遥か昔、光の届かないような森の奥深くにある古いお城に、強大な魔力を持つ魔法使いの青年が住んでいました。
人間嫌いのその青年は他人との関わりを断ち、暗い城の中で日々魔法の研究をして暮らしていました。
しかし一人の女性と出会ってしまった事で、彼の生活は一変したのです。
***
はぁ……君は変わらず美しいな。
今日も愛しているよ。
こうして俺の気持ちを伝えるようになってもう半年だね。
最初は俺の一目惚れだったなぁ。
付き人とはぐれ、森の中をさまよった君がこの城を見つけ、そこで俺と出会った。
君を見た瞬間、俺は一瞬で恋に落ちたんだ。
でも君は俺を見て怯えていたよね?
そしてこの城から逃げ出そうとした。
俺はそれが悲しくて、君を引き止めたくて。
つい呪いをかけてしまったんだよね。
100年の眠りにつく呪いを。
君がこの国のお姫様だと知ったのは、その後だったかな。
姫失踪の号外が出たのを噂で聞いて理解した。
国中から愛されている姫を、今この俺が独り占めしていると思うと、気持ちが高ぶってしまう。
人間嫌いの俺が、初めて心を動かされた人。
ねぇお姫様、眠っている君は知らないだろうけど、今この城は俺の魔法で生み出された茨で覆われてる。
これで誰もココに近づけない。
二人の時間を邪魔されることはないよ。
でもね、毎日一緒にいて君の事をどんどん好きになるにつれて、君に対する願望がどんどん増えていくんだ。
最初は寝顔を見ているだけで幸せだったはずなのに、それだけでは物足りなくなってきてる。
あ、心配しないで。
君の貞操を脅かそうとか、そういう事は考えてない。
ただ、起きている君にも会いたくなってきたんだ。
初めて会った時のように、君と会話したい。
あの可愛らしい声をもう一度聞きたい。
最近はいつもそんな風に思ってしまう。
俺を、自分勝手な男だと軽蔑する?
【彼は彼女をせつなそうに見つめ、言葉を続ける】
あぁ、こんな事なら100年の呪いとかじゃなくて、10年くらいの呪いにしとくんだったかなぁ。
だって君が目覚めて止まった時が流れ始める頃、俺はもう寿命が尽きて確実に死んでるはずだから。
そう考えると、俺は永遠に君の声を聞けないのか。
自業自得とは言え、なんだか寂しいな。
しかも君が目覚める頃、どこかの王子様とかが都合よく現れて、お互いに恋に落ちたりするんだろうな……。
だって、お姫様というのはそういうもんだろう?
俺みたいな魔法しか取り柄のない男なんて、見向きもされない存在なのは分かってる。
だからこの命が尽きるまで、このままずっと傍で、君の美しい寝顔を見ていたい。
そこだけは許してくれるよね?
【彼は姫の唇にそっと触れる】
柔らかい。
女性の唇って、こんなに柔らかいんだな。
指で触れるだけでよくわかる。
はぁ……いつか君のこの唇に、王子様の唇が重なるのか?
嫌だ、君を誰にも渡したくない。
でも……
あー八方塞がりだ。
どうしよう。
どうしたら、君を僕の物にできるんだろう?
(頭を掻きながら)こんな事なら、呪いを解く方法も勉強しとくんだったなぁ。
あ、そうだ!
前に、文献で読んだことが……これだ!
えーっと、『愛する人のキスが、呪いを打ち破った事例がある』と。
そんなおとぎ話みたいなことある訳ない(彼は笑う)
……試してみる価値はあるか。
【魔法使いは姫の唇を見つめ、生唾を飲み込む】
えっと、キスってどうしたらいいんだろう……。
ただ唇を重ねたらいいのか?
舌は、入れなくてもいい……のかな……?
よし。
(深呼吸) ……じゃあ、いくよ?
んっ……。
【彼は数秒キスをし、ゆっくりと唇を離す】
………目覚めない。
やっぱり、そりゃそうだよな!
俺は魔法使いだし。
呪いをかけちゃったし。
そんな奴がお姫様の愛する人なわけ…………え?
ええええええ?!
な、なんで、なんで、君が目覚めたの?
【姫は目を擦りながらゆっくりと身体を起こす】
はぁ、あくびをしてる仕草、なんて可愛いんだ。
とろんとした目も凄く色っぽい……。
あ、いや、そんなことは今はいいんだ!
え、えっと、おはよう?
【「おはようございます」と姫はニコニコしている】
(激しく動揺しつつ)あー……その、よく眠れた?って聞くのは変か……。
君は半年くらい眠ってたんだけど、身体の調子はどう?
いや、これも変か。
えっと……何を話せばいいんだろう……。
……なんでそんなにニコニコしているの?
眠りに入る前、俺を見て君は悲鳴を上げてたよね?
怖くないの?
は?全部聞こえてた?
俺が語りかけていた言葉、全部?
そ、そ、そうなのか?!
それはかなり恥ずかしい……かも。
俺が、その、君に毎日言ってた事も?
いや、だから……君の事を…………(ここだけ小声で)アイシテルと、(普通の声に戻して)言ってた事とか……。
【姫は頷き、言葉を続ける】
あぁ、恥ずかしい。
まともに君の顔が見れない。
え?初めてってなにが?
あ、まさかそういう言葉を言われたのが?
待って、なんでそんなに赤くなってるの?
なるほど。声に惚れるなんてことも、あるんだね。
え、本当に?
あ、いや、俺……そんな風に声を褒められた事なんて無いから。
まぁ元々他人と関わってこなかったから、そもそもそんな機会なかったんだけど……。
【姫はベッドから足をおろし、立ち上がろうとする】
あ、待って!
ずっと眠っていたんだから、そんなに急に立ち上がろうとしたら……!
【彼はフラついて転けそうになる姫を、そっと抱き止める】
んっ、……大丈夫?
……あ!ごめん!
君が転びそうになってたからつい!
いきなり抱き締める形になって、びっくりしたよね。
すぐ、離れるから。
【彼は姫から離れようとするが、姫は彼にギュッとしがみついて離れない】
え、え?ちょっ、そんなにぎゅってしがみつかれたら離れられない、から。
【彼は抱きしめ返しそうになるが、必死に我慢して引き離す】
んっ、ちょっ……ちょっと、ねえ?
お願いだ、離れてくれ。
声を聞いてたならわかるだろ?
君を逃したくない、独り占めしたいっていう、最低な理由で呪いをかけた人間だよ。
そして今度は、君を口説きたいという、また身勝手な理由で呪いを解いた。
君は……俺が気味悪くないの?
【姫は「全くそう思いません」とはっきり伝える】
そんな風にはっきり「違う」と言われたら、嬉しいけど…
ごめん、俺……女の子に好かれた事がなくて、今どうしたらいいのか分からない。
【「口説く為に私を起こしたのなら、ちゃんと口説いてほしいです」と姫は微笑む】
あ、まぁ、口説く為に君を起こしたとは言ったけど、君にニコニコしながら甘い言葉を求められたら…………
緊張で、手が震えてきた。
(深呼吸して)…………分かったよ。
じゃあ今から、俺の精一杯の気持ちを伝えるから聞いてくれる?
慣れてないから、きっとたくさん言葉が詰まると思うけど。
俺は、一目見た瞬間、君に……恋をしてしまいました。
初恋……だった。
心から君が欲しいと思って、でも、女の子に声を掛ける方法とかも知らなくて……逃げようとする君の足を止める為に……咄嗟に眠らせてしまったんだ。
そして君の寝顔を見ているうちに……この想いは、どんどん大きくなっていった。
どう伝えたらいいのかわからないけど……昨日よりも今日、好きって気持が強くなるんだ。
この半年間、毎日……その繰り返しだった気がする。
俺みたいな魔法使いが、一国のお姫様に釣り合わないのは分かってる。
だけど、自分じゃどうしようもないくらい、君が……俺にとっての、全部になって……っ、
【姫はその言葉を聞いた後、軽く背伸びして魔法使いにキスをする】
(キス音)
んっ……
いや、ごめん、まさか君から口づけをされるなんて思って無くて……びっくりして……。
はは、だね。
さっきと逆だ。
なんでそんなに可愛いんだよ、もう。
これが君の返事だって思ってもいい?
もう、どうなっても知らないからね。
【魔法使いは姫をギュッと抱きしめる】
好きだよ、君が好きだ。
(間)
君も、俺を愛おしいと言ってくれるの?
ありがとう……っ。
もう、離したくない。
ずっと、側にいて欲しい。
本当に……本当に愛してるから。
***
[ナレーション]
人間嫌いだった魔法使いは、
お姫様のおかげで、国民達と少しずつ打ち解ける事が出来るようになりました。
そして茨の消えたお城の中で二人は幸せに暮らしたのでした。
おしまい。