友達発見?

エレベーターの扉が開く。そこから現れたのは目に眩しい銀の髪持つ少年だった。少年はエレベーターから降りると辺りを見回し「へえ」と感心したように言葉を零した。
「思ったより結構いるじゃん」
初めて来た場所を吟味するようにして少年は辺りを見る。するとハンター協会の者が彼に近寄り番号札を渡した。
「99番ねえ……」
受け取った番号札を胸に付け歩き出す。やってきたばかりの彼を観察する受験者がいたが少年は構わなかった。
「君、新人だろう」
その中の一人が少年に声を掛ける。小太りの背の低い中年男性だ。
「……そうだけど、あんたは?」
「俺はトンパ。この試験のベテランさ」
トンパと名乗った男は淡々と自己紹介をしていく。彼の話によると、試験を10歳の頃から受けており、今年で35回目の受験らしい。要するにそれだけ落ちているという事だが、少年にとっては別にそんな事はどうでも良かった。
「君の名前は?」
「……キルア」
トンパに名を聞かれ少年は名乗る。
「キルアか。そうだ、これやるよ」
そう言うとトンパは二本の缶ジュースを取り出した。そのうち一本をキルアに渡すと、自分の手元に残った缶ジュースの蓋を開けて飲み始めた。
「お近付きの印みたいなもんだ。飲みなよ、結構美味いんだぜ、これ」
「ふーん……」
キルアは渡された缶ジュースを興味無さそうに見つめる。が、缶ジュースの蓋を開けるとキルアは一気にそれを飲み始めた。それを見てトンパは内心ほくそ笑む。
「サンキュー、トンパさん。ちょうど喉渇いてたんだよね」
「そりゃ良かった」
トンパがにっこりとあからさまな笑顔で答えると、キルアは「それじゃ」と背中を向けて歩き出す。離れていく彼の背中に、トンパはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「ああいう奴もいるんだなー」
まあ俺に毒は効かないけど、とキルアは心の中で呟く。実は強力な下剤が入っていたあの缶ジュース。どういう訳か毒が効かないというキルアは敢えて飲んでやったというわけだった。
「それにしても試験まだ始まんねーのか?つまんねー……」
ふああと欠伸が出る。キルアが試験を受けに来た理由は単純に『面白そう』だったから。しかし目的そのものである試験が始まるのにはまだまだ時間があった。キルアは余分な時間を持て余す事になる――はずだった。
「あっ!ねえねえ君!」
“彼”が声をかけたのはそんな時の事だ。キルアが面倒くさそうに振り返ると、そこにいたのは全身真っ白な着物が目立つ青年であった。
「……何あんた」
「名前なんていうの?!おれはミカゼって言うんだ!」
やけに声が大きく明るい。そして目をきらきらとさせといる。ミカゼと名乗った青年はまるで子供のようだった。
「……キルア」
渋々と言葉を返す。するとミカゼは嬉しそうに笑った。
「そうなんだ!キルアって言うんだねっ!ね、キルア少年!おれとお友達になろうよっ」
「はあ……?」
突然のミカゼの発言にキルアは困惑する。初対面でこんな事を言う人間は初めてだった。いや、そもそもキルアという少年は家の事情により、仕事以外で外に出た事が今まで無かった。外の人間とは接する機会がほぼ皆無だったと言っても良い。だからもしかしたら自分が知らないだけで、こんな事を言う人間は他にもたくさんいるのかもしれないとキルアは思った。
確かに『友達』は欲しい。しかし初対面の見ず知らずの他人からそういう関係になろうと言われてすぐなれるものだろうか。少なくともキルアはなれないと思った。
「……なんで俺と友達になりたいの?あんた」
せめて理由を聞いてやろうとミカゼに問い返す。するとミカゼは「えっ」と軽く驚いた後、当たり前のようにこう答えた。
「なんでって……友達になりたいからだよっ」
答えになっていない答えにキルアは呆然とする。そんなの理由が無いのと一緒じゃないか。キルアはため息を吐き落胆した。
「あのさーお兄さん。オレ、初対面の人と友達になれるほど心広くないんだよね」
適当にあしらおうと遠回しにキルアは断る。
「え〜!お友達になってくれないの〜……?せっかくお友達になれそうな人見つけたのに……」
眉を下げ残念そうにするミカゼだが彼はまだ諦めずに「そんな事言わないでお友達になろうよ〜!!」と食い下がった。まるで駄々をこねる子供そのものだ。
キルアはうんざりしたのかミカゼに背中を向けて歩き出した。
「他をあたりなよ、オニーサン」
「ええ〜やだやだー!!おれはキルア少年とお友達になるのーっ!!」
その後をついて行くミカゼ。親におねだりをする子供だと表現すれば良いだろうか。キルアはため息を吐き歩く速さを上げる。
「待ってよ〜!これあげるからお友達になろうよ〜!」
キルアの進路を塞ぐようにミカゼは彼の目の前に立つと、ある物を差し出す。それはジャポンの玩具、剣玉だった。
「いらねーし」
「そんな事言わないでさ〜……なんならこれもあげちゃうよっ」
もう一つ差し出されたのはまたもや剣玉である。
「あんたそれしかないのかよ!!」
痺れを切らしたキルアが怒鳴った。それを気にもせずミカゼは「あっ、独楽の方が良かった?」と聞く。
「あー…………もう分かったよ……」
「えっ?」
長いため息の後キルアは観念したかのように話す。
「ミカゼとか言ったっけ?あんたと友達になれば良いんだろ?友だ」
「わーい!!本当に!?嬉しい〜っ!ありがとうキルア少年っ!!」
キルアが話し終わる前にミカゼが喜んで騒ぐ。余程嬉しかったのか小躍りしていた。
「あのなあ……まあ良いか。友達になってやるからしばらくオレに絡むなよ」
「うんっ、分かった!」
キルアにそう言われるとミカゼはくるりと踵を返しどこかへ行ってしまった。
「やっと離れたか……」
キルアはミカゼと本当に友達になった訳ではない。ただミカゼがあまりにも鬱陶しかったので上辺だけ友達になっただけに過ぎなかった。
「ったく、何だったんだあいつ……」
ミカゼの行く先を見届けてキルアは再び歩き出す。極力関わりたくない、そう思った。

しかし彼はこの時予想だにしていなかった。ミカゼがこれからも自分に長く関わり、その上自分の親族と関係している事など。

それが分かるのはしばらく後の事である。
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