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クローズド・サークル


ある夏の日、紅魔館ではパーティーが催されていました。
見知った妖怪達も集い、各々いつも通りに楽しんでいました。


アリス「…あら、このソース美味しいわね」
パチェ「そうね、サラダにかけても美味しいと思うわ」
アリス「久々に意見が合ったじゃない。いつ以来かしら?」
パチェ「さあ? もう覚えていないわ」
フラン「パチェ、この料理はなに?」
アリス「出た、デストロイヤー…」
フラン「あ"?」
パチェ「妹様、それはデビルドエッグと言う料理です」
フラン「デビルドエッグ? 何だか親近感がわく名前だわ、見た目も可愛いし♪」
アリス「確かに、悪魔と言う名前からは想像もできないわね。私もひとつ貰おうかしら」
チルノ「悪魔の卵なんて物騒なもの、あたいがフリーズドライにしてやるわ!」
大妖精「ダメだよチルノちゃん! 今日は大人しくしてるって約束でしょ!」
幽々子「相も変わらず、妖精達は元気が良いわね」
妖夢「騒がしいだけですよ…」
アリス「あら、あなた達も来てたの? てっきり霊夢の方に行ってるものと思ってたわ」


そう、今日の宴は普段と異なります。
博麗神社と紅魔館。 その両方で宴が開かれてしまったのです。
パーティーを主催したレミリア本人も、実は博麗神社に行っているため、主催者不在のままパーティーが催されることとなっているのです。


幽々子「たまには幽雅に、異国の文化に触れるのも良いものよ」
アリス「あなたの場合、食文化でしょ?」
幽々子「あら、言ってくれるじゃない。ところで、貴女のお連れさんは?」
アリス「ん? …ああ、魔理沙のこと? 魔理沙も博麗神社に行ってるわ」
幽々子「そう。実は紫もなのよ。一緒に楽しみたかったのに…」
涼花「だったら、わたし達はわたし達で楽しもうよ♪」
幽々子「あら、涼花ちゃん。来ちゃったの?」
涼花「来ちゃったの♪」
アリス「こっちに来た理由って、前回の宴会でお咎めを受けたからでしょ?」
涼花「う〜…それは言いっこなしだよ…」
妖夢「涼花ちゃんが来てると言うことは、ゆーちゃんも一緒なのですか?」
涼花「うん。向こうで阿求お姉ちゃんとお話ししてるよ。何だか難しい話をしてたから、抜け出してきちゃった」
幽々子「へえ。稗田の子が来るなんて、珍しいこともあるものね」

阿求「…といった感じで、幻想郷にも様々な効果を持った薬草があるのです。まあ、私は専門ではありませんが」
ゆーちゃん「いえ、それでも勉強になります」
永琳「面白そうな話をしてるわね。私も混ぜてもらえないかしら?」
阿求「永琳さん、お久しぶりです」
ゆーちゃん「お久しぶりです♪」
永琳「二人とも元気そうね。薬草について話していたみたいだけど」
阿求「幻想郷特有の草花について話していたのですよ。魔力を含んだものとか妖怪草の類いは、外の世界には存在しないので」
永琳「そう言うことなら、私が説明してあげられるわ。私の講義、聞いてみたい?」
ゆーちゃん「是非♪」
永琳「では、どこから話しましょうか…」

アリス「…なるほど。確かに涼花ちゃんだったら、頭が痛くなるような内容ね」
涼花「草花と言っても、奥が深すぎだよ…。わたしはついていけないな…」
アリス「専門的過ぎるみたいだからね」
リリカ「やっほー♪ 皆さんお揃いで♪」
涼花「あ、リリカお姉ちゃん♪」
リリカ「涼花ちゃん久しぶり♪ …ねえ貴女達、私の姉さん達を知らない?」
アリス「…ん? あなた達は、博麗神社でライブをするんじゃなかったの?」
リリカ「…え? だって今日は、紅魔館でパーティーを」
アリス「してるけど、あなた達のライブは博麗神社だって聞いてるわ」
リリカ「嘘…」
アリス「ほんと」
リリカ「こ、こうしちゃいられないわ! 私も博麗神社に行かないと!」

アリス「忙しないわね…」
文「あやややや♪ どうもどうもアリスさん♪」
アリス「メイドさん、ここに盗撮魔が」
文「誰が盗撮魔ですか!」
パチェ「撮るのは勝手だけど、変なものを撮ってたら出禁にしてもらうから」
文「変なものなんて撮りませんよ♪ 私は純粋に、パーティーを楽しみに来たんですから♪」
パチェ「だとしたら、カメラを持ち歩くのはどうにかしなさいよ」
文「カメラは私の命です。手放すなんて出来ません」
パチェ「あ、そう。…まあ、私はレミィほど厳しくはないからね。他の者達に迷惑をかけなければ、好きにしてもらって構わないわ」
文「あやや〜♪ そう言っていただけると幸いです♪ …では、私はこれで」

パチェ「…まあ、あとでネガは没収するけどね」
アリス「それが賢明ね。…ところで」


アリスがそこまで言ったところで、窓の外から閃光が差し込みました。
それに続いて地を揺らすほどの轟音が、館内に響き渡ります。
どうやら、紅魔館の近くに雷が落ちたようです。
全員が窓の外に視線を移しますが、何事もなかったかのように宴を楽しみ始めました。


パチェ「雷…ねぇ。嵐でも近づいてるのかしら?」
アリス「でも、私が来た頃には、嵐の気配は無かったんだけど…。ほら涼花ちゃん、私が一緒に居てあげるから、テーブルの下から出てきなさい?」
涼花「う、うん…」
チルノ「…し、仕方がないから、あたいも一緒に居てやるよ」
アリス「あら、あなたも?」
大妖精「ご、ごめんなさい、チルノちゃんは痩せ我慢をしているのです…」
ゆーちゃん「うぅ……」
阿求「ごめんなさいアリスさん。私もご一緒させてください」


いつの間にか子供(?)達がアリスの近くに集まっていました。
その光景はパチュリーには、子供をあやす保母さんにでも見えたのでしょう。
その様子がパチュリーにとっては可笑しかったのか、顔を背けて必死に笑いをこらえています。


小悪魔「パチュリー様、アリスさんに失礼ですよ?」
パチェ「だ、だって…w」
アリス「はぁ…。勝手に笑ってなさいよ。…と言うか小悪魔、あなたも居たのね」
小悪魔「仕事が一段落したので、私もパーティーに参加しようと」
アリス「そう。たまには、羽を伸ばすのも良いかもね」
小悪魔「ところで、外は嵐の様ですけど」
アリス「そうみたい。これは早々に切り上げた方が良いんじゃないかしら?」
パチェ「…確かに。風がかなり強くなってきているわね。最悪、泊まっていくと言う選択肢もあるけど」


各々がそんな話を始めた頃、食堂広間の扉が開かれました。
こんな嵐に、誰か来たのだろうかと、数名が扉の方へ注目します。
しかし、食堂広間の扉を開けて入ってきたのは、門番をしていた美鈴でした。
雨も降ってきたのか、美鈴の体はずぶ濡れです。


美鈴「ふぅ〜、これは酷いな」
パチェ「美鈴、外の様子は?」
美鈴「いやはや、酷いものですよ。大雨に暴風に雷…これは、外に出ていくのは危険ですね」
パチェ「そう…困ったわね。今はレミィも咲夜も居ないのに」
美鈴「すみません、ちょっと着替えてきます。さすがにこのままと言うのは…」
パチェ「ええ、分かったわ。それから、こんな嵐の中門番をしている必要もないから、着替えたら休息をとりなさい」
美鈴「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」

ゆーちゃん「…なんだかこう言う展開、ミステリー小説のクローズド・サークルみたいだね♪」


嵐の恐怖もどこへやら。 ゆーちゃんはこの状況に目を輝かせています。


涼花「くろーずどさーくる?」


聞きなれない単語に、涼花ちゃんは首をかしげています。
そんな涼花ちゃんに、阿求が説明を入れてきました。


阿求「クローズド・サークルとは、ミステリー小説でよく見られる展開ですね。嵐の孤島とか吹雪の山荘とか、ひとつの部屋を密室にするのではなく、建物や島そのものを密室として描かれるジャンルです。その中でも定番なのが」
文「殺人事件が起こる…」


文の突然の発言に、その場にいた全員がギョッとしました。


文「そう! これは完全なクローズド・サークル! 犯人は今まさに、虎視眈々と誰かを狙っているのです!」


アリスは文の後頭部を、いつも持ち歩いているグリモワールで小突きました。


文「あいたっ! …何をするのですか!」
アリス「それはこちらの台詞よ。あんたのせいで、子供達が怯えちゃったじゃない」


アリスの側に集まっていた子供達は、ブルブルと体を震わせています。


チルノ「ふ、ふん! そんな輩が出たら、あたいが成敗してやるよ!」


と、豪語するチルノでしたが、それも痩せ我慢なのでしょう。
その証拠に、チルノの足はガクガクと震えています。


アリス「あなた達、安心しなさい。そんな事をする奴が居ないってことは、あなた達も分かってるでしょ?」
文「分かりませんよ? 怨恨と言うものは、いつ誰に対して生まれるかも分かりませんからね」
アリス「あんた…いい加減にしなさいよ?」
パチェ「ま、狙われるとすれば、真っ先にあなたでしょうね」
文「おお、怖い怖い。このままだと本当に被害者になってしまいそうなので、私は退散しますかね」
アリス「まったく…」


そんな会話から一時間ほど経過した、午後10時32分。
雨は一層激しさを増し、風が窓を叩きます。


パチェ「…これはいよいよマズイかも。妖精メイド隊、今日は紅魔館に泊まっていくよう、参加者全員に伝えなさい」
アリス「やっぱり、こうなっちゃうのね」
パチェ「仕方がないわ。このまま帰して、怪我でもされるよりはマシよ」
アリス「そう言えば、リリカはどうしたの? …まさか、こんな嵐の中、博麗神社に行ったんじゃ…」
パチェ「ちょっと、そこのメイド」
妖精メイドA「はい、何でしょうか?」
パチェ「リリカ・プリズムリバーがどこへ行ったか、見ていない?」
妖精メイドA「一時間ほど前に館を出ていったきり、お姿を拝見しておりません」
パチェ「そう…。ここは探すべきかしら?」
美鈴「ご心配には及びませんよ」


そこへ美鈴が戻ってきました。


パチェ「心配ないって、どういう事?」
美鈴「私がパチュリー様に報告する前、外へ行こうとしていたリリカさんを見かけました。こんな嵐に外へ出るのは危険だと伝えたら、館内へ引き返しましたよ」
アリス「そう…」
パチェ「一応、妖精メイドに探させておきましょう。ほらほら、お子様達は部屋に行って、もう寝なさい。他の皆も、今日はお開きにするわ。妖精メイドが案内するから、それぞれの部屋に行きなさい」


そう言うことなら仕方がないと、各々がそれぞれの部屋へ行こうとした時の事。


「きゃあああ!!」


突如の妖精メイドの悲鳴。
それは玄関ホールの方から聞こえたようでした。
いったい何事かと、その場にいた全員が悲鳴の元へと向かいます。

真っ先に駆けつけたのは文。 次いでアリス、永琳、と駆けつけました。
そこに居たのは、腰が抜け、その場に座り込む妖精メイド。
その妖精メイドの視線の先には…リリカ・プリズムリバーが仰向けで倒れていました。


文「おお、証拠写真証拠写真」
パチェ「不謹慎よ、やめなさい。…何があったのかは後ね。妖精メイド隊、リリカを運びなさい」
妖精メイド隊「は、はい!」


妖精メイド隊がリリカの体を運ぼうとした時。


永琳「待ちなさい!」
パチェ「え、永琳?」
永琳「ほら、ここ。血液のようなものが付着してるでしょ? 恐らく、リリカは怪我をしているわ。怪我の状態がわからないから、無闇に運ぶのは危険よ。…まあ、幽霊に人間の常識が通用すればの話だけど」
パチェ「でも、このままにしておけないわ」
永琳「…メイドさん。この館に、担架は置いてある?」
妖精メイドA「い、いいえ、ありません」
永琳「そう…。それじゃあシーツで良いわ、一枚持ってきてもらえるかしら」
妖精メイドA「は、はい、直ちに!」


妖精メイドは大慌てで、シーツを取りに向かいました。
その間、アリスとパチェ、そして永琳は、注意深くリリカの様子を観察しています。


永琳「…血液の凝固が早いわね。さすが幽霊」
アリス「永琳、あなたの見立ては?」
永琳「調べてみないことには何とも言えないけど、気を失っているということは、誰かに殴られたと見るのが妥当でしょうね」
パチェ「気を失ってるだけ?」
永琳「ええ。幽霊に対して使う言葉ではないけど、とりあえず死んではいないわ」
妖精メイドA「お、お待たせいたしました!」


妖精メイドが息を切らせながら、大きめのシーツを持ってきました。


永琳「ありがとう。そこに広げて」
妖精メイドA「は、はい」
永琳「門番さん。こっちへ来て、ちょっと手伝ってもらえる?」
美鈴「は、はい」
永琳「メイドさん達も手伝って。私と門番さんが、リリカの体を持ち上げるから、貴女達はリリカの体の下にシーツを入れて」


永琳がリリカの上体を抱え、美鈴がリリカの足を持ち、体を浮かせます。
そこへ妖精メイド達がシーツを滑り込ませました。
この手際のよさは、さすが医師と言えるでしょう。


永琳「本来なら棒でも入れて簡易担架でも作りたかったけど、この際仕方がないわ。さあ門番さん、シーツの両端を持って」
美鈴「こう、ですか?」
永琳「そうよ。このまま、近くの部屋へ運びましょう。メイドさん、案内して」
妖精メイドA「はい、こちらです」


永琳と美鈴の二人は、リリカを部屋へ運びました。
残された者達は、動揺の色を隠せずにいます。
文の、殺人事件が起こると言う発言。 そして、実際に被害者が出てしまったと言う現状。
動揺するのも無理はない事でしょう。


パチェ「はいはい。まずは全員、食堂に戻りなさい」


パチュリーの言葉に、一人二人と食堂に戻っていきました。
腰が抜けていた妖精メイドも、どうにか食堂へと向かいます。
そして残ったのは、アリスとパチュリーだけになりました。
アリスは、何かが気になっている様子です。


パチェ「ほら、あんたも戻りなさい」
アリス「…ねえ」
パチェ「何よ?」
アリス「どうしてリリカは、こんなところに仰向けで倒れていたのかしら?」


リリカは、玄関の方へ足を向けて倒れていました。
玄関のドアが開いていたこと、リリカの足元が雨で濡れていたことから、リリカは外にいたのだろうと推測できます。


アリス「玄関が内開きのドアなら、妖精メイドがドアを開けた拍子にリリカが倒れてきたと考えているところ」
パチェ「でも、玄関ドアは外開き。ドアを開けた拍子に倒れてきたら、仰向けで倒れるのは不自然…ってところかしら?」
アリス「もし、リリカを襲った者がいたと仮定しても、それこそ仰向けで倒れるのは不自然よ」
パチェ「逃げていたとすれば、ドアを開けようとするからね。追い詰められた、あるいはドアを背にするように気を失ったと考えれば、説明がつかないわけでもないけど」
アリス「…まあ、あの妖精メイドから話を聞かないことには、何も分からないけどね」
チルノ「おーい! 早く戻ってこいよー!」
アリス「ええ、今行くわ」


アリスとパチュリーはその場を後にし、食堂へと向かいました。

食堂では子供達が、一ヵ所に集まって震えていました。
それ以外の者達は、みな神妙な面持ちです。
食堂に戻ったアリスとパチュリーは、リリカを発見した妖精メイドから話を聞くことにしました。


パチェ「それじゃあ、貴女がリリカを発見した時の様子を説明しなさい」
妖精メイドB「は、はい…。私は、お客様がお泊まりになられるお部屋のベッドメイクを行っていました。そして、シーツをリネン室へ運んでいる最中に、玄関ホールでリリカ様が倒れているのを発見しました」
パチェ「…貴女が見つけた時には、リリカはすでに倒れていたの?」
妖精メイドB「はい…。もしかしたら泥酔されているのかと思い、お声掛けをしたのですが…リリカ様の近くに血液のような赤い液体が付着していて、思わず悲鳴をあげてしまいました…」
パチェ「それまで、リリカの体は動かしていないのね?」
妖精メイドB「はい。お声掛けの際に肩を軽く触れましたが、それ以外は…」
パチェ「そう…分かったわ。報告ご苦労様」
妖精メイドB「それでは、私は持ち場に戻ります」
パチェ「ええ、分かったわ」


妖精メイドは戻っていきました。


パチェ「…どう思う?」
アリス「どう、と言われてもね。まあ、最初から玄関ドアが開いているとは思わなかったけど」
パチェ「そこなのよね。いったいどういう状況だったのか、イマイチ分からないわ」
アリス「…やっぱり、リリカが目を覚ますまで待つしかないのかしら」
文「そんな悠長なことを言っていて良いんですか!?」


二人の前に、文がしゃしゃり出てきました。


文「今でこそ未遂ですが、これは間違いなく殺人事件です! 犯人は今も館内にいて、私たちを狙っているんですよ♪」
アリス「楽しそうに語るな」
文「おっと失礼。犯人は今も館内に」
アリス「言い直すな。喧しいだけよ」
チルノ「…言いたくはないけどさー」
アリス「あら、どうしたの?」
チルノ「リリカをヤったのって、新聞屋なんじゃないの?」
文「な、何を言って! 私な訳ないじゃないですか!」
チルノ「ほら、お前だったらそのスピードで、リリカをヤってすぐ戻ることも出来るんじゃない?」
文「いくら私が幻想郷最速を自負してると言っても、誰にも気取られずにリリカさんを気絶させてここに戻るなんて不可能ですよ!」
妖夢「どうやったかはさておき、新聞のネタのためにリリカを襲った…と言う考え方も出来ますよ」
文「自分で事件を起こしてネタを作るなんて、私のポリシーに反することしないわよ! …それにフランさんこそ、誰にも見られずに人一人殺めるなんて朝飯前でしょう!」
フラン「私を疑うのか? ずいぶんと命知らずな天狗じゃない。言っておくけど、私に破壊させたら跡形も残らないわ。それこそ、あの場所が血の海になってるわよ」
パチェ「やめなさい!!」


不毛な言い争いに嫌気が差したパチュリーは、文達を一喝します。


パチェ「リリカが怪我をしたのは事実だけど、誰かに殴られたのかどうかもわからない。空想だけで物事を捉えるなんて、言語道断よ。少しは慎みなさい」


普段あまり喋らないパチュリーに一喝され、文達は押し黙ってしまいました。
その様子を見かねて、アリスが助け船を出します。


アリス「…パチュリーだって、好きでこんなことを言ってるわけではないの。でも、今は当主のレミリアも、仕切ってくれる咲夜も居ない。そんな状況で、パチュリーなりに皆を気遣ってるのよ」
パチェ「…余計なこと言わなくて良いわよ」
アリス「こんな状況だからこそ、私たちは正しい行動を取らなければいけない。まずは正しい情報を得るために、リリカが目覚めるのを待ちましょう。異論があるなら受け付けるけど?」


アリスが全員を見渡します。
しかし、アリスに異議を唱えるものは一人もいませんでした。


アリス「…それじゃあ、ここから自由行動にしましょうか。もう夜も遅いし、子供達は部屋に行った方が良いだろうし」
チルノ「じゃあ部屋に行く前に、あたいはトイレに行ってくる。…さっき飲みすぎちゃったみたい」
アリス「良いけど、迷うんじゃないわよ?」
チルノ「だいじょーぶだいじょーぶ」
アリス「…本当に大丈夫?」
幽々子「心配なら、私が一緒についていってあげるわ」
チルノ「おー、一緒に行こう。連れションだ連れション」
アリス「連れション言うな…」


幽々子とチルノはトイレに向かいました。
時計の針は、午後11時05分を指しています。


パチェ「…もう11時過ぎてしまったわね。ほら、子供達は部屋に行きなさい」
涼花「は〜い…」
ゆーちゃん「涼花ちゃん、一緒の部屋で寝よう?」
涼花「うん、そうだね」


子供達が部屋へ向かって数分も経たない内に、永琳が食堂へ戻ってきました。


永琳「戻ったわ」
パチェ「永琳、リリカの様子は?」


その場にいた全員が、永琳に注目します。
しかし永琳は、ひとつため息をついて、首を左右に振りました。


永琳「まだ目を覚まさないわ」
パチェ「そう…」
永琳「リリカの後頭部には、打撲傷が残っていた。傷の形状から、石のようなものだとは分かったけど…」
アリス「けど?」
永琳「仮に石だとしたら、傷口に泥やら何やらが付着するはず。でも、そう言ったものは付いてなかったわ。…それから、傷の割に出血が見られないのよ。そこで妖夢に聞きたいんだけど」
妖夢「はい、何でしょう?」
永琳「幽霊って、血は出るの?」
妖夢「う〜ん…どうでしょう。幽々子様のような亡霊なら、血が出るかもしれませんが…」
永琳「でもあの子…お酒に酔った時とか顔が赤くなってた事もあるのよね…。顔が赤くなるってことは、少なからず血液があると言うことだし…」
パチェ「永琳、貴女は医者でしょ? あの赤い液体が何なのか、調べることはできないの?」
永琳「それは無理ね。今は消毒用エタノールとか、最低限の薬品しか持ってきてないの。過酸化水素水とルミノールでもあれば、あれが血液かどうかすぐに分かるんだけどね」
パチェ「やっぱり、リリカが目を覚ますまで待つしかなさそうね…。ところで、美鈴はどうしたの?」
永琳「部屋に戻ると言っていたわ。あんな状態のリリカを見て、相当参ってたみたい」
パチェ「それなら仕方がないわね。もう時間も遅いことだし、貴女も休みなさい」
永琳「そうさせてもらうわ」
パチェ「他の皆も、今日はもう休みなさい。明日になれば、嵐もやむでしょう」


パチュリーの言葉により、その場にいた者達はそれぞれに割り当てられた部屋へと向かいました。


パチェ「……ほら、あんたも部屋に行きなさい」
アリス「あ、うん……」
パチェ「…この際だから言っておくけど、貴女は他よりも頭が回るだけで探偵ではないの。だから、リリカが襲われた理由とか犯人とか、貴女が推理する必要はないのよ?」
アリス「それは分かってるけど…」
パチェ「だからもし…考えたくはないけど、今後被害者が増えるようなら、貴女にも探偵役を頼みたいの」
アリス「私”にも“?」
パチェ「私も探偵役をやりたいの」
アリス「ヴァン・ダインの二十則を知らないの? 探偵役は一人だけ。貴女は探偵役じゃなく、ワトスン役よ」
パチェ「それなら大丈夫。私は安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)でいくから」
アリス「でも、リリカの事件現場は見ちゃったじゃない」
パチェ「それはそれ。もし今後、また事件が起こるのなら、私は現場を見ないから」
アリス「あ、そう。まあ、好きにしなさい」
パチェ「で、貴女のワトスン君は誰にするの?」
アリス「そう言うあなたは?」
パチェ「私には小悪魔がいる。あの子は優秀なワトスン君よ。で、貴女のワトスン君は?」
アリス「大丈夫、私はもう決めてあるわ」
パチェ「それって?」
アリス「秘密」
パチェ「あ、そう。まあ良いわ」


そんな話をしていると、時計の鐘が鳴りました。
午前0時丁度です。


アリス「…じゃあ、私も部屋に戻るわ」
パチェ「ええ、おやすみなさい」


こうして全員が、部屋に戻っていきました。


午前0時58分。
誰かが部屋をノックする音に、目を覚ました大妖精。
こんな時間に誰だろう…。と、寝ぼけ眼を擦りながら、扉を開きます。


アリス「こんばんは」
大妖精「え…あ、どうも…」


そこにいたのはアリスでした。


アリス「こんな時間にごめんなさい。少し、あなたとお話がしたくて。…良いかしら?」
大妖精「ど、どうぞ…」


アリスの突然の訪問に、大妖精は困惑しています。
さっきの今であり、大妖精はアリスを疑うべきなのでしょうが…害は感じられないと判断した大妖精は、アリスを招き入れました。


大妖精「アリスさん…お話って、いったい…?」
アリス「単刀直入に言うわね。あなたに、私の助手を頼みたいの」
大妖精「助手? 何の助手ですか?」
アリス「当然、リリカを襲った犯人を捕まえるためのね」
大妖精「え…ええ!?」
アリス「あなたは、他の子に比べて頭も回るし、体が小さい分、私が気づけないところにも気づいてくれそうだからね。私の助手を頼むには、丁度いいのよ」
大妖精「で、でも、それは私じゃなくても、阿求さんとかゆーちゃんとか、他にも適任はいると思います」
アリス「阿求は稗田家の当主だから、危険なことはさせられない。ゆーちゃんは…確かに頭は回るけど幼すぎる。フランドールは証拠を壊しそうだし、チルノは論外。あなたしかいないのよ」
大妖精「そんな事、急に言われても…少し考えさせてください」
アリス「…まあ、すぐに結論を出せとは言わない。ゆっくり考えなさい」
大妖精「は、はあ…」
アリス「それじゃあ、私の用件はそれだけだから。夜遅くに悪かったわね。おやすみなさい」
大妖精「あ、はい。おやすみなさい」


翌朝。
明日になれば嵐はやむだろう。そんな安易な考えは、脆くも崩れ去りました。
嵐は一向にやむ気配を見せず、それどころか昨日よりも激しさを増しているようにも見えます。


アリス「……最悪」


部屋のカーテンを開けたアリスは、ポツリと呟きました。


アリス「特に予定は無いと言っても、帰れない状況ってのは参るものね…」


誰に言うでもなく、アリスは愚痴をこぼします。
すると扉をノックする音が、部屋に響きました。


アリス「どうぞ」
妖精メイドA「失礼します。アリス様、おはようございます。朝食のご用意が出来ました。御支度が整いましたら、食堂の方へお越しください」
アリス「ええ、分かったわ」


支度…と言っても、着替える服を持ってきていないアリスは、簡単に髪型だけを整えて食堂へ向かいました。


食堂へ行く途中、アリスは廊下で妖夢に出会いました。
…妖夢の目の下にはクマが出来ていて、何やらとても眠そうです。


アリス「おはよう、妖夢」
妖夢「あ…アリスさん、おはようございます…」
アリス「妖夢、クマが出来てるわよ? 寝不足?」
妖夢「え…ええ…まあ…。昨夜、あまりにも雨音がうるさくて…あまり眠れていないんですよ…」


と言いながら、大きなアクビをする妖夢。


アリス「…と言うのは建前で、本当は怖くて眠れなかったんじゃないの?」
妖夢「う……」
アリス「図星ね。安心しなさい、あとであなたが泣き出すほどからかってあげるから」
妖夢「アリスさん…ひどいです…」
アリス「冗談よ。あなたが怖くて眠れなかったことは、みんなには黙っておいてあげるから」
妖夢「それはそれで、アリスさんに弱味を握られたみたいで嫌なんですが…」
永琳「おはよう、お二人さん」


そこへやって来たのは、永琳でした。
永琳にはクマこそありませんでしたが、妖夢と同様寝不足なのか、その表情には疲れの色が伺えます。


アリス「おはよう」
妖夢「おはようございます…」
永琳「妖夢…貴女、酷い顔ね」
妖夢「う……これは……」
アリス「雨音がうるさくて、寝付けなかったみたい」
永琳「あら、貴女も? 実は私も、昨夜はなかなか寝付けなくて…」
アリス「あれだけ激しい雨なら仕方がないわ。まあ、私はぐっすりだったけど。…ところで永琳、リリカの様子は?」
永琳「これから確認するところよ。まあ、大したことはないでしょうけど」
アリス「これから朝食だけど」
永琳「あとから行くわ。先に食べててもらっても構わないし」
妖夢「そうですか。では、後ほど」


アリスと妖夢が食堂に入ると、すでに数名が集まっていました。
聞こえてくる会話は、やはりリリカについての事のようです。
朝からそんな話を聞きたくなかったアリスは、足早にテーブルへと向かいます。

テーブルの上には、サンドイッチやオムレツ、スープやナゲットなどが、バイキング形式で並べられていました。


ゆーちゃん「わぁ〜♪ ホテルみた〜い♪」
涼花「ホテルの朝食って、こんな感じなの?」
ゆーちゃん「ほら、テレビとかでやってたりするでしょ? バイキング形式はね、好きなのを好きなだけ取って良いんだよ」
幽々子「好きなものを…好きなだけ…♪」
妖夢「幽々子様、節度はわきまえてくださいね?」
幽々子「大丈夫よ♪」
妖夢(大丈夫かな…?)
パチェ「おはよ…」


遅れてパチュリーが、食堂にやって来ました。
どうやら、パチュリーも寝不足のようです。


パチェ「…嵐、やんでないのね」
アリス「ええ、そうね」
パチェ「完全に立ち往生ね…。まあ、それはレミィや咲夜にも言えることだけど。ところで、リリカの様子はどうなの?」
アリス「いま、永琳が様子を見てくれてるわ」
パチェ「と言うことは、まだ目を覚ましていない?」
アリス「そうみたい。永琳は大したことはないって言ってたけど」


二人が話していると、永琳が食堂へとやって来ました。


永琳「みんな、おはよう」
パチェ「おはよう。永琳、リリカの様子は?」
永琳「目は覚ました。痛みが残るとは言っていたけど、とりあえず後遺症もないみたい。いまは部屋で、朝食をとっているはずよ」
アリス「リリカ、何か言ってた?」
永琳「それが…殴られた時の事は覚えてないみたいなの」
パチェ「そう…。まあ、覚えていないのなら仕方がないわね。とりあえず、朝食を済ませましょうか」
幽々子「賛成♪」
妖夢「幽々子様」
幽々子「節度をわきまえろ、でしょ? 大丈夫よ、みんなの分まで手を出したりしないから♪ ではさっそく、いただきます♪」


各々、朝食をとり始めました。
右手にナゲット、左手にサンドイッチを持ち、口をモゴモゴと動かしている幽々子を除けば、それぞれ普通に朝食を楽しんでいます。
…程なくして、パチュリーがあることに気づきました。


パチェ「…ねえ、美鈴は?」
アリス「美鈴?」


アリスとパチュリーは食堂を見渡しますが、美鈴の姿だけありませんでした。


アリス「…いないわね」
パチェ「ねえ、誰か美鈴を見てない?」
フラン「めーりん? そう言えば見てないわね」
チルノ「見てないぞ」
大妖精「チ、チルノちゃん、口に食べ物が入ってるときに喋るのは、お行儀が悪いよ…。私も見てません」
永琳「見てないわ」
涼花「見てないよ」
ゆーちゃん「私も見てませんね」
妖夢「…見かけませんでしたね」
幽々子「もがもが、もが、もががが」
妖夢「私も見てないわ。と言ってます」
文「見てません。…が、普段から居眠りをするような方ですからね…」
阿求「まだ起きていないのでは?」
小悪魔「変ですね…。美鈴さんは居眠りをしても、食事だけは欠かさないなのに」
文「ひょっとして、リリカさんを襲った犯人に…」
パチェ「馬鹿なこと言わないの。…一応、妖精メイドに確認に行かせましょう。と言うわけで、そこの貴女。美鈴の様子を見てきて?」
妖精メイドA「分かりました」
アリス「…何事もなければ良いけどね」
パチェ「貴女まで変なこと言わないの…」


妖精メイド隊による美鈴捜索開始から数分後。
血相を変えた妖精メイドが、食堂へと駆け込んできました。


妖精メイドB「たた、大変です! 門番さんが!」


その言葉の意味するところを察したパチュリーは、食堂から飛び出そうとしました。
しかしそれを、アリスが制止します。


パチェ「そこを退きなさい!」
アリス「そうはいかないわ。レミリアも咲夜もいない今、館の者達に指示を出せるのは、あんただけなの。ただでさえあんたは病弱なのに、そんなに激しく動き回ったら倒れちゃうわよ? そうなったら、誰が妖精メイドを…紅魔館をまとめあげるのよ?」
パチェ「そ、それは……」
アリス「ね? だから、あんたはここで、子供達と一緒に待機してなさい」
パチェ「…そう…ね。…貴女の言う通りだわ」
妖精メイドB「あ、あの…」
アリス「私と永琳が行くわ。案内しなさい」
妖精メイドB「は、はい!」
文「私もご一緒させてください♪ 現場の証拠を押さえるのが、私の役目ですから♪」
アリス「そんなの頼んだ覚えもないんだけど…まあ、勝手にすれば?」
文「ありがとうございます♪」


アリスは大妖精に視線を移しますが、それに気づいた大妖精は僅かに首を左右に振りました。
どうやら、まだ決心がついていないようです。
その様子にアリスはひとつ、ため息を漏らしました。
こうしてアリス、永琳、文の三名は妖精メイドに案内され、紅魔館の厨房へとたどり着きました。
時計の針は、8時15分を指しています。

厨房では調理をしていた数名の妖精メイド達が、肩を寄せ合っていました。
その表情には、恐怖の色が伺えます。


永琳「…で、門番さんはどこに?」
妖精メイドB「こ、こちらです」


妖精メイドBが厨房の勝手口を開くと、そこには美鈴がうつ伏せで倒れていました。
どしゃ降りの雨のせいで、美鈴の全身はずぶ濡れの状態です。
咄嗟に永琳が、美鈴の容態を調べます。


永琳「……気絶してるだけだけど、体が酷く冷えきっているわ。急いで運ばないと。メイドさん、私が休んでた部屋に担架があるから持ってきて」
妖精メイドB「は、はい!」
アリス「永琳、担架なんてどうやって…」
永琳「その話は後よ。まずは門番さんを中に入れましょう」
アリス「そ、そうね。…ちょっと文、撮ってないで手伝いなさい」
文「ああ、私の事はお構いなく」
アリス「殴るわよ?」
文「おお、怖い怖い」


渋々…といった様子で文も加わり、三人掛かりで美鈴を館内に運び込みました。


文「ふぃ〜…なかなか重いですね…」
アリス「そうね…。それにしても、美鈴はどうしてこんな所で…」
永琳「後頭部に打撲傷…。それも、かなり強く殴られたみたいね」
アリス「強く殴られた?」
永琳「ええ。少なくとも、リリカの時よりは強力な一撃だったみたい。出血は多くないけど、早く処置をしないと…」
妖精メイドB「お、お待たせしました!」


先程の妖精メイドが担架を持って、厨房へ駆け込んできました。


永琳「ありがとう、そこに置いて。アリス、新聞屋さん、美鈴を担架に乗せるわよ」
文「分かりました」
アリス「いくわよ? …せーのっ!」
永琳「…よし、これで良いわ。メイドさん、門番さんの部屋と、近くの空き部屋、どちらが近い?」
妖精メイドB「空き部屋です」
永琳「なら、そちらに運びましょう」


こうして三人は、美鈴を近くの部屋に運び込みました。
それから永琳による処置が施され、文はその事を食堂で待機しているパチュリー達に報告に戻りました。
部屋に残ったのは、アリスと永琳だけです。


永琳「……とりあえず、命に別状はなさそうね」
アリス「良かった…。ところで、まだ聞いてなかったけど…担架なんてどこから用意したの? 紅魔館に担架は無いって言ってたのに」
永琳「昨夜のうちに、シーツと物干し竿で作っておいたのよ。これなら簡易的とは言え、強度も申し分ないからね」
アリス「…まさかあんた、こうなることを見越して?」
永琳「備えあれば憂いなしってやつよ。…それとも、貴女は私を疑ってるのかしら?」
アリス「別に、そう言うわけではないわよ。…ねえ、美鈴がいつ頃殴られたのか分かりそう?」
永琳「そうね……」


永琳は美鈴の様子を、注意深く観察します。


永琳「…詳しくは分からないけど、体の冷え方や傷の具合からして、三十分から一時間ほど前ってところかしら?」
アリス「妖精メイドが私達を呼びに来たのが8時15分だったから…美鈴が殴られたのは7時から7時半ごろまでってことね。その時間、永琳は何をしていたの?」
永琳「そうね…三十分前だと、貴女と妖夢に会った後、リリカの様子を見ていたわ。一時間前だと…部屋で支度をしていたわね。それは、私を呼びに来たメイドさんが証明してくれると思うけど」
アリス「そう…」
永琳「…ねえ、アリス」
アリス「うん?」
永琳「探偵ごっこは程々にしないと、あとで痛い目を見ても知らないわよ?」
アリス「それは分かってるけど…」


と、ここでアリスは口を閉じました。
誰が美鈴を殴ったのか分からない以上、パチュリーから探偵役を任されたことは、今は伏せておこうと思ったのです。
そうすれば、アリス自身は犯人に警戒されても、パチュリーは警戒されないだろうと考えたのです。


アリス「…でも、誰がやったのかは突き止めたいわ。このまま黙っていることなんて出来ないから」
永琳「そう…。なら、私は医者として、最低限の協力をさせてもらうわ」
アリス「ええ、ありがとう」
永琳「とりあえず…門番さんの打撲傷だけど」
アリス「うん?」
永琳「それを見る限り、石のようなもので殴られたと分かるわ。ただ、傷口は雨で洗い流されてるから、本当に石なのかどうかは分からない」
アリス「石……」
永琳「他にも気づいたことがあったら、追って報告するわ。美鈴の様子は私が見てるから、貴女も食堂に戻りなさい」
アリス「…分かったわ」


こうしてアリスも、部屋を後にしました。


永琳「………」


アリスが食堂に戻ると、文が美鈴の容態を説明しているところでした。


文「…と言うわけで、今は空き部屋で横になってもらっています」
パチェ「無事であるのなら何よりだわ。他に、永琳は何か言ってなかった?」
文「それは…ああ、アリスさん。戻りましたか」
パチェ「今、新聞屋から事情を聴いたところよ。美鈴の様子はどう?」
アリス「命に別状はないって」
パチェ「そう…それは何よりだわ」
アリス「永琳が言うには、リリカの時よりも強く殴られたって言っていたわ。凶器は石のようなもの。殴られた時間は、おそらく7時から7時半までの間よ」
パチェ「7時から7時半…」
アリス「そこでみんなに聞きたいの。7時から7時半の間、どこで何をしていたのか」
フラン「どうして、そんなことを聞くの? …まさか、私達のなかに犯人がいるって言うんじゃないでしょうね?」
アリス「外は嵐。外部の犯行とは思えないわ。だったら必然的に、内部にいた私達のなかに、犯人がいると考えるのが自然じゃない?」
妖夢「それはそうですが…」
アリス「ただ、それは可能性のひとつにすぎない。もしかしたら本当に、この嵐に紅魔館までやって来て、リリカと美鈴を殴った輩がいるのかもしれない。だからこそ皆には、身の潔白を証明してほしいのよ」


各々、互いの顔を見合わせていますが、そう言うことならと、その時間帯の行動を語り始めました。


パチェ「まずは私から。私が起きたのは、7時15分ごろだったかしら。妖精メイドが起こしに来たのよ。で、支度をした私は、妹様を起こすために地下の部屋に行ったわ」
フラン「そうだね。私はそれまでぐっすりで、パチェに起こされたのが……7時半ごろだっけ?」
パチェ「ええ、だいたいそのくらいの時間だったわ」
アリス「フランの部屋までは、どのくらい掛かるの?」
パチェ「片道5分と言ったところかしら。地下室までは距離があるからね。顔を洗ったり着替えたりで10分は掛かると思うから…ちょうど7時半に妹様の部屋に着いたってことになるわ」
アリス「その後は?」
パチェ「朝食をとりに食堂へ」
小悪魔「私は、6時半頃に起きました。図書館の仕事が溜まっていたので、妖精メイドと一緒に、本の整理等をしていました。それから一時間ほど図書館にいて、そのあと食堂に向かいました。図書館の妖精メイドに聞けば、それは証明されるはずです」
アリス「そう、分かったわ。じゃあ、次は私。私が起きたのは7時20分くらいだったわ。その後すぐに妖精メイドが、朝食の呼び掛けに来たわね。で、支度をして食堂へ向かう途中、妖夢と永琳に出会ったわね」
妖夢「はい。私も同じ時間に、妖精メイドが呼び掛けに来たので」
アリス「で、永琳と妖夢と少し話しをしたあと、私と妖夢は食堂に向かったわ。永琳は、リリカの様子を見に行くと言っていたから、そこで永琳とは別れたわ」
妖夢「私は…昨夜はなかなか寝付けなくて、実は一睡も出来ていません。なので、妖精メイドが呼びに来た7時20分までのアリバイを、証明することはできません…」
幽々子「私は7時に目を覚ましたけど、その後は妖精メイドさんが起こしに来た7時20分まで二度寝していたわ。まあ、私にもアリバイがないと言うことになるわね」
文「私は7時に起きました。朝食の時間を妖精メイドに聞いたら、7時半からとの事だったので、それまで紅魔館内の物色……コホン、散策をしていましたよ」
パチェ「まあ、貴女のやりそうなことね」
文「ですが、途中で何度も妖精メイドとすれ違っているので、私のアリバイは彼女達が証明してくれるはずです」
阿求「私は…普段と環境が異なるせいなのか、妖精メイドさんが起こしに来るまで、ずっと寝ていました。それは誰も証明してくれませんね」
チルノ「あたいは、お腹が空いたから早く目が覚めたんだよね。何か食べるもんがないかと思って厨房に行ったんだけど、ご飯の準備が出来てないって言われちゃってさ。仕方がないから大ちゃんの部屋に行ったんだ」
アリス「それ、何時だったか覚えてる?」
チルノ「う〜ん…時計なんて見てなかったからな」
大妖精「チルノちゃんが私の部屋に来たのが7時15分ごろでしたから、チルノちゃんが厨房に行ったのは7時から7時10分ごろではないでしょうか?」
アリス「まあ、チルノだからね。そこはしょうがないか」
大妖精「私は7時に目を覚まして、トイレに行きました。行きも帰りも妖精メイドさんとすれ違ったので、そこは証明してくれるかと。部屋に戻ったあとは、軽く髪型を整えてたらチルノちゃんがやってきて、そこから7時25分までお話をしていました」
涼花「わたしとゆーちゃんは、一緒の部屋にしてもらったんだ」
ゆーちゃん「私が起きたのは7時で、そのあとに涼花ちゃんを起こしました。その後は…嵐が怖くて、妖精メイドさんが来るまでずっと部屋にいました」
アリス「そう。これで全員かしら?」
パチェ「あとは永琳ね」
アリス「永琳は、7時は部屋で支度をしていたそうよ。妖精メイドが呼びに来たから、それが証明になるって。7時半ごろは、リリカの様子を見ていたって言っていたわ。直接確認したわけではないけど、その少し前に私と妖夢が話をしていたから、一応7時半ごろのアリバイは私達が証明できる」
パチェ「…みんな、アリバイが有るようで無いのね」


これは困ったと、パチュリーが考えていると、フランが口を開きました。


フラン「リリカは分からないけど、めーりんを殴ったのはチルノなんじゃない?」
チルノ「は? どうしてあたいが」
フラン「今のみんなの話を聞く限り、7時から7時半に厨房に行ったのはチルノだけじゃん」
チルノ「確かに厨房に行ったけどさ、あたいが門番を殴る理由なんてないじゃんか! あいつはよく、あたいらとも遊んでくれてたんだ。そんな門番を、あたいが殴るはずがない!」
フラン「でも、厨房に行ったのは事実なんでしょ?」
パチェ「二人ともやめなさい」


二人の言い争いにしびれを切らしたパチュリーが、二人の間に割って入ります。


フラン「だけどパチェ…」
パチェ「チルノがどのような行動をとったのかは、厨房にいる妖精メイドに聞けば分かることでしょ」
フラン「………」
チルノ「……ふん!」
フラン「こいつ…!」
パチェ「やめなさい!」
幽々子「そうよ。まだチルノが犯人だと決まったわけではないわ。ほぼ全員にアリバイが無いのだから、誰か一人を疑うのは良くないことよ」
大妖精「チルノちゃんも、少し落ち着いて。じゃないと本当に疑われちゃうよ?」
チルノ「………」
大妖精「……チルノちゃん?」
チルノ「あたいを疑うような奴とは一緒にいられないね。あたいは部屋に戻るから」


そう吐き捨て、チルノは食堂から出ていってしまいました。


大妖精「チ、チルノちゃん! …皆さんごめんなさい。私、チルノちゃんを呼び戻してきます!」


チルノのあとを追って、大妖精も食堂から出ていきました。
その様子を見て、幽々子はひとつため息をつきます。


幽々子「アリス…貴女にも責任はあるのよ?」
アリス「言わないで…。そのくらい分かってるから」
幽々子「だったら」
アリス「でも、あんたは悔しくないわけ? 戦える者がこれだけ揃っているにも関わらず、二人目の犠牲者なのよ? …私は絶対に犯人を捕まえるわ」


意気込んだアリスでしたが、そのアリスに対して阿求が指摘をします。


阿求「そうは言っても、アリスさんにもアリバイが無いわけですから、貴女も容疑者の一人なんですよ?」
文「探偵役のフリをして証拠を隠滅しようとする。案外良くある話ですからね」
アリス「その通りね。では、リリカと美鈴。この二人は同一人物に殴られたと思う? …それとも、犯人は複数だと、リリカを殴った奴と美鈴を殴った奴は別人だと考える?」
阿求「それは……」
文「……どう考えても同一人物でしょう」
アリス「だったら、リリカが殴られた時のアリバイを整理してみない? そうすれば、答えも見えてきそうだし」
文「ですが、リリカさんが殴られたとされる時間は分かっていないんですよね?」
アリス「まあ聞きなさい。妖精メイドがリリカを発見した。…正確には、妖精メイドが悲鳴を上げたのが、10時半ごろだった。私もパチュリーも、そして美鈴も、その一時間前にはリリカに会って話をしているの」
パチェ「そうね。博麗神社に行くと言っていたけど、それを美鈴が止めたって言っていたわね」
アリス「つまり、リリカが殴られたのは、昨夜の9時半から10半までの間と言うことになる。その時間だったら、私にはちゃんとしたアリバイがあるわ。…どこかの誰かさんが子供達を怖がらせたから、妖精メイドの悲鳴が聞こえるまでは片時も離れなかったわ。それは涼花ちゃんもゆーちゃんも、大妖精にチルノ。そして阿求、あなたも証明できるわよね?」
阿求「そ、それは……」


そこまで言って、阿求は黙ってしまいました。


アリス「他に異論はある? …無ければ、一度解散したいと思うのだけど。チルノも大妖精も永琳も戻ってこないし、このままここで待つのも得策とは言えないわ」


腑に落ちない…と言った様子の文でしたが、このまま缶詰め状態でいるのは嫌だったため、文はアリスの提案に賛成しました。
他の者達も同様だったようで、誰も異論は述べませんでした。


幽々子「確たる証拠がない以上、アリスを信用したわけではないけど…この中で頭が切れるのは、アリスとパチュリーくらいのものだからね。たとえ探偵の真似事でも、犯人を捕まえられるのなら、私は協力を惜しまないわ」
アリス「そう言ってくれると助かる」
妖夢「では、探偵役はアリスさんとパチュリーさんですね」
アリス「パチュリーは無理をしない程度でね。紅魔館で力を持ってるのは、現状ではパチュリーだけなんだから」
文「………」
アリス「…それじゃあ、一時解散。涼花ちゃん、ゆーちゃん。チルノと大妖精に、食堂に戻らなくても良いと伝えて。私達が言うより、あなた達の方がチルノも言うことを聞いてくれるだろうし」
ゆーちゃん「分かりました」
涼花「うん、伝えておくね」
アリス「お願い」


こうして、その場は解散となりました。
時計の鐘が9時を告げます。


皆と別れたアリスは、美鈴が倒れていた厨房ではなく、リリカが倒れていた玄関付近を調べていました。


アリス「…よかった。まだ掃除されてないわね」


アリスは、床に付着した血液のような赤い液体を観察します。


アリス「…これ、本当に血液なのかしら? あの時はそう見えたけど…もしかしたら、ただのケチャップかワインかもしれないし…」


アリスが赤い液体を調べていると、背後から何者かが近づいてくる気配を感じとりました。
アリスは咄嗟に振り向きます。


大妖精「ひっ!」


…そこにいたのは、大妖精でした。


アリス「…もう、おどかさないでよ」
大妖精「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ…」
アリス「…別に良いわ。それより、私に何か用?」
大妖精「あの…昨夜の件なんですけど…」
アリス「昨夜……ああ、助手の話ね」
大妖精「はい。…あの、アリスさん。あれから色々と考えたんですけど…。私、アリスさんの助手になろうと思います」
アリス「…無理しなくていいのよ?」
大妖精「そうじゃないんです。…フランドールさんも他の方も、チルノちゃんを疑い始めているような気がするんです」
アリス「確かに、美鈴の件だけを考えるとね」
大妖精「でも、チルノちゃんは犯人ではありません。…そう信じたいだけかもしれませんけど…。それでも、門番さんはチルノちゃんとも仲が良かったし、襲う理由が見当たりません」
アリス「そうね。チルノが襲うにしては、動機が無さすぎるわ」
大妖精「でも、皆がチルノちゃんを疑い始めてる。…このままだと、本当にチルノちゃんが犯人にされちゃう。私は、チルノちゃんに犯人になってほしくありません。…だから…」
アリス「……もし、チルノが本当に犯人だったら?」
大妖精「そうだとしたら、私は動機を知りたい。どうしてこんな犯行に及んだのか…それを知りたいのです」
アリス「………」


しばしの沈黙の後、アリスはひとつため息をつきました。


アリス「そこまでの決意と覚悟があるのなら…分かったわ。一緒に犯人を捕まえて、チルノの無実を証明しましょう」
大妖精「は、はい!」


二人は固く握手を交わします。


アリス「それじゃあまずは、ここの調査よ」
大妖精「あの、厨房に行かなくても良いんですか?」
アリス「美鈴が倒れていたのは、厨房の外。この嵐だから、痕跡はとっくに洗い流されてるし、その時の様子は厨房にいた妖精メイドに聞けば良いだけ。だったら、まだ痕跡が残っているこっちを調べた方が、何かが見つかる可能性が高いってわけよ」
大妖精「な、なるほど」
アリス「だから大妖精も、この辺りを調べて。何か見つけたり違和感を感じたら、すぐに私に教えてね」
大妖精「はい、分かりました」


それから数分。
床に点々と残る赤い液体を眺めていたアリスは、ひとつため息をもらしました。


アリス「…どうしてリリカは、仰向けに倒れていたのかしら。それに、この液体。もう乾いてしまったけど…それにしても不自然な点があるわね。…殴られたのなら、どうして液体が楕円形になっていないのかしら? これが殴られた際の血飛沫であるなら、血痕は円形ではなく楕円形になるはず。でも、ここに残っている赤い液体は、すべて円形。……リリカが殴られたのは、ここじゃない? 別の場所でリリカを殴って、ここまで運んできた?」


ブツブツと独り言をもらすアリスでしたが、どうにも考えがまとまりません。


アリス「…現時点では、何もわからないわね。大妖精、そっちはどう?」
大妖精「…あの」
アリス「うん?」
大妖精「どんなに些細なものでも構いませんか? …正直、事件と関係無さそうなものでも」
アリス「何か見つけたの?」
大妖精「見つけた…と言うよりは…」
アリス「……?」


大妖精が指差す方へ、アリスも視線を移します。
その先には、金の装飾が施された花瓶が、レトロな花瓶台に乗せられていました。


アリス「ああ、これ見よがしに置いてあった花瓶ね。あれがどうかしたの?」
大妖精「普通、花瓶って左右対称になるように置かれるものだと思うのですが…そこの花瓶台にだけ、花瓶が置かれていないんです」


玄関ホールには、大妖精の言う通り左右対称に花瓶台が置かれていましたが、そのひとつには花瓶が置かれていませんでした。


大妖精「どうしてあそこにだけ、花瓶が置かれていないのか気になったんですが…事件とは無関係ですよね」
アリス「犯人が持ち出したとすれば関係あるけど…」
大妖精「でも、凶器と言うわけではありませんよね。だってリリカさんも門番さんも、石のようなもので殴られたとの事でしたし」
アリス「………」
大妖精「…アリスさん?」
アリス「ん? …うん、そうね。どうせ、妖精メイドが割っちゃったから、片付けたんじゃないかしら?」
大妖精「やっぱり、事件とは関係ありませんでしたね」
アリス「そうね…。それじゃあ次は、厨房の妖精メイドから話を聞きましょう」
大妖精「はい」


アリスと大妖精の二人は、厨房へと向かいました。


「………」


厨房では妖精メイド達が、パタパタと昼食の準備を進めていました。


アリス「ごめんなさい、忙しいのに時間をとらせちゃって」
厨房担当メイド「いえ、捜査のためならご協力いたします」
アリス「ありがとう。それじゃあ早速聞きたいんだけど、チルノが何時頃ここに来たのか覚えてる?」
厨房担当メイド「チルノ様でしたら確か……7時10分ごろに厨房に来られたように記憶しています。朝食が7時半からだとお伝えしたら、お戻りになられましたけど」
アリス「そう。ところで、厨房っていつもこんなに賑やかなの?」
厨房担当メイド「いえ、いつもはメイド長がほとんど作っているので、ここまで忙しいと言うことはありません」
アリス「なるほど。美鈴が倒れていたのは外だったけど、どうして美鈴が外に行ったのか、それは何時頃だったのか、教えてもらえる?」
厨房担当メイド「門番さんは、育てている花が気になると言って、外へ出ていきました。時間は…チルノ様が来られたすぐあとだったので、7時15分頃だったと思います」
アリス「ちょっと待って。チルノが来たあとに、美鈴が厨房に来たのね?」
厨房担当メイド「はい、間違いありません」
アリス「………」
料理中のメイド「あの、大妖精様…そこで何をしていらっしゃるのですか?」
大妖精「あ、その…」
アリス「ああ。その子には、厨房の捜査をしてもらってるのよ。で、何か見つかった?」
大妖精「い、いいえ、ここには何もなさそうです」
アリス「そう。ちょっと、外を見させてもらっても良いかしら?」
厨房担当メイド「はい、どうぞ。ですが、すぐに閉めてくださいね? 雨風が吹き込んできますから」
アリス「ええ、分かったわ」


アリスが勝手口を開くと、やはり雨風が吹き込んできました。
そこから顔を出し、外の様子を調べます。


アリス「……うん? これは、散水用のホース? どうしてこんなところに…。蛇口は…近くにはないわね。他には何もなさそうだけど…ああ、もう! 少し顔を出してるだけでずぶ濡れだわ!」


アリスは散水用のホースを回収し、厨房内に退散しました。


アリス「もう…びしょびしょだわ…」
厨房担当メイド「どうぞ、タオルです」
アリス「ありがと」
厨房担当メイド「……あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
アリス「ん、どうしたの?」
厨房担当メイド「門番さんはずぶ濡れの状態だと聞きましたが…レインコートは着ていませんでしたか?」
アリス「…いや、着てなかったわ」
厨房担当メイド「それはおかしいですね…。門番さんが外へ出ていったとき、レインコートを着用していたはずなのですが…」
アリス「と言うか、あなたが美鈴を見つけたんじゃないの?」
厨房担当メイド「いいえ、門番さんを見つけたのは、皆さんを呼びに行ったメイドです。私達は調理器具の後片付けをしていましたから」
アリス「そう…。ああ、このホースなんだけど」
厨房担当メイド「それ、門番さんが購入したものですね。買ったけどあまり使っていなかったので、厨房の掃除用に門番さんから譲り受けたんですよ」
アリス「じゃあ、ここにあっても不自然じゃないってこと?」
厨房担当メイド「はい、その通りです」
アリス「そうだったの。それじゃあ、最後にひとつだけ。厨房に来たのは、チルノと美鈴の二人だけ?」
厨房担当メイド「そうですね…。あ、いや、7時30分に永琳様がいらっしゃいました。氷嚢(ひょうのう)の氷を所望でしたのでお渡ししました。恐らく、リリカ様の手当てのためかと」
アリス「どのくらいの氷を渡したの?」
厨房担当メイド「ボウル一杯分ほどだったと思います」
アリス「ボウル一杯分ね? …分かった、ありがとう」
厨房担当メイド「では、私達は昼食の支度があるので、これで失礼します」
アリス「ええ、邪魔したわね。美味しいお昼御飯を期待してるわ」


アリスと大妖精は、厨房から退出しました。


アリス「これで、かなり重要なことが分かったわね」
大妖精「はい。アリスさんに言われた通り、厨房のメイドさんに見つからないように勝手口まで行こうとしましたが、途中で見つかってしまいました。それに、勝手口を開けたら雨風が吹き込んできましたからね。厨房の誰にも見つからずに外へ行くのは不可能です」
アリス「と言うことは、犯人は勝手口から出ていったわけではなく、別の場所から外に出て、美鈴を殴った」
大妖精「…でも、いったい誰が?」
アリス「それを確かめるためにも、あなたに手伝ってほしいことがあるの」


アリスと大妖精の二人は、再び玄関ホールへと向かいました。

玄関ホールでは小悪魔が、ホール内を隅々まで調べているところでした。


アリス「あら、小悪魔じゃない」
小悪魔「アリスさん、大妖精さん。…お二人も捜査を?」
アリス「…ってことは、あなたも?」
小悪魔「はい。パチュリー様に頼まれましたから」
アリス「それじゃあ、情報共有といきましょう。私達の仕入れた情報と、あなたの持ってる情報を交換しましょう」
小悪魔「……そうですね、私では気づけなかった事もあるかもしれませんし」


アリス、大妖精は、小悪魔と互いの情報を交換しました。


アリス「…と、私達の仕入れた情報はこんなところね」
小悪魔「ありがとうございます。ここを調べたら厨房も調べるよう言われていたので、助かりました。…では、私からも。昨夜の深夜、永琳さんから倉庫の場所を聞かれた妖精メイドがいました。何でも、物干し竿を探していたとのことで、そこまで案内したようです」
アリス「ああ、それなら、永琳は担架を作っていたのね。昨夜のうちに作ったと言っていたわ」
小悪魔「それから、新聞屋さんのアリバイについて。7時ちょっと過ぎた頃に、新聞屋さんが部屋から出てくるのを目撃した妖精メイドがいました。そのあとは確かに散策をしていたようで、数名の妖精メイドからの目撃情報があります」
アリス「厨房の方へは行かなかったのかしら?」
小悪魔「目撃した場所は、どれも厨房とは逆方向ですね。厨房から最も近い場所の目撃情報も、この玄関ホールでした。どうやら新聞屋さんは厨房には行ってないみたいですね」
アリス「なるほど。ありがとう、助かったわ。…ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
小悪魔「はい、なんでしょう?」
アリス「傘かレインコートってある?」
小悪魔「はい。すぐそこの部屋が倉庫代わりになっていて、その中にどっちもありますよ。案内しましょうか?」
アリス「ええ、頼むわ」


玄関ホールから廊下に出てすぐの部屋。
そこは小悪魔の言う通り倉庫代わりになっていて、中には雨具やコートハンガーなどが置かれていました。
恐らく来客用なのでしょう。


小悪魔「そこのコートハンガーにレインコートが……あれ?」
アリス「どうしたの?」
小悪魔「レインコートが一着無くなってます」
アリス「美鈴が外に出るときに着ていたって言ってたけど」
小悪魔「いえ、美鈴さんのレインコートはここにあるんです。…ほらここ、美鈴さんの名前の刺繍が」


コートハンガーに掛けられた緑色のレインコート。 その裾には間違いなく『紅 美鈴』との刺繍がありました。


小悪魔「…誰かが持っていっちゃったのでしょうか?」
アリス「どうやらそうみたいね。それも、複数回持ち出してるわ」
小悪魔「え?」


アリスはコートハンガーの前にしゃがみ込みました。
何も掛けられていないコートハンガーの下が、僅かに湿っています。


アリス「ほら、ここを見て。何も掛けられていないはずのコートハンガーの下が、僅かに湿っているわ」
小悪魔「…あ、本当ですね」
アリス「多分、一度誰かが持ち出したあと、ここにレインコートを戻した。そのあともう一度持ち出したから、ここだけ濡れてるんだと思う」
小悪魔「…誰が持ち出したんでしょう?」
アリス「そこまでは分からないわ。とりあえず、レインコートを一着借りるわよ」
小悪魔「あ、はい、どうぞ」


レインコートを借りたアリスは、玄関ホールへ戻りました。


アリス「さて、これから実験をするんだけど、その結果はパチュリーにも知らせた方が良いかもしれない」
小悪魔「実験?」
アリス「大妖精、小悪魔。私はこれから外に出て、玄関から厨房までを往復するわ。あなた達はここに残って、どのくらい時間が掛かるか見ていてほしいの」
大妖精「時間…ですか?」
アリス「良い? 美鈴は、7時15分までは間違いなく無事だった。それは厨房のメイドが証言している。つまり、美鈴が殴られたのは7時15分過ぎからの30分間。玄関から厨房までの往復時間が分かれば、犯行が可能な者、不可能な者が必然的に分かるでしょ?」
大妖精「な、なるほど」
アリス「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」
大妖精「はい。気を付けてください」


アリスはレインコートを身に纏い、館の外へ出ていきました。
外は変わらず嵐。 なるべく濡れないようフードの紐をきつく絞ったアリスは、壁づたいに厨房へと向かいました。
雨風は激しいものの、身の危険を感じるほどではありません。
これなら美鈴が花の様子を見に行くことも、その美鈴を殴ることも可能でしょう。

しばらくして、アリスは厨房の勝手口までたどり着きました。
勝手口の前で一息ついたアリスが、玄関へと戻ろうとしたとき。


アリス「……? あの小屋は何かしら?」


厨房から少し離れた位置に、アリスは小さな小屋を見つけました。
…が、しばし思案した後、アリスはその小屋を調べず戻ることにしました。


アリス「…あれは後でも良いわ。今は、往復の時間を計らないと」


大妖精「…アリスさん、遅いですね」
小悪魔「ここから厨房までは距離もありますし、何よりこの雨ですからね。時間が掛かるのは無理もありませんよ」


そんな話をしているところへ、アリスが戻ってきました。


アリス「…ふぅ、戻ったわ」
大妖精「おかえりなさい」
アリス「で、時間は?」
小悪魔「9分52秒。ほぼ10分ですね」
アリス「10分か…ありがと」
小悪魔「これで、誰が犯人なのか分かりそうですね」
アリス「え? 何を言ってるのよ。余計に犯人から遠ざかったわ」
小悪魔「え…でも…」

「きゃあああ!」


紅魔館に幼い悲鳴が響き渡りました。


小悪魔「い、今の悲鳴って!」
アリス「廊下の方から聞こえたわね。行くわよ!」
大妖精「は、はい!」


アリス、大妖精、小悪魔が廊下を突き進むと、ゆーちゃんが廊下にうずくまっていました。
それを涼花ちゃんが安心させようと抱き締めていますが、涼花ちゃんの体もひどく震えています。


アリス「涼花ちゃん、ゆーちゃん! 何があったの!?」
ゆーちゃん「う…うぅ…」
涼花「あ…あそこに…誰かが立ってたの…」


涼花ちゃんは廊下の窓を指差します。
大妖精と小悪魔が二人を落ち着かせている間、アリスは窓から外の様子を伺いました。
すると遠目に生えている木の根本に、確かに誰かが居ることが確認できました。


妖夢「…何かあったのですか?」
アリス「妖夢、ちょうど良いところへ。説明はあとでするから、窓の外に立っている者を見張っててほしいの」
妖夢「あの…はい、分かりました…」
アリス「大妖精と小悪魔は、二人をお願いね。私は外に行って、あれを確認してくるから」
大妖精「分かりました。…どうかお気を付けて」


アリスは玄関ホールまで走ると、そこでレインコートを回収して身に纏い、外へと飛び出していきました。


アリス「…まさか、一連の事件の犯人? …だとしたら何故?」


廊下から見えた木が目視できる範囲まで来ました。
雨で視界が遮られないよう、顔を手で庇いながら進んでいきます。
…確かに、人影はそこにあるのですが、どうにも様子がおかしいことに気づきました。
これだけ近づきながら、なんの反応も示さない。
木の根本まで到達したアリスは、その理由がようやく分かりました。


アリス「……はぁ。拍子抜けもいいとこだわ」


そこには誰もいませんでした。
代わりに、その木の枝にはレインコートが掛けられていたのです。
恐らく、あの場にいた全員が、これを人影と見間違えたのでしょう。


アリス「…でも、どうしてこんなところに。一応回収しておきましょう。何かの手がかりになるかもしれないし」


アリスは木の枝に掛けられたレインコートを回収しました。


アリス「さて…」


アリスは周囲を見渡しますが、他に人影は見当たりませんでした。


アリス「戻りますか。……ん?」


戻ろうとしたとき、アリスはあることに気が付きました。


アリス「ここ…あの小屋とも近いのね。ちょっと調べてみようかしら」


先ほどから気になっていたアリスは、小屋を調べることにしました。


アリス「…ここは、園庭用の倉庫かしら?」


アリスが扉を開いた途端、小屋の中から水が流れてきました。
咄嗟にアリスは、流れてきた水を避けます。


アリス「何よこれ…雨漏り?」


小屋の中を見渡しますが、雨漏りと言うわけではないようです。
しかし小屋の床は、雨でも降ったかのように濡れていました。
そしてアリスは、この小屋で重要な痕跡を見つけるのです。


アリス「……ん? これは…泥? 引きずったような跡になってるわね。わずかだけど、ちゃんと残ってる。…と言うことは、犯人が意図的に洗い流した? だから小屋の床が濡れてる。…まさか美鈴は、ここで殴られた? その痕跡を消すために、犯人が小屋の中を洗い流した。でも、だとしたら、どうして犯人は美鈴のレインコートを脱がす必要があったのかしら? 美鈴を運ぶのに邪魔になるとも思えないし…」


他に何か残っていないか目を凝らすと、床の隅に光る物を見つけました。
拾い上げてみるとそれは、何かの破片のようでした。
その白い小さな破片は、触った感触から陶器のようなものだと分かります。


アリス「これ…何の破片かしら? 皿かなにかだとは思うけど…」

アリス「…考えてても仕方がないわね。とりあえず、皆のところに戻らないと」


アリスは回収したレインコートと破片を持って、皆のところへ戻りました。


大妖精「アリスさん、どうでした?」
アリス「そうね。結論から言うと、人影に見えても仕方のないものだったわ」


そう言ってアリスは、回収したレインコートを皆に見せます。


妖夢「…雨合羽?」
アリス「そう。あの木の枝に、これが掛けられてたの」
小悪魔「なるほど。これなら確かに、人影にも見えますね」
アリス「だから、そこで震えてるお二人さん。怖がらなくても大丈夫よ」
ゆーちゃん「……で、でも、どうしてあんな所に?」
妖夢「どうせ、風のイタズラでしょう。雨だけでなく、風も強いですからね」
涼花「…ほらゆーちゃん、もう大丈夫だから」
ゆーちゃん「……」
妖夢「…仕方がない。涼花ちゃん、ゆーちゃん。私の部屋でお話ししましょう。そうすれば、少しは落ち着くでしょうし」
涼花「ありがとう、妖夢お姉ちゃん」
アリス「本当だったら私が一緒にいてあげたいんだけど、今は手が離せないから助かるわ」
妖夢「いえいえ。捜査のお手伝いが出来ない代わりと受け取ってください。では、私はこれで」


涼花ちゃんとゆーちゃんは妖夢に手を引かれ、部屋へと向かいました。


アリス「…さて、このレインコートを調べましょう」
大妖精「そうですね。何か手がかりがあるかもしれません。ちょっと、広げてみましょうか」


そう言って大妖精がレインコートを広げようとしたとき。


大妖精「痛っ!」
小悪魔「ど、どうしました?」
大妖精「いま、レインコートを持ったら…何かが指に刺さったようで」
アリス「…大丈夫?」


大妖精の人差し指からは、小さく血が滲んでいます。


大妖精「…このくらいなら舐めてれば治りますよ。でも、レインコートの中…と言うか裏側でしょうか。何かあるみたいなので、気を付けてください」


大妖精の言葉に、アリスと小悪魔は慎重にレインコートを裏返しました。
すると、レインコートの背中辺りに、白い小さな破片が刺さっていました。


アリス「これって…」


アリスはレインコートに刺さった破片を抜き取ると、先ほど小屋で見つけた破片と合わせてみました。


小悪魔「アリスさん、その破片は?」
アリス「さっき外に出た時、近くの小屋が気になったからね。ちょっと調べてみたら、これが落ちてたのよ」
大妖精「…合わさりそうですか?」


残念ながら破片同士は組合わさらなかったものの、小屋で見つけた破片とレインコートに刺さっていた破片は、どうやら同一のもののようです。
これが何の破片なのか。 その答えを、アリスはすでに見出だしています。


アリス「残念、合わなかったわ。でも、この破片が何なのかは予想がついてる。どうしてレインコートに刺さっていたのかもね。ただ、まだ予想の域を出ない。結論を急ぐべきではないわ」
大妖精「は、はぁ…」
小悪魔「…では、私は一度、パチュリー様のもとへ戻りますね。色々と報告しなければなりませんし」
アリス「そう、分かったわ」
大妖精「小悪魔さん、色々とありがとうございました」


アリス、大妖精と別れた小悪魔は、パチュリーに報告するために大図書館へと向かいました。

大図書館では妖精メイド達が、小悪魔に代わり雑務をこなしていました。
その様子を申し訳なさそうに眺めながら、小悪魔はパチュリーのもとへと向かいます。


小悪魔「小悪魔、ただいま戻りました」
パチェ「おかえりなさい。どうだった?」
小悪魔「いやぁ、さすがと言いましょうか。パチュリー様が調べるよう言われた場所を、アリスさんはすでに調べていました」
パチェ「まあ、そちらを調べるわよね。それじゃあ、貴女が仕入れた情報を報告しなさい」
小悪魔「了解です」


小悪魔は今までに得た情報を、余すことなくパチュリーに報告しました。


パチェ「…なるほど。色々と見つけたみたいね。でも、そのままでは情報がバラバラになっているわ。少し、情報を整理しましょう」


そう言ってパチュリーは目の前の本を片付け、大判の紙を広げました。
そしてそこに、小悪魔からの情報を書き記していきます。


全てを書き終えたパチュリーは、妖精メイドに紅茶を持ってくるよう指示を出しました。
しばらくして運ばれてきた紅茶を啜りながら、パチュリーは大判の紙を眺めます。
小悪魔も同様に眺めますが、しばらくしてから首をかしげてしまいました。


パチェ「…まあ、そんな顔もするわよね」
小悪魔「パチュリー様は、何かに気付かれたのですか?」
パチェ「まあね。まずは、小悪魔が集めてくれた情報から。リリカが殴られたと思われる9時半から10時半の一時間の間に、食堂から出ていったのが五名。幽々子、妖夢、文、永琳、妹様ね」
小悪魔「はい。皆さん、トイレに行かれています」
パチェ「そして美鈴は、門番をしていて食堂にはいなかった」
小悪魔「はい。ですが、美鈴さんは翌日に殴られているため、容疑者からは外れますね」
パチェ「つまり、この中で犯行が可能だったのは最初の五名ね」
小悪魔「そうなりますね」
パチェ「で、玄関ホールの花瓶が行方不明だと気づいたのがアリス達。それまで妖精メイドは気がつかなかったの?」
小悪魔「事件が起こった場所だと言うことで、メイドの皆さんは近づきたくなかったみたいです」
パチェ「なるほどね、だから赤い液体も、掃除されず残ってたと。…その赤い液体、アリスは不自然だと言っていたのね?」
小悪魔「はい。殴られた際の血飛沫であるのなら、楕円形になるはずだと言っていました」
パチェ「でも、液体の形状は円形だった」
小悪魔「はい。それは私も確認しています」
パチェ「では次に、美鈴の件の情報を整理しましょう」
小悪魔「リリカさんの件は、もう良いのですか?」
パチェ「こちらは容疑者が多いし、犯人に繋がりそうな証拠も少ない。だったら、それよりも重要な情報の多い美鈴の方を考えるの。まず、美鈴が発見されたのが厨房の外。殴られたと思われる時間は7時15分から三十分程度」
小悪魔「厨房のメイドに見つからず、勝手口から外へ出るのは不可能だとアリスさんが言っていました。それは検証済みだと」
パチェ「つまり、犯人は玄関から厨房方面へ向かい、園庭用の小屋の中で美鈴を殴った」
小悪魔「え? 美鈴さんは、発見された場所で殴られたんじゃないんですか?」
パチェ「そこは、アリスが見つけてくれた痕跡のおかげ。小屋の中に、引きずったような跡が残ってたと言ってたでしょ? 恐らく犯人は、小屋の中で美鈴を殴り、厨房の外まで運んだのよ」
小悪魔「でも、そんな事をすれば、引きずった跡は小屋から厨房まで続いているはずです。足跡ならともかく、人一人を引きずった跡なら、この雨でも消すことは出来ないのでは?」
パチェ「そこに関しては、犯人にとってとても都合のよい物があったからよ」
小悪魔「それって?」
パチェ「それは、考えればすぐに分かるでしょ」
小悪魔「……あっ! 散水用のホース!」
パチェ「その通り。犯人は散水用のホースを使って、小屋の中と小屋から厨房までの痕跡を消したのよ」
小悪魔「なるほど。では、犯人は永琳さんで決まりですね」
パチェ「その根拠は?」
小悪魔「だって、玄関から厨房の勝手口まで、往復で10分掛かるんですよ? 美鈴さんを殴って、厨房前まで運んだのが5分と見積もって、合計15分以上。7時半には、永琳さんと私達以外は全員食堂に集まっていたので、犯人は永琳さんしか考えられません。凶器だって、氷嚢の氷を使えば石のような打撲傷にすることも出来ると思いますし」
パチェ「なるほど。なかなか良く考えてるじゃない。見事なまでにミスリードに引っ掛かってるけどね」
小悪魔「え?」
パチェ「もし、美鈴が厨房から出てきた時点で、犯人が近くにいたとしたら?」
小悪魔「……あ」
パチェ「そう。貴女の言った通り、美鈴を殴って厨房前まで運ぶのに5分。しかし、厨房から玄関までなら5分で着く。それで約10分。予め待ち構えていたのなら、最も早くて7時25分には、玄関に戻ることが可能なのよ」
小悪魔「…だからアリスさんは、余計に犯人から遠ざかったと言っていたんですね」
パチェ「…まあ、これは徒歩の場合。あの雨の中、普段と変わらずに走ることが出来るのなら、もう少し時間も短縮できるでしょうね」
小悪魔「う〜ん…何だかよく分からなくなってきました」
パチェ「少なくとも、7時20分前後のアリバイが無い者が、犯人の可能性が高いわね」
小悪魔「となると…新聞屋さんと幽々子さんの二名?」
パチェ「あら、永琳を忘れては駄目よ?」
小悪魔「だって、永琳さんには無理だって、今パチュリー様が」
パチェ「それはあくまで仮定の話。7時20分に厨房へ氷を取りに行っているから、その後に…と言う可能性も否定はできないわ」
小悪魔「………」
パチェ「それから私の見立てでは、もう一度事件は起こる。犯人は恐らく、その処分に困っている。だから、隠蔽工作を図るはずよ」
小悪魔「…もしかしてパチュリー様、もう犯人の目星が?」
パチェ「全然? ただ、犯人に殺意はない。証拠を見られて仕方なく…と言った印象を受けるのよ。だから次の事件も、恐らく軽微なものでしょう」
小悪魔「…止められないのですか?」
パチェ「犯人が分かってないのに、止めることはできないわ。それこそ、魔女狩りをするようなものよ」
妖精メイドA「パチュリー様、大変です!」


図書館に妖精メイドが駆け込んできました。


小悪魔「パチュリー様…!」
パチェ「…行きなさい」
小悪魔「……分かりました」


小悪魔は妖精メイドと共に、図書館から飛び出していきました。


パチェ「はぁ…。やっぱりこうなったか。でも、これで終わらない。犯人にはまだ、隠滅しなければならない証拠があるはずだからね」


紅魔館のリネン室。
その奥で倒れているのは、妖精メイドBでした。
それを発見したのが妖精メイドA。
小悪魔がリネン室に到着すると、すでにアリスと大妖精が現場の状況を調べていました。


小悪魔「アリスさん、大妖精さん!」
アリス「ああ、小悪魔。悪いけど、先に調べさせてもらってるわ」
小悪魔「いえ、それは構いませんが…」
大妖精「それにしても、アリスさんの言った通りでしたね…。事件はまだ起こるって…」
アリス「そんな予想、的中しない方が良かったわよ」
小悪魔「…アリスさんも、事件が起こることを予測していたのですか?」
アリス「あら、それはパチュリーも同じだったはずよ? 私があなたに渡した情報をもとに考えれば、犯人はまだ犯行を重ねるって」
小悪魔「………」
アリス「腑に落ちないって顔してるわね。そんな状態だと、小さな証拠を見逃してしまうわよ?」
小悪魔「止められなかったのですか?」
アリス「それは無理ね。だって私達は、犯人が誰なのか分かってないんだから」
小悪魔「………」
大妖精「えっと、状況を報告しますね。今回の被害者は、妖精メイドさん。仮称として、妖精メイドBとします。妖精メイドBのすぐ側に割れた花瓶が残されていることから、今回の凶器は花瓶と見て間違いないと思います」
アリス「ねえ小悪魔。この花瓶は、玄関ホールに置かれていたものと同じ?」
小悪魔「………」
アリス「……小悪魔」
小悪魔「は、はい?」
アリス「…この花瓶は、玄関ホールにあったものと同じかどうか聞いてるの」
小悪魔「えっと……似てるけど、玄関ホールにあったものとは別の花瓶のようです」
アリス「そう。…それよりも」
小悪魔「…?」
アリス「小悪魔、今のあなたは、ただ見ているだけで観察しようとしていない。見るのと観察するのは大きな違いがあるものよ」
大妖精「おお、シャーロック・ホームズの名言ですね」
アリス「あなたは今、半ば疑心暗鬼になっている。でもあなたは、パチュリーにとってのワトスン君なのよ。そのあなたが、あなたのホームズを信用しなくてどうするのよ」


しばしの沈黙。
しかし、アリスの言葉は間違いなく、小悪魔に届いたようです。


小悪魔「そう…ですよね。ごめんなさい、アリスさん。この小悪魔、パチュリー様のためにしっかりと調査いたします!」
アリス「ふふ、その意気よ」
小悪魔「では、私は聞き込みをして来ますね」
アリス「ええ、お願い。こちらで得た情報は、あとであなたに伝えるわ」


小悪魔は一礼すると、意気揚々と聞き込みに向かいました。


アリス「…さて。大妖精、何か変わったものは見つかった?」
大妖精「この花瓶は、先ほど小悪魔さんが言った通り玄関ホールのものとは別のようです。ただの白い花瓶ですね。ですが、その破片の中にひとつだけ、金の装飾が施されているものがありました」
アリス「やっぱりね」
大妖精「やっぱり?」
アリス「ええ。これは凶器が、行方不明になった花瓶だと思わせるためのフェイクよ。そう思わせた方が、犯人にとって都合が良いから」
大妖精「都合が良いとは、どういうことでしょう?」
アリス「それはもちろん、犯人にとって行方不明の花瓶は、何としてでも処分してしまいたいものだからよ」
大妖精「……?」
アリス「まあ、それはそれとして。大妖精、あなたに頼みたいことがある」
大妖精「はい…何でしょうか?」


紅魔館一階空き部屋。
その扉を、アリスはノックします。


「…誰?」
アリス「リリカ、私よ。少しだけ話をしたいのだけど、中に入れてもらえないかしら」
リリカ「…どうぞ。鍵は開いてるわ」


アリスが扉を開けると、リリカがベッドで横になっていました。
恐らく永琳の処置でしょう、リリカの頭には包帯が巻かれています。


アリス「傷の具合はどう?」
リリカ「いくらか痛みは引いてきたわ」
アリス「そう、それは良かったわ」
リリカ「…前置きはいいわよ。誰に殴られたのか聞きに来たんでしょ?」
アリス「あら、教えてくれるの?」
リリカ「教えるも何も、後ろから殴られてるから、顔なんて見てないわよ」
アリス「そう。まあ、私がここに来たのは、そんなことを聞くためではないのよ」
リリカ「そんなことって…」
アリス「そう。今の私にとって、リリカが犯人を見たのかどうかなんて、どうでもいいことなのよ」
リリカ「じゃあ…何しに来たのよ」
アリス「実は私、探し物をしているのよ」
リリカ「探し物?」
アリス「ええ。ある花瓶なんだけど…」
リリカ「ああ、あの花瓶ね。そう言えば玄関ホールに、これ見よがしに置いてあったわね」
アリス「どうやらあれが、誰かに持ち出されたみたいなの。リリカは昨夜、博麗神社に行こうとしたでしょ? その時、花瓶があったのかどうなのか聞きたいのよ」
リリカ「そうね…。あの門番に、外は嵐で危険だから出ない方が良いと言われて、館内に引き返したときには…まだ玄関ホールにあったと思うわ」
アリス「そう。ありがと」


アリスは視線を、ベッドの下の方に向けます。


アリス「…靴、洗ったの?」
リリカ「え、ええ。泥まみれなのは嫌だからね。まあ、この天気だと乾くものも乾かないけど」
アリス「そう」
リリカ「…他には何か?」
アリス「いいえ、邪魔したわね。お大事に」


アリスがリリカの部屋から退出すると、ちょうど別件の報告に来た大妖精と落ち合いました。


大妖精「アリスさん、アリスさんの読み通りでした」
アリス「まあ待ちなさい。リリカが休んでるんだから、場所を変えるわよ」
大妖精「あ…そうですよね。では、どこで?」


紅魔館リネン室。
再度ここへやってきたアリスと大妖精。
妖精メイドBはすでに空き部屋へ運び込まれましたが、現場はそのままです。


大妖精「あの、アリスさん。どうしてここへ?」
アリス「ここなら、誰も近づかないからよ。あなたの調べてくれたことは、犯人に大きく関わってくることだからね」
大妖精「そ、そうなのですか? とてもそうは思えませんが…分かりました、報告します。やはりアリスさんの読み通り、新聞屋さんのカメラが紛失していました。新聞屋さんは部屋でカメラの手入れをしていたそうなのですが、妖精メイドBの騒動を聞きつけリネン室へ急行。しかし、手入れをしていたカメラを忘れたことに気づき、部屋に戻ると、カメラが無くなっていたそうです」
アリス「やっぱり、証拠の隠滅を謀ったか」
大妖精「でも幸いなことに、ネガは残っていたそうです。紛失したのはカメラだけ」
アリス「あら、それは幸い」
大妖精「しかし、ここには薬品が無いとのことで、現像することは出来ないみたいです」
アリス「それは、今すぐでなくても大丈夫。カメラは、犯人が盗んだ。それはつまり、文が撮った写真の中に、犯人に繋がる証拠があったからよ」
大妖精「でも、文さんが何を撮影したのか、なんて、側にいなければ分かりませんよね?」
アリス「だから、文の側にいた人物が犯人なのよ」
大妖精「あの…言ってる意味が…」
アリス「大丈夫。もう犯人は分かったから」
大妖精「え…ええっ!?」
アリス「さあ、解決編よ。大妖精、みんなを食堂に集めて」
大妖精「わ…分かりました」


クローズド・サークル 解決編


午前11時30分。
昨夜から続いていた嵐が嘘のように、夏の日差しが地上を照らします。
これでようやく帰ることが出来る。昨夜からパーティーに参加していた全員が、そう思ったことでしょう。
しかし『事件の犯人が分かった』との知らせを受け、好奇心を抱かない者はいないでしょう。
そうしてこうして、気を失っている美鈴と、その美鈴の様子を見るよう言われた大妖精以外の全員が、食堂に集まりました。
リリカの参加に永琳は反対でしたが、自分を殴った犯人が分かるのならと、リリカたっての希望で食堂へとやってきたのです。


阿求「犯人…ですか。これだけのことをした犯人って、いったい誰なのでしょう?」
チルノ「そんなの決まってるさ」
フラン「……あ? 私だとでも言いたそうね、バカ妖精」
幽々子「二人とも、今はやめなさい。アリスとパチュリーが分かったと言っているのだから、それを聞けば済むことでしょう」
文「これで犯人は探偵二人のどちらかだったら、面白い記事が書けるんですけどねぇ。ああ、しかし。私はカメラを紛失してしまいました。写真も無しにどうやって記事を書きましょうか」
妖夢「そこも、探偵二人は突き止めているんじゃないでしょうか?」
文「だと良いんですけどねぇ…」
ゆーちゃん「事件だけじゃなく解決の場にも立ち会えるなんて、ドキドキが止まらないよ♪」
涼花「ゆーちゃん、はしゃぎすぎだよ…」
リリカ「………」
永琳「リリカ、やっぱり横になってた方が良いんじゃない?」
リリカ「ううん、大丈夫よ」
永琳「無理をするものでもないわ。…椅子を持ってきてあげるから、それに掛けてなさい」
リリカ「ん…悪いわね」


リリカが椅子に腰を下ろしたところで、パチュリーはひとつ咳払いをしました。


パチェ「嵐も過ぎ去って、みんな帰りたいはずのところ、集めてしまって申し訳ないわね。まずは、その事についての謝罪を述べさせていただくわ」
文「謝罪だなんて。我々は好奇心から集まったのですから」
アリス「それから、私達の中に犯人がいるかもしれないと言って、皆を不安に、疑心暗鬼にさせてしまった。この事についても、謝罪を述べさせていただくわね」
フラン「まあ、良い気分はしなかったけど、それでもそれなりに楽しめたわ」
パチェ「それでは、これから私達の推理を披露するわ。皆、心の準備は良いかしら?」


パチュリーの問いに、全員がうなずきます。
それを見たアリスとパチュリーは、ゆっくりと話し始めました。


アリス「この事件の動機は、とても単純なものだった」
パチェ「単純だったが故に、犯人にとってはとても重要なものだった」
アリス「怨恨でも何でもない、不幸が招いてしまった犯行」
パチェ「被害者が『見てしまった』が故に及んでしまった狂気」
アリス「一連の事件。その犯人は…」


アリスとパチュリーは、一人の人物を指差します。
二人が指し示したのは永琳…の隣に座っている…。


アリス&パチェ「貴女よ! リリカ・プリズムリバー!」
一同「えぇ〜!?」
アリス「…なかなか良い反応ね」


指し示されたリリカはと言うと、他の者よりも冷静でした。


リリカ「はぁ…。何を言うのかと思えば…。私が犯人? 私は、最初の被害者なのよ?」
妖夢「そ、そうですよ! リリカさんの筈がありません!」
パチェ「まあ、そう言う反応が正しいわね」
アリス「明確な事実ほど、誤られやすいものはない」
パチェ「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが事実となる。共に、有名なシャーロック・ホームズの言葉よ」
文「しかし…だからと言ってリリカさんが犯人と言うのは…」
アリス「では、順を追って説明するわ。リリカは博麗神社へ行こうとした。ライブ会場を勘違いしていたから、慌てていたのね」
パチェ「外へ飛び出したリリカだったけど、この嵐の中、外に出るのは危険だと美鈴に言われ、引き返さざるを得なかった」
アリス「問題はこのあと。美鈴が食堂へ向かうのを見送ったリリカは、途方に暮れていたと思う。ライブ会場を勘違いしただけでなく、そのライブ会場に行くことも出来なくなってしまったから」
パチェ「そして不幸は連鎖するもの。その直後、リリカはある事をしてしまうのよ」
阿求「ある事?」
パチェ「玄関ホールに置いてあった花瓶を、割ってしまったのよ」
文「ああ。金の装飾が施された、高級そうな花瓶ですね」
アリス「花瓶を割ってしまったリリカは咄嗟に、花瓶を隠すことを考えてしまうの」
パチェ「色々と、隠す場所を探したのでしょうね。その際リリカは、玄関ホールのすぐ近くの部屋が倉庫代わりに使われていると知った」
アリス「そこに隠すのも良かったのだろうけど、妖精メイドや他の誰かに見つかってしまう可能性がある」
パチェ「そこでリリカは、来客用の雨具に目をつけたの。それを着たリリカは、花瓶を抱え外に出ていった」
幽々子「あの嵐の中を?」
アリス「私も一度、外に出てみたんだけど、体が飛ばされそうなほどの風ではなかったわ。雨具をしっかりと固定すれば、ずぶ濡れになることもなかったし。まあ、足元はさすがに濡れるけどね」
パチェ「外に出たリリカは…花瓶を埋めようとでも思ったのかしら。でも、埋めるための道具なんか持ち合わせてない」
アリス「何か無いかと探していたリリカは、園庭用の小屋を見つけたわ。…地面を掘る道具は無かったけど、花瓶はどうにかしなければならない」
パチェ「そこでリリカは、一時的に小屋の中に花瓶を隠すことにした。花瓶をどうするか考えるための時間を稼ぐためにね」
アリス「その時、なのでしょうね。リリカに恐ろしい考えが浮かんだのは」
フラン「恐ろしい考えって?」
パチェ「存在しない『犯人』を作り上げ、花瓶によって殴られた『被害者』になれば良い…ってね」
アリス「被害者であれば、まず疑われることは無いからね。その為に、リリカは行動を開始したわ。リリカは一度、食堂の手前まで引き返した。恐らく、お酒を運ぶ妖精メイドを捕まえるためでしょう」
パチェ「そうして通りすがった妖精メイドに、こう切り出すの。『戻ろうとしていたんだけど、ちょうど良かった。ひとついただけるかしら?』ってね」
アリス「そこで手に取ったのは『赤ワイン』でしょ? 血痕の偽装のために」
パチェ「その時の事を妖精メイドに聞いたところで、覚えていないでしょうね。何せ、あの時はパーティーの最中。つまり、妖精メイドにとっては忙しい時間だったからね。誰がいつ、どのお酒を持っていったか…なんて、そんなことを覚えていられるのは咲夜くらいだからね」
アリス「こうして赤ワインを手に入れたリリカは、玄関ホールまで戻ってきた。自分が倒れる予定の場所に、数滴のワインを溢しておくためにね」
パチェ「残りは飲んでしまえば良いだけの話。グラスは先程と同様の手順で、妖精メイドに返却しておく」
アリス「玄関ホールに戻ったリリカは、もう一度雨具を着て、外へ出た。手のひら大の石を回収するためにね。殴られた傷さえつければ、誤魔化せると思ったのでしょうね」
永琳「……ちょっと待って。自演のために石で自分の後頭部を殴打したのなら、傷口に泥や小石が付着するはずよ?」
パチェ「そこだけはリリカも慎重だった。リリカが普段から被ってる帽子。その中に石を入れて、自分の後頭部を殴打した。傷を残さなければならないから、それなりに強く殴らなければならない。かと言って、あまり強く殴る勇気もなかった。それに、仮に血液でも付着したら、今度はその処分に困ってしまう。リリカの帽子は元々赤いから、それらの条件をすべてクリアしていたのよ」
アリス「そのあとは、ただ倒れて誰かが通るのを待てば良いだけ。仰向けに倒れたのは…後頭部を調べられたくなかったから。まあ誤算と言えば、永琳が真っ先に駆けつけたことでしょうね。永琳は医者だから、調べれば石で殴ったとすぐに分かってしまうから」
ゆーちゃん「でも、リリカさんが花瓶を割ったとして、どうして美鈴さんを殴らなければならなかったのでしょうか?」
パチェ「そう、そこも説明しないとね。空き部屋へと運び込まれたリリカは、すぐにでも花瓶を別の場所に移したかった。このままでは、せっかく練った計画が頓挫してしまうからね」
アリス「でも、リリカは動けなかった。動くことが出来なかった」
涼花「どうして動けなかったの?」
パチェ「永琳が処置をして、しばらく看病していたからよ。だから動けなかった」
アリス「それだけじゃないわ。いくら妖精メイド達がポンコツとは言え、パーティーに参加していた客人が襲われたとなれば、館内は厳戒体制に入る。永琳の看病が終わったからと言って、外に出ることは出来なかったのよ」
パチェ「リリカが目を覚ましたとなれば、妖精メイドは私達に報告するし、そうなれば色々と聞かれて余計に時間をとられてしまうからね。だから動くことが出来なかった」
アリス「まあ、気が気ではなかっでしょうけど、リリカは待つしかなかった。待った結果、館内が手薄になったのは朝食の時間だったけど」


そこまで聞いて、リリカはため息をつきました。
明らかに呆れている様子です。


リリカ「…それは全て、あなた達の仮説にすぎないでしょ? 私以外の誰にだって、犯行は可能だったんじゃない?」
アリス「残念ながら、誰にでも可能だったわけではないわ。美鈴は7時15分に厨房を訪れてる。花の様子を見るために勝手口から外に出たと、厨房の妖精メイドが証言したわ」
パチェ「つまり、7時15分には、美鈴の無事は確認されてるの」
リリカ「…それで?」
アリス「妖精メイドが朝食の声掛のために、昨夜のパーティー参加者全員の部屋を訪れてる。その時間が、7時20分。食堂にパチュリーと永琳以外が集まったのが、7時30分。パチュリーが食堂に来たのが7時35分で、永琳が7時40分。パチュリーはフランを起こしに、永琳は…リリカ、あなたの部屋にいた。それは証言出来るわね?」
リリカ「……ええ、確かに。永琳は私の部屋に来たわ。氷嚢と氷を持って」
永琳「時間は、7時30分を少し過ぎた頃だったわね」
パチェ「ええ。永琳が7時30分に、厨房に氷を取りに行ったことは、厨房の妖精も証言してる」
永琳「そのあとは、リリカと少しだけ話をして、食堂へ向かったわ」
妖夢「…しかしそうなると、美鈴さんはいつ殴られたんですか? 永琳さんは、美鈴さんが殴られたのは7時から7時半と言ったんですよね?」
永琳「それは少し違うわ。私は『発見の30分から一時間ほど前』と言ったの。もちろん、詳しく調べる事なんて出来ないから、必ずこの時間とも言い切れない」
幽々子「でも、アリスは私達に、美鈴が7時から7時半に殴られたと伝えたわよね?」
アリス「それは私も、美鈴が7時15分に厨房に来たと知らなかったからよ。妖精メイドが私達を呼びに来たのが8時15分だったから、多少前後するだろうと考えたし、どちらにしても7時から7時半にアリバイが無い者が怪しいと考えていたからね。……あては外れちゃったけど」
妖夢「では、美鈴さんが殴られたのは…正しくは7時15分から7時45分?」
パチェ「そう。そして、妖精メイドがみんなを起こしに行ったのが、7時20分。玄関から外に出て厨房の勝手口にたどり着くまで、約5分。美鈴を殴って証拠を隠滅するまで、約5分と見積もると、往復で15分は掛かる。犯行が可能だったのは永琳かリリカだけということになるの」
阿求「あの、どうして玄関から外を回るのですか? 厨房から直接出れば早いと思いますが…」
アリス「それは、厨房のメイドに見られたくなかったから。見られれば特定されてしまうし、割れた花瓶を持って中に入ることも出来ない。ちなみに、厨房の妖精メイドに見つからずに、勝手口を開けて外に出ることは不可能よ。咲夜が居ないせいで厨房は忙しかったみたいだけど、必ずどこかに誰かの目が行き渡ってる状態だったし、仮に見つからずに行けたとしても、勝手口を開ければ雨風が吹き込んできて、結局厨房の妖精メイドに気づかれてしまう」
パチェ「だから、玄関から外に出るしかなかったのよ」
リリカ「………」
パチェ「美鈴が倒れていたのは厨房の勝手口の前だけど、実際殴られたのは園庭用の小屋の中だった。そこはアリスが、証拠を見つけてくれたわ」
アリス「小屋の中は水浸しになっていた。恐らく、証拠を消すために洗い流したんでしょう。でも、わずかにだけど、泥の跡が残っていた。何かを引きずったような跡がね」
パチェ「更にアリスは、白い破片も見つけてる。それは恐らく、割れた花瓶の一部でしょう。これは、花瓶が小屋に隠されていた証拠にもなる。……で、美鈴を殴った理由だけど、美鈴は花の様子を見ると言って、厨房の勝手口から外に出た。当然、様子を見るだけじゃなく、花をどうにかしたいと考え、園庭用の小屋に立ち寄ったはずよ。そして美鈴が小屋に入っていくところを、リリカは目撃してしまった」
アリス「小屋には割れた花瓶が隠してあるからね。このまま花瓶が発見されるのは避けたかった。だってまだ『存在しない犯人』が、花瓶を使った犯行を行っていないからね」
パチェ「だから美鈴を『存在しない犯人』の被害者にすることを決めたの。美鈴を殴った凶器は氷嚢…でしょ?」
永琳「…確かに。氷嚢から水だけを捨てれば、残りは氷だけ。立派な凶器になり得るわ」
リリカ「ちょ、ちょっと待ってよ。みんな、この二人の言うことを信じるの?」
フラン「信じるも信じないも、そうじゃなければ説明がつかないってところまでしっかりと調べてるし」
アリス「……まあ、このまま一方的に言うつもりはないわ。あなたが」


言い掛けたところで、どこかで何かが割れる音が響いてきました。


ゆーちゃん「な、なに?」
文「何かが割れたような音でしたね。玄関の方向から聞こえたみたいですが…」
パチェ「どうせ、妖精メイドが花瓶でも割ったんでしょ」
アリス「…話がそれてしまいそうね。リリカ、昨夜の事を思い出して、私達に話して。もしそれで、犯行が不可能だと判断したら、私達はこの推理を退けるわ」
リリカ「…分かった。でも、土下座の準備くらいはしておきなさい? …確かに美鈴に、嵐だから外は危険だと言われた。美鈴を見送ったあと、途方に暮れていたのも事実。でも、ウジウジ考えても仕方がないと思って、呑み直すために食堂へ向かったわ。でも、食堂の前まで来たところで、その後の記憶がないから、恐らくそこで殴られたのね」
パチェ「なるほど」
リリカ「それに、あなた達の推理だと、美鈴にだって犯行は可能だった事になるでしょ。私を殴って、翌日自分が殴られたと自演すれば」
アリス「あなた今、美鈴を見送ったあとに食堂の前で殴られたと言ったわね?」
リリカ「…だから何よ?」
アリス「美鈴を見送って食堂の前まで来たのなら、あなたはある『音』を聞いてるはずよ。食堂にいた全員が聞いた、ある大きな音をね」
リリカ「え、ええ、もちろん聞いたわよ」
アリス「それは、何の音だった?」
リリカ「それは……か、花瓶よ、花瓶が割れた音。さっき、花瓶が割れた音がここまで響いてきたんだから、当然私だって聞いたわ」
永琳「リ、リリカ……あなた……」
リリカ「え……?」
アリス「リリカ、残念だわ。私達が食堂で聞いた音は、雷の音なのよ。花瓶が割れた音なんて、ここにいる誰も聞いていないわ」
リリカ「……!!」
パチェ「もちろん、貴女は花瓶が割れる音を聞いたでしょう。だって貴女が、花瓶を割った張本人なのだから」
リリカ「はぁ…。まんまと引っ掛かっちゃったわね…」
パチェ「と言うことは、認めるのね?」
リリカ「……認めるけど、あなた達がどこまで分かってるのか、興味があるわ。それを全て聞かせてくれたら、私も全てを話してあげる」
アリス「…分かったわ。レインコートの裏に花瓶の破片があったのは、割れた花瓶をレインコートに包んで館内に運び込んだから。美鈴が着ていたレインコートを脱がしたのは、自分が濡れないようにするため」
パチェ「館内に運び込んだリリカは、今度こそ花瓶を凶器にするために、妖精メイドを襲った」
アリス「でも、すでに割れてしまった花瓶で殴ると、相手は大怪我をしてしまう。だから、近くにあった白い花瓶を使わざるを得なかった」
リリカ「…ええ、その通りよ」
パチェ「玄関ホールの花瓶の欠片を近くに置いたのは、凶器が玄関ホールにあった花瓶だと思わせるための偽装工作」
アリス「玄関ホールの花瓶をそのまま置くわけにもいかない。花瓶に対して破片の方が多くなってしまうから。だから破片を置くだけにした。残りは…まだ、あなたの部屋にあるんじゃない?」


そこまで言ったところで、大妖精が食堂にやって来ました。


大妖精「アリスさん。リリカさんが休んでいた部屋のクローゼットの中に、割れた花瓶が隠してありました。同様の場所に、新聞屋さんのカメラも」
リリカ「…あ〜あ、全部見つかっちゃったか」
妖夢「…どうして、こんな事をしたんですか?」
リリカ「それは……」
アリス「それは、リリカが割ってしまったのが、あの花瓶だったから。いかにも高価な花瓶だったからね。弁償しろと言われたらどうしようと思ったんでしょ?」
リリカ「…さすが探偵さん。何でもお見通しなのね」
チルノ「でも、こいつらって普段からコンサートとかライブとかやってるから、儲かってんじゃないの?」
パチェ「払えるか払えないかも確かに理由のひとつだけど、一番はリリカのお姉さん達に迷惑が掛かるかどうかよ」
リリカ「その通り。…まあ結果的に、ここにいる全員に迷惑をかけちゃったけど」
文「では、私のカメラを盗んだのは?」
リリカ「証拠の隠滅。もし、何かが写ってたら、私が疑われる可能性が高かったからよ。…でもまさか、ネガが入ってないとは思わなかったわ」


リリカはひとつ、ため息をつくと、頭に巻かれた包帯を外しました。


リリカ「さあ、これで全部よ。煮るなり焼くなり、好きにしなさい」
パチェ「そうね…。玄関ホールに置いてあった花瓶、実は贋作(がんさく)で、それを笑い話のネタにするために置いといたものなのよね」
リリカ「………へ?」
パチェ「金の装飾は金色の塗料を塗っただけ。実際は普通の花瓶と大差ない値段だったらしいし」
リリカ「え? …え?」
パチェ「だから、妖精メイドあたりが割ってしまったら、それはそれで咎めるつもりもないって言ってたのよね…」
リリカ「あ、あの……ええ?」
アリス「それに、リリカは酔っていて、誤って転んだだけ。美鈴は風で飛ばされた木片が直撃して昏倒。妖精メイドは掃除中に足を滑らせて、近くに置いてあった花瓶に頭をぶつけただけ。文は…どうする?」
文「そうですね…。ネガは光に当ててしまったために現像不可能。カメラは別の部屋に置き忘れたって事にしておきましょうか」
リリカ「な、なんで…。あれだけの事をしたのに…」
アリス「あれだけの事って、最初から事件なんて起こってないわ。みんなが勝手に盛り上がってただけ…と言うことにしておきましょう。みんなも、それで構わないわね?」


アリスが視線を向けると、全員が笑顔でうなずいていました。


リリカ「みんな……ありがとう。……そして、ごめんなさい。本当にごめんなさい…」
大妖精「…これで、めでたしめでたし。ですね♪」
パチェ「それでは、これにて解散。…と、言いたいところだけど」
アリス「…まだ何かあるの?」
パチェ「妖精メイドが全員分の昼食を作ってしまったのよね。レミィと咲夜が帰ってきたところで全部は食べられないから…」
幽々子「あら、そう言うことなら任せなさい♪」
妖夢「幽々子様、よだれを拭いてください…」
阿求「それではこのまま、昼食をいただきましょう」
ゆーちゃん「そうですね」
涼花「賛成♪」
アリス「当然、リリカも一緒に食べるわね?」
リリカ「……ええ、もちろんよ♪」


こうして全員で楽しく昼食をとり、各々帰宅していきました。
…その帰り道。


アリス「さて、ようやく二人きりになれたわね」
永琳「あら、何か用? 探偵さん」
アリス「事件は終わったから、もう探偵ではないわよ。…でも、そうね。最後に探偵として、あなたに聞きたいことがある」
永琳「聞きたいこと…ね。まあ、私もあまり暇ではないから、手短に頼むわ」
アリス「一番最初。リリカは気を失っていなかった。それは、医者であるあなたなら、容易に分かったことではないの?」
永琳「ああ、そんな事。…あなたはどう思うの?」
アリス「私の考えでは、あなたはリリカが気を失っていないことに気づいていた。だからあなたは、リリカをかばった」
永琳「…その根拠は?」
アリス「あなたは、私に言ったわ。医者として最低限の協力をするって。最初は聞き間違えかと思ったけど、あなたがリリカをかばっているのだとしたら、辻褄が合うのよ」
永琳「なるほど。…ねえ、ひとつだけ聞かせて。アリスは、いつからリリカが怪しいと思っていたの?」
アリス「…実を言うと、最初からよ。ただ、それが確信に変わったのは、リリカに会ってから。リリカの靴が濡れてたから、その事を聞いたら、泥で汚れたままだったからと言ってたわ。でも、それはおかしな話なの。昨夜、美鈴に会ったのがどこであれ、リリカの靴が泥で汚れることはあり得ないのよ。だって、門から玄関までは、レンガが敷いてあるからね」
永琳「…さすが、探偵役をかって出ただけの事はあるわね」
アリス「…で、実際のところはどうなのよ?」
永琳「そうね…。アリスの探偵としての評価は、80点と言ったところね。だって、私と言う共犯者を、あの場で導き出すことが出来なかったのだから。もし、そこまで分かっていたのなら、また違った結末になっていたことでしょう。…結果的に、アリスの判断は正しかった。ただそれだけよ」
アリス「………」
永琳「…そんな顔しないで。リリカの罪は不問。それどころか、事件そのものを無かったことにした。全員が笑顔で帰ることが出来た。それは探偵として、誇っていいことだと私は思うわ」
アリス「なんか負けた気がするけど…まあいいわ。事件なんて起こってないんだから、共犯者だって存在しないからね」
永琳「そう、それで良いのよ。それじゃあ、私はそろそろ戻るわね」
アリス「ええ、引き留めて悪かったわね。それじゃあまた、次の宴会にでも」
永琳「そうね。その時は、事件が起こらないことを願ってるわ」


そう言って後ろ手に手を振りながら、永琳も去っていきました。


アリス「さて、私も帰りますか」
大妖精「アリスさん」
アリス「あら大妖精」
大妖精「探偵役、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。おかげで、チルノちゃんが犯人にならずに済みました」
アリス「感謝するのはこちらの方よ。あなたのおかげで、色々と見つけることが出来たわけだし」
大妖精「そんな…。私なんかがお役にたてるなんて…」
アリス「…役に立ったのは事実なんだから、そこは自信を持ちなさい」
大妖精「…はい。ありがとうございます」
アリス「ふふ。…それじゃあ、私達も帰りましょうか」


こうして、ある夏の日の小さなミステリーは、終わりを告げるのでした。


終わり