例えば、相合い傘を100個書いたら両想いになれればいいのに。なのに、実際そんなことをしてみても手が墨で黒くなるだけで、何の意味もない。どうして、私は恋なんかしてしまったんだろうか。おまけに、変な人に。変と言っては怒られるな。個性的な人に。
鉢屋にとって私は口うるさい幼馴染みにしか過ぎなくて、望みがない云々以前に発展しない恋だ。だって、幼馴染みを異性として見ることは簡単なことじゃないもの。あぁ、どうしよう。何か最近はもう雷蔵のことを見ただけで苦しくなるようになってしまったよ。好きなのは鉢屋なのに。
ぼんやりと縁側で庭を見つめてみる。くのたまの教室にある庭は美しい。山元先生が私によく言っていた。花を愛でれば気持ちも多少は和らぐ、と。そんなのは嘘だと、私は実感せざるを得なかった。花を見ても、隣に好きな人がいなければつまらない。
私にとって、鉢屋は特別だった。昔から意地悪で、でも優しくて面倒見のいい人。最近は急に男らしくなっちゃって、背も私よりもずっと大きい。私はますます鉢屋を好きになるばかりだ。


「あーあ…」

「どうしたの?」

「山元先生…」

「悩み事?もしかして恋の悩みかしら」

「えっ、何で分かるんですか」

「分かるわよ。よかったら私に話してくれない?先生、心配だわ」

「…実は」


私は、先生に鉢屋のことを話した。先生は時々、頷いたりしてくれて私は泣きそうだった。誰かに鉢屋のことを話したのは初めてだった。少し恥ずかしくて温かい。
先生は私の肩を抱いてくれた。その時、廊下がギシリと鳴って、ふと目線を長く続く廊下に向けたら山元先生がいた。


「えっ…」

「あら、鉢屋くん。ここは男性禁制よ」

「すみません」

「ぅ、ぎゃー!」


山元先生の姿をしている鉢屋から離れて、私は全力で逃げた。好きな人に好きな人の相談をしてしまった。
何で、あいつはこんな嫌がらせをするのだろうか。あぁ、告白まがいのことをしてしまった。恥ずかしくて死にそうだ。


「はぁっ、はっ…」

「逃げるなよ」

「ぎゃーっ!」

「うるさい。ちょっと落ち着けよ」

「ああああんたっ。何でこんな…」

「あー。まさか告白されるとはね」

「だぁぁーっ!言うな!」


必死に逃げたはずなのに、鉢屋がすぐに追い付いてきてしまった。そして、また逃げようとしたからか鉢屋に拘束された。ぎゅうっと抱き締められて、くらくらした。何が起きているのかよく分からない。


「最近、私のこと避けてるから話聞き出そうと思ったんだけど、思わぬ収穫だ」

「ふ、ふざけんな!」

「ふざけてない。なぁ、私のこと好きか?」

「わー!わー!わー!」

「…なぁ、どうなんだよ」


耳元で私はお前のこと好きなんだけど?なんて囁かれて、私は声も出なくなった。こんな、夢みたいなことがあるのだろうか。ずっと幼馴染みだった鉢屋が私のことを好きでいてくれて、抱き締められていて。


「なぁ、どうなんだよ?」

「すっ、好きってさっき言ったじゃない…」

「山元先生にじゃなくて鉢屋三郎に言ってよ」

「意地悪!」

「今さら?そんな私のことが?」

「………大好き」

「ん。よし、これからもヨロシク」

「んっ…」


ちゅっ、と音をたてて鉢屋に口付けられた。飄々としている鉢屋が妙にかっこよく見えて、悔しかったから私は鉢屋に抱きついた。
とりあえず、今日から恋のおまじないはやめよう。その時間は鉢屋と過ごすんだ。ただ、その後で山元先生に鉢屋を長屋に入れたことを怒られたのは言うまでもない。
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