たくさんお酒を飲んで寝たからか、胃が重かった。泣きすぎて目も重たい。畳の上に敷かれた布団でまた泣いていると、この家の家主が部屋に入ってきた。
「起きた?大丈夫?」
「…はい」
「まだ寝てなさい」
「あの…」
「うん?」
「昨日は泊めてくださってありがとうございました。本当に助かりました」
ペコリと頭を下げると、シナさんはくすりと笑った。昨夜、お寺で泣いていた私を家に泊めてくれたのだ。すすめられるままにお酒を飲み、不安を吐露した私の頭をずっと撫でてくれていた山元シナさんは、飲み屋を開いている女将さん。お寺の横でお店を開いていて、お店を閉めたら必ずお寺に参拝するそうだ。
「なまえちゃんを見付けた時はびっくりしたわ。寒い中、泣きながら若い女の子が丸まっているんだもの」
「…すみません」
「で?彼氏からずっと電話が鳴っていたみたいだけど戻る気はないの?」
携帯を開くと、雑渡さんから着信もメールもたくさん入っていた。雑渡さんに買ってもらった真新しい携帯を握り、私はまた泣いた。
幸せだと思ってた。これでいい、仕方ないんだと思って生きていた頃よりもずっと幸せなはずなのに、どうして私は今こんなに苦しいんだろう。答えを求めるようにシナさんをじっと見詰めると、シナさんは溜め息を吐いた。
「男はね、一度愛した女を簡単には忘れられないわ。でもね、その男にとって最後の女になることができれば、彼の想いは永遠よ?最初の女よりも最後の女になれれば、いいじゃない」
「でも、彼は」
「そうね。最低ね」
「う…っ」
「雑渡さん…ねぇ」
「私、どうしたら彼のことを受け入れてあげられるんですか…?」
私の問いかけにシナさんは、困ったように笑った。そして私の手を握り、優しく諭すように言った。気の済むまでここにいなさい。そして、答えが出たら自然に行動ができる、と。
私はシナさんの言葉に甘えさせてもらうことにした。マスターには悪いと思ったけど、あの店に近付くと雑渡さんに会う気がして、大正浪漫通りには近付けなかった。シナさんのお店を手伝い、常連さんに覚えられるようになった。お客さんと話をすることは楽しかったし、働いている間だけは雑渡さんを忘れることができた。
眠る前に携帯を見ると、必ず雑渡さんからメールが届いていた。嬉しいような、困ったような気持ちで見ていたけど、1ヶ月ぐらい経つと届かなくなった。そして更に1ヶ月が経ち、桜が緑に染まり始めた。私の心の雑渡さんはまだ思い出にはならないけど、前より心は軽くなっていた。
そんな矢先だった。お店にマスターが来たのは。マスターは私がお店で働いていることをどこかから聞き付けたようで、私を見ても大して驚いてはいなかった。
「無断で転職、か?」
「…ごめんなさい」
「まぁ、そのへんのことは後でいい。それよりも、雑渡が物凄く探していたぞ」
「過去形ですか…」
「そうだ。今は探したくても探せない状況にある」
「…?」
「雑渡が倒れた」
すうっと爪先から血の気が引いていくのが分かった。雑渡さんが、倒れた?
無表情のマスターからは雑渡さんの病状が何一つ読めなくて、益々目眩がした。
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