雑渡さんと一緒! 20


話にならない、と思った。これからも集まる、だけど、それを許して欲しい。なまえが言いたいことはよく分かった。私に男と会うことを容認して欲しい、と。馬鹿らしい。それが人に物を乞う態度か。
なまえから離れて正解だった。あの場にあのままいたら間違いなくまたなまえに酷いことを言っていた。
どうして私はこんなにも幼稚なのかとも思う。素直に言えばいいだけのことだ、心配だと。他の男になまえを奪われることが心配だと、そう言えばいいだけのこと。なのに、どうしても言えない。口にすると本当になってしまいそうで、言えない。私から離れていってしまうことが不安で、男に近付けたくもない。大学だって別に辞めさせたいわけじゃない。だけど、行かせたいわけでもない。私の知らない所で傷付き、知らない所で男に言い寄られている可能性がある。それは私の胸を鋭く抉った。別に束縛なんてしたくない。そんな女々しい男だと思われたくない。なのに、やめられない。どうしても許してやれない。縛ったところでなまえの心までは縛れないと分かっているのに、どうしても認められない。
重い気持ちでリビングに戻るとなまえは目を赤くして泣いていた。あぁ、また泣かせた。昨日あんなに後悔したのに。


「…なに泣いてるの」

「雑渡さんに聞きたいことがあります…」

「なに」

「今まで、何人とお付き合いしてきたんですか?」

「…は?」

「何人、愛してきたんですか…?」


急に何を言い出すかと思えば。そして、それ、本当に知りたいのだろうか。というか、分からないのだろうか。
数えたことはないから抱いた女の数は分からない。まぁ、三桁には及んでいることは確かだろう。だが、私が心から愛しいと思ったのはなまえが初めてだ。間違いなく最初で最後の恋になると断言出来る。なのに、分からないか。そう、お前は私が誰かれ構わず心を捧げていると思っているんだね。こんなにもなまえを愛しているのに、以前にも他の女を同じように愛したと思っているのか。報われないものだな、今も昔も。昔のように恋なんてつらいだけ、とまでは言わないが、これはこれでなかなか堪えるものがある。結局、何もなまえには伝わっていない。そういうことなんだろうな。


「何か、さ…」

「何ですか?」

「なまえって本当に私のことが好きなの?」

「は、はい!?」

「同棲のことだってそう。私だけなの?私はこんなにも身を焦がすほど愛しく想っているのに、なまえは違うの?」


指先で涙を拭う。なまえは驚いたような顔をしていた。私がそんなことを言うとは思ってもみなかったんだろう。
怒りよりも悲しみが勝った私は目を伏せながらソファに座り、乱雑にバスタオルで髪を拭いた。だんだんとつらくなってきていると、なまえが横から抱き締めてきた。


「雑渡さんのことが好きだから…嫉妬してるんです」

「嫉妬?誰に」

「あなたが関わった全ての女性です」

「それはまた大規模な…」

「私のこと以外、見ないで下さい。私以外の女の人と本当は関わって欲しくないんです。ずっと、私だけの彼氏でいて欲しい…です。でも、そんなこと雑渡さんには言えないから」

「どうして」

「雑渡さんに幸せでいて欲しいからです」


案外、なまえも私と似たようなことを考えていた。言えない理由こそ異なるけど、本質は同じだ。
大人だなぁ、なまえは。いや、私が幼いだけか。


「…私はなまえだけのものだよ」

「いいえ。雑渡さんはもっと多くの方に愛されるべきです」

「私はなまえしかいらない」

「はい。他の人なんて見ないで欲しいです。だけど、雑渡さんのことを分かってくれる人がたくさんいて欲しいです」

「…そんなの、いないよ」

「いますよ。だって、私はだんだん分かってきたもの」


なまえは柔らかく笑った。もう、完全に負けだと思った。どう足掻いても私はなまえには敵わない。
悔しいのに嬉しい。なまえはちゃんと私を見てくれている。理解しようとしてくれている。愚かな私を受け入れようとしてくれている。ちゃんと未来へ導こうとしてくれる。


「ごめんね、昨日。思ってもないことを言った」

「はい。私もごめんなさい」

「ん…」

「だから、許してくださいね?」

「…それは、もう少し時間が欲しい」

「どのくらいですか?」

「分からないけど…まぁ、近いうちに折衷案を出すよ」


今は到底受け入れられないけど、ちゃんとなまえのことを大切にしたいと思っているから。過去の過ちを例え再び犯そうとも、最後の繋がりだけは決して捨てない。
遅めの昼食を摂り、車を約束したカフェに向かって走らせる。この前、ニュースで取り上げられていたケーキが食べたいとなまえが言ったから。本当に好きだなぁ。私には甘味の魅力がさっぱり分からないけど、多分心惹かれるものがあるんだろう。


「ところで雑渡さん」

「んー?」

「結局、何人と付き合っていたんですか?」

「まだその話するの?」

「半分は興味本位ですけど。気になるので」

「何人だと思う?」

「20人…とか?」

「20ねぇ…そう思うんだ」

「えっ、えっ、もっと多いんですか?」

「さぁね」

「教えて下さいよ」

「そのうち分かるんじゃない?」


多分、そのうちバレる。私がなまえ以外を誰一人愛したことがないことが。彼女なんていた試しがないから、どうすれば喜ぶかとか、傷付くかとか、そんなこと全然分からない。スマートに付き合うことは私には不可能だ。
だけど、なまえも私が初めてだというのなら、手探りで二人なりの付き合い方を探っていけばいい。多分、これから何度も喧嘩することになるだろう。たくさん酷いことも言うような気がする。だけど、最後はこうして仲直りして、お互いをたくさん知っていければそれでいい。そういう幸せの形だってあるだろう。
とりあえず、課題を男を含んでやる時は必ず一報入れることと、家ではなく外で行うことで私は折れた。本当は嫌だったけど、それでも全て抑制するわけにはいかないから。私だってなまえに幸せになって欲しいと願っているのだから。


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