涼花ちゃんストーリーまとめサイト(改)


トロイメライ


博麗神社まで辿り着いた四人は、我が目を疑いました。
その場所に神社は無く、巨大な穴が、全てを飲み込まんと口を開けています。
辺りにはまたしても、いつの間にか夜の帳が降り、いよいよと言った雰囲気を漂わせていました。
四人は大穴の入り口まで降りていきます。


「スペルカードの補充は済んだわね?話し合いで解決しなかった場合、戦わなければならなくなる筈だから、気を引き締めなさい」


霊夢が啖呵を切ります。


「言われるまでもないぜ」


魔理沙が応えます。


「体力は回復しませんが…スペルカードが補充出来ただけでも」
「そうだな。お前達が教えてくれなければ、何の準備も無しに飛び込んでいたところだ」


さとりと神奈子も応えます。
決意と呼ぶには大袈裟な、しかし決意に似た気持ちを奮い立たせ、大穴へと飛び込みました。
飛び込んだ瞬間、突如として襲い来る強烈な重力に、四人の意識は一瞬にして、深く深く堕ちてしまいました。
あの時と同じだと、思う間も無いままに。




真夏の太陽が、大地を照らします。
空には入道雲。遠目の山々は新緑が萌え、眼下には人間の里。
蝉の鳴き声。鳥の囀り。風の奏でる木々の音色。
そんな演奏に耳を傾けながら、里の大通りに降り立ち、歩を進めていきます。
活気付く商店。談笑をする人間。走り去っていく子供達。
人間だけではなく、見知った妖怪や妖精、幽霊に神。
皆、こちらを見ると、笑顔を向けてきます。
ひとりの子供が抱きついてきました。
そして顔を見上げると。


つかまえた



目を開けると、そこにはいつもの天井。
体を起こし、辺りを見渡します。
いつもの部屋。いつもの光景。
外に出ると、赤々とした紅葉が、目に飛び込んできます。
風が木々を揺らし、紅葉を舞い上がらせています。
空は青く澄み渡り、大地には落ち葉の絨毯が敷き詰められ、秋虫たちの演奏会が聴こえてきます。
木々の間を抜けて行くと、遠くから子供の声。


今度はあなたの番



目の前が白に染まると、辺りは銀世界に包まれています。
しんしんと降り積もる、純白の雪。
反射した雪の結晶は、辺りに光を散りばめます。
木々は雪の化粧をし、自らを白で彩ります。
静寂に包まれた銀世界を、雪を踏み鳴らし、歩いていきます
目の前には小さな足跡。
遠くから子供の声。


こっちだよ



淡雪は桃色に染まり、風に吹かれて舞い上がると、花びらの雨を降らせました。
花々は咲き誇り、虫たちが踊ります。
優しい風が吹き抜け、木々を、花々を揺らします。
桜の花びらは風に舞い、ひらひらと宙を漂います。
その一枚を手に取ると、近くから子供の声。


つかまっちゃった





霊夢が目を覚ますと、目の前に涼花ちゃんが立っていました。
霊夢と涼花ちゃんは、お互い手を握りあっています。


「ねえ、今度は何をして遊ぶ?」


涼花ちゃんの言葉に、ようやく正気を取り戻した霊夢は、涼花ちゃんの手を放します。


「さ、さっきのは一体?」


戸惑う霊夢に、涼花ちゃんの声が、頭の中に優しく響いてきます。


“さっきも今も無い”

“これは夢”

“全部夢なの”

“夢は虚偽”

“夢は真実”

“全てが混ざり”

“全てが溶け合い”

“そうして織り成す”

“夢の世界”

“真実なんて無い”

“偽りすらも無い”

“目に映るのは真実”

“目に映るのは虚偽”

“だからここに”

“真実なんて存在しない”

“だって”

“全てが真実だから”

“だから”

“どこまでも”

“堕ちていけばいい”

“素敵な”

“夢の深淵に”




涼花ちゃんの声を聞けば聞くほど、霊夢の意識は遠退きそうになります。
霊夢は頭を左右に振り、遠退きそうな意識を何とか留めています。


「ふ〜ん。がんばるね」
「こ、これくらい、どうって事は無いわよ…」


とは言え霊夢は、その場に座り込み、肩で息をしています。
そんな霊夢に、涼花ちゃんは容赦なく追い討ちを掛けていきます。


“堕ちるのは心地良い”

“堕ちるのは気持ち良い”

“ここは夢”

“心地良い夢”

“見える全てが夢”

“聞こえる全てが夢”

“躊躇わないで”

“抗わないで”

“全てに身を委ねて”

“深く”

“深く”

“堕ちていけばいい”

“夢の深淵に”




涼花ちゃんの言葉は、頭の中に心地良く染み渡り、思考力を削ぎ落とそうとしています。
霊夢はそれを振り払おうと、大きく叫び、自らを奮い立たせます。
そして力を振り絞り、その場から飛び退くと、スペルカードを取り出し。


「霊符『夢想封印』!」




魔理沙が目を覚ますと、目の前に夢魔が立っていました。
魔理沙と夢魔は、お互い手を握りあっています。


「さあ、次は何をして遊びましょうか」


魔理沙は咄嗟に手を放し、距離をとります。
そして、辺りを見渡してみますが、霊夢達の姿は見えません。


「お前…いったい、何をした?」
「私ではないわ。全て、あの子がやった事よ。こんなにあっさり、あの子の夢に引き込まれてしまうなんて、ざまぁないわね」


夢魔がパチンと指を鳴らすと、魔理沙の目の前に窓が現れました。
その中には、霊夢の様子が映っています。
魔理沙は、窓の中の霊夢に呼び掛けます。


「無駄よ。こちらの声は届かないわ」


窓を叩いても、大声で呼び掛けても、霊夢は振り向きません。
夢魔の言葉に悔しさを浮かべながら、魔理沙はそっと、窓から離れます。


「霊夢も直に、夢の深淵へと誘われるでしょう。貴女も涼花ちゃんを止めようなんて考えないで、甘い夢に身を委ねなさい?」


夢魔が魔理沙に、ゆっくりと近付きます。
そして、片手で魔理沙の肩を優しく掴み、もう片手の人差し指を、魔理沙の額に当てます。


「さあ、甘美なる夢の深淵へ、貴女も堕ちなさい」


魔理沙の思考力は夢魔の人差し指に吸われ、意識が遠退きそうになります。
辛うじて留めている、僅かな思考力をフル稼働させた魔理沙は、ポケットから八卦炉を取り出し、夢魔の胸に当てました。
そして、消え入りそうな意識の中、何とか声を振り絞ります。


「へ、へへ…確かに夢も悪くない」
「だったら素直に」
「…でもな?たとえ涼花ちゃんが望んでいなくても、理由がどうであろうとも、私は涼花ちゃんを止めたいんだ」


魔理沙に魔力が集まっていきます。
そして、夢魔をキッと睨みつけると。


「これが…涼花ちゃんと友達の約束をした、私なりの答えだ!」


「恋符『マスタースパーク』!」




さとりが目を覚ますと、目の前に莫奇が立っていました。
さとりと莫奇は、お互い手を握りあっています。


「お目覚めですか?」


莫奇の言葉に、次第に意識がはっきりしてきたさとりは、何が起きているのかを莫奇に問います。


「貴女は、あの子の作り出した夢に、引き込まれていたのです。貴女はあれを、夢だと認識すら出来なかった筈」
「た、確かに…」
「そう、それこそが夢。見ている夢に、疑問なんて抱きません。夏の夢では暑さを、冬の夢では寒さを、全く感じなかったのでは?それが夢。それでこそ夢」
「そ、それは分かりました。それよりも…」


さとりは辺りを見渡します。
しかし周りに、霊夢達の姿は見えません。
莫奇は、さとりの言わんとしている事に答えます。


「ああ。彼女達でしたら、あの子と夢魔が相手をしている筈です。彼女達を、夢の深淵へ堕とす為に。それが、あの子の望みだから。さあ、貴女も」


莫奇は握った手を引き寄せ、もう片手の人差し指を、さとりの額に当てます。
それと同時に、さとりの意識は薄れます。
抗う事の出来ない微睡みが、優しくさとりに襲い掛かります。
もう、このまま委ねてしまおう。さとりがそう思った刹那。


「さとり!」


自分を呼ぶ声に、さとりは何とか、意識を留めます。
さとりの気付けとなった声の主は、神奈子でした。
神奈子はさとりの腕を掴むと、莫奇から引き離します。


「流石、八百万の一柱とは言え神ですね。あの子の夢程度では堕ちませんか」
「…お前は、涼花ちゃんを止めてほしいのではなかったのか?」
「先ほども言いましたが、これはあの子の望み。あの子の意思なのです。私に拒否権はありません」
「そうか。…さとり、戦えそうか?」


まだ意識が戻りきっていないのか、さとりは頷くだけでした。


「あの子が駄目なら、私が直々に、夢の深淵へ堕としてあげます」
「さとり、意識をしっかりと保て。涼花ちゃんは、すぐそこなんだからな。…だが」


神奈子は莫奇を睨み付けます。


「まずは、この場所から抜け出さないとな」


「御柱『メテオリック・オンバシラ』!」




涼花ちゃんの見る、数多の夢が織り成す迷宮。
悪夢以外の様々な夢が密集している、歪な空間。
その中の、三つの夢に、亀裂が走ります。
スペルカードの情報量に耐えられず、四人の捕らわれていた夢。その壁は、まるで窓硝子を割ったかのように、音を立てて崩れ去りました。
崩れ去った壁を飛び出し、四人が合流します。
涼花ちゃん達の姿はありません。
そして、四人が合流した夢は、何もない、ただの広い空間が広がっています。


「ここは…?」
「ここが何処かなんて関係ありません」


白い靄から、莫奇が現れます。


「なんだ、一人か?」
「一人な筈がない。ここは、あの子の夢なんだから」


紫色の靄から、夢魔が現れます。


「貴女達も本気、と言う事ですね」
「そう、本気も本気。これ以上、邪魔はさせないよ」


漆黒の靄から、涼花ちゃんが現れます。


「涼花ちゃん…」
「どうしてみんな、わたしの邪魔をするの?」


涼花ちゃんの問い掛けに、霊夢が答えます。


「私達は、邪魔をしようとしているわけではないの。ただ、涼花ちゃんを止めたいだけ。ねえ、教えて?どうして、奥義なんて危険なものを使おうとしているの?」


涼花ちゃん、夢魔、莫奇に、魔力が収束していきます。


「霊夢お姉ちゃん達には関係ないでしょ?…ここはわたしの夢。わたしの夢をどうしようと、わたしの勝手だよね?…でも、いいよ。教えてあげる」


涼花ちゃんはゆっくりと語り始めました。


「わたしはね?ただ、夢を叶えたいだけなの。わたしの能力では、どうしようも無い夢をね」
「その夢って?」
「人を一人、生き返らせたいの」


夢魔や莫奇ですら初めて聞く、涼花ちゃんの夢。
その場にいる全員が驚愕、あるいは困惑している中、いったい誰を生き返らせようとしているのか。霊夢が冷静に問います。


「それは言えない」
「その人は、涼花ちゃんにとって大切な人?」
「もちろん。だってその人は、わたしの一部だから」


涼花ちゃんのその言葉に、夢魔と莫奇の脳裏に、ある人物が過ぎります。
それはかつて、悲劇の運命を辿った少女。数百年前の少女涼花。
涼花ちゃんは、かつての涼花を、その魂を蘇らせようとしている。
確かに、奥義『夢現封遙』を使えば、かつての少女涼花の魂を切り離し、現世に蘇らせる事も出来るでしょうし、涼花の魂が抜けた涼花ちゃんが、命を落とす事も無いでしょう。
それが『夢現封遙』の成せる業。
しかし、涼花ちゃんは知りませんでした。
物事には、それを成す為に対価が必要である事を。
それは、全ての夢を叶える『夢現封遙』と言えど、例外ではありません。
『夢現封遙』その、あらゆる夢を叶える対価。それは、発動者の生命エネルギー。
人間の少女一人の生命エネルギーでは、人一人を蘇らせる事など出来ず、仮に蘇らせる事が出来たとしても、涼花ちゃんは奥義に生命エネルギーを吸い尽くされ、命を落としてしまうでしょう。
だからこそ、夢魔と莫奇が霊夢達に叫びます。


「あんた達!今すぐ涼花ちゃんを止めて!」
「でないと涼花は!」


そこまで言ったところで、涼花ちゃんは二人に手をかざします。


「なに?夢魔もナギ様も、わたしを裏切るの?…わたし、知ってるんだ。二人は、わたしの命令に抗えないって」


二人は何も言えなくなってしまいましたが、二人の様子から大まかな事態を理解した霊夢達は。


「夢魔、莫奇。涼花ちゃんは、私達が必ず止めてみせるわ」
「そうはさせないよ。夢魔、ナギ様。霊夢お姉ちゃん達を、夢の深淵に堕として。これ以上、何の邪魔も出来ないようにね」


夢魔と莫奇は魔力を解放すると、涼花ちゃんに命ぜられるままに弾幕を展開します。
そして涼花ちゃん自身も魔力を解放すると、何やら呪文のようなものを唱え始めました。
これが、奥義の呪文なのでしょう。
しかし、涼花ちゃんを止めようにも、夢魔と莫奇の弾幕に阻まれ、近付くことすら出来ません。
そこへ。


「おい、さとり」


魔理沙が弾幕を避けながら、さとりに話し掛けます。


「な、何ですか、こんな時に?」
「お前は霊夢と一緒に、涼花ちゃんを説得してこい。夢魔と莫奇は、私と神奈子が引き受ける」
「何を言っているんですか、みんなで説得をした方が」
「考えてもみろ。涼花ちゃんは呪文を唱え始めてる。一刻の猶予もないのに、こいつらを倒してる時間なんて無いんだぜ?」
「確かにそうですが…」
「行ってこい、さとり」


神奈子も背中を押します。


「ここは、涼花ちゃんと関わりの深いお前達が行くべきだろう。それに、巫女はそのつもりのようだぞ?」
「そうね。私だけで説得するつもりだったけど、さとりが来てくれた方が心強いわ」
「そう言う事だ。道は私達が切り開こう。ゆくぞ霧雨」


「神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』!」
「恋符『マスタースパーク』!」


二人のスペルカードから放たれるレーザーが、夢魔と莫奇の弾幕を消し去ります。
さとりは二人に礼を言うと、涼花ちゃんの元へと急ぎます。
次いで霊夢も向かおうとしたところを、魔理沙が引き止めます。


「霊夢」
「何よ?」
「涼花ちゃんを止められなかったら、承知しないからな」
「…分かってるわ」


霊夢は軽く手を振ると、さとりの後を追います。


「行かせない!」


夢魔が霊夢達目掛けて弾幕を放とうとしたところへ、魔理沙が撃たせまいと、夢魔の目の前に回り込みます。


「よう、夢魔。さっきの決着をつけようぜ?」
「ふん!良いわ。でも、今度こそ手加減無しよ!」
「臨むところだぜ!」


魔理沙は、夢魔の放つ弾幕を避けながら、霊夢とさとりから引き離していきます。


「まったく。あの子の好戦的な性格も、考え物ですね」


夢魔と魔理沙のやり取りを見ていた莫奇は、やれやれと言った様子で、軽く溜め息を吐きます。
そして霊夢とさとりの方を向くと、魔力を収束させた手を、二人へかざします。


「霊夢さん、さとりさん。貴女達に恨みはありませんが、これもあの子の意思…」


その手から弾幕を放とうとした瞬間、神奈子が莫奇の正面に回り込みました。


「おいおい、私を忘れてもらっては困るな。それに、神が二柱も居るんだ。少しは話でもしようではないか」
「話す事などありません。邪魔立てするのなら、まずは貴女から、深淵に堕ちてもらいます」


莫奇が、神奈子に向けて弾幕を放ちます。
それを避けつつ、魔理沙と同様に、霊夢とさとりから引き離していきます。


霊夢とさとりが涼花ちゃんの目の前まで来ると、涼花ちゃんは呪文の詠唱を中断しました。


「どうあっても、わたしの邪魔をしようとするんだね?」
「涼花ちゃん、話を聞いて。人を生き返らせるなんて、そんな夢を叶えてはいけないわ。そんな夢は、叶えられないの」
「叶えられるよ。その為の『夢現封遙』なんだから。この奥義さえあれば、霊夢お姉ちゃんやさとりお姉ちゃんの夢だって、叶えられるんだよ?どんな夢だって叶えられるんだ」
「しかし、考えてもみてください。何故、そんな便利なものが封印されていたのかを」
「考える必要なんてないでしょ?だって、わたしはもう、奥義を使える。呪文を唱えれば、もう発動出来る。考えるのは、奥義を使った後でも良いの。それに、これは人助けなんだよ?その人は、もっと生きたかった筈。その生きたかったと言う夢を、わたしが叶えてあげるの」
「偽善ね。そんな事を、その人が望んでいると思う?私はそんな事、望んでいないと思うわ。それに人の命は、魂は、そう簡単に操作出来て良いものではないのよ」
「運命を変える事は可能です。しかし、過ぎた運命を変える事は出来ません。涼花ちゃんのやろうとしている事は、大きな罪なんですよ?」
「…もう良いかな?二人のお説教なんて、もう聞きたくないんだよね」
「説教って…私達は別にそう言うつもりでは…」
「もう、何を言っても無駄なのね…。仕方がない。殴ってでも目を覚まさせるわよ」
「ここは、わたしの夢だって言ったでしょ?だからわたしは、何だって出来るの。今から二人には、とっておきの夢を見せてあげる。夢魔とナギ様に堕とされていた方が、まだマシだったと思えるような夢をね!」




十分な距離を引き離せたと判断した魔理沙は、逃げる事を止め、夢魔と対峙します。


「もう、鬼ごっこは終わりかしら?」
「ああ、もう逃げるのは無しだ。ここでお前を迎え撃つ」
「さっきまでヘトヘトで弱気だったくせに、随分と威勢が良いわね」
「そりゃあそうさ。なんたって、私の夢を霊夢に託せたんだからな。霊夢にその気は無いだろうが」
「そう…。だったら…いや、涼花ちゃんに聞こえてるだろうし、下手な事は言えないわね。どちらにせよ、私は今の涼花ちゃんに抗えない」
「だから本気で来るんだろ?」
「ええ。あんたには、夢魔族の見せる恐怖の夢を味わってもらうわ」




霊夢達から莫奇を引き離した神奈子も、戦闘態勢に入っていました。


「さて、ここなら流れ弾の危険もないだろう。さあ、色々と話そうではないか」
「先ほども言いましたが、話す事などありません。…と言うより、話す事が出来ません」
「どういう事だ?」
「ここは、あの子の見た夢ではなく、あの子が作り出した夢。ここで起こる事は全て、あの子に筒抜けなのです」
「つまり、私達に協力したくても出来ないと」
「そうです。あの子と距離が離れたお陰で、拘束力は少しは弱まりましたが…それでも、貴女を夢の深淵へ堕とさなくてはならない事に、変わりはないのです」
「そうか…残念だよ。異国の神と語らえる、良い機会だと思ったのだが」
「ふふ。全てが終わったら、御神酒でも呑みながら語らいましょう。でも…今は…」
「そうだな。呑み会前の、軽い運動といこうか」




何もない、広大な夢の中。そこで少女達は、それぞれの想いを胸に、激しい戦闘を繰り広げています。
その様子を、夢の外側から覗き見る、ひとりの少女。
この夢。中は広大な空間となっていますが、外側から見ると何とも小さく、掌大の大きさしかありません。
そう、これも涼花ちゃんの夢魂。涼花ちゃんの夢の一部。
辺りには、大小様々な夢が密集しています。
少女は目の前の、少女達が戦っている夢に、そっと手を触れます。
涼花ちゃんのお陰で、少女の悲願は成就します。
その事を想い、少女は夢から手を離します。


「ありがとう、小さな私。そして…」


少女は一筋の、惜別の涙を流すと、夢の深淵へと向かって行きました。




少女が夢を覗いていた時間は、ほんの数秒。
しかし、夢世界の時の流れは、現実とは異なります。
それは夢同士も同じ事。
少女が覗いていた数秒の間に、この広大な空間での戦闘は、今まさに終わりを迎えようとしていました。


「だぁー!もう動けねぇ!」


大の字になって倒れている魔理沙。
その傍らには夢魔。
お互い疲れ果て、その息遣いは荒いものの、二人の表情は清々しさを湛えています。


「お前、強いな」
「あんたこそ。全てのスペルカードを攻略されるとは思わなかったわ」
「…あいつらも、もう決着が付きそうだな」
「そうね…」
「主を守りに行かないのか?」
「無理よ。もう、指一本動かせそうにないわ。…それに、あんた達は涼花ちゃんを止めようとしてくれている。その妨害なんて、もうしたくないわ」
「…そうか」
「…戻ったら」
「うん?」
「現実に戻ったら、涼花ちゃんの事…頼むわよ?」
「ああ。涼花ちゃんの友達として当然だ」
「友達…か。良い響きね」


二人は大の字のまま、空を眺めます。
何も無かった空間は次第に色付き始め、空を、大地を形成していきます。
この空間は、涼花ちゃんが作り出した夢。
味気ない空間に、涼花ちゃんが彩りを加えたのか、それはもしかしたら無意識なのかもしれません。
風が、二人の火照った体を優しく撫でます。
十分に休息のとれた魔理沙は、夢魔に肩を貸すと、霊夢達の元へと向かうのでした。
この戦いの、行く末を見届ける為に。




「流石にお強い…もう私には、戦う力は残っていません。貴女の勝ちです」


神奈子、莫奇の戦いも、終わりを迎えました。


「いや、お前も中々のものだった。十分に楽しめたよ」
「それは何よりです。夢の中で神遊びをしていた甲斐があります」
「通りで強いわけだ」


夢の世界は、更に色付きを増していきます。
遠目には山々が連なり、緑は深くなっていきます。
その懐かしき原風景は、二柱の神々の心を洗います。


「さあ、往こうか」
「ええ」


神奈子は莫奇の手を取ると、涼花ちゃんの元へと向かいます。
この永い夢の、行く末を見守る為に。




「…どうして?…どうして勝てないの?…わたしの夢なのに、どうして?」


涼花ちゃんは、全身ボロボロになりながら、その場に浮いています。
近くには、荒い息遣いの霊夢とさとり。
こちらも疲弊の色を隠せません。


「やっと…大人しくなったかしら…?」
「…まだ、のようですね。涼花ちゃんの魔力に、変化がありません」
「でも…これ以上は戦いたくないわよ?」
「流石に私も…」


もう、諦めてほしい。これ以上立ち向かってほしくない。そう願う二人でしたが。


「……らい……」
「涼花ちゃん…?」
「嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!」


大っ嫌い!!


涼花ちゃんの背中から、魔力で出来た、二本の桜色の帯が伸びていきます。
それは無数に枝分かれしていき、涼花ちゃんの背中には、大きな蝶の羽が形成されました。


「夢符『ファルター・フリューゲル』!」


そしてスペルカードを発動させると、その蝶の羽から放射状に、無数のレーザーが放たれます。
今までの弾幕は難しいとは言え、涼花ちゃんらしさがありました。
しかし、この弾幕はこれまでとは異なり、一言で言えば“仕留めにきている弾幕”と言えるでしょう。
それほどまでに鋭い弾幕に、霊夢もさとりも苦戦を強いられています。


「思い通りにならない夢も、わたしにお説教をする霊夢お姉ちゃん達も、みんなみんな大っ嫌い!」


霊夢はレーザーを避けながら、何とか涼花ちゃんへ近付こうと試みます。
しかし、それを察知してか、涼花ちゃんはレーザーに加えて、大小様々な弾幕も展開し、近付く事もままなりません。
霊夢が必死に弾幕を回避していく中、さとりは至って冷静に、霊夢に告げます。


「霊夢さん、貴女は何とか、弾幕を避けていてください。涼花ちゃんは、私が止めます」
「な、何言ってんのよ!こんな弾幕の中どうやって…」


霊夢の心配を余所に、さとりはまるで、透明の床を歩いていくかのように、涼花ちゃんへ悠然と歩み寄ります。


「馬鹿!何やってんのよ!そんなんで近付いたら!」


しかし不思議な事に、弾幕はさとりに当たるどころか、掠りもしません。


「な、なんで…?」


霊夢が不思議に思いますが、それは涼花ちゃんも同様。
撃っても撃っても、弾幕はさとりに当たる事はありません。
そして、さとりは涼花ちゃんの目の前まで来ました。


「なんで…どうして…」
「涼花ちゃん。貴女が私達を嫌うと言うのなら、私達はそれを受け止めます。ですが、その気持ちは、その感情は、貴女の本心ではない筈です。だから、私達に弾幕が当たらないよう、涼花ちゃんは無意識に、その攻撃を反らしているのですから」
「そ、そんな事…そんな事ない!」


涼花ちゃんは、さとりの至近距離で弾幕を展開しますが、やはりその攻撃は、さとりに当たる事はありません。


「そう。これは無意識だから。涼花ちゃんの本心ではないから。嫌いと言わないと、涼花ちゃんの意志が揺らいでしまうから…」
「う…うぅ…」
「涼花ちゃん、耳を澄ませて。自分の心の、小さな囁き声に、耳を傾けて。自分に、嘘をつかないで…」


さとりの言葉に、ひとつふたつと、涼花ちゃんの目から涙が溢れてきます。
そう。本当は涼花ちゃんだって、こんな事をしたくはありません。
ですが、自分の一部となっている、過去の涼花の事を考えると、涼花ちゃんは居たたまれなくなり、何とかしてあげたいとも思ってしまうのです。
どちらかを選ぶ。幼い涼花ちゃんには、そんな選択は出来ないのです。


「どうすれば…どうすればいいの?…どうすれば…」


辺りに充満していた魔力も、涼花ちゃんの背に形成された蝶の羽も消えてしまいました。
涼花ちゃんは、その場にうずくまります。
そして涼花ちゃんは、自分の体を抱き締め、声を上げて泣いています。


「分からない…分からないよ…誰か…教えてよ…」


魔理沙、神奈子、夢魔、莫奇が合流しましたが、涼花ちゃんの様子に、皆、声を掛けることが出来ません。
すると…。


涼花ちゃん



その場に居る全員の頭に、誰かの声が響きます。
顔を上げる涼花ちゃん。辺りを見渡す霊夢。
しかし、その声の主は見当たりません。
優しい声だけが、頭の中に響きます。


涼花ちゃん

私の声が聞こえる?

私が誰か分かる?

そう、私は貴女

貴女は私



声の主が誰なのか。その答えに気付いた莫奇は、涙を流しています。
莫奇にとって、この声の主は尊い存在。かつての涼花。
今聞こえている声は、数百年前の少女涼花のものなのです。


涼花ちゃん

ありがとう

私は
嬉しかった

私を
生き返らせようと

私にもう一度
生を与えようと


でも

私のその夢は

貴女が今

叶えてくれている


「え…?」

貴女と共に
生を歩む

それが
今の私の儚い夢

涼花ちゃんが
私の夢を叶えている

だから

私は今
とても幸せなの



涼花ちゃんの目の前に、白装束を身に纏った少女が現れました。


「私の事は、心配しないで?私の為に、これ以上悲しまないで?だって私達は、二人で一つだから。私はいつだって、貴女の側に居るんだから」


涼花ちゃんは少女の手を取ると、その場に崩れ落ちました。


「わたし…わたし…」
「大丈夫。分かってるよ。だって、私は貴女だから。だから泣かないで?…だから」


一緒に生きよう



涼花ちゃんは手を握り締めると、いつまでも泣いていました。
そしていつしか泣き疲れ、涼花ちゃんはそのまま、深く深く眠ってしまいました。
するとどうでしょう。涼花ちゃんの体は光に包まれ、その場から消えてしまいました。


「安心して。涼花ちゃんは目覚めの準備に入っただけだから」


少女が皆に語りかけます。
少女に、莫奇が駆け寄ります。


「貴女の気持ちも考えずに…私は…」
「大丈夫。全部分かってるから。だから、自分を責めないで?」


少女は霊夢達の方を向くと、深く頭を下げました。


「さとりさん、霊夢さん、魔理沙さん、神奈子様。知らなかった事とは言え…幻想郷の皆さんには、ご迷惑をお掛けしました。でもどうか、涼花ちゃんを嫌いにはならないでください。迷惑を掛けた上に身勝手なお願いですが…どうか」
「当たり前よ。こんな事で涼花ちゃんを嫌うほど、器が小さいわけではないわ」


霊夢の言葉に、皆笑顔で頷きます。


「皆さん…ありがとう。それから、私の身勝手なお願いを、もう一つだけ聞いてもらえないでしょうか?」
「なに?」
「それは…」




ジリジリと照り付ける日差し。遠くから聞こえるのは、蝉のけたたましい鳴き声。
青空は入道雲のアクセントを加え、遠目には鮮やかな深緑。
いつも通り。そう、いつも通りなのです。
目を覚ますと、そこは博麗神社の縁側。
涼花ちゃんに膝枕をしている霊夢。
戻った涼花ちゃんは、すぐに霊夢に謝罪しようとしましたが。


ピンッ


と、霊夢にデコピンをされてしまいました。
涼花ちゃんは額を押さえながら、目をまん丸にしています。
霊夢は、心配ばかりかけたバツだと言うと、それ以上は何も言いませんでした。
他人に心配を、迷惑を掛けるとどうなるのか。
霊夢はあえて、その事を咎めませんが、その結果引き起こされる事を、涼花ちゃんは痛感します。
何故なら、澄ました表情をしている霊夢の目は、涙を湛えていたのですから。
涼花ちゃんは、額を押さえながら起き上がると、一言霊夢に謝罪をします。
そして縁側に腰を下ろすと、涼花ちゃんは少し俯いてしまいました。


涼花ちゃんはほんの少しだけ、霊夢から距離を置いて座っています。
目を合わせる事も出来ません。
涼花ちゃんなりに、とても深く反省しているからです。
しばらくそんな状態が続いていると、表の方から魔理沙とさとりの話し声が聞こえてきました。
それに気付いた霊夢は、二人を縁側に呼びます。
やって来た魔理沙はアイスキャンディーを口に頬張り、さとりは小さな袋を持っていました。
二人の状況を見た魔理沙は、何も言わずに涼花ちゃんの隣に座ります。
そして、涼花ちゃんの髪がくしゃくしゃになる程、豪快に頭を撫でました。
少し痛いのですが、それでも、涼花ちゃんの顔には少しだけ、笑みが戻ってきました。
それを見て小さく微笑むさとりは、袋の中からアイスキャンディーを取り出すと、それを涼花ちゃんに差し出します。
そして霊夢にもアイスキャンディーを渡し、自分の分を取り出すと、さとりは霊夢の隣に腰を下ろしました。


四人は、アイスキャンディーを頬張ります。
口の中に広がる、アイスキャンディーの甘さと冷たさ。
日陰になっている縁側に、時折通り抜ける穏やかな風。
その風は、軒下に吊された風鈴を揺らし、清涼な音色を奏でています。
魔理沙は、ああでもないこうでもないと、取り留めのない話をし、霊夢は軽く相槌を打ち、さとりは笑っています。
そうしている内に、涼花ちゃんにも次第に、いつも通りの笑顔が戻りました。


アイスキャンディーを食べ終えた四人は、棒に書かれている文字を確認します。
そこに書かれていたのは、ハズレの三文字。
そう、全員ハズレだったのです。
四人は顔を見合わせると、共に大きく笑い合いました。
何気ない日常。そう、この何気ない日常に、ようやく戻ることが出来たのです。
しかし、霊夢、魔理沙、さとりには、まだ大きな仕事が残っています。


今回の元凶を懲らしめると言う、大きな仕事が。


Next Dream...