落ち着け。冷静に考えろ。冷静になれば思い出せるはずだろう、今の状況に陥った理由が。うん、とりあえず一度落ち着いて深呼吸でもしよう。すはー。
昨日は仕事が早く終わった。家で飲もうと目論んでいたら、はす向かいに住んでいる子とコンビニで会った。うん、覚えている。成人したんで私も飲めますとか言ってた。私から見たらまだまだ子供だ。身体だって小さくてちんちくりんだし。
で、家で飲んだんだよね。2人でこの家に入って酒を飲んだ。それは間違いないだろう。床に缶が転がっているし。
この小さなアパートには家具らしい家具はほとんどない。ベッドと小さいテーブルぐらい。テレビは地デジになってから見ていないけど、映るのかな。あぁ、今はそんなことはどうでもいい。えっと、落ち着け。うん、酒を飲んだのは覚えている。エアコンが壊れていて、寒いねなんて言いながら飲んだ。覚えている、もっといい所に引越せばいいのにと言われたことを。うんうん、覚えてる。確かに私は言った。もうすぐ引越す予定だと。ここから5駅ぐらい離れた所にあるマンション。
で…えっと、それからどうなったんだっけ。確か、寒いねって言っていた。寒いから毛布にくるまって飲み始めた。今も彼女は毛布にくるまっている。最近、買ったばかりのクミン調の毛布。
いいんだ。私の毛布だから返せとか言わない。というか言えない。あれ、落ち着け。現実を見てはいけない。見たら引き返せなくなる。

だって、私、服を着ていない。

いや、百歩譲って、私が全裸なのはいい。そういう癖だからとか言えば変態と罵られるだけで許される気がする。でも、毛布から見えている背中。白くて艶やかな背中。

彼女も服を着ていない。

そして、首筋には赤い痕がある。一種の癖のようなものだ。私が女を抱くと必ずつけるキスマークが首筋にある。しかも2つ。おいおいおいおいおいおいおいおい。
え、てゆーか、もしかしてヤったんですか。もしかしなくても、私は昨日犯罪を犯しましたか。犯罪を犯していなくとも、むしろ彼女を犯したんですか。サアっと青ざめた。ここに鏡があったら面白かったのに。絶対、幽霊みたいに顔が白いぞ、幽霊とか見たことないけど。
パニックになっていたら、寝返りを打った。ハラリと見える身体。決定事項、私は昨日抱いたわ。しっかり胸にもキスマークを残してあるし。うーわー。親御さんに何て言おう。つーか、死んでも言えねー。
うんうん唸っていたら、目を開けた。目が5秒ほど合って、いつもと変わらない顔で笑いながらおはようと言って起き上がった。纏っていた毛布が落ちるのを見て、慌ててベッドに押さえつけて寝かせる。何、この子。大人なんだったら恥じらいを持ちなさい。


「なにー?またヤるの?」

「またとか言わないの!」

「えー、だって昨日あんなにしたじゃん。うー、頭痛い…。あんなに激しく突いてくるなんて酷いよね。初めてだったのに」

「………」


終 わ っ た

死のう。死んで詫びよう。20歳になったばかりの近所の大学生を家に連れ込んで犯すて。性犯罪じゃん。てゆーか、ありえない。死にたい。死にたい…。
私が顔を青くさせていることに気付いたのか、ニコっと可愛らしい顔で笑った。やめて、私にも良心とかあるから。普通に今、泣いて詫び倒したいから!


「ご、ごめんね…」

「何が?」

「いや…」

「あ。もしかして覚えてないの?昨日のこと。えー、酷い。一世一代の告白をしたのに」

「告白…?誰が?」

「私が」

「誰に?」

「昆に」

「…あ、ちょっと記憶が蘇ってきた。うんうん、えっと」







「ねぇ、昆兄ちゃん」

「んー?」

「私が、昆兄ちゃんのこと好きって言ったらどうする?」

「ふふふ。それは普通に嬉しいねぇ」

「本当?」

「お前みたいな可愛い子にそんなこと言われたらそりゃあ嬉しいさ」

「じゃあ、私を昆兄ちゃんの彼女にしてくれる…?」

「いいよー」

「本当?やったぁ。じゃあさ、昆って呼んでもいい?」

「いいよ。その代わり、恋人らしいことしてもいい?」

「恋人らしい…あっ」

「…ベッド、行こ?」







…最低じゃん、私!何やってんの、馬鹿じゃないの!まだ幼い少女をたぶらかして襲うなんて。うーわー。思い出したくなかったー。おまわりさーん、ここに変態がいまーす。
最高に最低な回想を終えた私は、とりあえずますます顔を青くさせて発する言葉を考えることで精いっぱいだった。なのに、彼女は嬉しそうに私にくっついてくる。


「こら!もう少し恥じらいを持ちなさい!私は男で君は女なんだから!」

「いいじゃん、別に。私たち付き合ってるんだし」

「付き…付き合って…」

「…もしかして、昨日のことは覚えてないから付き合いませんとか言うつもりなんじゃ」

「言わない!それはさすがに言わない!責任はとる…よ」


責任。私がこの子にできる責任って何。子供だと思っていた。最近は生意気で大人びたことを言うようになったなーと思っていたけど、身体も随分と大人になったようだ。酔っていたとはいえ、夢中で抱いたんだから。
でもね。私は36歳。彼女は20歳。犯罪でしょう。色々とだめでしょう。むしろ私の立場的にダメでしょう。警察が子供に手ぇ出しちゃったよ。うわー、性犯罪は罪が重いのに。婦女暴行しちゃったよ。
頭を抱える私の手を不安げに握られた。今にも泣きそうな顔をして。うわ、かわいい…とかじゃなくて。一番傷ついているのは彼女だ。私じゃない。幸いにも今、私は彼女がいないし、せめて、この子の心につけてしまった傷を癒してやろう。私ができる限り、癒してやろう。どうせ、私と付き合うなんて無理だ。時間が合わないし、学生らしい付き合いなんてできないから、すぐに私に嫌気がさすだろう。
それはそれで寂しいな、なんて思いながら額にキスをして、握られていた手を極力優しく握り返した。
ALICE+