高校を出て就職した小さな建設会社に勤めて10年。俺は今日ほど自分の運のなさを痛感した日はない。
建設会社には会ったことはないけど「昔」会ったことがある人間が何人かいた。どいつもこいつも昔は使えない部下だったというのに現世では俺の上司になっていた。仕事は予想通りできない上司だったけど。相変わらず俺は人運がねぇなぁ、なんて思いながらも同じ会社に勤め続けたのは会いたい人間がいたからだった。
なまえがこの会社の人間と繋がりがあるとは限らない。ドクササコの連中が全員この会社にいたわけではないからだ。白目とか。だけど、この会社にいればいつか会える。そんな気がして勤め続けた。必死に仕事をしていたある日、封書が届いた。結婚式の招待状。差出人は俺の上司。
で、冒頭に戻る。
煙草を消して重い足を式場に進めた。何だって会いたかった女にようやく会える機会が巡ってきたのが結婚式なんだよ。あの時と全く同じじゃねぇか。他の男の為に粧し込んだなまえを見るなんて。俺の人生は本当についていないことばかりだ、と溜め息を吐いていると、目の前を花嫁が横切った。


「…なまえ!?」

「あ、あなたは…!?」

「よ、よぉ…」

「お願いがあるの!」

「お?」


グッと腕を掴まれてなまえに見上げられた。相変わらずなまえはいい女だと見惚れていると、前世で言われた台詞を再び言われた。


「私をさらって」

「はぁ!?お前、何言って…つーか、こんなことが前もなかったか!?」

「あの時みたく…断る?」

「ぐっ…」


あの時はなまえの頼みを断った。そして、今回も断らなければならない。相手は俺の上司だ。使えねぇ連中の中でもトップクラスの使えなさだが、つい先日でかい土地を相続した大地主だ。立場的にも倫理的にも俺はなまえを見送らなければならない。十分、分かってる。
なのに。
俺は一体何をしているんだろう。花嫁を奪うなんて馬鹿げている。今どき、駆け落ちなんて時代遅れも甚だしいだろう。


「どこ行くの?」

「うるせぇ、走れ!」


あの時、後悔した。祝言の次に会ったなまえを抱き締めながら自分を責めた。







「ずっと好きだったの」

「喋るな!」

「だから、さらって欲しかった。凄腕くんのお嫁さんになりたかった…」

「喋るなって!」

「仕事の愚痴を聞きながらご飯を一緒に食べて、仕事に送り出して…」

「うるせぇ!くそ…っ」

「もう、終わりだよ…」

「終わりって何だよ!ちくしょう、止まれ…さっさと止まれよ!」

「今度会ったら凄腕くんのお嫁さんにしてね。ね、約束だよ…」







それっきり動かなくなったなまえ。逝く前に俺の心をえぐりやがって。
風が白いドレスを揺らす。凝ったレースが陽の光を受けて綺麗に光っていた。


「なまえ」

「ちょ、休憩…苦し…っ」

「お前、覚悟してんのか」

「覚悟?」

「俺といたって幸せになんかなれねぇかもしれねぇんだぞ。分かってんのか」

「大丈夫だよ。凄腕くんと一緒にいられるだけで私は十分幸せだから」


ニッと笑うなまえの手を引いて再び走った。そこまで言うんなら、もう俺も腹をくくってやるよ。一緒に生きようぜ、なまえ。
あの時はしたくても出来なかったこと、たくさんしようぜ。金はないけど頑張るから。絶対に幸せにしてやるから、この手を離すな。
今度は幸せになろうぜ。
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