愛妻弁当は今日はないのかと職場で散々からかわれた。愛妻弁当ねぇ…。仕出し弁当を食べながら、そういえば怪我はしていたもののなまえの作るご飯は美味しいよなぁとふと思った。将来有望なようで期待できる。
花嫁姿を想像して、にまっと笑ってしまったが、正直なところなまえと結婚したいとは思っていない。というより、結婚願望そのものがない。子供はかわいいと思うけど、親戚の子供で十分満足しているし、仕事が忙しいから嫁を構う時間もそう取れないだろう。まぁ、そんなことを言うつもりもないし、言ったら確実に泣かれるか、最悪の場合は破局に繋がるからね。黙ってよ。
結婚をする気はないが、何となく会いたくなって仕事が終わってからなまえの家の近くまで会いに行った。


「こーん!」

「おー。悪いね、こんな時間に」

「えへ。私も会いたかったから」

「可愛い可愛い」


わざわざ走ってきたのか、息の切れたなまえは惜しみなく笑いかけてくれた。
ぎゅっと抱き締めて、フードを被せる。あ、可愛い。てるてる坊主みたい。


「な、なに…」

「いーから、ほら」

「わ、んっ…」

「…ん、充電完了」


素早くキスして、身体を解放する。なまえは突然キスされるだなんて思ってもみなかったのだろう。真っ赤だった。その赤い顔で口をパクパクとさせるのだから、縁日の金魚のようだと思った。


「な、なに、す…」

「キス」

「それは分かるけど…」

「じゃあ、帰るわ」

「え!もう帰るの?」

「時間も時間だしね」

「…もうちょっと」

「駄目。送ってくから」

「やだ。もっといたい」

「我儘言わないの。親が心配する」

「しないよ。放任だし」


駄目と言っても、うだうだと文句を述べるなまえの額を指で弾いて、手をとって家の方まで歩いた。遂にはぐしぐしと泣き始めるものだから、成人したとはいえ、まだまだ幼いなと思う。


「ほら。泣かないの」

「だって、寂しい…」

「また来るから」

「またっていつ?」

「分からないけど…」

「ぐすっ。一緒に住みたいよ」

「せめて卒業したらね」

「卒業したらいいの?」

「うーん…」

「……なんて、嘘だから」

「………」

「ごめん。気にしないで」


ぐしっと目を擦って、明るく笑う顔は、どう見ても無理していた。あまり我儘を言うと、私に嫌われるとでも思ったのだろう。本当、幼くて健気な子。昔から全然変わってない。


「あ。ここで、もういいよ」

「いーよ。家まで送るから」

「いいの、ここで」

「なまえ」

「おやすみ。またね」

「なまえってば」


足はやに去ろうとするなまえの腕を掴んで止めた。あーもー、本当に馬鹿な子。涙で顔がとんでもないことになってるし。


「何でもないの…」

「何でもない顔をしていない」

「何でもない。だから嫌わないで。ウザいと思わないで。お願い…っ」

「はあ…」


これはもう、狙っているでしょう。潤んだ瞳でじっと見つめられて笑われたら、男の理性なんか崩壊しますよ。
仕方ない。挨拶はまだするつもりはなかったんだけど、なまえの両親に挨拶しに行くか。こんな時間だけど。なまえの手を無理矢理握って、もう逃げられないように私のコートのポケットに突っ込んでなまえの家の方へと歩いた。なまえの足取りが重いけど、私としては気持ちが重い。どうしよう、結婚とかするつもりもないのに何て言おう。
散々考えたけど、いい言葉が思い浮かばなかったから、とりあえず成るようになれと思って、私はチャイムを押した。
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