day.01


「見合いをまた断られたそうで」

「おや、情報が早いね」

「はぁ…そろそろ身を固めて下さい」

「ふ…私のような外見の男と生を共に出来るだけの覚悟のある女など、この世にはいないだろう。私は独り身で構わない」


私がそう言うと陣内はまた溜め息を吐いた。お前は妻も子もいるから安易にそのような戯れ事を言えるのだ。他人と共に生活をするだけの信頼を寄せられる妻と見合いだとしても出会えたことは幸運なことだろう。だが、私には無理だ。そもそも、他人と生活を共にするなど苦痛でしかない。
それでも、私とて若かりし頃は見合いをしたし、婚約もしていた。なのに、いい歳になったというのに未だに独り身だ。
周りから推されて見合いをした女とは一緒にいても何一つ感情が動かなかった。それでも、城のため、子を残すためだと思って婚約した。その女を抱いたことも当然あるし、それらしい言葉を並べたりもしてやった。自分を偽って。相手もそれに気付いていたのか、それとも、はなから私のことなど好いてもいなかったのか。いずれにしても、私が怪我を負うとあっさりと離れていった。それでも、婚約が破談となって安心した。その程度の女なんかと生を共になどしたくもない。
どこかに私だけを見てくれ、愛してくれる女がいるのだろうか。この血に染まった手を握り、潰れた目元に唇を寄せ、爛れて硬くなった皮膚を撫でてくれるような、強い女が。陣内と別れてから、そんな可笑しなことを考える。いるはずがない、そんな女。例えいたとして、そんな奇特な女など私自身が好きにはなれやしない。私には他人を愛することも、愛されることも不可能だ。だが、それでいい。その方が気楽に生きることが出来る。この命など、いつ尽きても構わない。
任務を終えたことだし、と花街に行こうとしたが、覚えのない気配を感じて偵察に行く。見窄らしい格好をした女が迷っているようだった。見覚えはないし、この里の人間ではないことが分かる。といっても、里を襲いに来た風ではない。どう見ても、ただの町娘だ。それも、まだ幼い。


「こんな所で何をしている」

「ひぇ…ざ、雑渡昆奈門…」

「ほぉ。私の名を知っているということはお前、忍びか」


私の名を知っているということは、この女は恐らく忍びなのだろう。そして、私もしくはタソガレドキ城の誰かに接触しようとしている。誰であろうとも構わない。殿から部外者が来るという話は聞いていないし、殺しても構わないだろう。
私が刀に手を掛け、一歩踏み込むと女は顔を引き攣らせた。この場で私に殺されると分かったのだろう。よくも無駄な仕事を増やしてくれたな。人を殺めるというのはなかなかに疲れることだというのに。
女は後退りしながら何と言おうか考えている風だった。愚かな女だ。どう言い訳しようとも、部外者をこの里に入れるわけにはいかない。この里には何百人もの人間が暮らしている。他を寄せつければ、それだけ危険が伴う。だから里の人間同士で見合いをし、子を成していっているのだ。例えこの女がこの城の誰かと恋仲であり、誰かと逢瀬の約束事をしていたのだとしても私は忍び組頭として危険因子を排除する必要がある。全くもって損な役割だ。それでも、やらないと。


「私に見つかったことが不運だったと思え」

「あのっ…」

「言い訳など要らない。死ね」

「ずっと好きでした!」

「…は?」

「付き合って下さい!」

「ほぉ…」

「お願いします。私は雑渡様のお側にいたいんです!」


咄嗟のこととはいえ、これは面白い嘘を吐く女だ。この私の女になりたいなどと愚かなことを…と女を睨む。
背丈や顔立ちから察するに、まだ幼いのであろう女は震えていた。なのに、双眸は私をじっと捉えている。目を逸らそうとは決してしなかった。この女は度胸はあるようだ。だが、酷く愚かだと思った。仮にも忍び組頭である私に色を使おうとは。ましてや、この風貌で。
私も舐められたものだ。こんな下手な術を使ってまで飛び込んでこられるとは。どこから派遣された忍びか知らないが、捨て駒だとしても、もう少しやり方というものがあろうに。


「ふむ…そう、お前、名は?」

「なまえです…」

「そう。では、なまえ。お前は覚悟があると言うんだね?」

「か、覚悟とは?」

「この私の女になるということは、当然危険に晒される。私はお前など護ってやる気は毛頭ないし、大切になどする気もない。そうだな…私の欲の発散相手にでもなるだろう」


だから、諦めて逃げなさい。そして、二度と近寄るな。こんな女などと関わること自体が不快だ。
わざとらしくいやらしい顔で笑い掛けると、なまえは怯むことなく私の言葉を受け入れたような素振りを見せた。無理矢理作った笑顔を向けてくるのだから、大したものだ。それでも、本当は逃げ出したいのだろう。周りを見渡して退路を得ようとしていた。だが、私からそう簡単に生きて逃げられないことを理解しているからか、武器を手にすることもなく私に手を伸ばしてきた。この酷く不自然な行動に違和感を覚えた。私のことが恐ろしいくせに、まるで私に縋るように伸ばされた手を思い切り叩いて払う。言いようのない恐怖を感じた。それは行動と表情がこうも合致していないからなのか、それとも、私をまるで受け入れようとした素振りを見せてきたからなのかは分からない。分からないが、このまま関わることは危険だと本能が騒いだ。なのに、どうしようもなく興味を持ってしまった。この愚かしい女は一体どこまで私の側にいられるのか試してやりたくなってしまったのだ。
なまえに乱雑に口付ける。唇を喰んでやると、慣れているのだろう、なまえは吐息を漏らしながら安堵したように私に身を任せてきた。その行動が不快で、唇を噛んでやる。まさか噛まれるなどとは微塵も思っていなかったのだろう、なまえは血が滴った口元を着物で押さえながら一歩後ろへと下がった。その姿があまりにも滑稽で、思わず笑ってしまう。


「この私の側にどこまで居られるか見ものだ。面白い、私の女にしてやろう。ただし、寝首を掻こうなどと無駄なことを考えるな。お前の命は私が握っている。それを忘れるな」

「は、はい…ありがとうございます」

「さて…丁度いい。私も帰るところだ。茶屋にでも寄ろうか」


なまえの肩を抱くと、分かりやすく震えていた。これから私にどんな風に遊ばれるのか分かったのだろう。下手をすれば、散々犯された上に床で殺されるかもしれない。それは女にとっては言いようのない恐怖なことだろう。
さて、この女はどう出るのだろうかと思って顔を覗くと、覚悟を決めたような顔をしていた。逃げ出すかと思い提案したに過ぎなかったのだが、流れ的にはなまえを抱かないわけにもいかなくなってしまった。まぁ、どうせ女を買いに街に行くつもりではあったのだ。相手が得体の知れない忍びに変わったというだけのことだろう、と茶屋でなまえを組み敷く。


「これはまた、貧相な身体だな」

「も、申し訳ありません…」

「ふ…たまには嗜好を変えるというのも乙なものだ」


なまえの身体は酷く痩せていた。飯をあまり食っていないのだろう。どういう意図で私に近付いてきたのか知らないが、こんな貧相な身体でよく私を落とすことが出来ると思ったものだ。そして、タソガレドキ城は今はそんなにも知りたいと思わせるような情報は持っていない。この女は何をしに単身で乗り込んできたのだろうか。理解に苦しむ。
なまえは男に抱かれることに慣れているようだった。ただ、もっと房中術に長けた女などいくらでも知っている。この中途半端な、本当に私に抱かれにきたかのような反応が奇妙だと思った。そしてまた、面白いと思った。優しげもなく挿れたというのに、まるで私を全身で受け入れようとする様に益々興味が湧いた。この場で殺してやろうと思っていたが、もう少し泳がせてみてもいいかもしれないと思うほどに。


「ふ…これはまた随分と面白い女が手に入ったものだ。お陰でしばらくは退屈せずに済みそうだよ」

「雑渡…様…っ」

「あぁ、そうだ。雑渡様なんて仰々しい呼び方はしなくてもいい。私のことは気安く名前で呼んでもらって構わない」

「…では、雑渡さん?」

「く、くくく…そこは普通、名前だろう」


本当にこの女は愚かなのだろう。媚びを売る相手を名字で呼ぼうとする奴があるか。なまえは忍びとしては三流以下なのだろう。男に抱かれることには慣れているというのに、男の相手をすることにはこうも慣れていないとは。
いい玩具が舞い込んできたものだ、となまえを打ち付ける。なまえは縋るように私の名を呼びながら喘いでいた。


「は…っ、お前、まさか感じているの?」

「気持ち…いっ、で…すっ」

「ふ、ふふふ…っ、いいね、お前…っ」


房中術を仕掛けておきながら己が感じてどうする。何と己の欲に忠実で、愚かな女なのだろうと思った。だが、面白い。この忍びらしくもない反応が逆に私を興奮させた。
事後、快感のあまりに動けなくなっているなまえを見ながら着物を羽織る。私のような醜い男に犯されるように抱かれておきながら絶頂を迎えられるとは大したものだ。いつ殺されてもおかしくないという状況下でここまで私に身を任せ、性欲に溺れるとは何と命知らずなことか。これが私の部下でなくてよかったと心から思った。こんな忍びとして使いものにならない女が部下だった日には目も当てられない。
さて、この後どうするか…と空を仰ぎ見ると、天井裏に気配を感じた。だが、敵襲ではないことが分かり、溜め息が出た。陣内がわざわざ私を迎えに来たということは、何かしらの問題が発生したか、殿から召集がかかったのだろう。一息つく暇も与えてはもらえないとは、殿も人使いの荒いことだ。


「なまえ、私はもう行く」

「へ、あ、はい…」

「明日もお前が今日、突っ立っていた所に来い」

「…え?」

「お前は私の女なのだろう?いいな、必ず来い」


今日みたく抱いてやるから、となまえに口付けてから外に出る。熱を帯びた身体に夜風が心地よかった。
月を眺めていると、陣内が意外そうな顔をしていた。なまえを町娘だと思っているのだろう。私が商売女以外を相手にしていることに驚きを隠せていなかった。私がなまえに慕情を募らせているとでも考えているのだろうが、生憎そんな関係性ではない。そして、そんな関係性には私たちはなれない。なまえは私を好いてはいないし、私もなまえを好いてはいない。あれは殺そうと思えばいつでも迷いなく殺せる程度の愚かな女だ。あんな女では私の心を動かすことは不可能だ。


「失礼ながら、あの少女はどなたですか?」

「あぁ。あれは私の玩具だ。名など知らなくていい」

「…左様で」

「で?殿は何て?」

「戦のご相談かと」

「はぁー、本当、好きだねぇ」

「ええ。しかし、その野心が殿のいい所でもありますので」

「そうだね」


このタソガレドキ領地を拡大していくことは殿の目標であり、そしてまた私の夢でもあった。私はあの方のために生きている。死の淵にあった私を見捨てることなく手厚い医療と莫大な資金を提供して下さり、私に心を許して下さった殿は私の恩人であり、そしてまた、私の命を握っておられる。私は殿のためならば命を賭けられる。あのお方のために私は死ぬ。蘇ってからはずっとそう決めている。
だから私は妻を娶らない。私を受け入れられる女がいないように、私が受け入れられる女もいない。それが悲しいことだと言う輩もいるが、私はそうは思わない。適度に遊び、適度に生きることの何が悪い。失うくらいなら、大切なものなど必要がない。思い入れるものなど邪魔でしかない。
それでも、いつまで待つか分からないが、愚かしい玩具が手に入った。明日はあの玩具とどう遊ぶか考えるだけで楽しみで仕方がない。貧相な身体付きではあったが、なかなかに膣の具合もよかった。愚かではあるが、いい玩具を拾ったものだと思わず私が笑うと、陣内は訝しげに私をじっと見ていた。この時、長い付き合いのある陣内は分かっていたのかもしれない。この後、私がなまえに溺れることになることを。
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