お風呂から上がって、ソファに座っている彼の横に座る。変な感覚だ、彼の家なのに、もうすぐ私の家になるんだ。
そっと乾かしたばかりの髪を撫でられて、とても幸せそうに微笑む雑渡さんの顔を恥ずかしくてあまりちゃんと見られない。顔を反らすと、彼はくすりとおかしそうに笑った。
「ねぇ、こっち向いて」
「…無理です」
「どうして?」
どうしてって、だって、これから私たちは一夜を共にすることになる。そして、これからも。それは私にとっては初めての好きな人との行為だし、彼となら構わないと心から思える。ただ、ダイエットしておけばよかったかなとか、かわいい下着を買っておけばよかったかなとか、思うことは沢山ある。
そうっと彼の指が私の頬を確かめるように滑っていくものだから、ますます私の心臓はうるさく高鳴っていった。彼に聞こえないかと心配なほどに。
「少しずつ荷物をこの家に運んでおいで。私も手伝うよ。だけど、本格的な引っ越しは頼まないとね」
「そうですね」
「使っていない部屋があるから、そこを好きに使うといいよ。鍵もつけようか」
「え…」
「え?」
「あ、いえ…」
そっか。寝室は別なのか。それはそうだよなぁと思いつつも少し寂しい。振り返って彼の顔を覗くと、にっこりと穏やかな顔で笑われてしまった。何だか私ばかり舞い上がっていて恥ずかしい。
のんびりとお茶を淹れながら、雑渡さんはとんでもないことを言った。
「私がソファで寝るよ」
「そんな!悪いですよ」
「でも、なまえちゃんをソファに寝かせられないよ」
「…一緒に寝ませんか?」
ガチャンと派手な音を音を立てて急須が割れた。思い切ったことを言い過ぎてしまっただろうか…。お湯を被ってないかとか、怪我をしていないかとか雑渡さんに聞いたけど、雑渡さんから返事はもらえなかった。
「雑渡さん?」
「…あ、え?」
「怪我とかしてないですか?今、片付けますね」
「いいよ。怪我する」
「だいじょう、痛!」
「なまえちゃん!」
破片を片付けていたら、パックリと指を切ってしまった。ダラダラと血が床に落ちるのを見て、慌てて拭こうとしたら雑渡さんに手を掴まれた。そのまま水道で洗われて、ぐるぐると大袈裟なほどに包帯を巻かれる。単に切っただけなんだけどなぁ…。
「大丈夫!?」
「はい」
「もう。後は私が片付けるから大人しくしていて」
「大袈裟ですよ」
「なまえちゃん」
「はい」
「なまえちゃんは女の子なんだよ?お願いだから、身体をもっと大切にして」
ふう、と溜め息を吐いた雑渡さんはカチャカチャと急須を片付け始めた。彼が言った「身体を大切にして」とは、そういう意味も含まれているような気がした。私は好きな人となら、そういうことをしても構わないと思っている。付き合った初日にそういうことをしないというのは彼なりの優しさだろうか。あぁ、彼からあり得る。
彼に大切にされている。その幸福を反芻しながら私は大袈裟に巻かれた指を見つめて思わず、嬉しくて笑ってしまった。
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