day.30
ゆっくりと、だけど確実に獲物に近付く。息を潜め、瞬きすることも忘れるほど集中して間合いを取り、一瞬で仕留めるとなまえは感嘆の声をあげた。まだもがき苦しんでいるところを竹串で仕留め、炎にそのままかざしてやる。あぁ、もうそろそろいいかな。流石にこんなには食えない。
家から持ってきた塩を降ると、鮎から出た脂と共に光に反射して食欲をそそられる。旬には少し早いが、美味そうだ。
「もういいか。食うぞ」
「美味しそう。いただきます」
「熱いから気を付けろ」
「はい…熱っ!」
「だから言っただろう」
愚かな…となまえの手を見たが、特に赤くもなっていなくて安堵した。火傷というのはなかなか辛い怪我だから。
手拭いで串を巻いてやりながら手渡す。まるで子供に対してやるようなことをしているものだ。何というか、もう少しちゃんとして欲しい。いずれ私の子を孕むことになるのだ、いつまでも子供のままでは困る。それとも、母親となればなまえもしっかりとするのだろうか。それはそれで寂しいものがあると思ってしまった。これはこれで愛らしいのだから。
「しかし、雑渡さんは凄いですね」
「なにが」
「まさか素手で魚を捕るとは」
「あぁ。釣りのようにゆっくりとした狩りは性に合わない」
「凄いなぁ、私にも出来るかな」
「無理じゃない?」
「む…やってみないと分からないじゃないですか」
「やらずとも分かることだ」
お前のような鈍臭い女が魚など掴めるものかと嘲笑うと、なまえは立ち上がり、徐ろに川に飛び込んだ。思わず驚いて魚を落とす。まさかとは思うが、泳いで捕まえる気なのだろうか。それも、着物を着たままで。着物を着たまま泳ぐことは余程の手慣れでなければ難しいことだ。どう見ても泳げそうもない女だと思っていたが、私の思い違いか。
さて、どうなるのかと見ていたが、なかなかなまえが浮かんでこない。まさか、こんなにも潜っていられるのだろうか。これもまた意外なことだ…と見ていたが、流石におかしくはないだろうかと水面に近付くと、なまえが沈んでいた。潜っているのではなく、沈んでいる。慌ててなまえを引き上げる。
「は…いや、えっ!?」
「ごほ…っ」
「お前、泳げるのではないの?」
「実はカナヅチでして…」
「はぁ!?」
「まさか、あんなに深いとは…」
深い?私の膝までもない深さの川だというのに。おまけに、泳げもしないくせに勇ましく飛び込んだというのか?
あまりにも理解出来ないことが続けて起きたから、呆然としてしまった。何と愚かな女なのだろうか。出来もしないくせに意地を張って飛び込むな。私が気付かなければ、死んでいたかもしれない。そう思うと背筋がヒヤリとした。予想に反した行動を取る女だと思っていたが、まさかここまでとは。