雑渡さんと一緒! 28


成る程、外から見るよりも案外大きな大学のようだ。なまえは文学部と言っていたけど、どこにいるのだろうか。いや、多分会えないだろう。人が多過ぎる。流石にネクタイとジャケットは車に置いてきたが、どこからどう見ても私は浮いているのだろう。ジロジロと見られている。別に見られることは慣れている。こちらも偵察に来たわけだ、今日に限っては存分に見て頂いて構わない。
食堂も予想していたよりも大きく、目を光らせたが目的の男を探し当てることは出来なかった。まぁ、こんなもんか。そう都合よく現れるとも考えていなかったから、定食を頼んで仕事に戻ることにした。なまえが学食の唐揚げが美味しいと言っていたけど、なまえの作ったものの方が段違いに美味しい。というより、なまえの作る食事は日に日に美味しくなってきている。私の好みに合わせた味付けになってきている。特に何かを言ったこともないのに、だ。本当に甲斐甲斐しい子だと思うし、つくづくなまえと付き合うことが出来てよかったと思った。もうなまえの作る食事を知らなかった頃には戻れないし、戻りたくもない。少なくとも、コンビニの常連だった私はなまえと付き合ってから足が遠のいていた。
今日の夜はカレーをリクエストしたし、早く帰らないと。茄子とほうれん草を入れておいて欲しいと言わなかったけど、ちゃんと入れてくれているかな。そんな幸せな心配をしていると、派手な音が背後からした。驚いて振り返ると、お盆を持ったまま転んでいる子が見えた。外野に笑われている。顔立ちといい、あの不運さといい、間違いなく伊作くんだ。
話し掛けようと思ってやめた。伊作くんは伊作くんなりの人生を歩んでいる。過去のことなんて覚えていないかもしれないし、仮に覚えていたとしても伊作くん自身にも迷惑を掛けてしまったのだ、合わせる顔もない。しかし、伊作くんがいるということは、あの子もいるのではないだろうか。そう思い、周りを見渡したがそれらしい男は見つからなかった。
まぁ、そんなものだろう。私の周りにいる奴らだって前世からの繋がりがあった奴ばかりではないし、逆に前世で繋がりがあったのに出会ってもいない奴だっている。あれはもう終わった生であり、終わった縁なのだろう。そう考えるとなまえと会うことが出来たのは運命であり、そして、とても運のいいことだったのだなと思う。出会うことが出来ずに生を終える可能性があったことを考えると恐ろしくて仕方がない。
さて、そろそろ戻ろうかと時計を見ると遠くで聞き覚えのある声が聞こえた。ザワッと神経が研ぎ澄まされていく。振り返ると、会いたくなかったけど会いに来た男がいた。あぁ、間違いない。潮江文次郎だ。同姓同名である可能性に僅かに賭けていたけど、残念ながら本物だ。いてしまった…
私がいることを悟られないよう、彼に背を向ける。彼の情報を少しでも多く得るために会話に全神経を集中させた。


「遅かったね、文次郎」

「おう。ちょっと教授に質問しに行ってた。伊作は?」

「さっき派手に転んだからな」

「相変わらず不運な奴だな。たるんでる」

「不運関係なくない?それ」


至って普通の会話しかしていない。極々普通の大学生といったところ。彼と一緒にいるのは立花くん、七松くん、中在家くん、食満くんか。成る程、揃いも揃ったものだ。
縁とは不思議なもので、過去から続いたものは出会ってしまえば簡単には断ち切れない。少なくとも、新人がゴロゴロと辞めていく我が社でしっかりと残っているのは昔、タソガレドキ城にいた者ばかりだ。だから、どうしても私は彼となまえをこれ以上近付けたくなかった。また繰り返してしまうから。いや、それどころか、もしかしたらなまえは彼に惹かれてしまうかもしれないから。あの時、なまえが私を選んでくれたのは本心からではなく、恐怖心からかもしれないから。だから、どうしても断ち切っておきたい。でないと、なまえは彼のところに行ってしまう。そんな不安がずっとあった。
嫌な汗が首を伝った。大丈夫、まだ焦る段階ではない。もしかしたら潮江くんはなまえを愛していないかもしれない。たかだか花を贈っただけだ。いや、私なら好きでもない女には絶対に贈らないけど。だけど、万が一の可能性を信じたい。だから頼む、どうかなまえを私から奪わないでくれ。
私の願いも虚しく、やはり悪夢は現実となる声が聞こえた。


「やっぱりさぁ、なまえちゃん彼氏いるだろ」

「どうして分かる」

「逆にどうして分からんのかが分からん」

「指輪してるし、今日なんて首にキスマークつけてたよ」

「そうか?そんなものはなかったぞ」

「どんな目をしてるんだ、お前」

「怪我したとか言ってたぞ。指輪だって、男から贈られた物とは限らんだろう。そもそも、他に男がいようがいなかろうが、そんなことは関係ない。惚れたなら突き進むまでだ」


…あぁ、駄目だ。やはり彼はなまえに惹かれていた。そして、やはり彼は馬鹿だ。何そのポジティブ思考、怖い。
そうか、そうだよね。予想がここまで当たると嫌になる。どう出るのが正解だろうか。彼、血の気が多い子だったからなぁ…いや、まぁ私も人のことは言えないけど。だけど、また殺そうとなんてしようものなら間違いなくなまえとの関係は終わる。それだけは間違いないと断言出来る。
何が正解なのか考えていると、可愛い声に話し掛けられて集中が切れた。振り返るとなまえがいた。あら、怒ってる。


「こんな所で何やってるんですか!?学校中の噂になってますよ?物凄いイケメンのサラリーマンが来ているって」

「おや。それはどうも」

「嬉しくもないくせに」

「まぁね。ま、座れば?」


隣になまえを座らせると、首に絆創膏を貼っていることに気付いた。昨日の夜消えないようにとしっかり付けた痕を隠すように綺麗に貼られている。成る程、これが怪我、ね。
ベリっと優しげもなく剥がすとなまえは悲鳴をあげた。


「やだ…剥がさないで下さい!」

「駄目。何のために付けてると思ってるの」

「こんなの恥ずかしくて人に見せられません!」

「恥ずかしい?むしろ自慢して回りなさい。物凄いイケメンのサラリーマンに付けてもらった、とでも言って」

「言えるはずないでしょ!」


なまえが顔を赤くして怒っているのを口では宥めながら、潮江くんを睨む。いいか、この子は私のものだ。絶対にお前には渡さない。私から奪おうものなら社会的に抹殺してやる。
あ、どうしよう。気分が悪くなってきた。帰社できるかな。


「あのさぁ…」

「はい?」

「カレーには茄子とほうれん草入れてね」

「分かってます」

「よかった…」

「えっ、雑渡さん?」


頼む、私からなまえを奪わないで。無理なんだ、この子でないと私はもう駄目なんだ。君はまだ若いんだから、他の子でもいいじゃない。女なら好きなだけ紹介してあげるよ。だから、もう二度とあんなことにはならないよう君から身を退いてはくれないだろうか。後生だから…
なまえが何か必死に話し掛けてきていたけど、何も耳に入ってはこなかった。気持ちが悪い。頭が痛い。どうしても過去の映像が脳裏にこびりついて離れない。なまえの命の終わりが始まった日。何度も何度も思い出しては泣いて後悔した、あの日。私が潮江くんを手にかけた、あの忌まわしき日…
どのくらいそうしていたのだろうか。もう時間だ。仕事に戻らないといけない。分かっている、いるのになかなか立ち上がることが出来ず、涙を堪えるだけで私は精一杯だった。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+