day.12


「組頭、いかがされましたか?」

「いや、別に…」

「何かご予定がおありで?」

「んー…」


予定があるといえばある。それも、逢瀬の。逢瀬といっても、私となまえは恋仲と呼ぶには少し歪な関係だった。私が毎日会いに来いと言えば、律儀にも毎日来た。それも、私に抱かれるためだけに。どこかに出掛けることもなければ、優しい言葉を掛けることもない。なまえは私を慕っていると言うことがあったが、あまり本心だとは思えなかった。
人はすぐに人を裏切る。特に女、それもくノ一のような姑息な手段で男に近付いてくる奴らは誠意など微塵もない。男をからかって、いたぶり、翻弄するだけ翻弄して離れていく。そんな醜い連中が私は大嫌いだった。だから私はなまえの言う甘言は信用していない。それでも、逢瀬を重ねれば重ねるほど私はなまえと会える時間を心待ちにするようになっていた。恋と呼ぶにはあまりにも歪であったが、身体だけの関係性だと断言出来るほど無頓着ではなかった。手離すには惜しいと考えている。かといって、容易に恋仲であるとは言いたくなかった。私がこの歳になってもまだ女の心を求めていると周囲に知られるのは気恥ずかしかったし、女は三禁だから程々にしろと部下に言っている身として、なまえに少なからず恋心に近い想いを抱いているのだとはそう簡単には認めるわけにはいかなかった。私の矜持が許さなかった。
軍事会議などしてみたところで私の意識はなまえに向いていた。だから、今日のところは早々にお開きとなった。
いつもなまえが突っ立っている所へと向かうと、重い足取りでこちらへと歩いてくる女の気配がした。気配を消すどころか足音さえも消さず、何なら気怠そうに近寄ってくるところをみると、間違いなくなまえであるという確信があった。相変わらず忍びらしさのかけらもない女だ。面白い、少しからかってやろうと木に身を隠す。一歩、また一歩とこちらへ足を進めるなまえの前に木から現れて見せると、予想通りなまえは悲鳴をあげた。おおよそ年頃の女とは思えないほど色気のない悲鳴を。そして、これまた予想通り尻餅をつき、呆然としていた。何が起きたのか分かっていなさそうだ。


「おやおや。これはまた随分と色気のない悲鳴だね」

「ざ、雑渡さん…」

「ふ、お前も忍びならこの位のことは…お前、顔をどうした」


情けない顔をしてこちらを見ていたなまえの異変に気付いた。顔が腫れている。おまけに、鼻と口から血が流れた跡があった。よくよく見れば、ご丁寧にも目元に痣まである。任務に失敗して、というよりは、悪意を持って折檻されたかのような見た目だった。
私がまじまじと見ていると、なまえは顔を手で覆った。


「何でもありません。転んでしまっただけです」

「…そう」

「醜い姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした」


そう言ってなまえは踵を返した。足を引き摺りながら山を降りていく姿を見て、無性に腹が立った。どこのどいつだ、私の女をここまで傷付けたのは。これは私のものだ。無闇矢鱈に傷付けていい存在ではない。仮にも女であるなまえの顔を殴り、足を引き摺らなければならないほど折檻した奴を見つけ出し、制裁を与えてやらなければ私の気が済まない。そもそも、なまえもなまえだ。何が転んだ、だ。何が醜い姿、だ。私は一言もそんなことを言っていない。何故、私に頼らない。泣きつかない。たった一言「助けて」と言うだけのことではないか。そう言えばお前を傷付ける奴など私の手で消してやるのに。お前は私の女だろう。なのに何故、隠す。
背後から力一杯抱き締めてやる。誰が私から勝手に離れていいと言った。あぁ、まったく…何もかもが不快だ。


「誰が帰っていいと言った」

「し、しかし…」

「誰が醜いと言った。勝手に決めつけるな」

「も、申し訳ありません…」

「さっきから申し訳ないなどと…まぁ、いい。来なさい」


手を引いて川へと連れて行く。なまえの顔を拭うと、手拭いはあっという間に赤く染まった。さて、ここまで私の女をいたぶったのは誰だろうか。おおよそ検討はついている。なまえが暮らす里の誰かだろう。
忍びの里というのは我が忍軍の里がそうであるように、どこも閉鎖的だろう。機密な情報を抱えることが珍しくなく、そしてまた、裏切りが常であるからだ。少しでも怪しい動きをすれば拷問にかけられるし、身勝手な行動ばかりすれば折檻とまではいかないにしても多少なりとも身を持って己の愚かさを知ってもらうこととなる。それでもタソガレドキの忍軍は私が言うのも何だが、優秀だ。それは幼少の頃より忍びの心得を教え込むからだ。しかし、なまえが所属している里は調べた限り、あまり優秀ではない。一人が任務に失敗すれば、他の者まで危うくなる。だから折檻をされたのだろう。
腹立たしいことだと思いながら顔を拭い、首元を拭っていると、痣だと思っていたものが痣ではないことに気付いた。


「これは…」

「はい?」

「…お前、どこの男に身体を差し出した」

「あぁ、任務で少し…」

「ほぉ…」


やはり、これは男がつけた痕だったか。こんなものを残されるような任務に…あぁ、そう。お前は本当に愚かな女だ。なまえの身体は私のものだ。そう誰かれ構わずに男に差し出すようなものではない。お前は私に聴かせているあの甘美な声を他の男にも聞かせ、この柔らかな肌に触れることを許し、あの言いようのない具合の膣に他の男のモノを挿れることを許したのか。まるで私に抱かれるように、他の男に…
頭に血が急激に昇った。よくも、よくも私を裏切ったな。
なまえの着物を乱雑に剥ぎ取ると、これ見よがしと無数の痕が残されていた。まるで行為を楽しむかのようにつけられた痕など一つ残らず私の手で消し去りたくて、痕の上から噛む。こんな痕など痣となってしまえ。なまえは私に噛まれ、悲鳴をあげた。そこでふと冷静になる。こんなことをしたところでなまえが他の男に抱かれたことは消えない。なまえを傷付けてもきっとなまえは私のこの苛立ちなど理解出来ない。だったら、私のやることは一つだ。なまえを抱いた男をこの手で殺してやろう。里の連中も残らず消してやる。
首筋から滴った血を舐め、そのまま胸元の痕の上から吸う。


「ん…っ、雑渡さ…」

「お前は私の女だ。もう、私のものなんだよ」


無理矢理口付け、苛立ちのままなまえを抱く。縋るように背に回された腕も、熱に浮かされたように私の名を呼ぶ声も、何もかもが他の男に奪われた。許せない。
事後、なまえを抱えて自宅へと連れて行く。お前はもうこの家で暮らすこととなる。暮らす、なんて生ぬるい表現は誤りかもしれない。この家で私だけを見て、私だけに抱かれ、私以外のことなど考えなくてもいい。要は軟禁だ。ここまでするつもりなどなかったが、これは野放しにしてはいけない女だった。なまえは愚かな女だから理解してはいなかったのだろう。「私の女」として生きるとはどういうことかを。


「二刻ほど留守にする」

「へ、あ、はい…」

「お利口に待っていたら、ご褒美をやろう」


なまえに口付けてから、私はまず麓の里に火矢を放った。敵襲だと騒ぎ立てる女どもの前に立つと、全員が後ろへと退いた。こういう時は己の悪名の高さが役に立つ。
手始めに何人か斬り捨てると、里の頭と思われる女が来た。


「ざ、雑渡昆奈門…」

「あぁ。お前が頭?」

「貴様!何故、我が里を襲う!?」

「なまえの今日の任務について教えてもらいたくてね」

「そんなこと言えるはずがないだろう!」


まぁ、そうだろうね。分かるよ、私も忍びだから。任務の内容なんて身内であろうとも漏らしてはいけないことだ。
遠くに逃げ出そうとしている女が見えた。情けない、敵襲があって立ち向かうことや頭を支えることなく逃げようとするとは。この里の程度が知れるというものだ。おまけに随分と貧しそうな里だ。なまえがあんな粗末な着物を纏っている理由が分かる。なまえがあれほど痩せている理由が分かる。なまえは生命が維持できるギリギリのところで踏み止まっていた。そんな暮らししか出来なかった。里に帰れば身体を売って任務に赴き、帰れば折檻された上に大した食事も与えられない。そんな生活をしていたと知らなかったとはいえ、安易に「里に帰れ」などと口にしてしまった自分に腹が立った。
逃げ出そうとしている奴らを一人残らず斬り捨て、背後から襲いかかってきた頭の腕を躊躇いなく斬り落としてやる。


「ぐぁ…っ」

「止血などしても意味はない。お前も殺すのだから」

「何故だ…何故、なまえの任務を知りたがる!?」

「あれは私の女だ。なまえを傷つける奴は誰であろうと許さない。そのように仕向けたのも、どうせお前たちだろう?」


なまえは自分の意思で私の元へと来たわけではないことくらい分かっていた。誰がどのような目的で指示したのかは分からないが、私をあれ程恐れていたのだ。私を好いていないことはもちろんのこと、もう行かなくてもいいと言われれば二度と私には会いに来ないことだろう。そんなこと分かっている。分かっているからこそ、私はあれを閉じ込めておかなければならない。理由はどうあれ、なまえから近付いてきたのだ。そう簡単には手離してなどやるもんか。
残った腕で刀を握り直そうとした様は何とも滑稽だった。この女は腐っても忍びだということか。これは面白い。


「貴様はなまえを好いているということか?」

「さぁ。それを知るのはなまえだけでいい」

「そうか。あの子は本当に雑渡昆奈門を落としたのか…」


感慨深そうに笑う女を見て、少し印象が変わった。この女はなまえを陥れようとした。なまえに折檻して己の鬱憤を晴らした。そう思っていたが、違うのか?少なからずなまえを気に掛けていた。そういうことなのか?
だとしても、私の気は晴れない。私の女を傷付けたことには違いがないのだから。殺すことを迷う必要などない。


「なまえはトフンタケ城の切羽という男の元へ行かせた」

「へぇ?随分とあっさり口を割るね」

「雑渡。なまえのこと甘く見るな。あれは磨けば光る」

「そんなこと、言われずとも知れたことだ」


刀を握った左腕を胸から斬ると女は絶命した。まだ家の中から人の気配がするが、もう斬るのは疲れた。それに、殺さなければならない奴が誰だか分かった以上、ここに長居したところで何の意味もない。
里に火をつけ、トフンタケへと向かう。途中、何人か斬りつけ、切羽と切羽の妻と思わしき女の首をはねてから家へと帰った。一度にこう何人も殺すと、流石に吐き気がする。言いようの罪悪感と嫌悪感で闇に呑まれそうになり、いずれ自分も誰かの手にかかって死ぬこととなるのだろうと覚悟を決めざるを得なくなる。私の取った身勝手な愚行は誰かに許されるものではないし、誰かから許しを請う気もない。認めて欲しいなんて思わない。理解して欲しいなんて思わない。そんなことを考えながら家に入ると、なまえは庭の手入れをしていた。月明かりに照らされながら細い腕を枯れた枝にやる様は何とも儚げであり、見ようによっては美しいと感じた。


「何をしている」

「お庭の手入れを、と思いまして」

「誰がそんなことを頼んだ」

「だけど、あまりに可哀想で」

「可哀想?」

「ええ。これらは美しい花が咲きます。なのに、開花することなく生を終えてしまうというのは、可哀想に思えて…」


花?そんなもの、この家に咲いたことなどあっただろうか。思い起こせば、花など意識して見たことがない。あまり興味がない。その証拠にうちの庭は荒れ放題だった。草が伸び、木の枝は折れている。庭になど一度たりとも足を踏み入れたことさえない。
花が咲かなかったら可哀想?何故だろう。よく分からない。
私も庭へと出ようとなまえに近寄ると、月に照らされて私の姿が露わになったのだろう。なまえは高い悲鳴をあげた。


「お、お怪我は…」

「ない。全て返り血だから案ずるな」

「…任務に行っておられたのですか?」

「さて。どうだろうか」


頭巾を床に投げ捨て、縁側に座って庭を眺める。花というのは弱い生き物だ。手折れば簡単に朽ちる。そのか細い生命力など私の手にかかれば一瞬で失われることだろう。では、なまえはどうだろうか。もちろん、なまえも私が殺そうと思えばいつでも殺せるような女だ。私でなくとも簡単に傷付けられるような、そんな弱い女だ。里の頭は言った。磨けば光る、と。ではなまえを私の手で美しく彩れば、なまえはどんな女になるのだろうか。この庭がボロボロのように、なまえもボロボロだ。庭のようになまえも手入れしてやれば、美しくなるのではないだろうか。私の手によって、か…


「ふぅん…」

「…雑渡さん?」

「これは面白い」


庭だの花だのには興味がないが、なまえを私の手によって私好みのいい女へと成長させるというのもなかなかに趣き深い。実にやり甲斐のあることだし、楽しそうだ。あぁ、私は本当に面白い玩具を手に入れた。
私が笑っていると、なまえは隣に座った。そして、気まずそうに顔に手を添えてきた。特に拒みもせずにされるがままになっていると、顔に巻かれた包帯を解こうとしてきた。


「やめろ。何をする気だ」

「包帯を巻き直しましょう」

「不要だ」

「ですが、汚れています」

「自分では巻ききれない」

「ですから、私がやります。やらせて下さい」

「なまえが?ほぉ、これは見ものだ…」


私の素肌を見ようというのか。そんなこと、出来るはずがないというのに。私自身でも目を覆いたくなるほど醜いこの身体を自ら見ようと懇願するとは愚かなことだ。
案の定、包帯を解いた私の顔を見てなまえは目を逸らした。やはり、な。この世にいるはずがない。この血に染まった手を握り、潰れた目元に唇を寄せ、爛れて硬くなった皮膚を撫でてくれるような女などいるはずがない。心も身体も醜い私を見てくれ、愛してくれる女などいるはずがない。そんなこと分かっている。だから別に傷付いたりしない。なまえも普通の女だった、というだけのことだ。とはいえ、こうも醜い自分をいつまでも晒すというのは私にとっても毒だ。やはりなまえも私を愛してくれる、特別な女ではなかったという事実が心を蝕むから。
私はなまえの身体を手で押して遠ざけた。だが、なまえは私の手を握り締めながら首を振り、また薬を塗り進めてきた。


「…これは驚いた。よく触れるね」

「触れますよ、別に」

「こんな気味の悪い皮膚など私でも触れないよ」

「気味など悪くありません」

「これは実に分かりやすい嘘を吐くものだ」

「嘘ではありません。痛々しく見えて、おつらそうだとは思いますが。これはあなたの努力の証ではありませんか」

「…努力、だと?」

「はい。部下を助け、怪我を負っても鍛錬を積み、こうして任務に就くことが出来ているのは雑渡さんの努力があったからのこと。この火傷は誇ってもよいものだと私は思います」


そう言ってなまえは微笑んだ。なまえの顔は折檻されたことによって腫れている。変色した皮膚、あまり開かない片目。どこからどう見ても綺麗とは程遠い容姿をしているはずだった。なのに、なまえがとても綺麗に見えた。もっと見た目のいい女など五万と知っているはずなのに、これまで見た女の中で一番美しいと感じた。
胸から腹にかけてじわりと熱を帯び、痛いような苦しいような感覚に襲われた。何だ、この感覚は。身体が熱い。息が苦しい。愛しい。なまえが愛しくて愛しくて仕方がない。
もう、いい。もう認めてやろう。私はなまえに心底惚れている。理由をつけては否定し、ただ興味本位で関わっただけの女であると言い聞かせ続けていたが、もういい。私はなまえを恋しいと、愛しいと思っている。私を愛して欲しいと願っている。そんな特別な存在となってしまった。
なまえを押し倒す。きょとん、とした顔をした後、私の顔をなまえはまじまじと見つめてから柔らかな顔で笑った。


「…お前は、人を惑わせる才覚があるようだ」

「私がですか?」

「恐ろしい女だよ、なまえは」


陽が昇ってきて、夜が終わりを告げようとしていた。きっと私は情けない顔をしていたことだろう。下手をしたら、気色の悪いことに頬を赤く染めていたかもしれない。それを隠すようになまえの柔肌に顔を埋め、自分の女なのだと主張するように無数の痕を残した。
この子に好かれたい。私の女というのが単なる私の主張ではなく、本当になって欲しい。私を望み、求めてきて欲しい。
そんなことを考えながら寝ているなまえの髪を撫でる。質の悪い髪だ。上等の櫛で梳かせばいくらか綺麗になるのだろうか。女は櫛を貰えば嬉しいものなのだろうか。少なくとも私なら嬉しくない。生憎、梳くほどの髪もないし。
溜め息を吐いてからなまえの横に寝転ぶ。明日、町に行ってみよう。何かなまえが喜んでくれるような物があればいいのだけど。それを渡せば私の気持ちは少しでも伝わるだろうか。人を殺めたとしてもなまえを護りたいと思っているのだと理解してくれるだろうか。こんな恐ろしい男の側にいてくれるだろうか。退路を絶った上で恋仲になりたいと願ってしまった狡く、そして醜い私を愛してくれるだろうか。そんなことは口が裂けても言うつもりなどない。それでも、どうか理解してはくれないだろうか。そんなことを願いながら、長く険しかった夜に別れを告げ、私も眠りについた。
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