早朝、出勤前になまえに弁当を渡された。外食ばっかじゃ身体を壊すよと渡された弁当よりも、こんな早朝に何故起きているのかということの方が気になった。パジャマの上に羽織ったカーディガンで手元を隠して、私に弁当を渡しながら「味に自信はないけど」と笑う顔が何ともかわいい。新妻みたい。結婚したことないから知らないけど。
その弁当を署で開けると、今流行りのキャラ弁…なんてことも、ご飯の上にハートが描かれていることもなかった。至って普通の弁当。おかずもしかり。安心してありがたく弁当を食べた。意外に料理上手なようだ。実家住んでいて、料理がこれだけできるということは、普段から家事を手伝っているのかもしれない。感心、感心。
帰宅が遅い私が弁当箱を返す時間はないなと困っていたが、翌朝からもなまえは甲斐甲斐しく、私の出勤時間になると必ず弁当を持ってわざわざ見送りに出てきてくれた。


「はい、今日のお弁当」

「ねぇ、無理しないでいいんだよ?毎朝毎朝大変でしょう」

「いいの。嬉しいから」

「嬉しい?」

「私の作ったものを昆に食べてもらえるだけで嬉しいから」

「………」


早朝からかわいいこと言わないでもらえるかな。やべー、このままだと惚れる。確実に惚れる。犯罪者予備軍から犯罪者になる。署長に怒られるって。
若干ドキドキするような関係になることに危機感を覚えつつも、私は遂に古いアパートから引越す日を迎えた。これできっと、もうなまえともそう会わなくなる。いや、会わなくならないとまずい。このままだと取り返しがつかないことになりかねない。純粋な恋愛。私だってそれなりに学生の時はした。いつからかな、擦れた恋愛しかしなくなったのは。頭では常に駆け引きのことばかり考えるようになって、傷つくのが恐いから本気にならないように常に心がけて。
何でなまえに手を出してしまったんだろうと溜め息を吐いて、私はなまえの家に引越しの挨拶に行った。世話になった。何だかんだ、あのボロアパートには長い間住んだからなぁ。
出された茶を飲んで、引越す旨を伝え、談笑していると、なまえが帰宅してきた。私を見るなり顔をほころばせてきたものだから内心かなり焦ったが、なまえの両親は慣れた様子でのんびりとなまえに言った。


「昆奈門くん、引越すんだって。寂しくなるわねぇ」

「うん。でも、また遊びに行ってもいいんでしょ?」

「なまえは昆奈門くんが昔から大好きだったもんなぁ」

「うふふ。なまえったら、小さい頃からずーっと、大きくなったら昆奈門くんと結婚するんだって言っていたものね」

「もう10年になるか。いや、懐かしい」

「もう!お父さんもお母さんもやめてよ!」

「はは…」


え、何、今の。初耳なんだけど。えっと、つまりなまえは10年前から私のことが好きだったと?まぁ、10歳の時は近所のお兄さん程度だったんだろうけど、そのまま思春期を乗り越えてしまったのか?
しかも、そんなピュアななまえを私は抱いてしまった。さらに最低なことに、一切覚えてない。うーわー、最悪。私がなまえの父親だったら、殺してるよ。


「でもね、昆奈門くん。なまえにも遂に彼氏ができたのよー」

「ぐ、ごほっ…」

「なまえも大人になったのね。ふふふ、最近ね、毎朝お弁当を作ってあげているみたいなの」

「お母さん!」

「あら、いいじゃない。毎朝、四苦八苦しているのよ」

「…四苦八苦?」

「私がどんなに言ってもお料理なんてしなかったから。見てやって、あの手。毎朝毎朝、必ず傷を作っているんだから、女の子として不安になるわぁ」

「お母さんってば!」

「なまえ、手を見せなさい」

「う、やだ…」

「いいから見せなさい」


嫌がるなまえの手を掴んで見てみると、なまえの指は盛大に絆創膏が巻かれていた。なるほど、毎朝、四苦八苦していたのか。怪我をしたことを私に気付かれないように手元をカーディガンで必死に隠していたわけか。馬鹿だな、そんな思いをしてまで弁当なんて毎朝わざわざ作らなくていいのに。何だって、そんなに必死に弁当を作…


私の作ったものを昆に食べてもらえるだけで嬉しいから


あ。
恋に落ちる音が聞こえたような気がした。あぁ、恋ってこんな感情なんだっけ。すごくドキドキして、なまえの手に触れている部分が熱を帯びている。
子供だと思っていた。ただの近所の子供。なのにどうしてかな、すごくなまえが愛しい。やられたな、と思った。私もまだまだ青いな。
でも、まだなまえの両親に彼氏だと名乗り出られない私は卑怯だろうか。だって、箱入り娘を酔った勢いでかどわしただなんて、口が裂けても言えない。いつ、お付き合いをさせてもらっていますと名乗り出たらいいんだろうなんて思いながらも、赤い顔をしているなまえにキスしたいなぁなんて思った私は最低だろうか。
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