この世に生を受けて早25年。幼ない頃からこの海に慣れ親しんで暮らしてきた。やがて陸に酔うようになり、私は町に出かけることさえ難しくなってしまった。
世の女性というのは、やはり町で恋仲の男と会いたいだろうが私にはできない。それどころか、会いたいと望まれても彼女の家に会いに行くことさえ適わない。
そんな私を受け入れてくれたなまえさんは私にとって、本当に大切な女性だった。でも、そんなにも心優しいなまえさんが他の男の注目を受けないはずがなかった。
それはそれは嫉妬した。でも我慢した。なまえさんを失いたくはなくて、堪えた。初めは身を引き裂かれるほどに辛かったが、時が経つにつれて落ち着いてきた。
そう、落ち着いていた。だから、このままなまえさんとうまくいくと思っていた。ところが恋愛感情とは、そんなに甘いものではないのだと私は思い知らされた。


「でね。ミヨさんが…」

「…はい」

「ちょっと。聞いてる?」

「聞いてますよ」

「む。反応が薄いなぁ…」

「そうですか?」

「もういい。あ、義丸ー」


なまえさんに私が適当に相槌を打っていたら、義丸のところに行かれてしまった。


何故、好きな女の人の口から他の男の名前を聞かなければいけないんだろうか。もう堪えきれないと思った。だけど、彼女と別れれば心が安らぐとも思えない。
視界にチラチラと入るなまえさんと義丸の楽しそうな顔に遂に私は限界に達した。


「なまえさん!」

「うん?」

「話があります!」

「え、何…」


呆けるなまえさんを強引に引っ張って、自室に連れていった。義丸は笑っている。義丸は私の醜い心を全て見透かしているだろう。義丸は無駄に慣れているから。
自分の感情が抑えきれないほど誰かに向けて怒ったのは久しぶりのことだった。しかも女性であり、ましてや自分のお慕いしている方。力で解決などできない。


「鬼蜘蛛丸…?」

「………」

「どうし…ぅひゃぁ!?」

「なまえさん、静かに」

「な、な…」

「まだ昼間ですよ?」

「じゃあ、触らないでよ…」

「あなたは私のものだ」

「へぇっ!?」

「誰にも、誰にも渡さない」


不器用な自分が彼女に想いを伝えることは難しい。恋愛が駆け引きなら負ける。
だから、私は自分のしたいようにした。彼女の柔らかな身体を強く抱き締めて、白くて綺麗な首筋にそっと唇を寄せる。白い肌にいとも簡単に赤い痕がついた。まるで、雪原に落ちたツバキのようだ。あまりに綺麗で思わず見とれてしまう。なまえさんは私の女だ。誰にも渡さない。


「鬼蜘蛛丸さ…っ」

「なまえさん、こっち向いて下さい」

「ふ…っ」


唇を吸って、舌を絡めた。私はなまえさんを離さない、離せない。失いたくない。そっと着物の合間から手を滑らせると、なまえさんは驚いたように体を退けた。
逃がさないように慌てて組み敷いて、また唇を吸うと甘美な声をあげてくれた。


「ふ、ぁっ…」

「なまえさん、かわいい…」

「なぁっ、ぁ」

「あまり嫉妬させないで下さい」

「嫉妬…していたの?」

「私だって嫉妬ぐらいしますよ」

「意外ですね…」

「そうですか?」

「私に興味ないと思っていた」

「何故?」

「あまり構ってくれないし…」

「…緊張しているんですよ」

「緊張?」

「恥ずかしながら、なまえさん以外の女性とあまり関わったことがないので…」

「え。遊び人かと思ってた」

「何でですか…」


遊び人だなんて義丸じゃあるまいし…。
どうやら私が町まで会いに行かないのは愛情がないからだと思っていたらしい。すぐ私が不機嫌そうな顔をする理由が嫉妬をしているとは思わなかったようだ。


「私はなまえさんが好きですよ」

「ん…っ」

「だから、私以外の男のことを考えられないぐらい、私を好きになって下さい」

「ちょ、待…」

「今まで散々あいつらと仲良くした分のお仕置きです。私、嫉妬深いんですよ」

「ひゃぁ…っ」


なまえさんの赤い顔を見て、本当はもうそんなに怒ってはいなかったけど、嫉妬を理由に続行した。多分、ほとんど勢い。
ほんのりと頬を赤く染めたなまえさんの髪を撫でながら抱き寄せると、髪からふわりと柔らかな心地のいいにおいがした。


「なまえさん、いい香りがする」

「あぁ、網問くんから香をもらったの」

「網問…から?」

「うん。南蛮の…あ、嘘!嘘だから!」

「もう聞いちゃいました。網問がね…」

「嘘!う、そっ…」

「私を煽るのがうまい方ですね」

「うそー!ぃ、あ」


そんなに私を嫉妬に駆らせたいのだろうか。男から貰い物なんていただけない。ぎゅっとなまえさんの腕を押さえて首筋が真っ赤になるほどに自分の印をつけた。
なまえさんは私のだ。誰にもやるもんか。なまえさんの瞳には私だけ映っていればいい。夢にまで見るほどに愛してほしい。
上下関係が逆転したこの日、なまえさんは夜更けまで立ち上がることはなかった。
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