雑渡さんと一緒! 22
「だから、ここでx=sinθにするんだよ」
「さいん…」
「で、dx=cosθdθだから…」
「あ。そっか」
「分かった?」
「分かりました。やった、解けた」
「というか、これ高校の数学じゃない?」
「う…苦手なんですよ、数学が」
「みたいだね」
うちに来るなりテーブルに教科書とノートを広げてきたから何事かと思えば、テストが近いらしい。大学のテストは確か7月頃だったと記憶しているが、どうも真面目ななまえは早めに勉強に取り掛かる方針らしい。実に関心なことではあるんだけど、残念ながら勉強は得意ではなさそうだ。要領が悪いなまえらしいといえばらしいんだけど。
解けたと喜んでいるなまえの頭を撫でると、微笑まれた。
「雑渡さんて頭いいんですね」
「なまえよりはね」
「う、意地悪なことを言う…」
「単位を落とすような真似は許さないからね?」
卒業するまで結婚はしないと言うのなら、最短で卒業してもらわないと困る。留年でもされようものなら一大事だ。生憎、気が長い方ではないから、流石に待ちきれない。
おまけに、同棲もしてもらえなさそうだし。四年も近いようで遠い距離感を保つ必要があるのかと思うと気が遠くなる。
「それで?話ってなに?」
「その前に栄養補給させて欲しいです」
「栄養補給?」
「雑渡さんのお土産食べたいです」
「あぁ…」
昨日冷蔵庫に入れた素焼きの壺に入ったプリンを満面の笑みで頬張り出したのを見て、どうにも焦らされている気がして仕方がない。話があると言われてからずっと何の話かとドキドキしているというのに、先伸ばしにされているようで嫌な話なのではないかという思考が加速する。
嫌な気持ちを払拭するように煙草を口にした。何か、なまえに翻弄されてばかりだな、私は。本当、大した子だよ。
「美味しかったです」
「そう。よかったね」
「あれ、雑渡さん機嫌悪いです?」
「まぁね」
「…えっ、私何かしましたか?」
「あのねぇ。話があると言っておきながら焦らされている私の身にもなってよ。生きた心地がしないんだけど?」
なまえを睨むと、急に笑い出した。不快になって頬を掴む。
「酷い。痛い」
「酷いのはどっち」
「大した話ではないって言ったじゃないですか。雑渡さんにとっては大した話ではありません。私の昔の話だから」
「昔の?」
過去のことを思い出したかと思えば、そうではないらしい。
なまえが話してくれたのは高校の時に母親が亡くなったこと、それから全ての家事を請け負ったこと、優しいと思っていた父親が変わってしまったこと。そして、また誰かに突き放されることが怖いこと。
そこまで聞いて、違和感を感じた。なまえの父親は本当になまえを突き放したかったのだろうか。本当はなまえを…
「本当は雑渡さんにご飯を作ることも怖かったんです」
「そうなの?」
「そうですよ。受け入れられなかったらどうしようって思ったし、別に特別美味しい物を作れるわけでもないですし」
「いや、なまえのご飯は店出せるレベルだよ」
「出してもいいんですか?」
「絶対に駄目」
「何なんですか」
くすくすと笑うなまえを抱き寄せる。そうか、私がなまえをどう落とそうか悩んでいた頃、なまえは私に拒まれることが怖いと思っていたのか。そんなこと絶対にないのに。
そっとなまえと唇を重ねる。私が思い悩んでいたようになまえも私のことを想ってくれていたのだろうか。だとすれば、凄く嬉しい。好きなのは自分ばかりなのではないかと不安に駆られることもないわけではないが、こうして本当の気持ちを見せてもらえて嬉しく思う。愛おしくて仕方がない。
「私はさ、変わらないよ」
「どうでしょうね」
「変わらないよ、絶対に。こんなにも愛しく感じるのはなまえだけなんだから。それでもなまえが私が変わってしまったと感じることがあったなら、言って。話をたくさんして、お互いの気持ちを確かめ合えば、きっと分かり合えるから」
なまえはきょとんとした顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。なまえの笑った顔はまだあどけないけど、こうして微笑んだ顔は時に大人びていて凄く綺麗だ。これからも私はなまえの色んな表情を見ることが出来る。なまえの側で。
唇を喰み、舌を絡めるとなまえは応えてきてくれた。小さな身体のなまえが壊れないよう優しく抱き締める。頬に、耳元に、首元に唇を這わせ、痕を残すように吸い付くとなまえは悲鳴にも近く、それでいて何とも可愛らしい声を出した。
「ん…っ、雑渡さん…」
「やっとだ」
「な、何…?」
「やっとベッドが届いた。これでなまえを抱ける」
「えっ、きゃあっ」
なまえを抱き、寝室へと連れていく。真新しいベッドに寝かせ、覆い被さると、なまえは分かりやすく動揺していた。
「…ねぇ、しよ?」
「ま、まだ夕方ですよ?」
「大丈夫。終わる頃には夜になってるから」
「終わる頃って…」
「絶対に優しくするから。だから、なまえを私に頂戴。ずっと欲しかった。ずっと、こうしたかった…」
キスしながら服を脱がせる。昔はなまえも忍びをしていた。くノ一にとって身体は武器の一つだ。だから、当然初めての男は私ではなかったし、それが嫌だとも思っていなかった。
だけど、本当は嫌だったんだろうな。だって、今世ではなまえの初めての男が私だと知って凄く嬉しかったから。この肌を知ることが出来るのは自分ただ一人なのかと思うと嬉しくて仕方がない。なまえの全てを私のものにしたい。
緊張したなまえの身体に舌を這わせると甘い声を聞かせてくれた。なまえを好きだという私の気持ちは変わらない。変わりようがない。身を焦がすほど愛しているのだから。
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