day.24
木に腰掛け、ぼんやりと遠くを眺める。空に浮かぶ雲は穏やかに流れ、木々から鳥が飛び立っていった。恐ろしいほど穏やかな情景であるというのに、下では部下たちが鍛錬に励んでいる。戦続きだった我が城も今は一時休戦といったところか。言うなれば、暇を持て余している。だが、今はその方がいい。一度戦が始まってしまえば、なまえを残して行かなければならない。流石に、何処にも行くなと言うのは無理がある。食料も水も手に入らなければ死んでしまうのだから。その前に里の者に会わせなければなるまい。嫌だけど。
風の音を楽しんでいると、隣に部下が来た。やれやれ、サボっていたのがバレたか。昔から口煩いからなぁ、陣内は。
「組頭。いかがされましたか?」
「んー…?」
「先日から上の空ですよ」
「あー…」
先日、とは城で陣内と会った時のことか。そうだね、お前の言うことは正しいと言えるだろう。
あの日以来、私はずっとどうすればなまえの心を得られるのか考えていた。どう考えてみても答えなど出ない。それはそうだろう、意中の女を落とした経験など一度たりともないのだから。元より私は色恋沙汰には疎遠だった。だからだろうか、なまえのことがよく分からない。どうすればなまえが喜ぶのかも、好かれるのかも分からないのだ。ことごとく私の思う女が喜びそうなことは失敗に終わっていた。女は俗的な生き物のはずなのに物を贈ってもなびかない。肩を抱くと笑い掛けてはくれるものの、何か違う。私はごく一般的な反応が欲しいわけではない。私を心から求めてきて欲しいのだ。
「…女ってさぁ、何が喜ぶの?」
「は…?」
「どうやったら好かれるんだろうね…」
女は難しい。男など簡単だ。身体を差し出し、ちょっと甘い言葉を掛けながら微笑めばいとも簡単に落ちる。それだけ単純な生き物なのだ、男とは。だからこそ、女の餌食となる。その構図が嫌で女を遠ざけていたからだろうか、女のことがさっぱり分からない。分かることは、女の悦ばせ方くらいのものか。ここをどうしてやれば…とか、そういうことしか分からない。要は性欲を満たしてやることは出来ても、心を満たすことが出来ない。まぁ、技能の程はともかくとして。
私の問いかけに陣内は意外を通り越して、困ったような顔をした。まだ兄貴分であった頃からこんな相談などしたことは一度たりともない。何と答えようか悩んでいる様であった。
「…程々にして下さい、と申しましたが」
「程々にしているさ。恐らく」
「組頭。あなたは彼女のことを本当は…」
「あぁ、小言はいい。今は聞きたくない」
「…では、一つ女性が喜びそうなことをお教えします」
「ほぉ?何だ」
「花です。女性は花を好みます」
「花…ねぇ。それは、その辺の花でいいの?」
「出来るだけ綺麗な花が良いかと」
「例えば?」
「桔梗とか、椿とか…」
「ふーん。それ、どこにある?」
「まだ時期ではありません」
「駄目じゃない」
「組頭が綺麗だと思う花を贈って下さい」
「綺麗ねぇ…」
河原に咲く黄色い花は恐らくは雑草であろう。背丈も高いし、そんな花を贈っても情緒がないということくらい私でも分かる。では、どの花がいいだろうか。桜の時期ならば枝を折って…いや、これもあまり良策ではないか。
辺りを見渡してみると、確かに花は所々咲いている。それが贈られて嬉しい花々なのかは分からないが。餅は餅屋と言うし、やはり町で花を仕入れるべきだろうかと思いながら宛てもなく歩いていると、紫の花が枝垂れているのが見えた。あぁ、何という花だったか…たまに髪飾りにも使う花だ。一つ千切ってみると、手に収まりきらないほど大きな花であるというのに、花弁の一つ一つは随分と小さい。貧相な花だと思った。なのに、それが集まれば遠くから見てもはっきりと分かるほど美しくなるとはね。これは、なかなかに奥深い花だ。
「戻った」
「おかえりなさいませ。あら、それは?」
「あぁ。やる」
手に持っていた花を手渡してから気が付いたのだが、この花は花瓶に活けられるような花ではない。しまった、と思ったが、渡してしまったものは仕方がない。
花を手にしたなまえは驚いたように花を見、それから顔を綻ばせた。あまりにも嬉しそうに笑うものだから、こちらが驚いてしまったくらいだ。こんな、その辺にただ咲いていた花で喜ぶのか。それも、飾ることも出来ないような花であるというのに。両手で大切そうに花を持ちながらなまえは私に礼を言った。その顔が本当に嬉しそうで、そしてまた可愛らしく、思わず胸がぎゅうっと詰まる。なまえの心を得ようとしてやったことだというのに、私が絆されてどうする。
「その、悪かった。飾れる花を用意すべきだった」
「これは雑渡さんが綺麗だと思ったのでしょう?」
「まぁ…」
「でしたら、私はこの藤が嬉しいです」
「藤…あぁ、そうだ。藤だ」
「このあたりに藤棚があるのですか?」
「このあたりというか、城の近くというか…」
「お城からわざわざ…ありがとうございます」
「いや、なに…」
大切そうに和紙に藤を置いたなまえは私の手を取り、頬に当ててきた。何度もされた仕草は今となっては当たり前のこととなり、とても嬉しく感じる。まるで心を寄り添わせているように思え、愛しくなる。
何というか、やはりこれは小賢しい女なのだろうな。どうすれば男が喜ぶのか熟知しているのだろう。単純な私はいとも容易く絆されてしまう、と。あぁ、悔しいな。敵わない。
「…お前はくノ一だな」
「何を今更」
「私以外の男にこのようなことをするな」
「しませんよ、こんなこと」
「どうだか」
「しませんって。あなただけですよ」
指を絡めながら微笑まれ、辛抱ならなくなった私はなまえを押し倒した。愛しい、と本当に思った。
陣内に「程々にしろ」と言われたが、どこまでが程々なのであろうか。どこからが女に溺れたことになるのだろうか。ここ最近、私はいつもなまえのことを考えている。それはなまえを溺愛していることになるのだろうか。それとも、まだ忍びとして機能することが出来ているうちは、それには該当しないのだろうか。分からないし、分かったところでどうしようもないのだから咎められようとも意味のないことだ。この女さえいれば他は何もいらないとさえ思っているのだから。