「こんにちは」

「こんにちは」


にこっと笑えば、彼もにこっと笑ってくれた。カウンターに本をコトリと置く。
今日は何を借りようかと悩むよりも先に照星さんに薄い本をどうぞと渡された。


「…これは?」

「面白いですよ」

「短編ですか」

「ええ。よければ読んでいって下さい」


その間に、今日の夜に読む本を見つけておきますからと彼に微笑んで言われた。本当は図書館で本を読むのは好きではないんだけど、まぁ、短編だしいいかな。
ふうと息を吐いて、奥にある机に向き合う。パラパラと見てみると絵本だった。確か何年か前に流行った絵本で、映画化までされたもの。何故、彼はこれを…?
どうせ、お涙ちょうだいものだろうとタカを括ってページを一枚一枚めくった。読み終えるまで時間はかからなかった。読み終えた感想としては、何で今まで私は敬遠していたんだろうというほどに、とても素晴らしく悲しい恋物語だった。鼻をすすっていると、隣に誰かが座ってきた。泣いているのを悟られたくなくて慌てて立とうとすると照星さんだった。


「どうでした?」

「え、えっと…」

「つまらなかったですか?」

「…いえ。よかったです」

「あぁ、それはよかった」


にこっと笑って言われた。泣いていることが恥ずかしくて、手で涙をごしごしと乱暴に拭おうとすると、手を掴まれた。何事だろうかと驚いて彼を見ると、いつものように彼は笑って甘い声で言った。


「泣かないで下さい」

「あ、はは…」

「そんなに感動しました?」

「恋がしたくなりましたよ」

「なまえさんならできますよ」

「ど、どうも」


聞いている方が恥ずかしい。彼はきっと誰に対しても同じぐらい優しくしてる。だから私の心臓、ドキドキ言わないで!
そんな煩い心臓をさらに煩くするようなことを彼はさらりと笑顔で言い放った。


「そんなに泣かないで下さい」

「不細工で申し訳ない…」

「いえ、そうではなく…」

「え?」

「これ以上、泣いた顔を見せられると、理性が保てなくなるので」

「え。」

「え?」

「あ。いや、ええっと…」


今のは空耳ですか。理性って…理性って何?えっ、本当に今の、彼が言ったの?かあっと赤くなる顔をそっと彼に触れられて、ぶわっと身体中の血が騒いだ。
指先で涙を優しく拭われ、にこっと笑った彼はいつもの照星さん。でも、何かが違う。何ていうか、妙に色っぽくて…!


「か、帰ります!」

「新作は借りますか?」

「き、今日はいいです」

「あぁ。そうですか…」

「うっ…」


そんな悲しそうな顔をしないで!私、あなたのことが好きになっちゃったから!これ以上、側にいたら危険だ。とんでもないことを雰囲気に飲まれて言いそう!
ぺこりと頭を下げて、私は走って図書館から出た。ふと上を見上げると、窓からにこやかに笑った彼が手を振っていた。やめて。あなたは仕事で私に優しくしているんでしょう。私は違う。好きなの。
走って家に帰った私は、自己嫌悪に陥った。何で早く気付かなかったんだろう。彼の好みの服を選ぶのも、毎日のように図書館に行くのも、彼が好きだからだ。彼が好き。どうしよう、ドキドキする。彼を何も知らないのに、私は恋をした。





理性が保てなくなったのは私だ。
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