「え、父ちゃんが帰ってこない?」

「そうなのよ。任務に失敗でもしたのかね…ちょっと見てきてくれないかい?」

「えぇー」

「行かなきゃ夕飯はないよ」

「ちぇ…」


仕方がないから、ドクササコ城に行くことにした。母ちゃんが行けばいいのに。
だだっ広い城をうろうろしていると、背後から低い声がかかった。あ、やばい。


「お前、何者だ?」

「さて」

「死にたいのか?」

「や…」

「目的は何だ。言わなきゃ殺す」

「えー…、ねぇ?」

「女、本当に殺すぞ!?」


どうやら、彼はイライラしてしまったらしいけど、恥ずかしくて「父ちゃんが捕まっていますか?」なんて聞けないよ。
くるりと振り向いて、男の顔を見たら、忍者だった。ますますヤバいじゃん…。


「お前…」

「えーっと、こんばんは」

「こんな時に挨拶かよ…」

「じゃあ、はじめまして?」

「そうじゃなくて…」

「じゃ、さようなら」

「あぁ…」


お、何かうまく逃げられそう。ヘボ忍者でよかったわ。さ、父ちゃんはどこだ?
走り去ろうとしたら、ガシッと腕を捕まれた。あ、再びヤバいかもしれないわ。


「お前、名前は?」

「猪名寺なまえです」

「そうか、なまえか」

「えぇ。じゃ」

「まぁ、待て」

「何でしょう」

「いいから、来いよ」

「わぁっ!?」


男に抱えられて、私は空を飛んだ。え、何よ、この状況は。私も幽閉されるの?多分、男の私室に連れてこられて、やっと降ろしてもらえた。わぁ、やばいよ。


「えーと…」

「なまえ」

「はい?」

「お前、美人だな」

「それ、母ちゃんにはよく言われます」

「おー。さぞ、綺麗な母親なんだなぁ」

「…ないない」

「へぇ?まぁ、いいや。なぁ、なまえ」

「何でしょうか?」

「俺と付き合わねぇ?」

「…はい?」

「俺と付き合わねぇ?」

「いや、聞こえてましたよ。そうじゃなくて、何でそうなるんですかって意味」

「惚れたから」

「誰に?」

「なまえに」

「はっはっは。…はぁ?」


何、この人。父ちゃんのせいで、変な人に告白されちゃったじゃん。乱ちゃん、助けて。お姉ちゃんは泣きそうだよ…。
でも、考えようによっては運がいいかもしれない。父ちゃんの居場所を聞こう。


「あのー…」

「何だ?」

「実はさえない男が捕まってないか調査しに来たんですけど、いませんか?」

「あー。何か、変な奴は捕らえたわ」

「それ、多分うちの父です」

「…似てねぇな」

「よく言われます。で、父はどこに?」

「そう簡単に教えるとでも思うのか?」

「どうしろと?」

「俺と付き合ったら教えてやるよ」

「はい。じゃあ、案内して下さい」

「よし。着いてこい」


よかった、ヘボ忍者で。多分、新人さんなんだろうなぁ。よかった。ついてる。
男に案内されて、私は地下牢へと向かった。ギギィっと開けられた冷たい牢獄には父ちゃんと何故かかわいい弟がいた。


「姉ちゃん!」

「何で乱ちゃんがいるの?」

「忍術学園に父ちゃんが捕まったって情報が入ったから…父ちゃん!起きて!」

「んぁ…おぉ、なまえ」

「おぉ、じゃない。母ちゃんが心配してるよ?もー。ほら、早く家に帰ろう?」

「待て。なまえは帰るな」

「え」

「お前たちは帰れ」

「姉ちゃんに何をするつもりだ!?」

「ちょっと、な」


男はニヤリと笑った。あ、これやばい。
父ちゃんと乱ちゃんが外に追い出されて、地下牢には私と男の二人になった。


「…何でしょう」

「分かるだろ?」

「こんな所でですか?私、嫁入り前なのでせめて普通の所がいいんですけど…」

「バーカ。抱かねぇよ」

「あ、そうなの?よかった」


危うく、こんな所で犯されるところだったよ、私。じゃあ、何のつもりだろう。
ニッと男は笑ったかと思うと、私に強引に口付けをしてきた。あまりにも突然のことだったから、何が起こったのか一瞬分からなかった。ぬるりとした感触で、男に口付けをされていることに気付く。


「ふ、っぁ…」

「…お前、いいな」

「なっ、ぅ…」


また、口付けをしてきた男の腹を今度は冷静に殴った。ところが、男の腹は予想以上に硬く、びくともしなかったのだ。これだけ身体を鍛えている、ということはもしかして。こいつ、凄腕の忍者か?


「っ…」

「なまえ」

「よ、寄るな…っ」

「好きだ」

「ふ、ふざけないで…」

「別にふざけてねぇよ」

「なっ…」

「惚れさせてやるよ。意地でも、な」

「はは…」


何かもうよく分からないから笑うことにした。猪名寺家の教訓、とりあえず笑っておけばいつかいいことがあるだろう。
男は、また会おうと言って視界から消えた。これは、本当に凄腕忍者かもなぁ。
とりあえず、着物を整えて表に出ると父ちゃんと乱ちゃんが心配そうな顔をしていたから、また私はヘラリと笑った。家に帰って遅めの夕飯を四人で食べて、乱ちゃんを送り出した。帰って、疲れていたからか、私はすぐに寝てしまった。
朝起きてみると、枕元には一輪の花と手紙が置いてあった。差出人は多分、奴。内容は信じられないぐらい濃厚な恋文。あと、差出人はドクササコ忍軍の頭だった。あの人、お頭だったの?世も末だ。
突然、半農半忍の私におかしな男が関わってきてしまった。なのに、恋文を大切にしまって、花を花瓶に挿す私は、あの男にほだされてしまったのだろうか。
とりあえず、文には今夜、家まで会いに来ると書いてあったから、それまでに気持ちの整理をつけておくことにしよう。
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