女の子というのは、どうも顔やお金で男を選ぶ節がある。逆もまたしかりなんだろうけど、女の子は露骨すぎる。少なくとも、ロッカーで話題の「雑渡部長」が気の毒だと思った。仕事はできるし、顔も体型もいい。だから付き合いたい、デートしたい。口を揃えて女の子たちは言う。結局のところは、彼をマスコットの一つとしか見ていない。高級ブランドのバッグを持つことと彼と付き合うことは同じなのだ。
私だって女。彼のことをかっこいいとは思う。でも、それだけで好きになどならない。というか、彼を好きになどなるもんか。あんな厳しい男、こっちからごめんだ。今も、私は必死こいて書類を用意している。提出しては怒られ、提出しては怒られ…悪意があるとしか思えない。それでも、理不尽なことを言われているわけではないんだからと我慢できるのは、私がちゃんとした書類を提出したら彼が褒めてくれることを知っているからだ。
気付けば社内には彼と私しかいない。本日4度目の提出でどうにか彼の合格をいただけた。あぁ、ようやく終わったと胸を撫で下ろすと、彼はペコペコと携帯をいじっていた。珍しいことだ。彼女だろうか。
「あのー…」
「なに」
「素朴な疑問なんですが、彼女いるんですか?」
「いたらどうする?」
「別に驚きませんが」
「あっそ」
「帰りましょうか」
「そうだね。の、前に」
「え…?」
壁に身体を押し付けられ、訳が分からないうちにそっと唇を塞がれた。思ったよりもやわらかい唇だな、なんて呑気なことを思っているうちに唇は解放された。ご褒美だよ、なんて言われて微笑む彼に連れられて趣味のいいバーに行き、ホテルに行き朝を迎える。それから先のことは今思い出しても面白い。
思い出し笑いを私がしていると、ひょいと顔を彼が不思議そうに覗いてきた。完全に二重人格だろうと思うほどに家では可愛い彼はスプーンをくわえて手にアイスを持っていた。
「なに笑ってんの?」
「付き合った時のこと」
「付き…忘れてよ!」
「ぷくくっ。うける。オフィスで強引にキスしてきたくせに、ホテルで抱くだけ抱いたら急に弱気になるんだもん」
「だって、夢中だったんだもん!オフィスで二人きりだなんてあの機会を逃したらもうないだろうし…」
「それで告白より先にキスですか。セックスですか。最低じゃないですか」
「謝ったじゃん!」
「あぁ、全裸で?」
「意地悪!忘れてってあんなに言ったのに!」
私が彼女がいようがいまいが興味ないですという口ぶりに焦った彼は、気持ちを隠しきれなくなってキスしたそうだ。それから止まらなくなって、セックスに持ち込んだわけだが、いざ一晩過ごしてみたら彼も冷静になったらしい。
慣れた手付きで髪を撫でていたくせに、急に土下座をしてきた時は何事かと思った。しかも、その時の告白がまた。
「一緒にテレビを見る仲になりませんかて」
「あぁぁー!やめて!恥ずかしいから声に出さないで!わーすーれーてー!」
「しかもあのキョドり顔」
「やめて!お願い、記憶から削除して!」
「ぷくくくく…」
未だに彼は女の子たちから素敵な人だと賞賛されているけど、実際はこんな生娘のような男だと知ったらがっかりするんだろうか。
彼は職場で見る姿と違って普段は子供っぽく、可愛らしい人だった。私は彼を外見で判断しないとずっと思っていた。だから彼が例え頬をふくらませて拗ねるような幼い人だとしても幻滅したりしない。だから、時々でいいからあの時みたく強引にキスして私をリードして下さい。
いつかまたオフィスで素敵なキスをしましょうね、と彼に言うと瞬きをパチパチとしてからにんまりと笑って覆いかぶさってきた。溶けかけのアイスからスプーンが音を立てて落ちた。
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