もう慣れた。呼び出されて理不尽に怒られることも、何度説明しても理解してもらえないことも。職員室を出たら、生徒会長がいた。案の定、俺の髪を見るなり近寄って来て、髪を触って来た。
言うことは分かっている。金髪は駄目、黒く染めろ。もう聞き慣れた台詞だ。
「ねぇ、この髪さ…」
「なんだよ」
「随分と傷んでるね」
「悪いかよ」
「金髪だし」
「地毛だけどな」
あ、そうなの?と予想と違う返答をされた。なんだ、こいつ。それはそれで妙な気分だ。生徒会長は笑いながら、傷んで汚い髪を触って綺麗だねと妙なお世辞を言った。
「んな嘘いらねぇよ」
「何で傷んだの?」
「親父が漁師で、俺もガキの頃から頻発に海に入ってたからじゃねぇの?」
「あら。じゃあ君も将来は漁師さんになるの?」
「まぁな」
「いいなぁ。素敵ね」
あまりにも屈託のない笑顔だったから思わず俺もつられて笑ってしまった。
この奇妙な出会いから何ヶ月か経った頃、俺はなまえの家でなまえを抱いた。細腕が俺の髪をすく。その手付きが妙に落ち着いた。なまえは一人暮らしだった。自由気ままでいいな、なんて言ったらなまえは一瞬顔を曇らせたけどすぐにいつも通り明るく笑った。その時の様子がおかしかったことも俺は特に気にもせず、なまえの家に頻繁に遊びに行った。
だから、なまえが突然退学した時は本当に驚いたし、なまえの親が政治家だと知った時は言葉が出なかった。マンションに行くとなまえは金髪になっていた上に、頬が赤く腫れていた。
「どうしたんだよ」
「私、疲れちゃった」
「何に」
「人生に」
「何だよそれ。まるで自殺する前みたいじゃねぇか」
「間切はよく言ってたね。この髪のせいでよく周りから誤解されるんだって」
「あぁ…」
怖そうとか、遊んでそうとか、好き勝手に言われた。次第に言われることに慣れて、諦めるようになっていった。俺はそういう運命なんだ仕方がない、と。
「諦めていたのは私も」
「は?」
「昔から私は父に指図された通りに動いていた。勉強も習い事も進路も全てね。でも、もう疲れた。それでも結局、あの人は私のことを見てはくれなかったわ」
そう言ってなまえは笑った。金色に染まった髪をくるくると回しながら自傷的な笑みを浮かべ、今にも消えてしまいそうだと思った。
髪を染めたのはせめてもの反抗心だったのかもしれない。そして失望した、と。
「で?どうすんだ」
「どうしようかしらね」
「親父に失望したんだろ?家出でもするつもりかよ」
「そうねぇ…間切のお嫁さんになろうかしらねぇ」
「あぁ、いいかもな」
なんてあっさり返事をしたらなまえはまさかそんな返事が返ってくるなんて思いもよらなかったんだろう。目を丸くした。
つっても俺も学生な上に今年卒業できるかさえ怪しいけどな。というか無理だ。
「よし、俺も退学する」
「はい!?」
「どのみち俺は漁師になるつもりだったからな」
「え、話が飛躍しすぎてよく分かんないんだけど」
俺もよく分かんないけど、でもまぁ俺たちの出会いもよく分かんなかったから別にいいんじゃねぇの?そうなまえに伝えると、出会いを否定されたくないと怒ったけど、笑っていた。
こうして非常に近い場所へと駆け落ちをした俺たちは近所でも(悪い意味で)有名な金髪夫婦となった。
似ているふたり
聞いた?あの若夫婦、二人とも高校中退ですってよ
まぁ。二人とも金髪だし、素行も悪かったのね
でも、奥さんの方は生徒会長だった上に成績は常にトップだったらしいわよ
おまけに官房長官の娘だって噂があるのよ
旦那さんの方も毎日真面目に働いているしねぇ
気さくだし
もしかしたら、いいご夫婦なのかもしれないわね
相変わらず俺らは周囲から好き勝手に言われている。でも、あの頃のように気にならない。もう俺たちは一人じゃないから。
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