縁コウキ専用台本です。

***


(カランと扉が開く音)

あ、いらっしゃい。
久しぶりー。
一人で来るなんて珍しいね。
え、だっていつも彼氏さんと仲良く来てくれてたからさ。
 
【グラスを拭きながら、彼がそう明るく声をかけると、彼女は突然大粒の涙をなかして泣き始めた。
いきなりの事に彼は慌てて彼女に駆け寄っていった】

えっ、ど、どうしたの?!
なんでいきなり泣き出しちゃったの?
俺、なんか、気に触る事言っちゃった?!
だとしたらごめん!

【彼女は首を横に振り「違うんです」と涙を拭いながら答える】

違うの?
えっと、とりあえずカウンター座る?

【彼女はスンスンと鼻をすすりながら、カウンター席に座る。
彼はその前に立ち、話し掛け続けた】

はい、おしぼり。
とりあえずいつものカクテルを作るよ?

(カクテルを作りながら)あのさ、こんな事聞いていいのかわからないんだけど、もしかして彼氏さんと……喧嘩とかしちゃったの?
いや、話したくないなら無理に話さなくていいんだけど。
この店に来る時はいつも、そこに彼氏さんと並んで座って、幸せそうにしてたから……。

【彼がそう訊ねると、彼女は悲しい顔でうつむく。そしてポツリポツリと語り始めた。彼はそれを相槌をうちながら聞いている】

うん……

うん……

え、彼と会えなくなった?
簡単に会えない距離の所に行っちゃったって、事?
そうなん、だ……そっか、それは悲しいよね。
二人がどれだけ仲が良かったのか、俺はずっと見てきたから。

はい、最初の一杯をどうぞ。

【そう言って、彼は彼女の前にカクテルを置く。彼女はそれを飲みながら、彼との思い出を語り始めた】

あ、そっか、そうだったよね。
確かにそのカクテルは、初めてうちの店に二人が来てくれた時、お酒が少し苦手な君にオススメって言いながら、彼が注文してくれたものだったよね。
甘くて優しくて、アルコール少なめなカクテル。
それ以来、毎回頼んでくれるようになってさ。

ん?どうしたの?
また涙目になって……色々思い出しちゃって辛くなった?
え?話を聞いてほしい?
もちろん、聞くよ。
ここは悩んでる女性の悩みを聞く、特別なバーでもあるんだから。

【彼がにこやかにそう言うと、彼女は涙を一筋流しながら顔を上げる。そして語り始めた】

うん……

うん……えっ、彼はずっと重い病気を患っていた……?
そう……だったんだ。
……ということは、まさか……。
彼と会えなくなったって……。

【彼女は一度頷いた後、顔を両手で覆い隠して泣き始める。
彼はカウンターを出て、その背中をさすり慰め続けた】

辛い話をさせてしまって、ごめん。
そっか、そういう事だったんだね。
俺に、伝えてくれてありがとう。
君の気が済むまで、泣いていいよ?
今夜はもう、扉を「Close」にしておくから。

【そう言って彼は扉に向かい、扉の札をひっくり返す】

よし、これで誰も来ない。
今夜は落ち着くまでゆっくりしていって。

【彼はカウンターに戻り、二杯目のカクテルを作りながら声をかける】

こんなとき、どんな言葉をかけるのが最善なのか、俺には分からない。
ただ、ひとつ確かに言えることがあるよ。
彼は、君を本当に大切に思っていた。
だから今、君が大粒の涙を流している事に、心を痛めているかもしれない。

【彼はそういいながら、そっとカクテルを彼女の前に置く】

これはギムレットっていうカクテル。
有名なカクテル言葉は「長いお別れ」、だけどねもうひとつ素敵なカクテル言葉があるんだ。
それはね、「遠い人を想う」。

【彼女はハッとして顔を上げる】

君は今、彼を想って深い悲しみの中にいる。
だけど彼は、大好きな君がいつか笑顔で前向きになれる事をきっと願ってるはずだよ。
さぁ、今夜は貸し切りだから、心の中に抱えているものを全部俺に聞かせてほしい。
それで少しでも悲しみから救われたなら、俺は嬉しいよ。

【「色々とありがとう」】

さてと、店も閉めた事だし、俺も一緒に飲もうかな。
夜はまだまだ長いしね。
一緒に彼の思い出を語りながら、お酒を重ねようか?


END
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