お風呂に入らせてもらい、浴衣を貸してもらった。彼のとても大きな浴衣は私が着ると、長くて裾を引きずってしまう。裾を持ち上げて歩くことにする。そんな私をおかしそうに彼は笑って見ていた。


「ねぇ、なまえちゃん」

「はい」

「ここに住まない?」

「え…」

「家政婦としてさ」

「私はもうすぐ…」

「やめない?結婚」


にっこりと微笑んで言われた。顔は笑っていたけど、彼は真剣な目をしている。
家政婦か。そうね、私もそうしたいな。でも、そんな迷惑をかけられない。確実に私の婚約者と揉めることになるから。都内の大地主である婚約者は赤の他人である私を大学院まで進学させてくれた。感謝をしているし、彼がいなければ今の私はない。雑渡さんにも会えなかった。だから私は彼と結婚する。それが最良の道なんだと自分自身分かっているから。
だけど、雑渡さんに真剣な目でじっと見つめられ続けては心が揺らいでしまう。だから、私から目をそらした。すると、雑渡さんに手をそっと優しく握られる。


「ねぇ、なまえちゃん」

「…無理ですよ」

「無理じゃないよ?」

「生きられませんよ」

「私が助けてあげる」


涙が出そうだ。だけど、この手を握ってはいけない。彼に迷惑をかけたくない。
それでも私は我が儘を言いたくなった。一度だけ、たった一度だけでいい。彼を忘れないために思い出が欲しい。


「…ねぇ、雑渡さん」

「うん」

「お願いがあります」

「なに?」

「ひかないで下さい」

「うん」

「キスして下さい…」


俯きながら、私は最低なことを言った。はしたないことを言った私を雑渡さんはどう思っただろう。直視できなかった。
俯いたままの私の額に、彼は優しく唇を当てた。あまりに優しくて、驚いて顔を上げると雑渡さんは静かに笑っていた。


「自分を大切にして」

「す、すみません…」

「だから結婚は反対」

「でも…」

「結婚、したいの?」

「………」

「私が助けてあげる」


頭を優しく撫でられて、涙を拭われた。はしたないことを言ったことを恥じた。子供じみたことを彼に言ってしまった。
彼の言う助けるとは何だろう。どうして彼は私にそこまでしてくれるんだろう。これから一体、私はどうなるんだろう。私は不安も期待も全て涙として流した。
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