やはり、よくないと思う。雑渡さんに大金を払わせ、家に住まわせてもらう上に雇ってもらってお金をいただくというのは。
そんなわけで、職安に行ってみた。鍋底景気な上に新卒採用がほぼ終わってしまっていて、都内まで出なければ仕事はなさそうだ。おまけに夜勤。昼は雑渡さんのお手伝い、夜は働きに都内まで出て…身体を壊しそうだな。
ため息を吐いて、いつもの珈琲館に行くと、いつもの席に彼はいなかった。珍しい。しかも、行くと言っていたのに。チラリとマスターの顔を見ると、忘れ物をしたから家に一度戻ったと教えてもらえた。ほとんど、ここが職場なんだなぁ。
「どうした。元気ないな」
「職がなくて…」
「雑渡のところで働くのではないのか?」
「うーん。昼はそうして夜は都内まで働きに行こうかな…と思って悩んでます」
「夜勤か?」
「デリバリーってやつが給料が高くていいなぁと思ってるんです。えっと、公衆電話に貼ってあって…あ、これです」
「…これは、雑渡が許さないだろう。というか、私もオススメできない」
「うーん」
やっぱり、都内まで働きに行くのは無理なのかなぁとため息を吐くと、カランカランと音を立てて雑渡さんが入ってきた。彼は私の顔を見るなり、にこっと優しく笑ってくれて職が見付からないことなんか段々どうでもよくなってきた。やっぱり都内まで夜勤に出よう。デリバリーって何の宅配なんだろう。
「なまえちゃん、朝からずっと、どこ行ってたの?」
「職安です」
「職安?」
「ここで働く気らしい」
「…は?本当に?何で?」
ガシッと肩を掴まれて、じっと見詰められた。えっと、やっぱり都内まで出るのはみんな反対なんだ。雑渡さんに養ってもらうのが悪くて…と言葉を続けると、彼は怪訝そうな顔をした後、訝しげに私に聞いてきた。
「ねぇ、デリバリーって、何をするか分かってる?」
「配達」
「うん。なまえちゃんが配達されるんだよ?」
「私が?デリ…ヘルスですか、もしかして」
「そうだよ!」
「う、わ!申し込んじゃったんですけど!」
「何やってんの!?」
公衆電話から電話しちゃったんですけど。えっ、というか、デリバリーってデリヘルのことなの?青ざめる私の頬を雑渡さんはペチりと叩いた。驚いて彼を見ると、彼も何故か青い顔をしている。
私が呆然としていると、彼は私を抱き締めてきた。そして、困ったように大きな溜め息を吐かれる。
「もー…不安でなまえちゃんを一人にさせられない」
「平気ですよ」
「現に平気じゃなかったじゃん!彼氏として、風俗なんかで働かせないからね」
「えー。じゃあ…」
「うちに来るか?」
「「え」」
「雇ってやってもいい」
「本当ですか?」
「ちょっと、何…」
「身の安全は保証する。雑渡もどうせ、毎日ここに来るのだから構わんだろう」
「でも…」
「マスター、よろしくお願いします!」
「ああ。よろしく」
にこっと笑って差し出してくれたマスターの白い手を握ると、雑渡さんは握っていた手に手刀を入れて離れさせられた。何事だろうと彼を見ると、かなり不機嫌そうな顔をしている。マスターだけが、くすくすとおかしそうに笑っていた。
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