熱がある、と人伝に聞いた。何故、直接言ってこないのか、と腹正しい気持ちと共に頼ってもらえない悔しさがあった。
合鍵でドアを開けると、しん、と静まり返った部屋に驚いた。いつもは迷惑なぐらい大音量で音楽を流しているくせに。これは相当、弱っているんな、とそっとベッドを覗き混むと安らかな寝顔で、規則正しい寝息が聞こえてきて安心した。額を触ると異様な熱さに思わず顔をしかめる。まったく、こいつは阿呆か。というか、医者にはもう行ったのだろうか。
とりあえず、冷蔵庫の中身をチェックした。全く何もない。正確には酒類しかない。本当にどこまで阿呆なのんだろう。仕方がないから近くのスーパーに野菜と味噌を買いにいく。なまえの家に戻って、米をとぎ、味噌と共に煮込んだ。まったく、この私にここまでさせるとはいい度胸じゃないか。治ったら覚えていろよ。三倍にして返させてやるからな。
ぬるくなった額の手拭いを変えてやろうと手を伸ばすと、なまえが目を覚ました。


「…仙蔵?」

「気分はどうだ?」

「ん、喉痛い…」

「雑炊だ。食え」

「えっ、仙蔵が作ったの?」

「残したら殺すぞ?」

「…いただきます」


鼻声ですぴすぴと音を立てながら喋るなまえは酷く弱って見えた。珍しいことだ。
食べてすぐに布団に潜ろうとするなまえを見て思わず私は眉間にシワを寄せるとなまえは顔まで布団に隠してしまった。


「出てこい、馬鹿者」

「…やだ」

「救急車を呼ばれる前に出てこい」

「…すいませんでした」

「よろしい」

「病院嫌い…」

「行かねば治らんだろう」

「粉薬も注射も嫌い」

「そうか。救急車がお望みか」

「わー!行く。行きますから」

「うむ。用意しろ」


タクシーを電話で呼ぶと、すぐに来てくれた。外は寒いから、なまえの首に自分のマフラーをぐるぐると巻きつけてやる。まだ嫌そうな顔をしているなまえの頬を優しく撫でてやって、笑ってやるとなまえ気まずそうな顔をして私に謝ってきた。


「…ごめんね」

「迷惑かけて、か?」

「うん…」

「こういうのは迷惑とは言わん」

「でも…」

「私はなまえの恋人だというのに、風邪をひいたことも知らなかった」

「だって、悪いかなって…」

「もっと甘えろ。私は不甲斐ないか?」

「違うよ。私はただ、」

「好きな女のためにしてやれることは全て叶えてやりたい。力になりたい」

「………」

「頼むから、私を頼ってくれ」

「…ん」

「泣くな、馬鹿者め」


ずびずびと鼻をすするなまえにちり紙を渡してやって、また頭を撫でてやる。
いざという時に、側にいられないなんてことはしたくない。もっと頼られたい。
タクシーに乗ってもまだ泣いているなまえの手を握り強い男になりたいと思った。元気になったら時間をかけて、たっぷりと分からせてやらねばなるまい。私がどれほどなまえに惚れ込んでいるのか、を。
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