ミヨにとって私はただの近所の子供だろう。でも、約束を果たしてもらう日が遂に来たのだ。お気に入りの服も、大好きなアーティストのCDも置いて私は家を飛び出した。
ピンポーーーン
「なんだ、なまえか」
「はろー」
「どうした?」
「ねぇ、ミヨ」
「なんだよ?」
「今日で16歳になったよ」
「おー。おめでと」
「約束通り結婚してね!」
え、とミヨが言うや否や、私はミヨに思いっきり飛び付いた。その勢いで玄関に倒れ込む。ぎゅうーっとミヨに抱きつくと、ミヨはいつものように私の頭を撫でてくれた。最早、条件反射みたいなものだろうな。
「待て。結婚って何だ」
「約束したじゃん」
「いつの話だよ?」
「5歳」
「それ、時効だろ」
「時効とかないし」
だって、私のハートはミヨのためだけにとっておいたのよ。キスどころか手も繋いだことないんだからね。
よって責任をとりなさい。
迷子
になりたい
子供
東京駅はいつ来ても凄い人だね、とミヨに話しかけると、ぼんやりと頷いた。私たちは東京から地方に駆け落ちをする。行き先は北海道にすべきか、東北か、はたまた関西か、沖縄もいいな。つまりまだ未定だ。ミヨと一緒ならどこでもいい。私たちは新たな地で一から生活を始めるんだ。
「…なぁ」
「なぁに」
「本気か?駆け落ち」
「もちのろんよ」
「そもそも何で駆け落ち?別にお前の親も俺の親も結婚に反対しないだろ」
「何言ってんの!結婚といえば駆け落ちでしょう」
「何の偏見だよそれ」
だって、愛の逃避行って憧れだったんだもん。その相手はもちろんミヨ。ミヨは幼い頃から私の憧れのお兄ちゃんだった。背が高くて、かっこよくて、頭もよくて、優しくて。だから結婚できる年になるのをずっと待ってた。ミヨがそれまで独身で居続けることをずっと願い続けて。
「子供は何人欲しい?」
「…まぁ、落ち着けよ」
「なによ」
「結婚は早いだろ」
「早くない。適齢期だよ」
「まだ付き合ってないし」
「私は5歳の時からミヨが好きだったんだよ?」
「俺の気持ちは無視かよ」
「ミヨは私が嫌いなの?」
聞くのは怖いけど、別に好きじゃないと言われても諦めたりしないからいい。ミヨに彼女ができる度に泣いた。ミヨの隣を歩く女の人を見ていると、悔しかった。幼い自分が嫌だった。ミヨが長い髪が好きだと言ったから毎月美容院でトリートメントをして綺麗になるよう伸ばした。ミヨが白い子が好きだと言ったから日に焼けないように日焼け止めを塗りまくって屋内でとにかくじっとして過ごした。
私の16年はミヨだった。だから、ミヨのこと諦めないし私のことを好きでなくても構わない。そう告げて逃避行しようかとミヨの手をひくと、ミヨは今まで以上に曇った顔をした。
「…行けねぇよ、そんなこと聞いちまったら余計に」
「どうして」
「なまえ、俺のこと5歳からそんなに好きだったのか」
「うん。じゃあ、とりあえず青森に行こうか」
「行かねぇって」
上野発の夜行列車に乗って津軽の雪景色を見にに行こうと提案すると、ミヨは私の手を離して断って来た。大丈夫、フられても怖くないから。私の恋心は今まで何度も傷付いていたから、もう何が起こっても平気。私がいま泣いているのは目にゴミが入ったからだし、胸が痛いのは心臓が寒さで震えているから。
「泣くなよ。帰ろうぜ」
「やだ」
「ガキみたいな我が儘を言うな。もう大人なんだろ」
「ガキでいいもん」
「なまえがクソガキなら俺は付き合ってやらねぇぞ?」
「いいもん…え?」
涙を拭ってくれるミヨを見ると、ミヨは微笑んだ。俺たちが育ったこの町で一から関係を始めて、それから結婚してもいいんじゃないか?と言葉を添えて。
「ミヨ、私のこと好き?」
「まぁ、好きか嫌いかの二択ならなまえのこと好きだ」
「…なによ、それ」
「だって、今まで近所の子供だと思ってたんだぞ?」
「今は違うの?」
「そうだな。なまえが可愛くて、抱き締めたいかな」
「いいよ。はい」
「駅でそんなことできるわけねぇだろ、バーカ」
帰ろうぜ、と差し出された大きな手を握って私たちは生まれ育った家に帰った。
それから何年も経った。行くつもりがなかった高校も卒業したし、受かると思わなかった短大も卒業した。ミヨと何度も喧嘩したし、何度も仲直りした。何度も泣いたし、いまも私はミヨに泣かされている。
ミヨが差し出す指輪を受け取って、15年前にした結婚の約束を遂に果たした。逃避行なんかしなくても別に誰も反対しなかったし、俺もどこにも行かなかっただろ?ってミヨに言われたけど、まだ今よりも幼かった私が東京駅で頑張ったから今があるんだと思う。
赤い絨毯の先にいたミヨは誰よりもかっこよくて、そして誰よりも優しかった。
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