day.20
「組頭、少しよろしいでしょうか」
「何だ」
「ご一緒に住まわれている方はどなたでしょうか?」
流石、長烈。もうなまえのことを嗅ぎつけたか。上手く隠せていたと思っていたのだが。お前は本当に優秀だ、と睨む。
私の家は里から少し離れた所にある。なまえには家から一人で勝手に出るなときつく言いつけてあったから、まだ誰にも知られていないと思っていた。明日、殿に会わせる手筈となっているが、まさか先に長烈にバレてしまうとはね。まぁ、別に構わないと言えば、構わぬのだけど。どのみち、近いうちに部下になまえを紹介するつもりだったのだから。
「あれが誰であるのかなど、既に知っているだろう?」
「正気ですか!?」
「何がだ」
「あれは余所者ですよ!?おまけにくノ一です」
「そうだね」
「まさか、失礼ながらあの娘を娶られるおつもりですか!?」
「そういうことになるだろうか」
「組頭!」
煩いなぁ、陣内じゃあるまいし。小言を長烈に言われる覚えはないし、言われたところで別に気にもしない。
本来であれば、私は城の人間を娶るべきだ。そして、子を成さなければならない。例え私が望んでいなかろうとも、立場をわきまえて、そうすべきだ。だが、この城には生涯を共に出来ると思えるような女は一人もいなかった。だから私は気ままな独り身を謳歌するつもりだった。なまえと夫婦になってもいいと思えたことは奇跡に近い。
長烈の反応は予想とそれほど外れたものではなかったから、別段驚きもしない。外の人間を入れることは決して褒められることではない。部下がそうしたいと言ったなら、私も咎めることだろう。心配しなくとも分かっている、そんなこと。
「あれが万が一、害をなす存在であると判断した時は私が責任を持って始末する。無論、私も責任を負うつもりだ」
「そのようなことを申しているのではありません!」
「では、何だ」
「くノ一がお嫌いだったのではありませんか!?」
「そうだね。嫌いだし、軽蔑している」
「ですのに、何故…」
「あぁ、そうだね。何故だろうか…」
別にくノ一のことが好きになったわけではない。やはり軽蔑している。男を色で惑わせ、いとも簡単に裏切っていく様は人間として軽蔑に値する行為であろう。裏切りが常である忍びでさえも非人道的だと感じる。だが、では忍びは人道的なのかと問われればそうではない。くノ一は心を傷付けるが、忍びは身体を傷付ける。どちらも褒められた行為ではない。要は同族嫌悪というやつなのだろうな。だけど、そのやり方が気に食わない。同じだとは思われたくもない。
で。では何故、なまえのことはいいのかというと、それは私自身が分からなかった。あれも身体を使ってしか任務を全うできない女だ。それこそ、信じられない数の男をたぶらかしてきたことだろう。醜い行為だと思うし、正直なことを言えば受け入れられない。ただ、なまえをもう任務に就かせる気などはない。あれはもう私のものだ。だから、これまでのことに目を瞑って…などと考えられるほど私は寛容な男ではないのだが。理由…理由ねぇ…強いて言えば、そうだなぁ…
「くノ一らしくないから、だろうか」
「…と、いいますと?」
「狡賢さがないというか、愚かというか…」
「そうでしょうね」
「どういう意味だ」
「あの娘は任務を全うしたことがほとんどありません」
「へぇ。目に浮かぶね」
「身体を自ら差し出しておきながら途中で嫌がり、失敗を繰り返しています。あの娘は組頭にとって何一つ利点のない…」
「…嫌がり?どういう意味だ」
「そのままの意味にございます。男に触れられることを嫌がるため場数はあれど経験は乏しいとでも申しましょうか…」
「…へぇ」
そのようには見えなかったが。私に抱かれることを初めから受け入れているかのような、身体の奥底から感じているかのような素振りを見せていたが。もし長烈の言うことが本当だとするならば、これはどういうことか。可能性は二つある。一つは、長烈が嘘を吐いている。もう一つは、なまえは本当に私との行為に酔いしれている。さて、どちらだろうか。長烈があえて嘘を吐く必要性などないことから、後者が有力であろう。仮にそうであるとして、これは喜ぶべきことなのかどうか難しいところだ。いや、男として喜ぶべきことなのだろう。場数だけは踏んでいるのだ、それなりの知識も経験値もあるといえばある。だが、今喜ばしいのはそれではない。
先日、なまえが言った私以外の男との行為は苦痛であったというのは誠であったということだ。あのように乱れた姿を見たのは私だけの可能性がある。あの甘美な喘ぎ声も、身体が疼くような艶のある表情も私以外拝んでいない可能性が出てきた。それどころか、なまえが私を好いているというのも現実味を帯びてくる。あぁ、これは有益な情報を得ることが出来た。勝手に私の女を調べ上げたことを咎めようかと思ったが、見逃してやっても構わない。そう思えるほど高揚した。
「ふ…これは興味深いことを聞いた」
「ですので、お考え直し下さい!どうせ娶るのであれば、もっと優秀なくノ一の方が組頭にとって有益となり…」
「長烈」
「はい」
「私はあれをいずれ娶る」
「組頭!」
「お前はこれ以上、あれに近付くな」
ゆくゆくは私の妻となる女のことをこれ以上勝手に調べることなど許しはしない。あれは私の女だ。なまえの情報など私が自ら得る。私よりも先になまえを知ることなど許さない。
そう言って凄むと、長烈はたじろいだ。私が述べた言葉に恐れ慄いたというだけではなく、私がそのようなことを告げたことに驚いたからだろう。そんなこと、一度たりとも口にしたことはないのだから。なまえといても利益がない?思い違いも甚だしい。あれはこんなにも私に利益をもたらしているというのに。私はあの愚かな女を生かさなければならない。私がいなければ、なまえは生きることが難しくなる。自分の命など惜しくもないと考えていたこの私が、なまえのために生きようとさえ思えている。これはひいてはタソガレドキ城にとっても利益となり得ることだろう。私が鼓舞すれば、お前たちの士気も上がる。お前たちは実に実直な部下だ。私がそうであったように、お前たちもそのように育てられたのだから、致し方がない。案ずるな、私はあれに惚れようとも溺れたりはしない。女を寵愛することはあろうとも、溺愛することは私には不可能だ。深入りしない程度に想いを寄せる。
「あぁ。そうだ、長烈」
「は…」
「あれは私の女だ。間違っても手を出そうとするな」
「そのようなことをするほど飢えてはおりません」
「ふ…それはそれは」
私が女を信じられないように、お前は人を信じられない。だから私がなまえに惹かれたように、お前もなまえに惹かれる可能性がある。あの愚かしくも純粋ななまえは我々のような人間には眩しく見え、灯に虫が寄るように吸い寄せられてしまう。私はその害虫を一匹残らず潰していかなければならない。あの光に寄ってもいいのは私だけだ。出来ることなら、部下をこの手で始末することは避けたいところではある。
訓練を終えて家に帰ると、なまえが満面の笑みで私を出迎えてくれた。今日も顔を煤だらけにしている。あぁ、この様子では今日のところも夕飯に期待は出来そうもないな。
「おかえりなさいませ」
「あぁ。飯は?」
「ふふ…今日は期待して下さい」
「ほぉ?では、頂こうか」
なまえの作る食事はそれはもう酷いものだった。米は炊けない、野菜の皮は剥けない、魚は捌けない。それどころか火を起こせば髪を燃やす始末。別段、食に興味のない私でさえも呆れるものだった。これまではどう生活していたのだと聞けば、里でおこぼれ程度の食事が与えられ、水で腹をふくらませていたとか。これほどまでに痩せ細っているというのも納得出来る。
出された食事に毒の一つでも盛っているのではないかとさえ思わない見た目の夕餉を頂く。昨日はお粥、一昨日は重湯のようであったが、さて今日はどれほどのものだろうか。
「…お、ちゃんと炊けているではないか」
「でしょ?ずっと見張っていたんです」
「ずっと?火の前でずっと見ていたのか」
「はい」
「暇人が…で、これは何だ」
「魚です。焼き魚」
「身はどうした?」
「ほら、これです」
「用意した魚はもう少し大きかったと記憶しているが?」
「ほとんど内臓でした」
「そんなわけあるか。どうせ捌くのを誤ったのだろう」
「う…で、でも、味は美味しいはずですよ?」
原形を留めていない魚らしきものを口にすると、異様に塩気が強い。殺す気か、と言いたくなるような味であったが、米と合わせれば食えないことはなかった。私だから容認出来るものの、他の男なら三行半を叩きつけてもおかしくないことだ。まったく、呆れた女だ。満足にこなせるのは洗濯くらいのものか。こんな女、見たことがない。
無言で箸を進めると、なまえは申し訳なさそうな顔をした。
「冷める前に早く食え」
「も、申し訳ありません…」
「はなから期待していない」
「し、精進します」
「そうだね、そうしなさい」
食を終えてから出された茶を啜る。暗くなってきたから灯りを蝋に灯し、揺れる炎をぼんやりと見つめていると、隣になまえが寄ってきた。忘れないうちに今日、町で受け取ってきた着物を手渡す。羽織らせてみると、淡い色がよく似合っていた。胸元に咲いた一輪の花が美しい。
次に町に行った時には帯紐を貰おうか。それと、帯留もあってもいいかもしれない。それから、手鏡もいるな。せっかくの白い肌が煤にまみれてしまっては勿体無いからな。
「このような上等の品をありがとうございます」
「礼なら弾んでもらうから構わない」
「礼…ですか?私には差し出せるものなど何も…」
「誰が金品を求めた。私は礼としてここを頂く」
「あ…っ」
なまえの脚を開き、唇を寄せる。白い肌に私のものだという印が日に日に増えていく。さて、今日はどう抱いてやろう。
「お、おやめ下さい…」
「んー?」
「折角の着物が汚れてしまいます」
「ならば脱がせるまでだ」
「あ…あ、あぁ…っ」
「そろそろ、ここの具合もよくなってきただろう?」
指先で弄んでやるとなまえは苦しそうな声を出した。初めてここに触れた時と比べて随分と悦ぶようになった。
明日、殿に会わせてから何をしようか。昼間から床に入るというのも悪くはないが、折角だから町にでも行こうか。それとも、川に行って魚を釣るというのも悪くはないな。いや、それとも河原に咲いた花を摘みにでも行こうか。確か、黄色い花が咲いていた。喜ぶことだろう。いや、それとも海へ…
「…雑渡さん」
「どうした」
「私を見て下さい」
「見ているが?」
「上の空ではありませんか」
「行為に没頭しろと言うのか。ならば、容赦はしないが?」
「や…あぁっ」
身体を激しく打ち付け、絶頂へと導く。あぁ、愛しい。何と愛らしい子なのだろうか。本当は誰にも見せたくない。家の奥底に大切にしまっておきたい。柔らかな布で包み、ほんの少しの傷さえも作らせたくない。それが叶うだけの立場にないから、表に出すだけだ。本当は殿にも部下にも会わせたくない。なまえの魅力など私だけが知っていればそれでいい。
事後、なまえの頬を撫でる。ほんの僅かではあるが、血色がよくなってきた。ほんの僅かではあるが、髪艶がよくなり、ほんの僅かではあるが肉付きがよくなってきた。この子はもっと綺麗になる。だから、誰にも奪われないように大切に隠しておきたい。それが叶わぬのなら、この手で護るだけだ。
なまえ、お前は私のものだ。私だけの女だ。誰にも奪わせはしないし、誰にも傷付けさせない。だから私から離れるな。城に連れていけば何かと不要なことを耳にするかもしれない。長烈のように不用意に傷付ける言葉を投げかけられるかもしれない。だけど、何の心配も要らない。お前は私の女だ。好き勝手には言わせないし、万が一にもなまえを傷付けようとする輩が現れた時には私が容赦なく薙ぎ倒してやる。例え、それが殿であろうとも。苦労を掛けるね、と話し掛けるとなまえは薄目を開けた。たかだか二度挿れただけだというのに意識を手放そうとするとは、本当に俗っぽいことだ。
「もう寝なさい。明日も早い」
「ん…抱き締めて下さい」
「どうした。まだ足りなかったか」
「ち、違います!ただ、あなたを感じたいだけです!」
「ほぉ?まだヤリ足りない、と?」
「違います!違いますって…っあ…」
「明日も早いというのに…仕方がない。抱き潰してやろう」
据え膳食わぬは男の恥、と言うしね。誘われてしまっては仕方がない。なまえの小さな身体を抱き締めながら挿れて、奥を擦り付ける。いやらしい息遣いに興奮させられた。指を絡めながら口付けをして、互いに感じていることを確認し合うように目配せをし、一心不乱に腰を振るとなまえはいつものように涙を流しながら痙攣し、悦んだ。
お前のこのいやらしさを知るのは私だけでいい。実に有益な情報を得た。今度長烈に会ったら褒めてやろう。お陰様で、益々なまえに夢中になってしまったよ、と嫌味を添えて。