「昆奈門くん、わざわざありがとう。ごめんなさいね、馬鹿な娘で」

「むぅ…馬鹿じゃないもん」

「どうせコンビニまで行った帰りに昆奈門くんに会って送らせたんだろう?本当、なまえは仕方のない奴だ」


なまえのご両親は苦笑しながらも私に頭を下げて来た。なまえはなまえでいつものように頬を膨らませながら反論しつつも、私の動向を気にかけていた。
嫌われたくない、ね。うん、私もそんな時期があった。嫌われたくなくて、無理に我慢して。カッコつけたくて会えなくても平気だとか言ってみたりね。今から思えば、何て青臭くて馬鹿な餓鬼だったんだろうと恥ずかしくなる。なまえが私と同じようなことを言うものだから蓋をしていた記憶が蘇ってしまった。そういえば恋ってこんな気持ちだったな、と思い返しながら私は未だかつて口したことのない言葉を発した。


「ご挨拶が遅れましたが、実は先日からなまえさんとお付き合いをさせて頂いております。今日も私から会いたいと言いました。なので、なまえさんを責めないで下さい」

「こ、昆…」

「あら、まぁ」

「昆奈門くん、本当かい…?」

「はい」


許してもらえないかもしれない。二度と近寄るな、と言われるかも。だって、私がなまえの親ならそう言うもの。年相応の恋愛というものがあるだろう。まだ10代でより取り見取りのなまえが敢えて30を過ぎた私を選ぶ必要など、どう考えてもない。大した稼ぎもないし。
張り倒されるのを覚悟していたが、馬鹿に明るい声が部屋の中いっぱいに響いた。三人が歓喜をあげたのだ。


「お赤飯炊かなきゃ!」

「そうかそうか。めでたい!」

「きゃわぁー!昆ったらぁ!」

「………」


で。その後はお祭り騒ぎである。本当に赤飯が炊かれたし、手酌で酒を酌み交わしたし、終始なまえは私にくっついて離れなかった。まるで結婚が決まったかのような騒ぎようにやや困惑したが、なまえが本当に嬉しそうに笑っているからこれもまた悪くないかな、なんて。
しかし、明日は仕事。遅刻をするわけにも欠勤するわけにもいかない。


「すみません。今日はこれで失礼します」

「えー!泊まっていかないの?」

「明日も仕事なの」

「あらあら。ごめんなさい、こんな遅くまで引き止めちゃって。タクシー呼ぶわね」

「いえ。駅まで歩いて帰ります」

「私も昆の家に行きたい!」

「駄目。また今度、昼間にね」

「昆奈門くん」


わいわいと揉めていると、急になまえの父親が真面目な声を出した。咄嗟に背筋が伸び、自分でも驚くほど真面目な声で返事をした。


「なまえと結婚する気はあるのかな?」

「それは…」

「あるよね?ね?」

「なまえは黙っていなさい」


まぁ、ね。そりゃあ親の前で泊まりたい云々言っていたら、そういう流れになるよね。理解できる。
期待と不安が入り乱れた顔をしたなまえが私をじっと見上げる。きっと、ここで「はい」と答えることが理想なのだろう。だけど、こんなに真摯に向き合ってくれている家族を前に嘘をつく気にはなれない私は腹を決めた。


「今はまだ、分かりません」

「え!嘘…」

「だけど、一緒にいたいとは思っています。お恥ずかしい話ですが、なまえさんと一緒にいると懐かしい気持ちにさせられるので」

「懐かしい気持ち?」

「もどかしくて、苦しくて、愛しくて、大切で。まるで初めての恋愛のように純粋な気持ちにさせてくれる。先のことは分かりませんが、なまえさんは私の大切な人です」


言い切ってから恥ずかしくて顔が赤くなった。先程の明るい空気と打って変わって、静かで重い空気が居た堪れない。おまけになまえはすすり泣いているし。
結局、その日は終電が近いということで解散となり、次の日は普通に仕事に行った。今のところなまえからは何の連絡もないし、一応交際を許可してもらえたということで良いのだろうか。後でなまえにメールでもしてみよう、と鍵を開けると中から異様に明るい声が聞こえた。


「おかえりなさぁい」

「ただいま…え、何でいるの?」

「合鍵を貰ったから」

「いや、渡したけど…えっ、何その荷物!」

「えへへ、泊まりにきちゃった。明日、休みなんでしょ?」

「いやいやいや。お父さんは知ってるの!?」

「うん。避妊はしなさいって」


いや、するけど!なに、親公認の仲ってこんなにオープンなものなの!?
呆然とする私の手を握り、美味しそうな食事が並ぶテーブルに案内するなまえ。心なしか頬を赤らめ、可愛らしい。


「私ね、昆が結婚する気がないって知って悲しかった」

「あぁ、うん…」

「でも、すっごく私のことを好きなんだって分かって嬉しかった!」

「恥ずかしいことを思い出すんじゃない!」

「だって嬉しかったんだもーん」


昨夜のことを思い出して再び居た堪れなくなる私をよそに、にこにこと笑いながらご飯をよそうなまえは本当に嬉しそうだった。
これまで私はたくさん恋愛を経験してきた。気付けば自分を偽り、傷付く前に離れ、愛されることも愛することも怖くなっていた。それは今も変わらない。ただ、なまえは大切なことを思い出させてくれた。恋は気付けば落ちているもので、小細工をするものではないのだということを。
これからなまえと色んな感情を幾度も生み出すのだろう。小細工などせずに喜怒哀楽を表現し、お互い傷付き、癒しあい、愛情を深めていく。純粋ななまえとなら、それができるかもしれない。


「美味しい?」

「んー」

「…ねぇ、怒ってる?急に来て」

「いや?ただ、この前2つ使ったからコンドームがあと1つしかないなぁと思って」

「も、もう!昆のエッチ!」

「なに言ってるの、好きなくせに」

「好きだけど…昆とするエッチが好きなの!昆以外の人とするエッチは興味ないもん!」

「当たり前でしょ。怒るよ」


ジロリと睨みつけてから味噌汁を飲む。浮気なんてさせない。そんな隙が生まれないくらい、私でいっぱいにしてやる。
食後にコンビニまで二人手を繋いで歩く。ただそれだけで、こんなにも幸せだなんて。少しずつ、心が満たされていく。忘れていたはずの恋心が再生していくのを確かに感じる。愛おしくなって手を握る力を強めると、なまえは嬉しそうに笑ってくれた。
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