韓当



「…富士山」

ぶらり城外を散歩していると、見覚えのある小柄(と言うのは身長だけで筋肉はもりもり)な背中が見えた。特徴的なヘアスタイルを見てそう呟くと、おおいちこか、と振り返る。韓当さんだった。
いつも腰に引っ掛けている手ぬぐいで船を拭いている。今日は気分がよろしいのだろうか、ふんふん鼻歌を歌っていた。
…のだけど、前言撤回、今ため息をついた。

「いちこはどこか知らないところから来たんだろう?」

「そうですよ。どうしたものか、突然」

「目立ってるよなあ…」

がっくりと肩を落とし、船を拭く手が重くなる。
私だって未来人異国人扱いでなきゃ冴えない一般人だ。ここにいる限りはキャラが立っていることになるのだけど。
このまま立ち去るのも可哀想な気がして、岸に並べられた小舟の一つに腰掛けた。慰めるまで帰れない気がする。

「…栗」

いつも笑っているような顔とあの髪型では目立ってない訳がないと思うのだが。本人は忘れられがちなのだとこうべを垂れる。見た目と存在感は比例しないものなのだろうか。私には分からない。

「…ウルトラマン」

「ん、何か言ったか」

「いえ何でもないです」

「韓当!」

渋く熱い声が聞こえた方向に目を向ける。黄蓋さんだ。人間の限界を超えそうな肉体美を見せつける、いつもの衣服で走ってきた。

「明日の水軍の調練の話だが…」

少なくとも黄蓋さんは韓当さんを忘れるなんてことしなさそうなのだけど。赤壁のときに船から転落して負傷していた彼を助けたのは韓当さんらしい。そんな命の恩人をうっかり忘れるはずもない。
業務連絡と他愛のない話をして、黄蓋さんはまた走って戻って行った。
「黄蓋さんは特に韓当さんを気にかけているじゃないですか」

「うーん、まあ、黄蓋はなあ。付き合いも長いしなあ」

「ご自身が思っているより目立ってますよ!私にとっても印象強い方ですよ、韓当さんは」

正直その頭と顔で影が薄いとかハードルが高いと思います私は。
本当か、と嬉しそうに笑うも、いいやそんなこと、とすぐに疑念を持ち直して頭を抱えてしまった。余計なことを言ってしまったろうか。思ったことを素直に言っただけでお世辞でもないのだけど。

「よお韓当!っと、いちこもいたのか」

「これは孫策殿」

孫策様も現れた。散歩でもしていたのか、随分ラフな感じ。
船のことで談笑している。私がここにいる短時間だけでもう二人に話しかけられているのに、これでもまだ韓当さんは目立たないとでも言うのだろうか。
離れたところを通り過ぎて行く武官さんたちも、韓当殿だ、と話す声がわずかに聞こえる。

「孫策!探したぞ!」

「いっけね、周瑜だ。じゃあまたな、韓当、いちこ!」

後から周瑜さんが駆けて来た。この光景、前にも見たことがある。きっとまたお仕事さぼって城から出て来たに違いない。
怒る周瑜さんを尻目に、孫策様は爽やかに去る。悪びれる様子もない。美しい髪をなびかせて周瑜さんは目の前を横切って行った。
それを目で追いかけて笑う私のそばで、またため息が一つ聞こえる。

「…みんな目立ってるなあ…」

うん、この悩みは一生解決しない気がする。悩むほど空気じゃないことに気付くまでは、ね。
本人はまた肩を落としているけれど、私が心配するより現状は悪くないようなので腰掛けていた小舟から下りた。次の悩める人を探すことにする。
困った顔のままの韓当さんにひらりと手を振った。

「ドントウォーリー」

「…?」

ぽかんとする韓当さんに、あまり悩まなくても大丈夫なようですよ、と言い残し、元来た道を行く。どんとうぉーりー、と呟く声が背中から聞こえた。





20

 -  - 
90+1


.