「先輩、明日はお祭りですよ」

「そうだな」

「カステイラとかありますよ」

「だろうな」

「ねぇ、先輩」

「いいから帳簿を合わせろ!」


潮江先輩はまたパチパチとそろばんに向かってしまった。予算会議が近いから仕方ないといえば仕方ないんだけど行きたいものは行きたい。潮江先輩と一緒に。
運の悪いことに、予算会議の前日がお祭りだ。帳簿が合わなければお祭りどころか寝れない日がひたすら続いてしまう。仕方がないから私も帳簿とにらめっこをすることにした。うん、保健委員会は予算を減らそう。ムシャクシャするから。
翌日も、その次の日もそのまた次の日も必死にそろばんを弾いた。目に見えて一年生が弱っている。そして潮江先輩も。潮江先輩はいつも目の下に濃いくまがある。でも、疲れた姿を見せたりはしない人だった。その潮江先輩が疲れている。
それからさらに2日経った。お祭りの日だ。帳簿は合っていない。心なしかろそばんを弾く潮江先輩の指に覇気がない。


「よし、お前らはもう帰っていいぞ」

「わぁい」

「祭りだー」

「えっと、潮江先輩…」

「なまえは残れ」

「え」

「これが合うまで付き合ってもらう」

「えぇー…」

「お疲れさまでーす!」

「団蔵くん、待って…」


伸ばした手も虚しく、みんな走って行ってしまった。お祭りにみんな行けるんだ。羨ましいな。私も行きたかった…。
仕方がないからそろばんをパチパチと弾いた。潮江先輩は鬼気迫る勢いでそろばんを弾いている。さすが、潮江先輩だ。


「終わったぞ!なまえは?」

「合いましたぁ…」

「よし。じゃ、用意しろ」

「はへ?」

「祭り、行きたいんだろ?」

「えっ」

「早く用意しろ」

「えっ…もしかして、先輩、私とお祭りに行くために頑張って帳簿を合わせてくれたんですか?そうなんですか?」

「んなこたぁ、どうだっていいから早く用意しろ!ギンギーン!」

「は、はいぃっ」


パタパタと自室に戻る。あんなに疲れるまで徹夜して帳簿を合わせてくれて、私と一緒にお祭りに行ってくれるなんて。
浴衣にうきうきと着替えて、門に向かうと既に潮江先輩がいた。もしかして、潮江先輩も私のことを少なからず好いてくれている、なんて。でも、もしかして。


「…先輩?」

「何だ」

「もしかして私のこと好きですか?」

「ばっ、ばかたれぃ!んなことは自分で考えろ!俺は知らん!」

「やっぱり私のこと嫌いなんですね…」

「何故そうなる!?」

「ぐすっ…」

「泣くな!ほら、行くぞ!」

「はい…」


先輩は私の手を握ってくれた。ちょっとは期待してもいいんだろうか。先輩が私のことを特別な後輩として見ていると。
先輩は泣いている言っている私に飴を買ってくれた。甘くて少し元気が出た。


「先輩、私、子供じゃありませんよ」

「そうか?」

「酷い。私は本気なのに…」

「何が本気なんだ」

「本気で先輩のこと…」

「ばっ、ばかたれ!そういうことは男の口から言うもんだろうが!」

「じゃあ先輩、私のこと好きですか?」

「好きじゃない女なんか祭りに誘わん」

「先輩、私のこと好きですか?」

「知らん!少しは自分で考えろ!」


顔を先輩が買ってくれた飴のように真っ赤にして俯いてしまった。私は嬉しくて、先輩の手を引いて奥へと向かった。山車が出ていて、よく見知った顔もたくさんいて。きっと普段なら恥ずかしいから、って離れるであろう潮江先輩は私の手をずっと強く握り締めてくれていた。


「先輩」

「あ?」

「また来年も一緒に来ましょうね」

「…あぁ」


今年で先輩は学園を卒業してしまうけど、私を誘いに学園まで来て下さいね。私は一生懸命、帳簿を合わせて先輩を待っていますから。だからまたこうして二人でお祭りに来ましょうね、先輩。
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