LINE、メールより便利だよね。スタンプ可愛いし。Facebook、やっぱリア充な内容を更新したいね。Twitterもオススメかな。気軽に一言つぶやけるし。
私が身振り手振り説明しているというのに潮江くんは一体いつから使っているんだか分からないぐらい古い携帯を振り回していた。
「おっかしいな…」
「おかしいのは潮江くんの頭だと思うの。寿命だよ」
「何を言っている、バカタレ。物は大事に使わんと」
「電源が入らないって時点でもうお亡くなりになっていると思うよ、その携帯」
そろそろガラケーから卒業しなよ。私、潮江くんともLINEしたいよ。潮江くんにそっくりなスタンプ見つけたから早く使いたいよ。そもそも、振って解決することってあんまりないと思うよ。確かに昔、電波を求めてよく振ったりしたんだけどさ。あれ、意味あったのか未だに分かんないよ。
潮江くんは深い溜め息を吐いて携帯を机にしまった。
「仕方ない、買う」
「お。iPhone?」
「使いやすいやつ」
「えっ、まさか潮江くんの歳でらくらくフォンに?」
「あぁ、それいいな」
「おっさんを飛び越えておじいさんになっちゃうよ」
「誰がじいさんだ、コラ」
潮江くんは机から飴玉を取り出して私に投げてきた。私の好きないちご味をちゃんと用意してあるところが何とも潮江くんらしい。
私と潮江くんは生まれた時からずっと一緒だった。いわゆる幼馴染ってやつだ。幼稚園で同じスモッグを着たし、小学校では同じ木を写生し、中学校の制服を一緒に買いに行ったりした。
だけど、残念なことに私たちが一緒に歩めたのはここまでだった。私は近所の共学の高校に進学した。だけど潮江くんは近所の男子校に進学した。潮江くんは中学校では全然モテなかったのに高校に入って背が伸びたからか最近は微妙にモテるらしい。ちょっと寂しかったりしてみたり。おかしいな、私が潮江くんと近かったのに。
「なまえ。今から携帯買いに行くから着いてきてくれ」
「らくらくフォン?」
「なまえと同じやつなら俺に使い方教えてくれるか?」
「iPhone?じゃあ潮江くんと遂にLINE出来るね」
「何だそれは」
「いいよ。とりあえず早くショップに買いに行こう」
潮江くんが漕ぐ自転車の後ろに座って私たちは近所の携帯ショップに来た。最新の携帯が並んでいる。
iPhoneを潮江くんにオススメしていると、仲のいい男友達に声を掛けられた。
「よぉ。なまえじゃん」
「あ、はっちゃん」
「携帯買い換えんのか?」
「んーん。友達が」
潮江くんにはっちゃんは人懐っこい笑顔を向けた。
はっちゃんと別れて、再び携帯を選ぼうとすると、潮江くんの機嫌が心なしか悪い気がした。というか、悪い。めっちゃ怒ってる。
「…潮江くん?」
「誰だよ、今の」
「はっちゃん?同じクラスの友達だよ。はっちゃんのFacebookは凄いよー」
友達多いからね、はっちゃん。まぁ、残念なことに彼女いないらしいんだけど。(笑)て感じ。
潮江くんの機嫌は悪くなる一方で、面倒くさそうに携帯を選んでカウンターにスタスタと行ってしまった。小さな紙袋を持って戻って来た潮江くんは私を無視して足早に出ていった。酷い。急に何なのよ。
「ねぇ、潮江くん」
「なまえはいつから俺のことを潮江くんって言うようになったんだよ。昔は文次郎って言ってただろ?」
「えっ。あぁ、うん…」
子供の頃はね。でも大きくなって文次郎を男の子だと意識するようになったら何となく気恥ずかしくて名字で呼ぶようになっていた。中学生ともなれば一緒に登校すればあっという間に噂になる。浮いた噂が立つことが私の気持ちを透かしているようで嫌だったのだ。
「さっきまでなまえに一番近いのは俺だと思っていた」
「何せ隣だからね」
「俺が言いたいのはそういう意味じゃねぇんだよ、このバカタレのニブちんが」
「む。何よ」
「だいたい携帯だって2年であっさり変えやがって」
物のありがたみをブツブツ唱えている潮江くんはポケットから古いガラケーを取り出して溜め息を吐いた。
古いガラケー。確か、私たちが小学生の時に潮江くんのお父さんが同じ物を使っていた気がする。えっ、もしかして譲り受けたの!?
「物持ち良過ぎるよ!」
「あ?」
「あのね、思い出の品じゃないんだから気軽に買い換えていっていいと思うの」
「生憎、俺にとっては思い出の品だ。つーか、お前全然覚えちゃいねぇんだな」
もういい、と自転車を押し始めた潮江くんは心底落胆したような顔をしていた。何よ、あんな携帯に思い出なんて…思い出なんて…?うん、思い出はない。
「ねぇ、何の思い出?」
「もういい」
「ねぇ。気になるから」
「気にしとけ」
「酷い!教えてってば」
「ガキの時に親父の携帯を持ち出して秘密基地で写真撮ったじゃねぇか。言っておくけどな、なまえが俺にこの携帯を捨てずにとっとけって言ったんだからな!」
馬鹿みてぇ、と自転車にまたがった潮江くんの後ろに私も無言で座る。ギッと音を立てて自転車が動いた。
「ねぇ、この写真、私と文次郎の結婚式で使おう!」
「結婚式?」
「うん。私たちが結婚できるぐらい大人になるまで大事に携帯をとっておいて」
「…おう」
「約束だよ、文次郎」
…何か、確かこの辺りにあった秘密基地でそんなことを言ったような気がする。
じゃあ文次郎は高校生になってもそれを覚えていて、携帯を大事にしていたってこと?ということは、結婚式を私と挙げる気があるってこと?いや、まさか…
いくつもの疑問が脳裏に浮かんでは消えていった。
「さっきまでなまえに一番近いのは俺だと思っていた」
そんなの、私だって…
「もんじろぉーっ」
「うぉっ!?」
「好きだコノヤロー」
キキィーっとブレーキの音の次は土手に倒れ込む音が聞こえた。自転車がカラカラと一人で回っている。自転車から振り飛ばされた私はぼんやりと空を眺めていると、真横から必要以上に大きな声で怒鳴られた。
「な、何を考えて…いや、何を言ってんだ、道端で」
「いたた…酷い。傷が残ったらどうしてくれるのよ」
「人の話を聞け!」
「身体に傷が残ったら責任取ってよね。んっ、約束」
ずいっと差し出した小指に恐る恐る太い指が絡んだ。ぎゅっと小指と小指が繋がれる。あの日のように、ううん、あの日よりも強く。
「…どうせ忘れるんだろ」
「忘れないよ」
「どうだかな」
「だって、これからも私たちは一番近い存在だから」
だから、忘れないよ。それに遂にスマホ買ったしね。毎日LINEしようね。皆がひくぐらいFacebookはリア充な内容にしてさ。そしてたくさん思い出を作って、写真を撮って。二人の結婚式で公開しようね。
小さな機械は私たちを繋いでくれるんだよ、未来に。
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