「進路、決めたのか?」
「まだです」
「やりたいことはないのか?」
「特には…」
「じゃ、うちの大学に来いよ」
「あ。マリオが死んじゃった」
「いや、俺の話を聞け」
今どき懐かしいゲームボーイでマリオが谷から落ちた。折角、無敵だったのに。
高坂先輩の方に顔を向けると、先輩は私の顔を真剣に見つめていた。何だろう。
「先輩、専攻は何ですか?」
「経済」
「私は理系なんですけど…」
「理学部もある」
「ふーん。じゃ、そこにします」
国立大学に進学したバスケ部の高坂先輩が突然、家に来た。しかも私の進路相談をする為に。相変わらず面倒見がいい。
特にやりたいこともなかった私は、高坂先輩の後を追って同じ大学に入学した。先輩は大学でもバスケサークルに入っていたから、私もマネージャーになった。先輩は高校の時から変わらずモテモテのようだったけど、やっぱり彼女はいないようだった。色恋に興味がないのかな。
「なまえ。飯、食おうぜ」
「はーい」
「放課後、カラオケ行かねぇ?」
「ボカロを歌っていいですか?」
「おー。俺、ホルモン」
「先輩、モテませんよ」
「なまえもな」
くすくすと笑っていると、女の子たちに見られた。もしかして先輩は私とお付き合いをしていると思われちゃったかな。
先輩に彼女ができないのは私のせいだったらどうしよう。申し訳なさすぎるな。
「…やっぱり、カラオケやめません?」
「映画の方がいいか?」
「いや、先輩に彼女ができないので…」
「何だよ、それ」
「先輩、彼女つくらないんですか?」
「作る気はある」
「私が側にいると彼女できませんよ?」
「そうなのか?」
「私が彼女だと思われている気がする」
「いいじゃねぇか、別に」
中華丼を食べる先輩は、さも気にしない様子で箸を進めていた。キクラゲと玉子を私の皿に乗せて。いや、好きだけど。先輩は昔から私の好きなものを分けてくれる。エビとかキノコとか。で、私の嫌いなものを食べてくれる。トマトとか。現に、コロッケの横にあったトマトは先輩が食べてくれた。代わりにもらうものは先輩が別に嫌いなものではないのに。
先輩は昔から優しい。だからモテるんだと私は知っている。そんな先輩に彼女ができないことは不安でもあり、安心でもあった。彼女を作らないで欲しかった。でも、そんなことを言う資格なんか私にはこれっぽっちもないから、言わない。
「なまえは好きな奴とかいるのか?」
「…いいえ」
「じゃあ、別にいいだろ」
「先輩はいるんですか?」
「好きな子?」
「はい」
「いるよ。すっげぇ好きな子」
「……そうですか」
泣きそうになったのを水を飲んで誤魔化した。先輩だって20を超えた男の人だ。好きな人の一人や二人いてもおかしくないだろう。しかも、モテモテなんだし。
「じゃあ、余計に行けません」
「何で?」
「好きな人と行けばいいと思います」
「じゃあ、問題ないだろ」
「へっ…」
「好きな子と俺はいるんだ。問題ない」
ポケットからガムを取り出して、先輩は食べ始めた。あ、いいな。梅のやつだーと思って見ていると、笑って差し出してくれた。
先輩は頬杖をついて、私をじっと見つめている。先輩は涼しい顔をしているのに私はきっと真っ赤だろう。味がしない。
「返事は?」
「えっと…」
「へーんーじーはー?」
「キクラゲと玉子、美味しかったです」
「いや、違ぇだろ」
「カラオケ、ボカロはやめてラブソング歌ってもいいですか?」
「何なら、デュエットしてやろうか?」
「溶けるんで、それはやめて下さい…」
「あっそ」
放課後、約束通り私たちは駅前のカラオケに行った。狭い個室で肩を抱かれて、マイクが震えてうまく握れなかった。そんな私を見て先輩はにっこりと笑い、触れるだけの優しいキスをしてくれた。
先輩はモテる。面倒見がよくて、優しくてかっこいいから女の子にモテモテだ。特に気にする様子もない先輩は浮気をすることもなく、私だけを愛してくれた。
先輩は私の好きなものを分けてくれる。私はいつも嫌いなものばかり渡してしまうけど、愛情だけは渡し続けていこう。そう堅く誓って先輩の背に回した腕の力を強めると、先輩は優しく笑って私を愛で包み込むように激しく抱いてくれた。
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