なまえちゃんと一緒に暮らすようになって何年かが経った。縁結びで有名な神社で結婚式も挙げたし、私が入るには申し訳ないくらい有名なジュエリーショップで指輪も買った。大切そうに毎日つけて仕事に行ってくれるなまえちゃんが本当に大切だったし、本当に幸せだった。このまま二人でいつまでも生きていきたいって、そう思っていた。
だから、なまえちゃんが嬉しそうに話をするのを聞いてあまりうまく反応できなかった。おかしい、避妊はちゃんとしたはずなのに…とかなまえちゃんはきっといいお母さんになるんだろうなぁ…とか、あまり現実とは向き合えていなかった。そんな様子を察してか、なまえちゃんは不安そうに尋ねてきた。


「もしかして、嬉しくないですか?」

「そんなことはないよ?だって、なまえちゃんの子供だもの。可愛くないはずがないでしょ」

「…貴方の子供ですよ?」

「うん。というか、そこを疑ったりはしてないよ」


なまえちゃんとは朝から晩まで一緒なのだし、浮気をするとは到底思えなかった。節穴の私の目ですら、確信して言える。だって、なまえちゃんはいい子だもの。
ただ、子供ができて嬉しいのかと問われれば即答できないのも本音だった。だって、私のような中途半端な男が子供を育てられるとは到底思えないもの。不安な気持ちを私はなまえちゃんではなく、友人に吐露した。いや、むしろなまえちゃんから話を聞いた友人が気を利かせてなまえちゃんがいないタイミングを見て話しかけてきてくれたというか。どちらにしても照星には私の胸の内が分かっているようだった。そして、とても呆れているように見えた。


「そんなもの、育ててみなければ分かるまい」

「…だって、もし愛情が持てなければ子供が可哀想でしょう。私のように社会から隔離された幼少期を送るかもしれない。そんな不幸な子供を増やすことを私が自ら望むなんてできるはずがない」

「では、堕ろせと?」

「そういうわけじゃ…あぁ、そういうことになるのか。それはそれで可哀想というか…」

「初めから完璧な親などいないだろう」

「なまえちゃんと同じくらい子供を大切にすることが私にはできる気がしない」


母のようになってしまうかもしれない。そうしたら、自分と同じ境遇を辿ってしまう。別段、私は自分の生い立ちが不幸だとは思ったことはない。だけど、他が羨ましいと思ったことがないわけではなかった。それを人は惨めだと思うのだろうか。
だけど、なまえちゃんには可哀想なことをしているという自覚があった。本当なら一緒に喜んであげるべきなのだろうという気持ちもあった。なまえちゃんにはこんな情けない気持ちを伝えるなんて出来ない。だって、きっとなまえちゃんは私から離れていってしまうもの。


「お前、さては自分が男前だとでも思っているな」

「…思ってないよ、そんなこと」

「では何故、格好つける?お前が大したことない人間だということくらい、もうバレているぞ」

「だから余計に悪いところを見せたくないの」

「お前、何度同じことを繰り返す気だ。偽りで固めた愛情では長続きしないとまだ分からないのか」

「分かってるよ…だけど…」

「もう帰れ。で、ちゃんと話し合え」

「…そういえば、なまえちゃん遅いね」

「あぁ、体調が優れないとかで帰ったからな」

「えっ…」


何でそんな大切なことを言わない。照星なんかと話をしている場合ではないじゃない。
私は慌てて帰宅した。どうしよう、何処が悪いんだろうか。ぐったりとソファで横になっているなまえちゃんの手を握りしめると、力なくなまえちゃんは微笑んでくれた。そして、慌てふためく私に悲しそうとも淋しそうともとれる顔で言った。


「大丈夫、悪阻だから」

「悪阻…」

「ねぇ、私に子供を産んでほしくないんでしょ?その理由を聞いてもいいですか?」

「…本当、くだらないことなんだ。だけど、どうしても私には自分が父親として振る舞う自信がない」


口から出た声は自分が思っていたよりもずっと小さくて、だけど、静かな部屋に響き渡った。
なまえちゃんは苦笑した。


「大丈夫、ちゃんとあなたは子供の幸せを考えているじゃない。私よりも親らしいですよ?」

「そんなこと…」

「私たちは完璧じゃない。だから、二人でこの子を育てていくんです。間違ったっていい、少しずつ二人で親になっていきましょう?」

「…本当、なまえちゃんって大人だね。私よりもずっと。なまえちゃんはいいお母さんになるよ」


それに比べて私は幼い。だけど、こんな私でも親になる資格があるのだろうか。もしもあるとするのなら、なまえちゃんと一緒に子供を育ててみてもいいだろうか。私が間違ったら正してくれるだろうか。
結論から言えば、子供はこんな見た目の私にもとても懐いてくれた。近所では有名なイクメンとして公園に堂々と君臨できるようになったし、また新たな命がなまえちゃんに宿っている。だけど、息子の寝顔を見ていて思う。この何の心配もしていない安らかな寝顔を私は生涯守らなければならないのだ、と。この幸せを壊すことは容易くできる。だからこそ、私は正しい道を選択し続けなければならない。


「また気負ってる」

「例え一瞬であったとしても、この子が生まれてくることに不安を覚えてしまったことは罪だから」

「本当、素敵なパパですね」


茶化すように笑うなまえちゃんと同じくらい大切な我が子の頬を撫でて隣で眠りにつく。言うまでもなく、私の心配は杞憂であったし、私は子供が生まれる前以上に幸せだった。
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