day.21


圧倒されているかのような反応を示され、予想を反しない女だと呆れた。きょろきょろと周りを見渡しては廊下に飾ってある壺だの甲冑だのを物珍しそうに見ている様はまるで幼子のようだ。緊張しているのが隣を歩いていてはっきりと分かる。もっと普通に歩け、と思わず苦言を呈すると、なまえはより一層緊張してしまった。掛ける言葉を誤ったのだと分かったが、では何と声を掛けるべきであったか。
ジロジロと男女問わず無遠慮な視線を送ってこられた。私が女を連れて城を歩くのは久方ぶりのことだ。今さら女を連れて歩いていても、捕虜を連れているくらいにしか思われないことだろう。まぁ、どう思われてもいいが…と思っていると、色を含んだ視線をなまえに送っている者がいることに気付いた。私が側を離れれば物影に連れ込みそうなほどいやらしい目をしている足軽を睨み付ける。これはお前が気安く触れていいような安い女ではない。それともこの私から奪おうとでも言うのか。勘違いも甚だしいことだ。身の程を知れ。


「ひぇ…っ」

「ん?」

「何故、殺気立っているのですか?」

「あぁ。気にしなくていい」


これ見よがしとなまえの腰を抱くと視線はよりいっそう下世話なものになった。時折、下女が悲鳴をあげているのが聞こえる。鬱陶しいことだ、誰がお前など相手にするか。
殿がいるであろう部屋の襖に向かって短く来たことを告げると、謁見を許された。襖を開け、一礼するとつられたようになまえは慌てて頭を下げた。並んで座ってもなお頭を上げられていないなまえの肩を抱くと、殿は物珍しいものを見たかのように笑った。まぁ、予想通りの反応である。


「ほぉ。これがお前の女か」

「はい」

「意外な女を連れているな。まだ生娘に見える」

「ふ…これでいて、なかなか良い物を所持しておりますよ」

「そうか。それは末恐ろしいことよ」

「そうですね」


なまえの首筋に見える痕を見て、私がどのようになまえを抱いているのか分かったのだろう。おかしそうに笑った。
女を自分だけのものにしたいと思ったのも、誰にも渡したくないと思ったのも初めてのことだった。誰に会わせても確実に側に男がいるのだと知らしめるためにつけた痕の数はおびただしい。それこそ、首筋から爪先までしっかりと残されている。脱けば執拗に求められているのだと嫌でも分かるほどだ。私以外に見せることなど決して許しはしないが。


「して、お前はこの娘と暮らすというのだな」

「ええ。一度殿に御謁見をと思いまして」

「いいだろう。お前が惚れた女に儂も興味が湧いた」

「ありがとうございます」

「そんなにも良いというのならば、一度味わいたいものよ」


ザワッと血が騒ぐのが分かった。殿は今、まさかなまえの肌を味わいたいと、そう言ったのか。これは私のだ。殿には数えきれないほどの側室が既にいる。その一人になまえを据えたいとでも言うのか。そんなこと、許さない。例え殿であろうとも譲れはしない。
殺意が滲み出てしまい、あやうく懐から苦無を取り出すところだった。それをしなかったのは、隣にいたなまえが私の着物を掴んだからだ。ハッとしてなまえの顔を見ると、殿の言葉を受け入れているかのような顔をしていた。ふさげるな、お前は私のものだ。誰かれ構わずに身体を差し出すのはもうやめろ。誰であろうとも、なまえに触れることは許さない。


「…殿。そのような冗談を私は好みません」

「ふ、これはまた面白い。益々、興味が湧いた」

「冗談が過ぎますよ」

「愉快なことよ。雑渡、お前にもまだ人の心があったか」

「さて。どうでしょうね」


奥歯を噛み締めながら言葉を紡ぐ。落ち着け、堪えろ。まだ手を出されたわけではない。ただの言葉遊びだ、殺意をしまわないと。必死に笑顔を作り、殺意を隠す。
殿の首を跳ねる前に城から出た。危ないところであった、あのままあの場にいたら漏れ出た殺意に気付いた側近が私の首を跳ねるところだった。無論、無抵抗に跳ねられるような真似はしないが、なまえを護りきることは難しかっただろう。この、すぐに血が昇るのは私のよくない癖だ。普段はひた隠しにしてはいるが、私はあまり感情の操作が上手いとはいえない。殺したいと思えば、身体が勝手に動いていることがある。これはどうすれば治るものなのかねぇ…と思いながら歩いていると、頭上に見知った気配を感じた。上を仰ぎ見ると、その男は意外そうな顔をしていた。そういえば、あいつがなまえを見るのは二度目のことか。一度目は初めてなまえと身体を重ねた時だから、もう一月ほど前になるのか。そう思うと、なかなかに感慨深いことだ。まさか、共に暮らすことになろうとは、あの時は思いもしなかったのだから。


「陣内」

「は。どうされました、このような所で」

「なに、殿になまえを会わせにね」

「…不躾な質問で申し訳ありませんが、こちらは?」

「ふふふ。私の女だよ」

「組頭の…でございますか?」


そう言って陣内は値踏みするかのような目でなまえを見た後、本気かと言わんばかりの目で私を見てきた。長い付き合いのある陣内だからこその反応だろう。若くして婚約者を得た私は、あの女を失ってからは頑なに遊女しか相手にしなかった。どんなに言い寄られようとも、冷たく追い払ってやった。その裏に見える打算的な思惑に酷く興醒めしたからだ。私のことが恐ろしいくせに、組頭の妻となりたいと願うようなつまらない女などこちらから願い下げだ。私を金蔓としか思えないような女を抱く気にもならなければ、時を共にしたいとは思えない。そういう意味では、なまえはかなり特殊だろう。私を利用するために近付いてきたわけではないのだから。まぁ、別に慕って近付いてきたわけでもないのだけど。
あまりにジロジロと見てきたから、流石に不快になって咳払いをすると、陣内は慌てて頭を下げてから溜め息を吐いた。


「…すみません。少し、意外でしたので」

「ふ、そうだろうね。私も予想外のことだ」

「程々になさって下さいね」

「おや。私に忠告をしているつもりなの?」

「これは失礼を致しました」


お前なら知っているだろう?私が女などに溺れるほど愚かではないことを。例え惚れていようとも、不要と判断した時には容赦なく斬り捨てる。私はそういう男だ。ただ、今はなまえの持つ優しさに触れたいだけだ。ただ、それだけだ。節度くらい一応は持っているつもりだ。先程、殿にあのような態度を取ってしまったのも城で不快な想いをしたからに過ぎない。気が立っていただけだ。そうでなければ、説明がつかない。私はなまえを好いていようとも、理性を失うほどは愛していない。大丈夫、ちゃんと弁えている。
陣内はなまえに一礼してから笑い掛けた。すると先程まであんなにも強張った顔をしていたというのに、なまえは嬉しそうに笑った。また、心が騒がしくなる。何故だ。何故、そのような顔を向ける。お前は私にだけ笑い掛けていればいい。本当は私がなまえを安堵させたかった。何も心配しなくていいと、何があっても護ってやるという意味を込めて肩や腰を抱いたが、なまえは安堵するどころかより緊張していた。私にはそんな愛らしい表情は向けてこないくせに、陣内には向けるのか。気に食わない。あぁ、何とも不愉快だ。
家に帰り、頭巾を投げ捨てながら腰を下ろす。なまえに前に座れと目配せをすると、なまえはおずおずと腰を下ろした。


「おい」

「はい」

「お前、私を怒らせてそんなに楽しいか」

「え…っ」


乱雑になまえに口付け、口内を犯しながら着物を乱す。乱れた着物から覗く肌には私がつけた痕がはっきりと残っていた。これは私のものだという所有印だ。身体は確かに私のものであるというのに、心が手に出来ないことに対して言いようのない焦りと憤りを感じる。
なまえは私を慕っていると嘘を吐く。慕っている?ならば何故、他の男に色目を使う。何故、私にあの笑顔を向けてはくれない。私を慕っているというのならば、例えそれが殿であろうとも嫌がるものではないのか。ましてや、想い人である私が隣にいるというのに、それを容認しようとは普通はしないだろう。要は、そういうことだ。なまえは私のことなど微塵も慕ってはいない。里がなくなり、生活する所がなくなったから仕方なくこの場に留まっているだけに過ぎない。その代償として身体を差し出している。そうなのであろう?


「ざ、雑渡さん…」

「お前、何を勘違いしている?」

「勘違い…ですか?」

「お前は私の女だ。誰かれ構わず抱かれようとするな」

「…気付いておられましたか」

「それと。私以外の男に愛想など振り撒く必要はない」

「振り撒いた覚えはありません」

「ほぉ。陣内に随分と思い入れているように見えたが?」

「あぁ、それは…」

「覚えておけ。なまえは私からは逃げられない」


首筋に強く吸い付くと、普段よりも色濃く痕が残った。まるで雪床に落ちる花のようで何とも美しい。これは私だけの女だ。心が得られようが、得られなかろうが手放しはしない。
指先で痕を繋ぐようになぞると、なまえは色のある声をあげた。なまえの目に写る男は私だけでいい。なまえが名を呼ぶのは私だけでいい。これは目を離すと何処へ行くか分からない女だ。今日、それがはっきりと分かった。私はなまえを部下に、里の者に紹介した後は自由に外を歩かせるつもりだった。だが、そんなことはもうさせない。他の男の元へ行ってしまう恐れのある女だ、これは。だから、私が側にいない時は外には出さない。そうだ、そうしよう。情けなど無用だ。


「なまえが身体を許していいのは私だけだ」

「ざ、雑渡さん…」

「私の女になるということは、そういうことだ」

「あ…っ」


着物を捨て去り、なまえの身体を貪るように抱く。本当は連れて行きたい所が山のようにあった。だが、今日はいい。このまま家でなまえの身体が私を欲するようになるまで抱いてやる。あぁ、これだから女は嫌なんだ。すぐに他の男に目移りしてしまう。片時も目を離せない。
乱雑に抱いているというのに、なまえは私に縋るように抱き付いてきた。きゅうっと胸が痛くなる。こんなにも想っているというのに、なまえは私を愛してはくれない。それが切なくて、悔しくて、私は強くなまえの身体を抱き締めた。
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