雑渡さんと一緒! 01


思えば、私は昔から夢見がちな子供だった。いつか、どこかにいる王子さまが私を迎えに来てくれる。私だけを愛してくれる、運命の人。その人さえいれば他に何もいらないと思える程に愛しい人がこの世のどこかにきっと、いる。こんなこと、お伽話やドラマの中でしかあり得ないことだと分かっていた。だけど、それでもどうしても期待してしまう。運命の人がどこかにきっといる、いつかきっと運命の人と出会うことが出来る。そう願わずにはいられなかった。



雑渡さんと一緒!



さて、と段ボールを片付ける。今日から一人暮らしだ。大学からは少し遠く、そして、少し古い10階建てのマンション。だけど、部屋から見える小さな公園と土手が何とも気になって、即決でここに決めてしまった。ワンルームだけど、一人で住むには十分の広さの部屋。今日から私の家。
とりあえず、お隣さんに挨拶に行くことにした。右隣は若い女の人で、いい人そうだった。優しそうで少しホッとする。左隣は夕方に行ったらいなかった。お仕事をしている方なのかもしれない。仕方がないから私は翌朝に挨拶に行くことにした。明日は土曜だし、きっといるだろうと思ったのだ。
翌日、チャイムを鳴らしたけど、返事がなければ出ても来てくれない。やはり、留守のようだ。角部屋は広めの部屋だと聞いていた。もしかしたら家族がいる方で、どこかにお出掛けしているのかもしれない。羨ましいなぁと思いながら諦めて帰ろうとドアに背を向けると、ギィっと鈍い音をたててドアが開いた。振り返ると、背の高い男の人がいた。寝起きなのかもしれない。凄く怠そう。慌てて私は下を向いた。早く挨拶をして帰ろうと俯いたまま私は頭を更に低く下げた。


「は、はじめまして!隣に越してきました…」

「…なまえ?」

「え、あの、何で私の名前をご存知なんで…っ!?」


急に男の人にぎゅうっと抱き締められた。おかしい、私たちは初対面のはずだ。自分で言うのも何だけど、私には彼氏がいないし、男の子の友達も数えるくらいしかいない。
男の人に確かめるように指先で優しく頭を撫でられる。そのまま頬に指が滑ってきた。彼はもう怠そうな顔をしていなかった。凄く嬉しそうに笑っている。まるで私のことが愛しいとでも言いたげな表情をしていて、恥ずかしくなってきた。


「会いたかった」

「え、えっと…」

「大丈夫。今度はちゃんと大切にするから」

「はい?」

「好きだよ、なまえ」

「はい!?」


好きって、この人そう言ったの?えっ、どうして?私たち前に会ったことがあったっけ?というか、今度って何?
疑問が私の頭の中を独占しているなか、彼は言葉を続けた。


「やっと、会えたね」

「へ、あの、あなたは…」

「まさか私のことを何も覚えてないの?」

「す、すみません…」

「まぁ、別にいい。いや、むしろ好都合だ」

「な、何…」

「嬉しいよ。またなまえと過ごせるなんて」

「は…はい!?」


ふ、と彼は目を細めて笑った。あぁ、凄くかっこいい人だなぁ…なんて考えていると、また抱き締められた。ぎゅうっと抱き締められかと思えば、耳元でとても低い声で囁かれた。


「好きだよ」

「す、好きって…」

「好き。大好き」

「は、あの、えっと…」


低く、色気のある綺麗な声で囁かれた私は心臓が爆発しそうだった。どう反応していいのかよく分からない。誰か状況を説明して欲しい。というか、これは夢なのかな。私がずっと夢見がちだから、遂に幻覚が見えるようになってしまったのか。そうだ、きっとそう。
私が現実逃避していると、金切り声が聞こえてきた。男の人は私をようやく離し、二人で部屋を見るとキャミソールを着た女の人が出てきた。綺麗な人。そして、どう見ても寝起きだ。乱れた髪が生々しい。つまり、そういうことなのだろう。だけど、男の人は彼女の存在を忘れていたと言わんばかりに怠そうに「あぁ」と言って溜め息を吐いた。
どうしよう、待って。これは絶対に私は誤解されている。


「ち、違います!違いますから!」

「あんたねぇ!今日は私の番なの!」

「私の番…とは?」

「これから課長とベッドでのんびり過ごそうと思っていたのに…あんたのせいで台無しじゃない!ふざけないでよ!」

「いや、ふざけているのはどっち。私は初めから一夜限りだと言った。昨日帰れと言ったのに帰らなかったのはあんただよ。というか、うるさい。気持ち悪い。失せろ」

「課長!」

「聞こえない?あんたはただの遊びに過ぎない。私が好きなのはこの子だけだ。そもそも、あんたごときにこの私が落とせるとでも思っているの?だとしたら、本当に愚かだね」


溜め息を吐いてから男の人は私の腕を掴んで無理矢理部屋へと案内した。ちょっと待ってて、と言ったかと思えば奥の部屋に消えていき、女物の服を持って来たかと思えば玄関に向かっていった。また聞いているだけでヒヤッとするような金切り声が聞こえてきたけど、すぐに聞こえなくなった。
あまりにもスムーズな流れだったから、多分こういうことに慣れているんだろうなぁと思った。怖い。この人、怖い。
私がソファで震えていると、隣に男の人が座った。思わずビクりと身体が震えた。どうしよう、どうしよう。帰りたい。私、このまま犯されるのかな。恋をしたいと思っていたけど、遊ばれて捨てられるだけの関係が今日始まって今日終わるのかな。そんなの、嫌だ。どうしよう、誰か助けて…
私が震えていることに男の人は気が付いたようで、気まずそうに笑った。そして、本当に優しい声で言った。


「大丈夫、何もしないから」

「ほ、本当に…?」

「というか、私のこと全然、覚えてない?」

「はぁ…」

「私は雑渡昆奈門。30歳。今はタソガレドキ社営業部の課長で、昔はタソガレドキ城で忍び組頭をやっていた」

「は?忍び…?」

「まぁ、いい。さて、なまえちゃん。私は今回は絶対にお前を手放さない。ずっと側にいる。だから、覚悟しなさい」

「はい?」

「絶対に私を好きに、夢中にさせるから」

「はい!?」


嬉しそうに笑う雑渡さんはそう言って煙草に火をつけた。
よく分からない状況で混乱している私は、とりあえず、出された温かい珈琲を一口、口に含んだ。これから何だかとんでもない一人暮らしが始まりそうな予感がする。なのに、どうしてか私の胸はドキドキと高鳴っていた。


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