「おい貴様っ!ここで何をしている!?」

「ぎゃっ!?お、鬼さん…」

「あぁ、何だ、なまえさんでしたか」


鬼さんは、ふわりと優しく笑ってくれた。ちょっと怖かった。多分、海賊としての鬼さんはこんな感じなんだろうな。
ごそごそと食料を漁っていた私を見て、鬼さんはお腹が空いたんですね?と笑ってとても美味しいご飯を作ってくれた。恥ずかしいけど私はもしゃりと食べた。それを鬼さんは、笑いながら見ている。


「うまそうに食いますね」

「美味しいですから」

「恐縮です。作り甲斐がありますよ」

「鬼さんて、いいお嫁さんになりそう」

「お嫁さん?私が?」

「料理の他に掃除も洗濯もうまいし…」

「まぁ、なまえさんよりは」

「あ、酷い」

「冗談ですよ」


鬼さんはそう言って笑ってくれたけど、事実私は家事が苦手だった。薬師として兵庫水軍に雇われているけど、私ができる家事は悲しいかなゼロに等しかった。
大概の家事は鬼さんがこなしている。それを見るたびに私は鬼さんはいいお嫁さんになるだろうなぁと思っていたのだ。


「いい嫁と言われても複雑ですね」

「そうですか?」

「一応、男なんで。なまえさんの方がいい嫁になれると思いますよ」

「えー。無理ですよ」

「何故です?」

「家事なんて苦手だもの」

「そんなもの、夫にやらせればいいんですよ」

「では私は何を?」

「ただ、夫の側にさえいればいいのです」

「?」


主婦の仕事を旦那にしてもらうということは、私は何をすればいいのだろうか。
というか家事のできない嫁の何がいい嫁なのだろう。全くの役たたずなのに。さっぱり分からないという顔をしている私を見て、鬼さんは笑いながら言った。


「なまえさんが笑って出迎えてくれるだけで明日も頑張ろうという気になれますよ。妻としてとても大切な仕事です」

「そんなもんですかね」

「少なくても海賊はみんなそうですよ」

「鬼さんが兵庫水軍の妻みたいなものですしねぇ。んー…じゃあ、兵庫水軍で私は相手を見付けなきゃなんですかねぇ…」

「なまえさんは好きな人はいないんですか?」

「今のところは…」

「そうですか。では私に是非、立候補させて下さい。あ、食器洗いますね」

「ありがとうございます」


鬼さんは食器をカチャカチャと洗ってくれた。鬼さんの背中を見つめながら、ぼんやりとさっき言われたことを考える。
そうだなぁ、兵庫水軍と結婚か。鬼さんも立候補してくれたし……立候補?え?


「あ、あの…」

「どうぞ、お茶です。熱いですよ」

「ありがとうございます…って。鬼さん!りっ、立候補って何ですか?」

「駄目ですか?」

「えー…えー?」

「私には夢があります」

「はい?」

「もっと強くなって、海賊としてお頭をもっと支えていきたいんです」

「もっと、ですか」

「ええ。で、帰ったらいつも優しく私を迎えてくれる人がいてくれて」

「ふむふむ」

「願わくはそれがなまえさんであればいいな、とずっと思ってました」

「なるほど…って、熱!」

「だから言ったのに」


冷やしましょうね、と鬼さんは濡れた手拭いを手に当ててくれた。もしかして告白…でなく、求婚されてるんだろうか。その割に鬼さんは冷静で、さも他人事のように話をしている。私は私でどこか現実味のない話に困惑するばかりだった。


「まぁ、無理にとは言いませんが」

「本気ですか…?」

「こんな嘘を私が言うとでも思いますか?」

「思いません、けど…」

「けど、何ですか?」

「鬼さんが私のことを好きでいてくれるなんて予想だにしていなかったので…」

「なるほど…。結構前からですけどね」

「そうなんですか?」

「私は好きでもない女に飯なんかこんな時間にわざわざ作りませんよ?」

「うー…」


鬼さんはふわりと笑って、ずずずっとお茶を飲んだ。好きと言われて妙に鬼さんを男として意識している自分がいる。ましてや、その人は私が家事ができないことを知っていて。それでも私でもいいと言ってくれている。こんな都合のいいことがあるのだろうか。いや、ないよ。


「鬼さん…」

「はい」

「本当に私なんかでもいいんですか?」

「違います。私はなまえさんがいいんですよ」

「うひゃ…」

「私の嫁になっていただけませんか?」

「……はい」


よかった、と言って鬼さんは笑った。あぁ、私はこの人のお嫁さんになったのか。当然まだ全然実感はないんだけど。
何年経っても相変わらず私は家事はできない。旦那が、鬼さんが全部やってくれる。少しずつ手伝うようにはなったけれど、うまいとはお世辞でも言えない。ただ、鬼さんが望む通り、私は鬼さんが海から戻ってきたら、陸酔いの薬と桶を持って一番に迎えにいくようになった。
弱々しく私の名を呼ぶ笑う鬼さんの背中をさすりながら、私はいい嫁…もとい、いい旦那様がいて幸せだなぁと思った。
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