黄忠
※男主
黄忠という男は、こちらが悔しくなるほどに生ける伝説なのだなあとつくづく思う。
涼やかな風が吹く昼下がり、俺の体も頭も熱い血が巡っていた。
こうして幾度となく鍛錬で勝負を挑もうにも一本取ることさえかなわない事実に、毎度苛立ちを覚える。
「こんのくそじじい、化け物か本当に…!」
「がっはっは、口を挟む余裕があるならもっと打ち込んで来い!」
齢七十ほどだろうか。年齢を感じさせない力や瞬発力は驚くものではあるが、その部分に限って言えば若いこちらの方が大いに分がある。
そこを考慮しても勝ち目がない理由は、完全に動きを見破られているからだ。
受け流す技術も高く、力勝負に持ち込むところまですら辿り着かない。得意の槍で挑んでもこのざまだ。
時間が経てば経つほど、尚更焦りから狙いが外れていく。鍛練用の刃のない穂先は論外とも言うべき軌道を描いた。
それを感じ取った瞬間、熱い心も途端に冷めて地面に槍を放る。
「くそ、敵わんわ」
「この程度で根を上げるとは、随分甘ったれよのお!」
どっかと地面に座り、悔しまぎれにそばに生えていた草をむしった。
それを見てこのじじいはからからと楽しそうに笑う。
食ってかかる気力もなく、不貞腐れた顔だけで抗議してやった。
「この程度では儂も心安らかに墓に入れんと言うものじゃ」
「うるせ」
お小言を垂れながら俺の隣に座った。各々持参した布で汗を拭う。
かつては汗すらかかせることもかなわなかったが、やっとのこと拭えるくらいの汗をかかせるくらいになった。
進歩が遅い気がするが、それでも俺が成長している証ではある。
「まあ、まだまだお主の父親役を続けられると思えば悪くはないが」
どれだけ悪態つこうが心の中ではこのじじいには頭が上がらない。
無名の武官だった実の父親は、戦の最中に親族もろともやられてしまった。
父の上官だったじじい、もとい黄忠殿ががきだった俺を引き取っていなければ、今頃どんな人生を歩んでいたか分からないのだ。
こんな乱世の中、とっくにくたばっていてもおかしくはない。
「…少し休んだらもうひと勝負しようぜ」
「おお、そう来なくてはなあ!」
しわくちゃな顔をさらにしわしわにして笑っている。
今日は、いや今日も。どう戦っても勝ち目がないのはやる前から分かっている。今はまだ。
中老も半ばの頃に、一人で夜に小便にも行けないくらい小さかった俺を拾った決心はいかばかりだっただろうか。
老い先短いことを分かっていても、少しでも生きて俺を救ってやろうと思ったのだろうか。
照れもあってそんな真面目なことは聞き出せずにいる。
まだまだがき臭い要らぬ矜持を捨てられていないが、じじいのためにも、この国のためにも、早く独り立ちしたいという目標はある。
「俺が勝てるようになるまで長生きしろよな」
「さすればもう百年は生きることになるかの」
「ぬかせ!」
先ほど放り投げた槍を拾い上げて勢い良くぶん回す。
挑発するように目の前で突く様子を見せつけると、青年の武人のような目のぎらつきが老いた眼球にも宿っていた。
すぐさま木刀を持ってじじいが立ちはだかる。
今日という日が思い出になっても、俺は二人目の父親が老い知らずのじじいだということを生涯誇りに思うだろう。
今はもう少しだけ、甘えさせてくれ。
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