その呪文は、既に失われた言語に書き換えてあります。どうあっても、涼花が奥義を手にすることはありません」
「随分と厳重ね」
「この奥義の危険性は、誰もが夢、願いを叶える事が出来るようになる。と言う点です。それが何を意味するのか」
「そこに秩序は無くなるわね」
「その通りです。とは言え、奥義の範囲は、ごく小規模なものとなるでしょう」
「何故?」
「奥義の発動には、多量の生命エネルギーを必要とします。それは、この奥義が元々、夢魔族に伝えられていたものだからです。涼花ひとりの生命エネルギーでは、自身の周囲1メートル程度が限界」
「そう。ではもし、あの夢魔が持っていた宝石を使用したら?」


紫が言っているのは、夢魔のチョーカーに付けられていた、生気の結晶の事。
涼花ちゃん消失の際、紫が砕いた物でしたが、数百人分の生気を感じたと、紫が語ります。


「それだけあれば、幻想郷を覆うことくらいなら可能でしょうね。……何故そこまで、奥義の事を聞くのですか?封印して危険性が無いのですから、それで構わないはずです」
「ただの好奇心よ」


その場にいた誰もが、紫の態度に疑問を感じていましたが、普段が普段なので、あえて誰も、何も言いませんでした。


「まあ良いでしょう。他に質問はありますか?」
「涼花ちゃんが小鈴ちゃんを避けている理由は、小鈴ちゃんの能力と、奥義の所為って事で良いのよね?」


霊夢が問います。


「それだけではありませんが、奥義の存在も、大きな要因のひとつでしょう。巻き込みたくないのでしょうね」
「涼花ちゃんの優しい性格なら、あり得るわね。でも、小鈴ちゃんも気にしてるし、何とかしてあげたいけど…」
「こればっかりは、涼花が自分で解決しなくてはならない事ですから」
「でも、このままだと、お互い可哀想よ」
「……そうですね、分かりました。もし、小鈴が涼花に触れても、涼花の過去や奥義には触れられないよう、配慮しておきましょう。その事を、夢魔に伝えさせます」
「自分で言えばいいじゃない」
「それは出来ません。涼花には、自身の能力が『夢魔と貘を操る程度の能力』であると、信じ込ませなければなりませんから」
「信じ込まる?どういう事?」
「涼花の力を、制御するためです。“夢魔の力を使わなければ、夢に誘うことも操作することも出来ない”“夢から現実へ何かを投影するためには、貘に食べさせなければならない”“夢現の操作には、生命エネルギーを必要とする”これらの制約を設けることで、涼花は自然と、自身の持つ力に制限をかけることが出来るのです。私の力。そして夢魔の力を、自分の思い通りに使える事に、気付かせてはならないのです」
「その制約が無かったら?」
「初めて涼花が、自身の能力に覚醒した時と同様、能力が暴走を起こしてしまいます。自分にとって都合の悪い現実を、都合の良い夢に書き換えられる。それは、人の生死ですら、容易に書き換えてしまうでしょう。とは言え、今の涼花が、それを望むとも思えませんが…。さて、他に質問は?」


顔を見合わせる三人でしたが、とりあえず知りたい事は知ることが出来ましたし、もう無いと答えました。


「そうですか。では、貴女方を、自分の夢に戻してさしあげましょう。さあ、上を見てください」


言われた通り上を見上げると、そこには、太陽のような光が溢れています。
その光を認識した瞬間、三人の体は上昇を始めました。


「そのまま、身を委ねてください。そうすれば、自分の夢に戻れます。そして次の瞬間には、貴女方は目を覚ますでしょう」

「こんなに話したのは、本当に久しぶりでした。貴女方に話せて、少しは気分も楽になりました。どうもありがとうございます」

「そして、現実世界の涼花を、どうかよろしくお願いします」


莫奇の声が、次第に遠ざかっていきます。
それと同時に、意識は微睡みの中へ。




ふと、目を開ける霊夢。
目の前には、気持ちよさそうに寝ている、涼花ちゃんの寝顔。
霊夢は小さく微笑むと、上体を起こし、辺りを見渡します。
どうやら、夢から戻ったようです。
さとり、そして魔理沙も、目を覚まし始めました。


「んん〜…よく寝たぜ」


大きく伸びをする魔理沙。
確かに清々しい目覚めです。
先程の事が、全て夢の中の出来事とは言え、有力な情報を得ることは出来ました。
そう、全ては夢だったのです。
夢魔と戦った事も、涼花ちゃんの過去も、莫奇の存在も、全て夢だったのです。
しかし、あの夢は真実であり、莫奇は間違いなく、涼花ちゃんの夢の中に存在していました。
それは不確かな事ですが、三人にとっては確かな事なのです。
時に夢と言う存在は、とても厄介なものであると、霊夢とさとりは、心の片隅で思うのでした。
さて、涼花ちゃんの秘密を知ることが出来たわけですが、紫はどこにいるのでしょうか。
涼花ちゃんの夢を覗き見していたわけですし、近くに居る筈なのですが、辺りを見渡しても紫の姿は見えません。
しかし、紫の事です。
後でひょっこり出て来るのだろうと、霊夢は思っていました。
そんな紫は、博麗神社の裏手で倒れていました。
涼花ちゃんの夢の様子を見終わった紫は、突然の目眩に襲われ、気が付いた時には、この場所で倒れていたのです。
何が起こったのか、理解出来ていない紫ですが、涼花ちゃんについて得た情報を整理するため。そして、式神八雲藍に、少女の事を調べさせるためにも、紫は一度、家へと戻るのでした。
そう、この目眩は、ただの疲労だと、紫は紫らしからぬ結論をつけてしまったのです。


さて、目を覚ましたさとりは、時計に目をやります。
どうやら、一時間程度眠っていたようです。
とりあえず知り得た情報は、涼花ちゃんを知る上で、とても重要な事でした。
そして莫奇は、涼花の過去や魂の事を何とかしてくれると言っていました。
後は小鈴と涼花ちゃんの仲を取り持つために、色々と準備をしなければなりません。
後の流れは霊夢に任せることにして、さとりと魔理沙は、別の準備を進めることにしました。




涼花ちゃんが目を覚ますと、そこは博麗神社の一室でした。
辺りを見渡すと、霊夢の姿しかありません。
さとりと魔理沙はどこへ行ったのか尋ねると、涼花ちゃんがあまりにも良く眠っていたので、起こすのも可哀想だと気を使って、一足先に帰ってしまったと聞かされます。
それを聞いて、涼花ちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべています。
そこへ。


「こんにちは」


境内の方から、涼花ちゃんには聞き馴染みのない声が聞こえてきました。
涼花ちゃんは霊夢に連れられ、境内へと向かいます。


「実は、涼花ちゃんに会ってほしい人がいるのよ」


二人の目の前には、小鈴の姿。
涼花ちゃんは困惑している様子です。
それは小鈴も同様です。
どうしたものかと、暫しの沈黙。
いきなりの事ですし、困惑するのも頷けますが、このままでは埒があきません。
そこへ霊夢が助け船を出します。


「二人とも初対面なんでしょ?ほら、挨拶しなさい?」
「は、はじめまして…香雪蘭 涼花…です」
「…はじめまして。本居 小鈴です…」
「………」
「………」
「二人とも、お互いを知ってるわね?」


二人は、言葉に出さず頷きます。
それを見て、霊夢はさらに進めます。


「じゃあとりあえず、握手でもしたらどう?」
「う……」
「ほら、恥ずかしがらないの」
「ち、ちょっと…」


霊夢に背中を押されてしまった涼花ちゃん。
恥ずかしいとか、そう言った理由ではないのですが、それは霊夢も分かっていることです。
しかし、その理由を語れる涼花ちゃんではありませんし、小鈴と面識を持ちたいと思う気持ちは強いのです。
涼花ちゃんは覚悟を決め、目をギュッと閉じて片手を差し出します。
その様子を見ている小鈴は、自分が嫌われている訳ではないと分かりました。
しかし、涼花ちゃんの態度はどうも引っ掛かります。
霊夢は事情を知っているでしょうし…等という考えを今は払拭し、差し出された手に自らの手を差し伸べます。

互いの手が、僅かに触れます。

涼花ちゃんは体を強張らせます。

そして。

小鈴は軽く、涼花ちゃんの手を握ります。


「あ…あれ…?」


しかし、涼花ちゃんが恐れていたことは、何も起こりません。
安堵の表情を浮かべる涼花ちゃん。
それを見て、小鈴も同様に、安堵の表情を浮かべています。


「よろしくね、涼花ちゃん」
「こちらこそ。小鈴…お姉ちゃん♪」


手を握りしめながら、互いに笑顔を浮かべています。
釣られて、霊夢の表情も緩んでいます。
何はともあれ、この二人については一安心です。


さて、さとりと魔理沙は何をしているのか。
それは、小鈴と近しい者、親しい者達に、涼花ちゃんの存在。彼女自身が小説である事を、小鈴に口外しないよう注意を呼び掛けているのです。
もし、涼花ちゃんが小説だと知れば、変なところで好奇心旺盛な小鈴は、涼花ちゃんを読み解こうとしてしまうでしょう。
どれだけ時間を掛けようとも、涼花ちゃんが自ら話すまでは、二人の為を思ってほしいと頼んでいるのです。
こんな事をすれば逆に、小鈴の好奇心をくすぐってしまう事になるとも知らずに。


続く